桜花往生

kanayano版日本近代史。

--/--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
2016/11/20(Sun)

「めらんこりあ」(3)





 目が覚めた。ここが北条と名乗る男の家であること、隣で寝ている母娘はその妻子であることを思い出し、ため息をついた。すっかり厄介になってしまった。容易にこの家を出られない。明恵は義理深い。風呂と寝所の面倒を見てくれた篠と、朝重の袖をひいた由枝を思うと、無責任にここを離れられないと思った。朝重を引き留める理由の中に、古月の存在は皆無である。
 
 まだ薄暗い。時間でいうと、6時より前であろう。上着を羽織り、二人を起こさぬよう、そろりと寝所を抜け、廊下を渡り、玄関へ出た。そういえば、亭主たる古月の姿が無い。

 外に出ると、日差しが真横から刺してきた。春の空気の匂いがした。肌寒いが、心地いい。下町の長屋街がずっと続いていて、すでにいくつかの家で人間が今日の営みを開始していた。明恵はそれをじっと見ていた。
 どうすれば、篠へ一飯一宿の礼ができるだろうか。己の力量を逡巡してみる。正直、料理には自信が無い。当たり前だが金もない。この家を出ていこうにも、次に当てもない。どう考えても、一向に答えが得られなかった。こういう問答は嫌いだ。明恵は自分の未熟さを突き付けられて、酷く恥ずかしくなった。

「なんや、早いのう」

 声の主は、北条古月だった。近頃の「さらりいめん」よろしく、黒のスーツに帽子、革靴を履いて、シャツの襟もとのボタンは二つ外していた。風体はくたびれていたが、本人はいたって元気なようだった。

「朝帰りですか」
「なんや、『おはようさん』の一つも言えへんのか。おはようさん、明恵」

 気軽に名前を呼ばれ、しかも自分の問いを無視され、果ては自分の存在すらないかのように自宅に入ろうとする古月に腹が立ち、明恵が一喝してやろうとしたところに、古月の人差し指が飛んできて、その唇を封じた。古月はにっと笑った。

「まあ待てや。顔洗って、篠の朝飯食うたら、次の作戦会議、しよう」

 家に入ると、篠がたすき掛けで台所に立っていた。古月が声をかけると、前掛けでを手を拭き、深々とお辞儀をした。篠が荷物を預かる旨を申し出たが、朝食の準備を優先するようにともうしつかり、また小さく頭を下げた。古月は宣言通り顔を洗いに向かったようだった。明恵はその様子を見ながら、これが古来より日本の美徳とされる空気なのか、と思った。
 
 由枝が起きてきた。篠と明恵に立派に朝の挨拶をして、配膳の手伝いを始めた。そうしているうちに古月が戻ってきた。調達してきたらしい朝刊を手に、準備の進む膳の前前に腰を下ろした。朝恵も、篠に手伝ってもらいながら自分のものは自分で用意した。由枝は、毎日そうしているらしい。ようやくみな席について、朝食が始まった。篠はごはんを配膳した。

「そういえば、由枝、お前今日誕生日やんな。いくつになったん」
「はい、4つになりました」

 明恵が篠に目線を送ると、穏やかな眼差しが帰ってきた。

「何か、ほしいものあるか」
「ありません。お父さんに今日も早く帰ってきてほしいです」

 古月は茶碗をおいて由枝を抱き寄せて頭をぐりぐりとかき回した。由枝は、心からから喜んでいるようだった。これもそういうものなのか、と思った。もし自分が由枝なら、反応に困るところだ。

 朝食が終り、篠や由枝とともに台所に立とうとした明恵を古月が引き止めた。明恵は古月を一瞥したが、篠は明恵を見て微笑み、よろしくとばかりに頭を下げた。明恵は篠に恩義を感じている。彼女の異存を拒めない。

「さて、舎人雄一郎を引っ張り出す方法やが……」
「一応検めておきたいのですが、あなたは耕三郎様のなんなんです」
「なんや、馴れ初めから話さなあかんか。あれは10年前、日清の戦役でな」
「それは結構、友人、知人、顧客、商売敵、関係性は多様にありますでしょう」
「友人や」
「それは自称ですか」
「なんや、わかっとるやないか」
「寂しい男」
「おれはな、あいつを通じて、陸軍にこの会社の販路を開拓したいと思ってるんよ。あの男は若いが、おそらくこれから組織内で力を持つようになる。これから大陸と戦争するんやろ?そこに勝機があるとおもっとる」

 明恵は深くため息をついた。結局は商売のことか。国家の一大事に己が会社の利権を最優先し、しかもあまつさえ件の若い将校にどんな期待を抱いているやら。

「さすがの将校様でも、あの若さでは望みは薄いのでは。しかもあの場で「誰だ」とのたまわれたあなたですから、彼に拘らずに考えた方が効率的ではありませんか」

 私を巻き込まないでくれ、と心の中で毒付きながらあくまで彼女の正論を述べた。

「勘や」
「は?」
「せやから、勘なんやて」

 明恵は絶句した。今時女が男に惚れる際も、そんな突拍子の無い感情の冒険はしないだろう。

「惚れとるんよ、おれは、あの男に」

 ああなんだ。女が男に惚れる、あれと同じなのか。

「なんやその顔。お前もあの男に惚れてるんと違うんか?」


 
web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

※当ブログはリンクフリーですが、ご一報いただければこちらからもお伺いいたします。相互リンク大歓迎です(※アダルトサイトは除く)。

※拍手コメントをいただいた場合、同じ拍手内に返信をしております。ご確認をお願いします^^

皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。