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田園都市、春(2)

 住民たちが運んできた打ちっぱなしの木の台に、風呂敷を広げる。古巻が運んでいた大根やほうれん草などの食糧はその隣の籠に入れるよう指示を受けた。すると、普段家ではほとんど包丁を持たない桜花が、慣れた手さばきで包丁を振るい始めた。広場の真ん中では急ごしらえの竈に女が三人して火を拵え、大きな鍋をいかけていた。

 振る舞いでもするのか。
 朝鮮人街(ここ)で。

 10年前に、日本が韓国を併合して後、かの国からの入植者は格段と増加した。閉塞した韓国国内の状況から脱しようとしたもの、日本人によって連れてこられたもの、渡航の理由はそれぞれが持ち合わせているのであるが、それにしても、日本にわたってきた「朝鮮半島出身者」はほとんど例外無く、日本国内では厳しい対応を迫られているのであった。それは帝国主義との対外戦争を経て、欧米諸国を意識した、アジア諸国への日本人の「認識」というものに他ならない。その中でも台湾に続いて属国となった朝鮮半島については、日本がかつて経験したこともないような血と、国民の忍耐力を持って勝ち取った領土とあって、それは盟主国として被支配国に持ちうるべき尊敬や民族へのまなざしからかけ離れたものとなりつつある。それはいままで抑圧されていたもの――それは瓦解以前の封建的社会制度にも大きく起因している――から解放された、人間の心理としてもっとも素直なものであるのだろう、と古巻は思っている。古巻自身は特段、「半島出身者(かれら)」に対して抱いている感情は、無い。あるとすれば「悲愴だな」と、対象から至極遠い場所から眺めているような感想のみである。
 新聞や雑誌でも、「日韓同胞」などと宣伝されているのを見るが、時代の空気は日本人が朝鮮人に親しく声をかけることを許していない。支配国民と被支配国民は明確に区別され、かつそれらしい振る舞いをすることが求められているのである。生かされず、殺されずの状態でこのようなバラック街に押し込められている彼らに、桜花はこれから豚汁でも振舞おうというのだろうか。古巻が手を出そうか悩んでいるうちに、桜花はてきぱきと大根とほうれん草、シイタケ、人参を捌き、鍋に流し込んだ。豚肉の包を広げた若い女たちが歓声を上げていた。彼女たちは桜花に笑顔を向けると、それに包丁をいれ、一口分の大きさにしてこれも鍋に入れた。大きな鍋は蓋をされた。しばらくすると湯気が蓋をぼこぼこと叩き始めた。

「ほらほら、なに突っ立ているんです。お味噌の用意をしてくださいな」

 鍋番をしている桜花が、おたまでびしっと古巻を指した。古巻はちょっと面食らいながら、先ほど購入してきた味噌を適量とって、桜花の元へともっていった。煮干し出汁に味噌がふうわり溶けると、バラックの街中から茶碗をもった住人達が集まり始めた。30人はいるだろうか。
 桜花本人の口からはなにも聞かされぬまま、古巻はそうして住民たちへ豚汁を配ることを手伝わされた。古巻は勝手に、ありあわせの自分の知識を縫い合わせながら、「日本に来て仕事などでも不遇の扱いを受けているのだろう彼らに、桜花なりの慈善行為をしているのか」などと推察してみた。だがなぜわざわざ、上野までくる必要があるのだろうか。住民たちの反応からすれば、桜花はたぶんここにくるのが初めてではないのだろうし、そもそもなぜ、朝鮮人への貢献などと考えたのだろう。メディアを賑わせているのは昨日今日の話ではないし、そもそも、かれらへの支援がもし周囲に知れれば、桜花自身への風当たりはおそらく強くなるだろう。少し前に上流階級に貴婦人らに好まれた「ボランティア」とは、どうにも趣が違う気がする。
 などと思考を巡らせている間に、桜花に茶碗が二つ乗った盆を付き出された。自分は追加分を作らねばならぬから、あるところに届けてほしいという。

「いらぬと言っても、必ず食べるよう申し付けてきてください。特にオモニの方。あ、これ薬です。くれぐれも、お願いしますよ」

 桜花と鍋を取り囲む熱からぽいと放り出されたような形になり、古巻は桜花からの言伝をもう一度反芻した。この盆の行く先はバラック街の中でもさらに裏手の小さな小屋に住む母娘だということ。母親は重い病気で動けず、娘が世話をしているがその娘はここまで食事を取りに来ないのだという。なので、古巻が桜花の名代として、食事と薬をそこまで届けなければならない。
 
 ただ食事を届けるだけなのに、桜花が「くれぐれも」と念を押したことが古巻の中では引っかかっている。母親は病気で食が進まないということなのだろうか、それとも別の問題なのか。たいして深く考えることもせず、古巻は支持された母娘の住む小屋へと向かった。

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2012/09/05(水)
4、田園都市、春

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