桜花往生

kanayano版日本近代史。

2014/07/13(Sun)

大陸の覇者(4)

***


爛華は馬上である。
軍議解散の後、攬把生高を席上に残して孤軍奮闘している。爛華軍、数八十。すでに張軍の先遣団が村の中に入り始めている。逃げ遅れたものを見つけては部下を附けて外を逃がしてやり、敵とぶつかれば果敢に銃剣を取った。村への初弾から約2時間、爛華の軍の損耗率は1割に満たない。

馬上で一人切り倒し、首筋に流れている名も知らぬ敵の返り血を袖で拭った。ぐるりと村を見渡す。方々から火が上がり、敵味方双方の剣戟だのモーゼルが銃撃音を響かせている。爛華の軍にも弾装填の効率のいいかの銃を使い始めていたが、張軍のような潤沢な資金の無いこの村の重火器の装備で、敵の火力には遠く及ばない。
爛華は耳を澄ませた。熱く荒んだ空気の中に、女子供の声は聞こえない。部下が伝令に来た。非戦闘員の避難はほぼ完了、わが軍の損害戦死8、負傷10、敵軍本陣は半刻以内に到達せんと予測せり。爛華は自分よりも年上の部下に「明白(わかった)」と呟いた。

「連中が来る前に撤退する。攬把をお連れしろ」
「当家、残るおつもりですか」
「ばか、しんがりを務める。伝令次第おれに付き添え」

 部下は微かに顔に喜色を浮かべて、馬の腹を蹴った。かの男、名を呉風(ウーフェン)という。齢30。爛華は今年25になる。戦闘時は爛華の立場が上であるが、人生の経験は呉風が上である。平時では、爛華は呉風を兄として慕っている。呉風は爛華の気質を理解し、上のような気を使った。
 
 燃え尽きた家屋が音を立てて崩れた。その陰から騎馬兵が二人向かってきたので、モーゼルを左手に持ち替え、剣を抜きがけに一頭を切り倒した。もう一人は、爛華の別の部下が相手をした。その決着を見ぬ間に、月を背にして馬を走らせた。村はずれの牢獄。友人が長く、そこで暮らしている。語弊を許せば、そこに存在し、ただ息をしているのだ。
 
 飾り気もない混凝土の建物が、友人が捕えられている牢獄であったのだが、そこはすでに砲弾によって壁も屋根も粉々に吹き飛ばされていた。爛華はゾッとして馬を降り、混凝土の瓦礫をかき分けたものの、それらしき人影はなかった。安堵の溜息。すぐに息を吸い込み、馬に飛び乗った。3年も牢獄につながれたままの友人が、この混乱の中を逃げ切ることなどできるわけがない。
 部下たちは引き上げを始めている。遭遇した敵をなぎ倒しながら見方を叱咤し、一方で友人を探した。友人は先代当家の一家を殺害した犯罪人である。本人の事情を酌量したとしても、到底許される罪ではない。とはいえ、ここで見捨てられたまま死んでいい理由もない。

***

 月光が味方している、と子杏は思った。先ほどまでほとんど息をする粘土のような存在であった翔が、子杏の手を引いて全力で走っていた。子杏の手を握る力は信じられない程強く、この状況でなければ痛いと主張したいほどだった。目指す先はおそらく、子杏の家だ。ただし、人の足で全速力で走ったとしても、ここからでは半刻はかかる。
 子杏は翔に安全な場所に逃げよう、とは言わなかった。頭上では弾丸は飛び交っているし、行く手にもすでに何度か、敵の襲撃を受けた。馬上から銃口を向けられると、まるで弾丸を見切れているかのように体を逸らし、子杏を守った。建物が崩れ落ちた残骸から木材を掴みだし、馬上の兵を叩き落とした。翔は表情を変えず、次々と目の前の脅威を排除していく。まるで鬼神だ、と子杏は思った。しかし、自分が命の危険にさらされるような状況であるというような恐怖は、嘘のように感じなかった。ただ、翔に掴まれた左手首が、熱を持ったように熱かった。

 子杏がふと家のことを考えた瞬間、どおっと爆風に巻き込まれ、翔とともに吹っ飛んだ。翔は子杏の腕を引いて抱きかかえ、衝撃から彼女をかばい、背中を強打した。子杏がそれを気遣おうとするより速く、二人を目がけてきた敵兵を翔は殴り倒した。その敵兵が持っていた青竜刀をまだ煙のたちこめる場に投げ込むと、男の悲鳴が聞こえた。子杏はまた手を強く引かれ、そうして翔は、青竜刀を胸に食らって転倒した男の乗っていた馬をいなし、先に子杏を乗せ、自分も乗り、馬の腹を蹴った。たずなを握ると、馬は始め抵抗したが、すぐに翔のいうことを聞いた。そういえば、翔は昔からよく馬に好かれていたな、と子杏は思った。

 馬の足で、10分もしないうちに子杏の家についた。人の姿は無く、建物は無残にも炎に包まれ、なじみの壁がガラガラと崩れ落ちていた。

「妈妈!」

 子杏は馬上から叫んだが、反応は無かった。祖母と、妹の名前を呼んだ。同時に、家の支柱が折れ、翔は馬を引いた。その瞬間銃声がして、子杏が自分が被弾したと思った。痛みが来ないので翔に振り向くと、子杏をかばう形で、翔が右肩に被弾していた。

 翔の体が一瞬、後方へ揺らいだ。子杏は翔が落馬しないよう、その体を抱きとめようとしたが、一瞬間に合わず、二人で地面に体をたたきつけた。

 ようやく子杏が顔を上げると、目の前に銃口を見た。なんとか翔だけでも助けたい、動かない翔を庇うように、子杏は身を乗り出した。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。