大陸の覇者(6)

 
 生高が声をかけるより早く、翔は膝をつき、頭を垂れた。右肩からぼたぼたと血が落ちた。

「罪人である自分が、村を総べる梁攬把の前に、許しなく参上したこと、お許しください。お願いがあります」

 生高は完全に不意を打たれた形になった。どんな敵が来ようと、迎え撃つ心は決めていたが、まさかここで一族の敵が現れようとは。しかもその敵は、打ち損ねた自分の「敵一族」を前に、武器もなく、無防備に頭を下げ、まるで敵意は無い。
 この男を殺さず、生かしておいてのは自分だ。それでも、互いに互いの家族を殺しあった以上、これ以上歩み寄ることはできないことも理解していた。ならばなぜ、生かしておいた。秀でた弟がそうしろと言ったからか。否。

 翔の右肩からはとめどなく血が流れ続けていた。片膝をついて意識を保っているのも辛いはずなのに、まるで痛覚を失った人形のように、翔はそこを動かない。あのときと一緒なのか、と生高は思った。普段の大人しい翔ではなく、まるで正気を失い、人間としての情を失い、鬼神の如く怒りを爆発させた、あの時と。

「なんだ」
「あなたはここを離れてください。あなたがいなくては、この村を再建できない」

 いきなり何を言うのだ。貴様は、この混乱に乗じて俺を殺しに来たのではないのか。

「わたしがここを抑えます。そのために騎馬を十騎ください」
「十騎で何ができる。爛華の軍も、直にこの村を離れる。今更殲滅など」
「この兵をここに残したままで拡散して逃げたところで、東北王の追撃から村人すべてを守りきることなど不可能です。ならば、追撃の無意味さを知らしめてやればいい。先遣軍を壊滅させ、敵の戦意を挫く。あの男ほどの戦術家なら、先遣隊の全滅に追撃の意味を再考するでしょう。あなたは、東北王の攻撃をかわし、村を救った英雄になる。英雄は新たな地で、来るべき日に備え戦力を蓄えてください」

 正気か、と生高は思った。まず、五百はいるだろう張攬把の先遣軍を壊滅させようということ。そのことによって張攬把は自分たちへの評価を改めるだろうということ。そしてなにより、この状況を作り上げた自分に、もう一度村を総べろと、この男は言うのだ。

 さすがに血の気を失ってきたのか、膝をついたままの翔の体がぐらりと揺れた。そこに駆け込んできたのが爛華。すんでのところで翔を抱きかかえた。
 翔は、子杏の行方を聞いた。

「安心しろ、すでに村を出した。お前はこんなところで何をしているんだ!行こう、ここももう危ない」

 爛華はそこまで言って、あらためて生高に向き直り、片膝をついて戦況を伝えた。村人の退避は完了、村内の敵兵三百程度、時期に三百ほどが合流するだろうということ、こちらの残存勢力は五十機程度。

「十分だ」

 翔はそう呟いた。やがて立ち上がって、生高の顔を見た。
 生高はあのときのことを思い出していた。父を殺され、母と兄弟を殺され、瀕死の文秀を前に、鬼神の如く自分を見つめる、翔の黒い瞳を。

「迷っている時間は無い、命令を、攬把」

 翔は生高を攬把と呼んだ。憎むべき、親の仇を。
 そうして生高は思った。この男は、正気だ、と。あの時とは違う、心を見失った人形ではない。
 生高は翔の要求通り、爛華に騎馬を出すよう伝えた。爛華は意図を掴めずにいたが、「現場に出たら、文山の指示に従え」とさらに指示を加えられ、「明白了」と、拳を手に当てた。
 
「俺はどうすればいい」
「逃げてください。あなたは必ず、生きて」

 それだけ言うと、翔は出血が続いている右肩を抑えてようやく立ちあがり、階段を下りて行った。爛華は自分の部下をこちらに寄越しますとだけ生高に伝え、翔を追いかけた。
 
 なんだというのだ、あの男は。

 だがしかし、この状況であの男に頼るしか、この村を守る術を、私は持ちえないのだ――。

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