桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/07/28(Sat)

奇人二人(7)

***

古月の会社は、その基盤を関西においている。
現在は関東への足掛かりを作るべく、社長自らが東京を駆け回っているという状態。
「北条商会」の関東支店などというものはない。下町のボロ長屋に等しい貸家で、妻と娘の3人で暮らしている。

陸軍省の前で拾った女を抱えたまま、長屋の戸を引いた。
その音を聞き付けた妻と娘が、父親の帰りを出迎えた。
古月は、玄関にようやく女を降ろした。

「おかえりなさいまし」
「おう」

 妻・篠は旦那の連れ帰った若い女――朝重にも丁寧に会釈した。朝重もなんとも居心地の悪いような気がしていたが、辛うじて会釈を返した。
 が、顔を上げた明恵は、激しい眩暈を覚えて顔を臥せった。それを特段気にする様子もなく、古月はその横をすり抜けながら篠に言づけた。

「しばらくなんも食ってへんようやから、適当になんか食わして、ついでに風呂にでも連れてったれ。宿無しや」
「判りました」

 篠は相変わらず穏やかな表情のまま、三つ指ついて古月に頭を下げた。隣にいる娘のゆゑも、母親と同じようにぺこりと頭を下げた。
 
 古月の言いつけどおり、篠は明恵を銭湯に連れて行き、汚れた着物を洗濯し、自らの着物を与えた。そうして家に帰ってくると、白米に味噌汁、それに一品のおかずを提供してくれた。暮らしぶりは、質素なものだ。贅沢ができる環境ではないらしい。

「お聞きしてもよろしいですか」

 と、明恵はにこりともせずに言った。

「なんなりと」

 と、篠は相変わらずの穏やかさで答えた。

「あの男は一体何を考えているのですか。だいたい、あなたもあなたです。旦那がいきなり、わけのわからぬ女を家に連れ込んで、なんの断りもせずにその世話を言いつけるなんて!文句の一つでも言ったらどうです。この女は何者か、こんな昼間から帰ってくるなんざ、貴様仕事はどうしたのか、と」

「あの方がなさることですから、きっとなにか意味があるのでございましょう」

 明恵がカッとして、膳を両手で叩きながら篠に詰め寄る。

「それでいいのですか!?たとえば私があの人の情婦なのかもしれませんよ!?」
「ご心配なく。あなたは、古月さんの情婦にはなりえませんから」

 にっこりとほほ笑み、倒れた湯呑の片づけを始める篠。朝重はなんだか力が抜けて、その場にストンと尻を付いた。まるで暖簾に腕押しだ。
 なんとなく収まりのつかないが、米を書き込んでいる最中にもぐううと腹が鳴った。篠もそれに気が付いたらしく、明恵を見てくすっと笑った。

「お疲れのようですね」
「面目もありません。空腹に耐えかねてここまで甘えてしまいました。この礼は何れ必ず。それではここで失礼いたします」

 そういって食べかけの茶碗をおいて立ち上がろうとした明恵を、幼い手が留めた。

「行ってしまうのですか?」

 明恵は、こどもにどう接していいのか解らない。

「こら由枝」

 客人の行く手を遮った娘を諌めながら、篠が顔を上げた。

「お名前を伺っても?」
「……明恵(ともえ)と申します」
「帰る家はあるのですか?」
「あなたには関係のないことです」
「もし頼るところがないのなら、しばらくここにいてはどうかしら。私たちは、先日東京に来たばかりで、由枝もほら、話し相手が欲しいころなのです。どうかしら」
「お気持ち、有難く頂戴いたします。しかし私はこどものあやし方も知りません。きっとお役には立てません」
「そんなことあらへんよ。お前はようよう役に立つ」

 寝間着に着替えた古月が、襖をあけた。
 
「意味が解りませんが、別にあなたと何かをしようということはありません。先ほどはよくも邪魔をしてくださいましたね。ようやく舎人様に会うことができたというのに」
「お前が耕三郎のなんなのか興味はあらへんが、お前がいればまた耕三郎に会うことができるかもしれへん。しばらくここにいてもらうからそのつもりでいいや」
「こうして食事をいただいたことには感謝いたします。しかし奥方になにも告げずに連れ込んだ女を押し付けるとか、あげく拾い物の女に役に立てだの、あなたの人間性には大いに疑問があります。したがって、これ以上あなたに所縁を持ちたくはありません。わたしはここで失礼します」

 と、立ち上がると途端に眩暈を起こし、明恵はそこに倒れこんでしまった。
 不本意ではあるが、彼女は北条家で介抱されることになった。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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