桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2016/01/17(Sun)

「めらんこりあ」(1)


***

 明恵の祖父は、40年前の維新で大きな功績を上げた人物だった。
祖父は今の帝国陸軍の創設に深く関わり、西南の役から台湾出兵、日清戦争と兵を率いた。その後は日本の国家体制が整備されていく中で、国会や官僚制度にも一家言を持っていたし、内閣総理大臣を経験した後も、軍人として現場で兵を鼓舞する、そんな人物だった。
 
 祖父の名は、山方有信という。有信には息子がなかった。だから有信の姉の息子を養子に迎えた。朝重はその兄三人からなる長女に当たる。が、3番目の兄から、明恵は年齢が十離れている。年の離れた女孫は、日々多忙に過ごす祖父にこれ以上ないほど愛された。

 祖父は文化人でもあった。和歌、漢詩をし、茶を嗜み、そのため庭も作った。また、それらのためによく書を読んだから、私邸には豊かに書があった。朝重の兄たちが手習いをしているのを真似て、明恵は3歳で孔子を諳んじて見せた。5歳で新聞を読んだ。7歳で時勢を祖父らと語った。

 が、その弁があまりに闊達ゆえに、近くの大人たちが論破されるようになると、7歳の少女の可愛げは、苛立ち以外の何物でもなくなった。世間は社会や国政に敏感な時期であった。社会主義だ国家論だと常日頃飛び回る中、情報と価値観を獲得し、己の心情としている人間は、大人といえどそう多くは無かったからだ。そういう人間に、朝重の言論は的を射たように見えた。大人たちは、苦笑いした。

 10歳を超えてもこのようなままであった。白い肌に黒い髪はつややかで、目鼻立ちもはっきりとしている明恵は口を開かねば見目麗しい令嬢なのである。が、他人にも人にも厳しい朝重自身の「正しさ」は、もはや祖父以外受け止める人間はいなくなっていた。父も母も、兄たちも、そして女学校の同級生たちも、明恵から距離を置いた。
 自分が孤立していく様子は、理解できていた。しかし、自分の言動や考えが間違っているとは思わなかったし、嘘やおべっかを使うという「処世術」など、自分には必要がないと思っていた。明恵の話を唯一真向から聞いてくれる祖父は、「お前が男だったらなあ」とよく言った。祖父の膝に乗り、新聞を一緒に読みながら軍人勅諭を教わったりした。士官学校に進む若い士官が必ず覚えなければならないこの訓辞をつくったのは自分なのだと、祖父は教えてくれた。

 祖父と同じ場所で、生きていけたら。

どんなにいいだろうと思った。私の言葉を、私の思いを。全力に全力で議論ができる、そんな場所。祖父がいる場所がそういうところなら、私もそこで働きたい、そう思った。

 男に生まれたかった。
 女は不自由だ。誰かに望まれる人間にならなければならないから。そこに自分の意思は介在しないから。

 明恵、7歳の5月だったと覚えている。
 祖父が、陸軍士官学校の教官と生徒を自宅に招いた。士官学校の若い教官が一人、砲兵課の生徒が2名と、騎兵課が1名、そして歩兵課の2年としてここに招聘されたのが、当時17歳の舎人耕三郎だった。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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