桜花往生

kanayano版日本近代史。

2015/01/04(Sun)

大陸の覇者(6)

 
 生高が声をかけるより早く、翔は膝をつき、頭を垂れた。右肩からぼたぼたと血が落ちた。

「罪人である自分が、村を総べる梁攬把の前に、許しなく参上したこと、お許しください。お願いがあります」

 生高は完全に不意を打たれた形になった。どんな敵が来ようと、迎え撃つ心は決めていたが、まさかここで一族の敵が現れようとは。しかもその敵は、打ち損ねた自分の「敵一族」を前に、武器もなく、無防備に頭を下げ、まるで敵意は無い。
 この男を殺さず、生かしておいてのは自分だ。それでも、互いに互いの家族を殺しあった以上、これ以上歩み寄ることはできないことも理解していた。ならばなぜ、生かしておいた。秀でた弟がそうしろと言ったからか。否。

 翔の右肩からはとめどなく血が流れ続けていた。片膝をついて意識を保っているのも辛いはずなのに、まるで痛覚を失った人形のように、翔はそこを動かない。あのときと一緒なのか、と生高は思った。普段の大人しい翔ではなく、まるで正気を失い、人間としての情を失い、鬼神の如く怒りを爆発させた、あの時と。

「なんだ」
「あなたはここを離れてください。あなたがいなくては、この村を再建できない」

 いきなり何を言うのだ。貴様は、この混乱に乗じて俺を殺しに来たのではないのか。

「わたしがここを抑えます。そのために騎馬を十騎ください」
「十騎で何ができる。爛華の軍も、直にこの村を離れる。今更殲滅など」
「この兵をここに残したままで拡散して逃げたところで、東北王の追撃から村人すべてを守りきることなど不可能です。ならば、追撃の無意味さを知らしめてやればいい。先遣軍を壊滅させ、敵の戦意を挫く。あの男ほどの戦術家なら、先遣隊の全滅に追撃の意味を再考するでしょう。あなたは、東北王の攻撃をかわし、村を救った英雄になる。英雄は新たな地で、来るべき日に備え戦力を蓄えてください」

 正気か、と生高は思った。まず、五百はいるだろう張攬把の先遣軍を壊滅させようということ。そのことによって張攬把は自分たちへの評価を改めるだろうということ。そしてなにより、この状況を作り上げた自分に、もう一度村を総べろと、この男は言うのだ。

 さすがに血の気を失ってきたのか、膝をついたままの翔の体がぐらりと揺れた。そこに駆け込んできたのが爛華。すんでのところで翔を抱きかかえた。
 翔は、子杏の行方を聞いた。

「安心しろ、すでに村を出した。お前はこんなところで何をしているんだ!行こう、ここももう危ない」

 爛華はそこまで言って、あらためて生高に向き直り、片膝をついて戦況を伝えた。村人の退避は完了、村内の敵兵三百程度、時期に三百ほどが合流するだろうということ、こちらの残存勢力は五十機程度。

「十分だ」

 翔はそう呟いた。やがて立ち上がって、生高の顔を見た。
 生高はあのときのことを思い出していた。父を殺され、母と兄弟を殺され、瀕死の文秀を前に、鬼神の如く自分を見つめる、翔の黒い瞳を。

「迷っている時間は無い、命令を、攬把」

 翔は生高を攬把と呼んだ。憎むべき、親の仇を。
 そうして生高は思った。この男は、正気だ、と。あの時とは違う、心を見失った人形ではない。
 生高は翔の要求通り、爛華に騎馬を出すよう伝えた。爛華は意図を掴めずにいたが、「現場に出たら、文山の指示に従え」とさらに指示を加えられ、「明白了」と、拳を手に当てた。
 
「俺はどうすればいい」
「逃げてください。あなたは必ず、生きて」

 それだけ言うと、翔は出血が続いている右肩を抑えてようやく立ちあがり、階段を下りて行った。爛華は自分の部下をこちらに寄越しますとだけ生高に伝え、翔を追いかけた。
 
 なんだというのだ、あの男は。

 だがしかし、この状況であの男に頼るしか、この村を守る術を、私は持ちえないのだ――。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。