桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2013/01/27(Sun)

田園都市、春(16)

使用人たちの腕を振り切るようにして、かたっぱしから部屋の扉を開けていく。4つ目の部屋は障子で、取っ手に手をかけたところで中に人の気配がした。古巻はその腕に力を込めるとためらいなく開け放った。

6畳ほどの和室に、スヨンがいた。
ぼろぼろの服のままで。畳に横たわり、ようやく顔だけ上げて、古巻の顔を見た。
食ってない。古巻は直感的にそう思った。
スヨンはそのまま意識を失うようにまた顔を伏せた。古巻が駆け寄り、抱き起した。しばらく風呂にも入っていないらしい。ひどく異臭がした。

「大丈夫か。帰ったらなんか食わせてやる」

古巻はスヨンを抱き上げようとした。するとさっきまで体を動かすことすらできなかったスヨンが、古巻の腕を拒んだ。

「なにしに 来たの」
「何ってお前、バラックからいなくなったというから、先生たちが心配して探しているんだぞ。お前が来るところといったらここしかないだろう。だから連れ戻しに来たんだ」
「頼んでない」
「そんな状況で何いいやがる」
「頼んでない!」

 古巻の腕から逃れて、体が畳に落ちたスヨンは、ようやく上半身を起こした。

「旦那様に母さんのこと、伝えるんだ」
「お前らを捨てた男だぞ。今更なにを義理立てする必要がある」
「捨てられたんじゃない。あんたたちがそう勝手に判断しているだけだ。旦那様はいくところのない母さんとあたしを助けてくれたんだ。母さんは最後まで旦那様に感謝していた。そのことを伝えなくちゃ。あたし、それまでここを動かない」
「バカかお前!仙内はいつ戻ってくるかわからぬ、その前にそんな状態ではお前が先に死んでしまう」

 古巻は改めてスヨンの手を引いた。痣だらけの細い腕。顔には大きなけがはないようだが、着物の襟もとから除く肌にも、大きな赤い痣があった。
 仙内の細君は先ほどから、使用人を後ろに控えさせて、二人の様子を眺めている。

「丁重に持て成しているのではなかったのか」
「持て成しておりますわ。わざわざ部屋まで用意してやったのですよ。迷い込んできた犬に、こうして人間と同じ屋根の下で暮らさせてやっているのです。格別の扱いではなくて?」
「犬?」
「犬ですわ。帝国臣民の飼い犬。そうでしょう?」

 古巻はもはや、この女と話す気も失っていた。頭の中の深いところで、なにかがぐつぐつと燃え滾るような思い。それを体内に押しとどめながらスヨンに振り返り、抵抗する少女に一切構わず、抱き上げた。スヨンはさらに抵抗し、なにやら叫んでいたが、古巻はそれすら聞き入れなかった。

 スヨンを抱えて仙内邸を進むと、それを蔑むような視線を痛いほど浴びたが、門を出ても二人を追ってくるものはいなかった。警察に通報するといっていたが、まあいいだろう。先生には少し頭を下げてもらうことになるかもしれぬが、スヨンを確保できたことは何よりの成果だった。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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