桜花往生

kanayano版日本近代史。

2016/02/02(Tue)

「めらんこりあ」(2)


明恵は応接間につながる廊下から、障子に身を隠して部屋をのぞいていた。

その青年は非道く不機嫌な顔をしていた。
招いたのは時の陸軍元帥、内務卿である。普段から懇意の教官はともかく、耕三郎でないもう一人は、明恵から見てもその緊張が理解できた。単純に動きが硬かった。祖父は偉いのだから、その反応は間違いではないと思った。

だから余計、耕三郎を注視した。

祖父が来るまでの間に、教官が二人の生徒を導き、席に着き、祖父のことを二、三、述べた。確か人となりがどうだとか、その気性の荒さに昔は苦労したものだが、とか、そのような内容だったと思う。
「舎人」と呼ばれた青年がしかめっ面を指摘されたので、明恵はその名を知った。とねり。へんな名前。教官ともう一人の名前は、忘れた。

「やあ、待たせた」

祖父は明恵の背中から現れて、ぽんと頭に手を置くと、部屋に入るよう促した。明恵は多少抵抗したが、祖父の大きな手はその背中を押して、三人の前に対面し、明恵をその横に座らせた。祖父は最近、明恵が膝に乗るのを嫌がることを知っていた。

 用ということも無い、ただの雑談のようだった。祖父と面識のある教官が、無作為に教え子を引き抜いてきたという感じで、耕三郎をのぞいた三人で、昨今の社会情勢や、軍内の空気や、祖父の若いころの話などをしていた。

「舎人は、出奔してきたんですよ」

教官に話を振られ、陸軍元帥たる祖父の視線を受けても、「はあ」と言ったきりで、特段取り繕うこともしなかった。

「出奔とはいうものだな。どうした。両親と喧嘩でもしたのか」
「喧嘩ということではありませんが、家の考え方と、自分の考え方が大きく違ったもので」
「それで、家を出たのかい」
「軍人ならば、金もかからないかと」

明恵は呆れた。そのような不純な動機で、崇高なる帝国軍の将校になるというのか!恥を知れ!
まさにそう叫ばんとすると、隣で祖父が膝を打ちながら笑った。

「ああその通りだ、そういうことなんだよ。だれが好き好んで戦場へいくもんか。金の無い、働き口の無い連中に、無償で働き口を、住む場所を与えてやっているのが軍隊だ。貴様はまさに我々の意を汲んでいるというわけだな」

教官ともう一人の生徒は隣ではらはらとしていた。耕三郎は特段意に介することも無く祖父のことを眺めていた。そのときふと、明恵は耕三郎と目が合い、驚いて目をそらした。なぜそうしてしまったのか、下を向いて必死で考えた。体がかっと熱くなった。

「問おう、舎人耕三郎。貴様、今の陸軍をどう思う。ご一新以来、国内の内乱を意識して創設された陸海軍は、今や大陸へ進出するための先兵となりつつある。今度はどうやらどこか大きな国といくさをするらしい。この国は勝てるのか。この陸軍は国に勝利をもたらすことができるのか」

祖父はえらく楽しそうだった。今は内閣の閣僚である祖父は、政財界の連中とこの家で喧々諤々としているが、そのときの何かを諦めたような空気ではなく、この目の前の、えらく不機嫌な青年の次の言葉を、童心のように心待ちにしているようだった。
 耕三郎はちょっと困ったように小首傾げ、改めて祖父に対面すると、こんなことを言った。

「軍は国の一組織。組織は意思を持つべきではない。その意味において私が意見すべきことは何もないが、今後、ただの組織の意見がまかり通ることになるとすれば」

 耕三郎がふと顔を上げた。

「わが帝国陸軍は、根本から勘違いの組織となる。それが、国を滅ぼすことが無ければよいと、今はそう思います」


web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

※当ブログはリンクフリーですが、ご一報いただければこちらからもお伺いいたします。相互リンク大歓迎です(※アダルトサイトは除く)。

※拍手コメントをいただいた場合、同じ拍手内に返信をしております。ご確認をお願いします^^

皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。