桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/03/28(Wed)

「こつる」の太夫(10)


 ***


 土曜日の午後は、一度白河川邸に戻り、日が暮れることに家を出る。
 緑子に舞を享受しつつ、彼女と雄一郎の対立を眺めつつ、日曜は「こつる」で一日を過ごす。
 月曜日、そのまま市ヶ谷に出仕する。
 あの夜以降、かの白河川修も、山城眞子も、特段輝也の行動を問いただしたりはしなかった。久坂の使者というよりも、彼らなりの何か思惑があるのだろうと輝也は思っているが、こちらも特段、先だって口出しをしない。

 そんな生活を半年も続けたころ、土曜日の午後、日が落ちてから白河川邸を出たところで、後ろ手を引かれた。
 来るものが来たのか、というのが正直な感想だった。心して振り返ると、そこには無邪気な二つの黒い目があった。


「どこにいくの?」


 拓真も齢16になった。輝也は、健常な男子より幾分頼りない体格をしているが、その点、身長においては拓真は自分よりも大きくなっていたし、あちこち駆け回っている分、白い腕や足にはしなやかな筋肉がついている。
 その伸び盛りの細い腕を捕まえられて、さあ、どう応えたものかと輝也は思案している。
 以前であれば、男女の秘め事の話などしてもこの弟には通じなかったであろうが、今は(おそらく)知識でなら知りえているはずであるから、などと考えて、随分さみしい話だと思った。そういえば、以前はあれだけ親しかったこの弟との会話も、随分減ってしまったような気がする。
 とにかく、おそらく山城眞子あたりには輝也の動向など少しは聞いたのだろうから、かの女史ならきっと、御茶を濁す程度、そのような言い訳をしたに違いない。確信はないが、あながち間違ってもいないし、それにつじつまを合わせてやろうか。

 なんてことを考えた。

「女のところだ」

 さあ、この弟はどうやって返してくる。

「おれも行きたい」

「拓真、それは野暮というものだ。お前の歳なら、同期との会話にも男女の色恋について論じられることがあるだろう?それはあくまで当人同士の中に大切に秘されているものであって、たとえ家族でもその親しい友人であっても、その二人の間に無下に踏み込んではいけないものなんだ。分かるな?」

 拓真のことだからそのようなことに感知していない可能性もあると見越して、世間の常識を簡単に述べたつもりであった。同時に、輝也は自分自身を「女のいる身」であり、「家族に言えない事情を持っている」と拓真に告げ、とりあえずこの状況を回避できる口述を形成したわけであるが、当の拓真は相変わらずその黒い瞳を逸らすことも曇らせることもなくこちらに向けてきていて、輝也も心中、やはり無理か、と溜息をついた。

「白河川に何か言われたのか」

 拓真は首を振った。そうしてやはり、まっすぐと輝也に視線を戻した。

「じゃあ眞子さんか」

「ううん、違う。」

 輝也はできるだけ感情を和らげて拓真に対面している。心の動揺に、拓真は直感的に反応する。
 「こつる」や久坂の一件には、拓真を関わらせたくないのだ。できれば知らせたくもない。雄一郎も関係している。やはり、拓真が絡んでくると、いろいろと面倒なのだ。

「じゃあ正直に言うよ。確かに、おれが遭っているのは、密かに情をかわすようなつつましやかな関係の女ではない。どちらかといえば、軍の関係なんだが、それは白河川の意志ではない。つまり、おれは今、庇護者である白河川さんに対してはとても後ろめたいことをしているんだ。だから、お前に、こういうようなおれに関わってほしくない。頼む、拓真。ここは見逃してくれないか」

「おれは」

 輝也の言葉を聞いたか否か、まっすぐな瞳はやはり、直接輝也の脳裏に語りかけてくるような威力を持っていた。

「輝也の見ているものが、みたい。輝也が、何の考えも無しに、白河川さんや、自分の信念を曲げてまで何かをするとは思えない。輝也がこうして、誰かの意思に従っているなら、それはその誰かの他に、輝也自身の考えがあるからだ。おれはそれを知りたい。輝也が見てきたもの、今見ているもの、それを知りたい」

 それは純粋な好奇心であると同時に、拓真の自我の発芽なのだと輝也は思った。
 与えられるものを吸収するだけの段階を通り越して、いつの間にかこの弟は、自分の意志を持つようになったのか。そういうことにも気が付けずにいた自分は、この半年に限り、やはり拓真の兄としてはいささか自覚が足りなかったのかもしれない。

「ならば、そこまでは連れて行こう。しかし、それより先は、まだお前に見せてやることはできない。外で待っていること。いいか」

 拓真は頷いた。
 別段隠すことはない。「輝煌」に一番近かったころの自分を知る拓真に、今さら「女」であった時の自分を偽ることもない。
 ただそれでも、やはり久坂に拓真を関わらせたくない。

 厄介ごとが増えたような気もするし、拓真の成長を喜びたい気持ちもある。
 輝也が先立って春の夜風を切って歩き出した。拓真がその後ろを追う。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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