桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/09/07(Fri)

田園都市、春(4)

 先ほど桶が直撃したこめかみのあたりが、今さらずきずきと主張を始めた。
 なるほど状況を理解し始めたことで、脳が冷静な判断を行えるようになったということなのか。

「ええと、ここはソンさんの家で間違いないですか」
「間違いはないけれど、あんたに用はないから!帰って!」
「あんたが用がなくとも、おれにはあるんだ。先生が、これをあんたたちに食ってほしいそうだ」

 ここに置いておくからと盆を下げたところで、少女がそれを蹴り飛ばしそうな勢いで向かってきたので断念した。つかつかと古巻の近くまで来た少女は、古巻の肩ほどまでしかない身長ではあるが臆することもなく顔を上げて、古巻と対峙した。

「いらない。帰って」
「人の親切は有難く受け取るものだぞ」
「日本人の施しなんていらない。そんなものにあたしは騙されない」

 見た目は10歳を出たあたりの少女である。少なくとも彼女よりは年上に見えるであろう古巻に対して、遠慮をするというふうもない。この時代において、半島出身者が日本人に不審を抱くことは致し方がなかろう。しかしこうにも面と向かって嫌悪感をあらわされると、それはそれで心に響くものがあった。国中の空気は、こんなこどもにも不安を与えているのか。それは気に留めておかねばなるまいな。

「そうかい。じゃああんたは食わなくてもいいから、あんたの母親に食べさせてやってくれ。これ、先生から預かった薬だ。頼んだぞ」

 少女は差し出された薬を盆ごと払いのけた。どんぶりがひっくり返り、煮汁が土にすわれていく。
 これには古巻も少々頭に来た。事情はあれど、桜花の好意を無下にしたことには、一言言っておきたいと思った。

「言っておくがな、確かにあの人はちょっと抜けてるところもあるし、おれの失敗をこっそり笑ってるようないやなとこもあるけれど、人を見る目とやっていることは確かなんだ。なんで先生が朝鮮人と関わろうとするのかおれには解らんが、少なくとも見栄だの偽善的な慈善行為ではない。あんたが先生の何を知っているかは知らんが、先生が日本人だという理由で根拠なくつっぱねているんならな、直接先生の顔見て、食事も薬もいらぬといったらどうだ。あんたが今やったことは、あんたが嫌いな日本人がしていることと何も変わらんのだぞ」
「うるさい、日本人があたしに指図するな!」

 大人げないと自覚しながらも、つい声を荒げてしまい古巻の方も感情の引っ込みがつかなくなっている。先ほど強打されたこめかみは痛いし、わけもわからぬまま少女に罵声は浴びせられるし、何よりも平穏に過ごしたい古巻の春の昼下がりは台無しだ。あげく、桜花のお使いもこのままでは遂行できない状態になってしまう。少女と取っ組み合いのけんかを始めたい衝動を必死でこらえて、古巻は奥歯を食いしばった。相手はこども。相手は女の子!ここで自ら引くのが大人というもので――。

「スヨン」

 小屋の奥からか細い女の声がした。向こうの言葉のようで古巻には何を言っているのか正確なところが分からなかったが、どうやら少女に来いと言っているらしい。ごほごほと咳き込んでいる様子である。
 少女は去り際に古巻に視線をひとつ送ってよこした。まだ話は終わっておらず、おそらく彼女自身も訴えたいことはあったはずで、それを中途半端に幕引きすることへ後ろ髪をひかれているようだった。しかし例の声が重ねて少女の名前を呼ぶと、年相応の明るい声で返事をして、くるりと身を翻し、小屋の中へ入っていった。

 地面にぶちまけられた豚汁。
 あの様子では、おそらく食べることもままならない生活が続いているはずだ。強がってはいるが、病床の母親を抱えて満足に暮らしているとも思えない。古巻は体中の空気を入れ替えるつもりで大きく深呼吸をし、今度はやかんでも飛んでくるかもしれないと心積りをして、小屋の入口をくぐった。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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