大陸の覇者(2)

伝令は、張軍の侵攻を伝えている。

夜半過ぎに、この村は射程範囲に入るだろう。張軍は、斥候という名目で1度に百に近い騎馬隊を送り込むことを連日行っており、その対応に生高の軍の戦力は徐々にすり減っていた。もと5千超あった生高の軍だが、今から近隣の有効戦力を集めてもせいぜい1千騎馬。対する張軍は8千と伝令は伝えている。戦場の摂理は数でなく戦略とは言うが、さすがに村の女子供を守りつつ、奇跡の逆転を願うことはできない。先手を打つことも、守りに徹するのも、今の生高の理解では、この村に勝ち目はない。張軍は、その後の報復を根絶するため、村の女子供も根絶やしにするという。凄惨な情景だが、生高には理解できる。自分らに家族を殺された少年が、生高の家族を討ち果たした。しかも、たった一人の少年が、だ。

「攬把、南西の角然の一軍は、張の幕下に下りました。数150。進軍を開始しています。張の本軍とほぼ同時刻に村の境界にいたりましょう」
「角然が寝返っただと!?あれは先日、春節の祝賀と称して、攬把に貢物を献上したばかりではないか!」
「許平兵に続いて3例目か。この情勢においては、想定できない事態ではなかったが」
「攬把、打って出ましょう。現時点において後手に回ることは、もっとも攻勢に出にくく、陣形も組めません」

 生高の周りにいるのは6人。それぞれが当家と呼ばれる部隊長で、同時に生高の軍の参謀でもある。彼らが、張軍に対する対抗策を議論している間にも、生高は口を閉ざし、村を中心とした地形図を眺めている。生高の指示で当家たちが3年をかけて作り上げた、軍用地図である。地元の人間しか知り得ぬ抜け道や、散会後の集合場所、奇襲の際の陣形配置などがこまかに記されている。伝令によると、張軍は北西の方角からやってくる。崖下に広がる生高の村の、唯一の入口である。生高を裏切った角・許の軍は、おそらく東南からくる。ここは崖のもっとも傾斜の甘い地域であり、熟練の騎馬隊であれば下ることは可能。この村の地形を理解している人間にしかとり得ない進路である。
 兵を分散させるわけにはいかない、と生高は考える。張本軍を迎え撃つには、現勢力のすべてをぶつけても勝機は望み薄なのだ。死ぬための戦はしたくない。

「非戦闘員を避難させろ。地点は分散。5人程度の家族に1人、騎馬の護衛を付ける。その際、村正面、そして後方「登亀壁」からの脱出を避けること。半時で完了しろ。出たあとも、張本陣からの早駆が索敵していることも考えられる。注意を怠るな。戦闘終了後、『亞』の地点にて合流する」

 馬と呼ばれる当家が力強く返事をし、部屋を出て行った。張軍侵攻まであと3時間程度。守りながらの戦闘は圧倒的に不利だ。守る側、守られる側双方に被害が出る。
 さあ、ここからどう出る。

「攬把、われわれも逃げましょう」

 残った4人の当家も、そして生高も思わず顔を上げた。それは当家の中でも最も若い、李爛華(ランホア)であった。生高が下した馬賊の頭領がここの当家となることが多い中で、爛華は生まれも育ちもこの村で、まだ先代が生きていたころから生高を共に馬を並べていた人物である。
 その爛華が逃げるという。あるものは落胆し、あるものは怒号を上げた。爛華、貴様の武勇は見かけ倒しか。窮地に陥った今、本性を現したな!
 爛華はじっと生高の顔を見ていた。周囲の怒号は、爛華の耳には入っていないらしい。生高は「聞こう」と応えた。

「勝つことは無理です。特攻して守備隊が全滅すれば、散会した村の人たちが指定地区にたどり着く前に索敵に捕まります。どちらにしろ全滅です。張軍はおそらく、真正面からこの村を落としに来ます。いずれにしろ、この土地は連中の手に渡ります。ならばいっそ、この村を、この土地を、囮に使います。われわれは少人数、ここに残り、時間を稼ぎます。みなさんは、脱出した村人を一人でも多く、遠くに逃がしてあげてください。私たちは、張軍を少しでもここに留めます」
「爛華、あれだけの敵勢を前に、戦いもせずに逃げろというのか。馬賊にも、われわれにも貫くべき道というものがあるのだぞ」
「あなたがたは攬把の幕下に下った時点で、馬賊でも匪賊でもない。はき違えるな。貴様らを統率するのは、梁生高攬把、その人だ」

 なにやら呑み込めぬ当家たちを意に介することなく、爛華は生高の反応を待った。この村が武力を持つ根拠は、外敵から村人の生活を守ることであり、領地争いではない。この土地がなければ、また新たな場所で村を構成すればいいのだ。その大元をたどるなら、今回の戦争に勝たなければならない理由は無い。ならばこの村の持ちうる武力は、村人を一人でも多く生き残らせることに目標を変更すべきだ、爛華はそう言ったのである。

「ここには私が残ります。攬把、今のうちに」

 爛華のまなざしに迷いはない。残り4人も、この場ではそれが最善と納得するものもいる。納得がいかぬ血の気の多い当家の一人は、「俎上之鱼!(どうにでもなれ!)」といってタバコをふかし始めた。態度に差こそあれ、大方爛華の進言が妥当だと、皆理解したのだろう。当家たちも一軍を率いる統率者なのだ。戦の引き際を理解している。
 村内に残る爛華の隊は約2百。先の指示で村人の護衛に出たのが150。村外に出る生高軍の主力は650となる。
 方針が決まった。張軍の予想侵攻時刻まで2時間。あとは村内に張軍を迎え撃つ準備をするだけだ。

 そのとき、轟音と共に猛烈な風圧が部屋のガラスを内側に吹っ飛ばした。事態をすぐに呑み込んだ当家らは自らの持ち場に走り出す。爛華はひしゃげた窓枠から外の様子をうかがった。村人はいない。馬の蹄の音が聞こえる。距離は千。砲弾を撃ち込まれる可能性は否定できないが、急げば準備も間に合うかもしれない。

「攬把、行きましょう!」

爛華ははっとして振り向いた。生高はまだそこにいた。当家の一人が、腕を引こうとしている。だが生高はそこを動こうとしない。

「予定よりずいぶん早かったな」
「ええそうです。これから連中を迎え撃つ準備に入ります。攬把、あなたも劉当家とともに、脱出を」
「悪いが残らせてもらう。劉、貴様は先に行って本隊と合流、村の連中を援護しろ。爛華」

 爛華は名前をよばれ、背筋を伸ばした。生高はこの想定外の非常事態においても動揺している様子はなかった。
 ふと、先代当家を思い出した。そうだ、こうして、物言わず人を従わせる力を持った人だった。
 その先代を殺したのは、無二の友人だった。咎を犯した友人をかばったのが自分で、そうして先代は友人に殺されたのだ。
 先代の幻影に、爛華は反射的に「到(はい)」と返事をした。

「いざという時に俺を使え。足止めくらいにはなる」

 爛華は劉当家に行け、と指示をした。まだ躊躇っている劉に「こちらは任せろ」と言ってやった。劉も爛華も同じ当家である。同じ戦場を駆けた誼、それ以上の後腐れは無用だった。
 この村の指導者を戦場に残すという判断は、決して肯定されるべきものではないと、爛華も自覚している。だがこの場において、もっとも優先されるべきものを顧みたときに、生高自身の判断は、確かに妥当であるのかもしれない。

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