桜花往生

kanayano版日本近代史。

2017/11/12(Sun)

「めらんこりあ」(7)




 謎の少女に謎の青年(とその付き人)、そういえば昨日は謎の商人。いったい何がどうしてしまったというのか。これまで、煩わしい人間づきあいを避けてきたというのに、ここに来て、まるで事故のように引きずられているような気がする。何がきっかけだったろうか、彼女はなぜ自分の名前を知っていたのだろうか、やはり思い出せない。クルスという男も、自分の名前を知っていたな。あの二人はなにやら関係があるようだが、それは俺に何の関係もない。思考は振出しに戻る。自分は一体何をしたというのだ……。

 早く帰ろうと足先を帰路に向けると、3歳くらいの少女がぐずぐずしているのが見えた。どうやら一人だ。よくある光景ではあるのだが、少女の身の上を考えている最中、思わず視線を向けてしまった。とすると、ぐずっている少女と目が合ってしまった。慌てて目をそらして、家路を急ごうとする。
 少女の前を通り過ぎようとすると、ぐずり出す声が直接聞こえてきた。少女は、目が合った耕三郎にすがるように視線を向けてきて、背中にそれを痛いほど感じてしまい、素通りができなくなってしまった。観念して後ろを向けば、少女は泣きはらした真っ赤な目をこちらに向けていた。

「どうかしたのか」

 耕三郎の問いかけを聞き終わる前に、少女は「うわー」と泣き出した。耕三郎は子供の扱いに慣れておらず、これはどうしたものかとおどおどとしてみたりしたが、周囲の目もあるからと、とりあえず抱き上げてみた。人生経験の中の、数少ない子供とのふれあいの知識を引きずりだして、とりあえず抱っこのまま体を揺らしてみたり、「大丈夫だ」と声をかけたりしてみた。我ながら、何も大丈夫なような空気にはならなかった。
 少女はまた泣き始めた。これは困った。ここから離れては人攫いになりかねないし、とはいえここで少女を泣きやませる方法も持ち合わせてはいない。本日何度目かわからない「なぜ俺が」と心中呟いたところで、目の前の少女はますます泣いている。往来の人目が辛い。

「一人か?」

 少女は鼻をすすりながら頷き、また「うわー」となった。抱っこしている体をゆらしたり、控えめに大丈夫、大丈夫と声をかけてみる。

「ここまで一人で来たのか?誰と一緒だった」

 おかあさーん、と叫んでまた泣き出した。迷子か。これは母親を探してやらねばならないか。
 耕三郎は少女を下におろし、頭を撫でた。少女が涙をぬぐいながら顔を上げた。

「お母さんが、どこに行ったか分かるか?」

 しゃくりあげながら、少女は答えた。

「探しに行った」
「何を」
「ともえさん」

 ともえさん。ええと、本日どこかで聞いたような。

「ともえさんを探しているの」
「その『ともえさん』はどこにいるんだ」

 少女は「うわー」となった。聞き方が悪かったろうか。女の子を相手に、どんなテンションで話しかけたらいいのだろう。

「お母さんを探しに行こうか」

 耕三郎は少女の手を取った。少女は袖でごしごしと目元をふいて、おとなしく耕三郎に従った。「名前は」と聞くと、「ゆえ」と答えた。

「ゆえは、『ともえさん』を知っているのか」
「知っています。朝ごはんを一緒に食べました」
「そうか。姉か、友達か。背格好はどんなだ」

 由枝は、泣き腫らした目で耕三郎を見上げた。また、言葉尻がきつかったろうか。二の句を継ごうか悩んでいると、由枝がつながれている手をぎゅっと握った。

「ともえさんは、昨日、うちにきたよ。昨日は、一緒に寝て、今日は、一緒にあさごはんを食べて、そして、人を探すっていって、出て行ったんだよ」

 適当な店に声をかけ、『ともえさん』なる人物の行方を聞いたが、5件ほど断られたところで、茶屋でだんごを食べた。往来に面した椅子に由枝と二人腰掛け、串にささった三色の団子をほおばっている。
 由枝はすっかり泣き止んで、その口には大きい団子をほおばっていた。べったりと口回りについた団子を、先ほどの手ぬぐいでぬぐってやった。由枝は大人しく、耕三郎に顔を向けた。
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。