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めらんこりあ(5)

 

わき腹でばたばたしている明恵を下ろすと、即座に眼下に詰め寄られた。

「わ、わかった、話をしよう。そこのカフェに入ろうか」
「給仕だあ?年かさのいかぬ女をカフェなどと、公衆の面前でなんたる恥知らずが!」

 なんなんだこの娘は。これでは、頭の固い上官どもと同じではないか。
 いや、とにかくこの窮地を脱したい。が、この娘から逃れることは難しいようだ。娘はどうやら話がしたいとのことなので、それが果たされれば解放されるだろう。とにかく、ゆっくり話ができるところに場所を移動したいところなのだが……

「別にやましいこともなにもなかろう、君、カフェに入ったことはあるのかな」
「あるわけがない!そんないかがわしいところなど」
「そうではない、いたって健全な飲食店だよ。そうだ君、のどが渇いただろう、コーヒーを飲んでみないか」
「苦いものは好かない。ヒギンスの紅茶なら付き合ってもいい」

 そういえばこの娘、山方卿の孫娘だったな……。
 ヒギンスがなにものかは知らぬが、取り合えずこの場を収めてくれたことに、感謝などすることにする。





 からんとドアの鈴がなって、女給がいらっしゃいませと出迎えた。
 店内は、大きな窓からの光もあって明るい。カウンターテーブルにに5名、大きな丸テーブルや、ボックス席などもある。店内には20名くらいの客がいた。有閑マダムや学生が多い。コーヒーとたばこの匂いが店内を漂う。
 耕三郎と明恵はボックス席に案内された。メニューを預かり、先に明恵に案内をしようとした。が、その眼は「先ほど具申しただろうが」という気迫に圧倒されたため、特段改めることもなく、コーヒーと紅茶を注文した。紅茶がヒンギスかどうかを聞いてみたが、女給は知らないと答えた。
 
「さて、何から話せばいいのかな」
「今日は非番なのですか。あそこで何をしていたのですか」
「非番だよ。ただ、考え事をしていた」
「考え事?来るべき欧州戦争への備えについて?」

 耕三郎はやれやれとひとつ大きなため息をついた。そこにコーヒーが運ばれてきた。
 耕三郎にとってコーヒーは、英国留学の成果である。短い連隊勤務のあと、イギリス王立軍学校へ留学し、戦術や組織を学んだ。そこでできた人脈とコーヒーの味が、耕三郎にとって留学の「成果」であった。

「まずすまないが、ええと……、明恵さんでいいなかな。明恵さん、いつか、お会いしたことがあったろうか」

 明恵はがん、と机をたたいた。いれたての紅茶の水面が揺れた。  

「会ったことがあるとか、無いとか、そういう問題ではないのです!あなたほどの将校が、なぜ!新橋の欄干でひなびた顔で水面をにらむ必要があるのですか!しかもこんな真昼間から!いいですか、清国との戦いから10年、中原への進出をもくろむ列強といよいよ一戦交えるか否かというこの大切な時に!あなたは!いったい!何を!考えていたというのですか!!」

 耕三郎は目の前に実に見目麗しい娘の発する強烈なセリフの数々に圧倒されながら、これはなんだろう、と考えた。
 この娘は自分に一体何を求めているのだろう。ここで気の利いた国策の理想や愛国心を鼓舞するような言葉を並べたら、彼女は満足するのだろうか。
 いや、と耕三郎は考えた。まだ数回、会話を交わした程度だが、彼女の利発さは確かなようだ。気が狂っているわけではなく、彼女はいたって彼女自身の静かな海から、その熱情を迸らせている。
 ということは理解できても、やはりこの娘の主張に、自らの感情を寄せることはできない。

「何を考えていようと、私の勝手だろう。君こそ、人に勝手な理想を押し付けようとするの、やめて貰えないか。君に私がどう見えているかは知らぬが、私は君が思っているような奇特な人間ではない」

「いいえ、そんなことはありません。あなたは、この国に必要な人材です」

「一体何を言っている」

「耕三郎様。あなたは仰いました。意志を持つ組織の危うさを。新たに台頭しうる近代国家のあるべき姿を。互いを食い合う帝国主義の列強に習わず、私たちは新たな秩序を作り上げねばならないのです。烏合なる組織の中ただ一人、あなただけは、その熱の外で、大局を見据え、そして正しい道へ導くことができる。こっちを見て、耕三郎様。私は、それを成すのはあなただと思っている」

 いったいおれに何を見ているというんだ、この娘は。
 ずいぶんと美辞麗句を並びたてられたようだが、それらもいまいち耕三郎には響かなかった。自分とは最も遠いところにあるような世界だった。
 
「おや、これはこれは」

 思考停止に追い込まれている耕三郎と、ふくれっ面の明恵の席に、青年が一人寄ってきた。
 気が付いた明恵が、驚き、身を引いた。どうやら知り合いのようだ。

「ごきげんよう、明恵嬢。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「ごきげんよう」

 さきほどまでの勢いが嘘のように、唇をぴったりと締めて、そっぽを向いてしまった。

「相席、いいかな?」

 青年は周りに目を配し、座る席がないことを主張した。耕三郎としては願ったりだ。これで明恵も少しは静かになるだろう。早いところ場を落ち着けて、この場を離れたいところだ。
 あとから一人、トレーに紅茶を運んできて、青年の前においた。彼は「君も掛けたまえ」と勧めたが、丁寧に辞去し、その場を去った。

「失礼。私の事は『クルス』と呼んでくれ。君にとっては、はじめましてかな?」

 明恵が驚いたように顔を上げた。
 『クルス』はそれを制して、耕三郎に握手を求めた。

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