桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/04/02(Mon)

奇人二人(5)


***


 北条古月は、海軍省への挨拶の後、帰宅の途上であった。
 
 戦争が、おこるかもしれない。
 これは商人にとっては、好機である。

 古月は、豆腐屋の奉公から、その製造、貯蔵、運搬を整理して会社を立ち上げた。今では日本の主要な港、あと大陸にもいくつか航路を開き、各地で買い付けも行う流通卸問屋としての地位を確立しつつある。
 とはいえども、三菱、古川というような古参の財閥は政財軍に顔も聞くし、なによりもその知名度と財力をもって国内外の主要なモノの流れを支配している。この構造に一石を投じる機会となったのが先の戦争であった。軍需物資需要の激増に伴う鉄鋼業の拡大、炭鉱、銅山の開発、そしてそれらを運ぶ流通制度の改革、大国清との戦争に向けて、日本という国が一斉に動き出したのだった。古月もその流れに乗った。会社の軌道をのせ、自分は国内外を飛び回り、要人とのつながりを作ろうとした。日清戦争にも従軍した。従軍記者の一団に紛れる形で戦争に参加して、戦地における物資輸送の問題や需要を見極め、そしてあわよくば高級軍人とお近づきになりたいという理由だった。そうして当時見聞きした非常時のノウハウを、近い将来に必要となるような戦争が起こるかもしれない。そんなわけで古月は、知り合いの海軍省の士官に顔を出しに来たのだ。古月、齢27。ひとあたりのよい士官ではあったが、三菱に比べれば生れたばかりの赤ん坊のような古月の会社へ、軍事物資は任せられぬという態度だった。まだ数度、足を運んだだけである。三菱ほども大きくない古月の会社は、その小回りの良さを売りものにできる。もしかしたら敵側に回るかもしれぬロシアは日本にとってはとてつもなく巨大な相手であり、それは世界でも同じ認識で、極東の小国に借款しようなどという物好きは、そう多くないに違いない。ともすれば経費は少なければ少ないほどいいわけで、そのあたりに古月は、自らの勝算を見出している。決して絶望的ではないと思っている。

 さて。
 千代田坂を上れば巨大な敷地に背筋の伸びた憲兵が二人並んでいるのが陸軍省であるが、今日は少々趣が違う。
 まず、ちらほらであるが物見がいる。
 かれらの視線の先には、門前で憲兵に何度も押し戻され、それでも敷地に入らんとする人影。
 どうやら女のようだった。

「どいてください!わたしは舎人様にお話があるのです!」
「部外者の立ち入りは認められていない!帰れ!」
「今日はこちらにいらっしゃるんでしょう!?会わせてください!これは日本の存続にかかわる重要な問題なのです!」

 物騒なことをおっしゃる、と心中呟きつつ、戦争が起こってくれた方が儲かるんやけどなあ、と思ったことも事実だった。近づくにつれて、女はまだ少女のような年頃なのだということに気が付いた。女学校を出たばかりであろうか。身なりはそれなりにこぎれいであったし、顔にはうっすらとおしろいも施してあるようであった。先日、長女を出産した古月の妻よりも若いかもしれない。小さな顔に、細い眉毛をきりりと吊り上げて、彼女はそれでも、小さな体で何度も憲兵に体当たりをして、「そこを開けて」と叫んでいる。

「お願いします、耕三郎様とお話をさせてください!」

 おや、と古月は思った。いま、この女は舎人耕三郎の名前を呼んだか。
 古月が日清戦役に従軍したとき、そこの部隊長を務めていたのが、士官学校をでたばかりのかの男であった。まったくに無愛想な男で、普通ならば、関西人の古月にはそのクソ優等生面をしている若い士官を快くは思わないのだが、あるいは自分は男でありながら男に懸想してしまったのかと思うほどに、古月のこころの中にとどまり続けている名前であった。
 歳は、幾分も変わらないであろう。大義名分を振りかざすでなく、自己顕示欲をひた隠す出なく、小さな部隊をまとめ、率いていく力に、そして状況を冷静に見極めることができるその真眼に、古月は本能で敬服してしまったのだ。
 
 軍人は好かん。せやけど、こんなやつもおったんやな。

 一言二言、言葉を交わしただけであった。
 その名前を、6年ぶりに耳にしたのだ。



 もう何度目になるのか、女は憲兵に押し返され、勢いづいてそのまま尻もちをついた。
 物見たちはひそひそと何かを話すだけで、彼女に手を差し伸べることもしない。「気の触れた女」とでも写っているのであろう。古月も、耕三郎の名前を聞かねば、ただそこを通り過ぎたのだと思う。しかし、「もしかしたら」という興味本位な直感で、女を抱え起こした。女の方は随分驚いたようだった。

「えらいすんまへんなあ。これは、わいの知り合いのなんやけど、先日、日清戦役のときの舎人はんのご活躍ぶりのお話を聞かせたよって、その武勇たるや大陸にも名を馳せたる!ゆうてわいが吹き込んださかい、寝ても醒めても耕三郎様の名前を口にするほど入れ込んでしもうて、わいがちょっと目を離したすきにこっちにまで追いかけてきよったんです。いやはや、人伝手の話だけでここまで女を惚れさせてしまう舎人大尉はんも、罪はお人やなあ。一目会うたらこれも気が収まると思いますさかい、取り次いでいただけまへんやろか」

 女が異議を申し立てようとするのを無理やり抑え込んで、へらへらとにやけ顔を作りながら古月はあくまで憲兵の下手に出た。目的のためならいくらでも話をでっちあげられるのは、商人としての性が自分に合っているからなのだと古月は思っている。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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