スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

--/--/--(--)
スポンサー広告

田園都市、春(16)

使用人たちの腕を振り切るようにして、かたっぱしから部屋の扉を開けていく。4つ目の部屋は障子で、取っ手に手をかけたところで中に人の気配がした。古巻はその腕に力を込めるとためらいなく開け放った。

6畳ほどの和室に、スヨンがいた。
ぼろぼろの服のままで。畳に横たわり、ようやく顔だけ上げて、古巻の顔を見た。
食ってない。古巻は直感的にそう思った。
スヨンはそのまま意識を失うようにまた顔を伏せた。古巻が駆け寄り、抱き起した。しばらく風呂にも入っていないらしい。ひどく異臭がした。

「大丈夫か。帰ったらなんか食わせてやる」

古巻はスヨンを抱き上げようとした。するとさっきまで体を動かすことすらできなかったスヨンが、古巻の腕を拒んだ。

「なにしに 来たの」
「何ってお前、バラックからいなくなったというから、先生たちが心配して探しているんだぞ。お前が来るところといったらここしかないだろう。だから連れ戻しに来たんだ」
「頼んでない」
「そんな状況で何いいやがる」
「頼んでない!」

 古巻の腕から逃れて、体が畳に落ちたスヨンは、ようやく上半身を起こした。

「旦那様に母さんのこと、伝えるんだ」
「お前らを捨てた男だぞ。今更なにを義理立てする必要がある」
「捨てられたんじゃない。あんたたちがそう勝手に判断しているだけだ。旦那様はいくところのない母さんとあたしを助けてくれたんだ。母さんは最後まで旦那様に感謝していた。そのことを伝えなくちゃ。あたし、それまでここを動かない」
「バカかお前!仙内はいつ戻ってくるかわからぬ、その前にそんな状態ではお前が先に死んでしまう」

 古巻は改めてスヨンの手を引いた。痣だらけの細い腕。顔には大きなけがはないようだが、着物の襟もとから除く肌にも、大きな赤い痣があった。
 仙内の細君は先ほどから、使用人を後ろに控えさせて、二人の様子を眺めている。

「丁重に持て成しているのではなかったのか」
「持て成しておりますわ。わざわざ部屋まで用意してやったのですよ。迷い込んできた犬に、こうして人間と同じ屋根の下で暮らさせてやっているのです。格別の扱いではなくて?」
「犬?」
「犬ですわ。帝国臣民の飼い犬。そうでしょう?」

 古巻はもはや、この女と話す気も失っていた。頭の中の深いところで、なにかがぐつぐつと燃え滾るような思い。それを体内に押しとどめながらスヨンに振り返り、抵抗する少女に一切構わず、抱き上げた。スヨンはさらに抵抗し、なにやら叫んでいたが、古巻はそれすら聞き入れなかった。

 スヨンを抱えて仙内邸を進むと、それを蔑むような視線を痛いほど浴びたが、門を出ても二人を追ってくるものはいなかった。警察に通報するといっていたが、まあいいだろう。先生には少し頭を下げてもらうことになるかもしれぬが、スヨンを確保できたことは何よりの成果だった。

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

2013/01/27(日)
4、田園都市、春

| ホーム |
Page Top↑
▲ Page Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。