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大陸の覇者(3)


***

 翔の獄舎は、村のはずれにある。
 中心から南西、切り立った崖を眼前に、掘っ建てた小屋は半地下の状態で風通しも悪い。混疑土で固めた床と、鉄格子が翔を拘束している。
 もうほとんど自発的な行動をとろうとしない翔は、寝ることにも食べることにも興味を失っている。さまざまな体の不調にも意識が回らず、ただ薄らぼんやりと鉄格子の外を見やるだけだ。普段は小屋の扉も閉まっていて何が見えるわけでもない。が、彼女がやってくるときだけその扉が開かれる。特に朝。彼女が「早好!」と声をかけながら扉を勢いよくあけると、季節に応じた新しい空気とともに、差し込む陽の光が、翔への唯一の刺激となる。まぶしくて目を閉じると、鉄格子をがちゃりとあけた彼女が、あらためて「おはよう」と翔に声をかけ、抱き起す。陽の光によって強制覚醒された翔は、ようやく瞼をあけて彼女のことを思い出そうとする。

 楊和(ヤン・フー)。

子杏(シーチュアン)と呼ばれている。翔がここに幽閉されてよりずっと、彼女が翔の面倒を見ている。朝はこうして朝餉を運び、小屋の掃除をして翔の排泄物もかたずける。昼飯の後は子杏は鉄格子の前で縫い物など家内作業をしていて、思いついたように翔に話を振ったりする。翔は何も答えない。それでも子杏は会話をする。やがて夜になる前に翔の体を拭いてやり、夜飯を用意し、そうして家に帰る。
 子杏は翔よりも2つ年上で、齢23。翔がチウのもとで暮らしていた時からの知り合いで、翔の叛乱の前に村の男と結婚。しかし、旦那はここにいたるまでの戦闘で死んだ。その後は結婚もせず、幼馴染である翔の面倒をせっせと見ているのである。
 3年たっても翔の状態は良くならなかった。子杏は知っている。カケルは苦しみ続けているのだ。おのれの所業を。大切な人を自ら手にかけてしまったことを。かれが彼自身を呪い続ける限り、翔が立ち上がることは無い。だけどこの子は、あの文秀が守ろうとしたんだ。生高攬把も、彼を生かしている。カケルは生きなければならないんだ。それに、早く気が付いてほしい――。

「カケル!」

 夜半、子杏が翔の幽閉されている扉を勢いよくあけた。月明かりが暗い小屋に入る。翔に特に反応は無い。それでも子杏は鉄格子にすがりついて状況を伝えようとした。

「大変なの、村が馬賊に襲われてる。チャンの軍だとみんなは言っているわ。ここは危ない、早く逃げましょう」

 切迫を告げても、翔の表情に変化はない。子杏は鉄格子を空け、腕をつかみ、翔をそこから引きづり出そうとした。翔は起き上がろうとしなかった。

「今ならだれも咎めはしないわ。攬把にだってあたしが掛けあうから」

 小屋の外でドオンと音がした。たくさんの馬の蹄の音、そして男たちの声が聞こえる。銃声が重なり、それらは地面を振るわして翔と子杏にも伝わった。子杏は様子を見に外に出て、すぐに引き返してきた。小屋の壁にも銃弾が当たり始めている。
 その時初めて、翔の手が動いた。焦点の定まらぬ目は、子杏を見てはいなかった。長く自分の意思を持たなかった腕は、ゆっくりと子杏の手に触れて、そして自らの腕をつかむ子杏の腕を引きはがした。
 カケルがおのれの意思を見せた――!そのことに子杏は驚き、そして嬉しく思い、しかし事の急をすぐに思い出して、素早く強く翔の腕をつかみ、先ほどよりも本気で、翔をそこから引き出そうとした。それよりも強い力で子杏は振り払われ、後ろに吹っ飛んで壁に背中を打った。ほぼ同時に、子杏のよく知る女が、真っ青な顔で飛び込んできた。

「大変だよ子杏!」
「何しているの、早く逃げて、ここは危ない」
「あんたの妈妈(母さん)が逃げ遅れて」

 子杏の背筋に冷たいものが走った。奥歯を噛みしめ、女が共に来るよう促すのを見ていた。底知れぬ絶望感。今行ったら間に合うだろうか。行かねばならないだろう、しかし、子杏は腰が抜けてその場から動けなくなった。外では銃弾の音が絶えず響き、その跳弾が女の頬を掠めた。女は短く悲鳴を上げてその場に尻もちをついた。
 女はすぐに立ち上がって子杏の腕を引いたが、子杏は立ち上がることができなかった。先ほどまで一緒だった母親のすがたが脳裏に浮かんでいた。祖母と祖父はどうしただろうか。10歳になる妹は、無事に逃げられただろうか。そのすべてが、自分の理想の状況に結びつかなかった。 

「帮助(助けて)」

 掠れた声で、子杏は呟いた。

「帮助妈妈(お母さんを助けて)」

 子杏は涙を流しながらそうつぶやいた。その瞬間、大きな爆風が小屋の壁を吹っ飛ばした。子杏も女も、したたかに体を打ちながら、かすり傷で済んだ。子杏ははっとして鉄格子を振り返った。カケルは大丈夫か。鉄格子はその上半分が吹っ飛んでいた。屋根ごともぎ取られた小屋を、月光が照らした。
 ガラガラと瓦礫を落としながら、翔が上半身を起こした。隣で女が恐ろしいものを見たように、息をのんだ。子杏は翔に駆け寄ろうとしたが、どうやら足を深く傷つけたらしく、動くことができなかった。

 その時、喉から空気が漏れ出るような言葉で、翔は子杏を呼んだ。子杏は聞き違いかと思った。翔の目は、いまだ光を映していない。子杏は「什么?(なに?)」と聞き返した。翔は再び口を開いたが、子杏には聞こえない。動かない足を引きずり、ようやく翔にたどり着くと、翔の上半身がぐらりと揺れた。子杏はそれを抱きとめた。

「カケル」
「――。」

――生高に会わせてほしい。

 子杏の腕の中で、翔はそう、呟いた。

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