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奇人二人(7)

***

古月の会社は、その基盤を関西においている。
現在は関東への足掛かりを作るべく、社長自らが東京を駆け回っているという状態。
「北条商会」の関東支店などというものはない。下町のボロ長屋に等しい貸家で、妻と娘の3人で暮らしている。

陸軍省の前で拾った女を抱えたまま、長屋の戸を引いた。
その音を聞き付けた妻と娘が、父親の帰りを出迎えた。
古月は、玄関にようやく女を降ろした。

「おかえりなさいまし」
「おう」

 妻・篠は旦那の連れ帰った若い女――朝重にも丁寧に会釈した。朝重もなんとも居心地の悪いような気がしていたが、辛うじて会釈を返した。
 が、顔を上げた明恵は、激しい眩暈を覚えて顔を臥せった。それを特段気にする様子もなく、古月はその横をすり抜けながら篠に言づけた。

「しばらくなんも食ってへんようやから、適当になんか食わして、ついでに風呂にでも連れてったれ。宿無しや」
「判りました」

 篠は相変わらず穏やかな表情のまま、三つ指ついて古月に頭を下げた。隣にいる娘のゆゑも、母親と同じようにぺこりと頭を下げた。
 
 古月の言いつけどおり、篠は明恵を銭湯に連れて行き、汚れた着物を洗濯し、自らの着物を与えた。そうして家に帰ってくると、白米に味噌汁、それに一品のおかずを提供してくれた。暮らしぶりは、質素なものだ。贅沢ができる環境ではないらしい。

「お聞きしてもよろしいですか」

 と、明恵はにこりともせずに言った。

「なんなりと」

 と、篠は相変わらずの穏やかさで答えた。

「あの男は一体何を考えているのですか。だいたい、あなたもあなたです。旦那がいきなり、わけのわからぬ女を家に連れ込んで、なんの断りもせずにその世話を言いつけるなんて!文句の一つでも言ったらどうです。この女は何者か、こんな昼間から帰ってくるなんざ、貴様仕事はどうしたのか、と」

「あの方がなさることですから、きっとなにか意味があるのでございましょう」

 明恵がカッとして、膳を両手で叩きながら篠に詰め寄る。

「それでいいのですか!?たとえば私があの人の情婦なのかもしれませんよ!?」
「ご心配なく。あなたは、古月さんの情婦にはなりえませんから」

 にっこりとほほ笑み、倒れた湯呑の片づけを始める篠。朝重はなんだか力が抜けて、その場にストンと尻を付いた。まるで暖簾に腕押しだ。
 なんとなく収まりのつかないが、米を書き込んでいる最中にもぐううと腹が鳴った。篠もそれに気が付いたらしく、明恵を見てくすっと笑った。

「お疲れのようですね」
「面目もありません。空腹に耐えかねてここまで甘えてしまいました。この礼は何れ必ず。それではここで失礼いたします」

 そういって食べかけの茶碗をおいて立ち上がろうとした明恵を、幼い手が留めた。

「行ってしまうのですか?」

 明恵は、こどもにどう接していいのか解らない。

「こら由枝」

 客人の行く手を遮った娘を諌めながら、篠が顔を上げた。

「お名前を伺っても?」
「……明恵(ともえ)と申します」
「帰る家はあるのですか?」
「あなたには関係のないことです」
「もし頼るところがないのなら、しばらくここにいてはどうかしら。私たちは、先日東京に来たばかりで、由枝もほら、話し相手が欲しいころなのです。どうかしら」
「お気持ち、有難く頂戴いたします。しかし私はこどものあやし方も知りません。きっとお役には立てません」
「そんなことあらへんよ。お前はようよう役に立つ」

 寝間着に着替えた古月が、襖をあけた。
 
「意味が解りませんが、別にあなたと何かをしようということはありません。先ほどはよくも邪魔をしてくださいましたね。ようやく舎人様に会うことができたというのに」
「お前が耕三郎のなんなのか興味はあらへんが、お前がいればまた耕三郎に会うことができるかもしれへん。しばらくここにいてもらうからそのつもりでいいや」
「こうして食事をいただいたことには感謝いたします。しかし奥方になにも告げずに連れ込んだ女を押し付けるとか、あげく拾い物の女に役に立てだの、あなたの人間性には大いに疑問があります。したがって、これ以上あなたに所縁を持ちたくはありません。わたしはここで失礼します」

 と、立ち上がると途端に眩暈を起こし、明恵はそこに倒れこんでしまった。
 不本意ではあるが、彼女は北条家で介抱されることになった。

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2012/07/28(土)
1、奇人二人

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