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奇人二人(6)

「そのような理由でここを通すわけにはいかぬ!」
「まあまあ、そこをなんとか」

 適当に執成そうとする古月の言葉をほとんど無視するように、女が叫ぶ。

「あなたはこの国難をいかに乗り切るお考えなのか!欧米列強が絶大なる武力を持ってアジアへ侵攻を始めた!文明の近代化に大きく出遅れているわたしたちアジア人は、のらりくらりしていてはこのまま連中に住むべき場所と日本人としての尊厳を、あらゆる自由を奪われてしまうのかもしれないのですよ!頼るべきか、中国大陸の政府は、日本との戦争に負けた後もずるずると巨体を引きずったまま起き上がろうとしない。なればこのような極東の島国であっても、われわれ日本人が、帝国陸海軍とその国民が国難に立ち向かわなくてだれが「ここ」を守るのですか!あなたたち軍人は、たかだか清国に勝利しただけで、何か勘違いしていらっしゃるのではなくて!?あれは旧時代と旧時代の戦いなのです。そこに勝利したことに、列強は我が国の軍事力を認めたことにはなりえないのですよ!日本人の特性ともいうべき勤勉性は、列強にとっては将来的な脅威であって、現状、歯牙にもかからぬ小国という認識には変わりない。なれば!今日明日にでも大国は大陸から日本海を越えてこの国を侵略しようと試みてもおかしくはない状況なのです!越王勾践は何年かけて夫差を撃ち、大石内蔵助が吉良義央を撃ったことがどれだけ偉いかなど私には理解できない。なぜ!即日にでも討ち果たさない!こちらが戦力を充填している時間は、同じように相手にもそれだけの時間を与えるということ。呉王も吉良も、それは慢心からくる準備不足であって、撃った側ばかりが必ずしも優れていたわけではないというのに!」

 女は言葉を詰まらせるでなく、その自らの口上に一切の迷いを見せることもなく、平然と言い放った。
 門兵を始め、取り巻きもその女の迫力に目を奪われている。古月はというと、何度も門兵に飛びかかろうとする女の腕をゆるりと羽交い絞めにして、周囲の空気とはまた違う空間に思考を持っていた。これはまた、随分な「奇貨」を掴んだのかもしれない。
 
 その時、内側から陸軍省の門が開いた。若い将校が副官を一人と、面を被ったような無表情をぶら下げて、古月と女の前に立った。

「悪いが、斬りっぱなしの刀を研ぎに出すことも量産することもせずに、勝算もないまま敵陣に突っ込むような無茶をするわけにはいかないんだ。なにせ兵隊が死んだだけでは終わらない。我々がそこで倒れたら、国民が蹂躙されるのだ」

 舎人耕三郎だった。門兵二人がそろって敬礼をした。古月は、6年ぶりに見る顔だった。青年のような線の細さが消えた、と思った。ナイフの切っ先のようだ、と当時は思っていたが、今はもっと鈍い痛みを伴うような、ずんとした重みがあった。古月の心もどくんといった。
 女は、ちょっと驚いたような目をしたが、すぐにさっきまでの厳しい顔に戻ると「ですから、その間にもロシアは朝鮮半島以南への進出の機会を狙っているのです!」と淀みなく言い放った。

「かの大国が、呉王夫差のような失態を演じることはない。なれば帝国陸海軍は今すぐにでも先手を打たねばならぬ!違いますか舎人様!」

「数日前よりわたしを名指しで門前破りを試みているようだが、すまんがわたしは一切、あなたを知らない。以前どこかでお会いしたときにでも、わたしがあなたに無礼を働いたというのでしたらここでお詫びをしましょう。お引き取りを」

「覚えていない……!?そんな、あなたは言ったではありませんか、『今の帝国陸軍は、根本から間違っているのだ』と。こんなことを公言し、しかもそれを正すことのできる人物は、そう多くはない、あなたは紛れもないその一人なのです!どうか話を聞いてください!これは現在の陸軍卿、及び軍首脳部にもできぬ、国家の行く末を担う大切な方向性なのです!」

 女は、舎人耕三郎を褒め称えたいのか貶めたいのか。仮に本人がそのようなことを本当に言っていたのだとしたら、この場でそれを公言してしまったのは失敗である。少なくとも耕三郎の副官は眉を顰めているようだったし、門兵や取り巻きもさまざまに憶測した目で耕三郎を見詰めていた。古月はというと、6年前の自分の慧眼は間違っていなかったんや、と確信を持った。耕三郎は、熱狂の中でも一人、水を被っていられる人間なのだ。征服思想に塗れた侵略をするでなく、組織内の個人的な名誉を欲するでなく、この男が持っている何がしかの「信念」に基づいて行動をしている。そしてそれは古月の直観であるが、耕三郎の信念は古月にとっては好ましいものに違いない。

 せや。だからこんなに心が躍っているんや。

 青年将校とそれに食って掛かろうとする若い女。取り巻く群衆は数を増してきた。騒然とする空間を切り裂くように、古月はあははと笑い出したいような気分だった。息巻く女を押し込めて、古月はずいと、耕三郎の前に出た。大きな目で、将校の目を捉えた。

「久しぶりやな!」
「誰だ貴様」

 耕三郎の返事は、想定内のことであった。

「あんたが覚えとらんでも、わいはしっかり、脳みそに刻み込んでいるんよ、舎人耕三郎。なあ、わいは六年前、鴨緑江であんたに出会うて以来、あんたに恋い焦がれてきたんや。覚えておきや。あんたは、そういう男や。わいもこの女も、あんたがそう自覚せんとも人生が狂うほどにあんたに惚れとるんや。今日はちょっとした挨拶。また来るさかい、あんたもよう、わいらのことを覚えとき」

「誰が惚れているだと!?」

 と、女が叫ぶ前に、古月はその女の身体をひょいと抱えて歩きだした。集まってきた群衆はどよめきつつも、「離せ」とばかりに暴れる女を抱えた古月に道をあけた。門兵たちは特に追ってこなかった。

 等しく仕事をするなら、面白い方がいいに決まっている。
 ビジネスチャンスにあの男を絡ませることができたなら、これ以上に楽しいことはない。
 
 難しい話はようわからん。
 この女が何者なのかも興味はあらへん。
 せやけどこの女がおれば、うまく耕三郎に食いつくことができるかもしれへん。
 
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2012/06/24(日)
1、奇人二人

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