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田園都市、春(15)

「どういうことです、スヨンがいなくなったってことは、ミヨンさんはどうしたんです」
「あそこに、あの二人が住んでいた小屋はもうありません。あの一角はすでに取り壊されています」
「一体なんで」

そこまで言いかけて、古巻も察しがついた。千鶴もすでに気が付いているようだった。

「取り壊しになったのは、ミヨンさんが亡くなってすぐのことだったそうです。私が3日前にバラック街に行ったときは、すでにその一角は無くなっておりましたし、ミヨンさんやスヨンの姿もありませんでした。近くの住民に顛末を聞いたら、以前より開発のためにかの一角を区画整備する話が上がっていて、彼女たちが最後の住民だったのだそうです。ですから、ミヨンさんの逝去と同時に、その一角を府に売ったのだとか」
「そんな、じゃあスヨンは」

そういいかけて古巻は立ち上がり、駆け出そうとする。当然ながら桜花から静止の声が掛かった。

「ですから、今人をやって探させているのです。あなたは大人しくしていなさい」
「あんたもずいぶん冷血だな。あの親子に関わっていったのはあんたじゃないか」
「わたしは、私がするべきことを優先します。それに、この広い東京で人ひとりを探すのにかけられる人手も限られている以上、効率的に探さねばならない。今あなた一人が捜索に関わったところで、その効率が上がるわけでもない。弁えなさい」
「悪いが、あんな小さな子供一人、3日も探して見つからないような連中にまかしておける気がしない。先生、あんたも人が良すぎるんだよ。手遅れにならないうちに、おれは行かせてもらいます。では、また後で」

 古巻は再度の桜花の静止を聞き止めることなく、その場を後にした。
 直感的に、スヨンの行先に見当がついたのだった。ミヨンとともに長く住み込んでいた仙内邸。最終的にスヨン親子は仙内に裏切られる形となったが、数年間親子の面倒を見てくれたことも確かで、スヨンはおそらく、ミヨンの死を仙内に伝えようとするだろうと古巻は考えたのだった。しかしおそらく、かの家は夫婦仲も睦まじくなく、仙内は長く家をあけているのだろうし、それでも仙内邸を訪ねたスヨンを留守宅のご内儀が見止め、屋敷内にとどめ置く可能性がある。ミヨンの顔に痣を拵えるような扱いをする女なのだ。それは夫婦間の不仲を他人に八つ当たりすることで解消しようとする性なのかもしれないし、それが世間的に被支配民族と言われている半島出身者のスヨンであれば、なおのこと罪の意識も感じないことであろう。彼女が仙内に会わせてほしいと懇願に来たとしたら、それを留め置く可能性は十分に考え得る。新潟に出稼ぎに行っているという父親のもとに行くというパターンもあり得るが、そもそも5年前から音信不通であるという。現実的には考え難い。

 古巻は自らの直感を信じ、日暮里へ向かった。
 桜花はもしかしたら、そのことには気が付いているのかもしれない。しかし仙内へ手前、強硬に手を出せずにいるという状態なのかもしれないと古巻は思った。
 
 だったらなんだというのだ。
 人ひとりの命がかかっているのだぞ。

 もしかしたら、自分の推測は外れているかもしれないが、少なくともこれ以外で、直接スヨンの命にかかわることは考えにくい。仮に新潟に向かったのだとしても3日では飢えることもないだろう。電車賃があるとも思えないから、仙内邸を覗いた後に追いかければ十分間に合うはずだ。少なくとも今考え得る最悪を潰すのが先だと、古巻は仙内邸の門の前に立った。西洋風の門構えをもつ立派な屋敷だった。大きく深呼吸をしてから、古巻はその敷地に足を踏み入れた。

 声を掛けると使用人と思われる中年の女性が対応した。まっすぐと要件を述べていいものか思案した挙句に、古巻が出した結論は、「ここに10歳くらいの女の子が訪ねてきていないか」と素直に尋ねることだった。女性はまず古巻の足先か頭頂を一通り眺めてから訝しげに首をかしげた。どうやらこの人は本当に心当たりがないらしいと古巻は判断するやいなや、女性を押しのけて家の中に侵入した。あわてた女性が引き止めるような声をかけたが、古巻は意に介さなかった。

 さすがに対応に困り果てた使用人が大声を上げると、古巻の突き進む廊下の前方に、若い女が立ちふさがった。彼女は半分暴漢じみた古巻に怯える様子もなく、屹然として古巻を検分した後、「何か御用かしら」と言い放った。古巻はこれが仙内の後家なのだと思った。ミヨンを虐待するような女なのだ、狂気じみているのかとも考えていたこともあってか、この対応には正直内心で関心した。

「スヨンが来ているはずだ。引き取りに来た」
「来ておりましてよ。ところであなたは何者?招き入れてもいないのに、不躾な」
「スヨンはどこにいる」
「主人の来客ですもの。丁重に持て成しておりますわ」

話をしていても埒が明かぬと古巻が歩を進めようとすると何人もの使用人たちが古巻を取り囲むようにして行く手を阻んだ。

「あなたのことは警察に通報させていただきますわ。人の家に勝手に上り込んで一体何様ですの」
「待て、スヨンがここにいるんだろう!いないのかスヨン!返事をしろ!」


『古巻おにいちゃん!』


 微かに聞こえたのみだった。しかし古巻には確かに聞こえた。
 確証を得た古巻は、使用人たちの手を押しのけ、目の前の後家を押し切って屋敷の奥へと急いだ。どこだスヨン。いま、助けに行くから。待っていろ。
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2013/01/05(土)
4、田園都市、春

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