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めらんこりあ(6)



 訝しがりつつ、耕三郎は握手に応じた。

「まあそう睨むなよ。せっかくの男前が台無しだぞ?」

 明恵は離席したそうにむずむずとしてる。が、クルスが通路側から体を入れ込んでおり、それはかなわない。
 
 クルスと名乗ったその男。年の頃は耕三郎とそう変わらないか。20代後半から30代前半といったところ。薄い鼠色のツーピースのスーツをそろえていて、握手の前に帽子を外し、ステッキは控えの男に預けている。控えの男はいまいち印象に残っていない。年は取っていないと思う、この男のお付きだろうか。その程度。
 昨日の商人といい、昨日から得体の知れない人間に付きまとわれている。何なのだ。厄年か。
 まあいい。適当に切り上げよう。

「待ちたまえよ耕三郎。ここに明恵がいるのは、いったいどういうことか、貴様は分かっているのかな」
 
 ふいに名前を呼ばれ、気持ちが上ずった。
 その問いかけの答えは、耕三郎が一番知りたいことだ。

「お待ちになって。貴殿には何の関わりのないことですわ」
「正気で言っているのかね、愛しい姫君。君が山方さんの家を出て五日、私は君をずっと探していたんだよ。頭のいい君の事だ。理由は分かるね」

 恋人か、許嫁か。どっちにしろ、耕三郎には関係の無いことだ。明恵にいたっては、自分には罵詈雑言ぶつけていた言葉とは打って変わり、クルスとは女性らしい受け答えをしている。

「あの、退席してもよろしいでしょうか」
「そんな許可をだした覚えはないよ。ここにいたまえ」
「あんたになんの権限があって……」

 途端、明恵は手元のカップを耕三郎の顔面に向け振りかざした。
 ばしゃり、と水音が店内に響き、ずぶぬれの耕三郎に視線が集まった。

「この方を誰だと思っているの、慎みなさい」

 耕三郎はますますわけがわからない。
 思考が追いつかず、熱を持った液体を顔からぬぐうこともなく、明恵の顔を見ていたのだった。
 明恵はというと自分の行動に戸惑っているのかカップを持ったまま動かなくなった。顔がほのかに上気している。耕三郎に謝らなければならない状況だとうことは理解しているらしいが、うまく言葉が出てこないようだ。
 女給が慌てて布巾を持ってくるし、さすがにクルスも、呆然とする耕三郎に声をかけようと席を立った。席が空いたのをいいことに、明恵はカップをテーブルに乱暴に置くと、店を出て行った。からんからんとドアベルが忙しくなった。ちょうど入ってきた客が驚いているようだった。
 女給が替えの布巾を持ってくるためその場を離れると、先ほどの控えの男がどこからか手ぬぐいを持ってきた。
 脱いでいた上着は大丈夫のようだ。湿ったシャツを手ぬぐいでぬぐった。

「大丈夫か」
「はあ、いや、なんというか」

 確かに、初対面の相手に「あんた」というのはよくなかったかもしれない。それにしても、紅茶を浴びせられるほどの失態であっただろうか。それとも、この目の前の痩身の男が、いとやんごとなきご身分のお方だということなのだろうか。
 自分にはあまり感傷がないが、あの自分にも社会にも厳しい彼女なら、それだけの意味を持つということなのか。

「すまんな、そういう年頃なんだ」

 クルスは控えの男に新しいコーヒーを二つ注文するように指示をした。
 なんとなく席を立つタイミングを逃し、シャツが濡れたままクルスの話を聞くことになった。

「昨日、麹町で貴様の名前を叫んでいたそうだな」

 俺もみたかったな、とクルスはおもしろそうに笑った。

「私にはなにがなにやら、わけがわかりません。彼女も」

 あなたも、と言おうとして、クルスの顔を覗き込むにとどまった。クルスはその視線に気づいてなお、自分の素性に触れることはせず、

「なあに、簡単なことさ。彼女は貴様に惚れているんだよ」
「先日より、なにやら過度の期待を受けているのですが」
「かわいいじゃないか。あれは自分でもそのことに気が付いていないんだよ。こうして貴様に会う口実を国家論に求めるというのも、いかにも彼女らしい」

 クルスはコーヒーを一口すすり、その長い脚を組んで耕三郎に正面から向き合った。

「どうかね、あれは」
「はあ」
「嫁にする勇気はあるか」

 耕三郎は心中溜息をついた。

「あんたは、彼女の恋人か何かじゃないのか。そんなことを見ず知らずの男に聞くのか」

 クルスはわからないといった体で肩をすくめ、ふ、と口元を緩めた。

「白河川卿は、貴様のことも気にかけているようだ。俺としても看過できんのでな」
「人の恋路を遮る趣味はありません。どうぞお幸せに」

 それだけ言うと、耕三郎は2杯分のコーヒー代を控えの男に渡し席を立った。クルスは特に引き留めなかった。

「三崎」

 クルスは、控えていた男の名前を呼んだ。
 三崎と呼ばれた男は一歩下がって辞去し、会計を済ませると、来栖よりも先に店を出て行った。

 
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