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「こつる」の太夫(10)


 ***


 土曜日の午後は、一度白河川邸に戻り、日が暮れることに家を出る。
 緑子に舞を享受しつつ、彼女と雄一郎の対立を眺めつつ、日曜は「こつる」で一日を過ごす。
 月曜日、そのまま市ヶ谷に出仕する。
 あの夜以降、かの白河川修も、山城眞子も、特段輝也の行動を問いただしたりはしなかった。久坂の使者というよりも、彼らなりの何か思惑があるのだろうと輝也は思っているが、こちらも特段、先だって口出しをしない。

 そんな生活を半年も続けたころ、土曜日の午後、日が落ちてから白河川邸を出たところで、後ろ手を引かれた。
 来るものが来たのか、というのが正直な感想だった。心して振り返ると、そこには無邪気な二つの黒い目があった。


「どこにいくの?」


 拓真も齢16になった。輝也は、健常な男子より幾分頼りない体格をしているが、その点、身長においては拓真は自分よりも大きくなっていたし、あちこち駆け回っている分、白い腕や足にはしなやかな筋肉がついている。
 その伸び盛りの細い腕を捕まえられて、さあ、どう応えたものかと輝也は思案している。
 以前であれば、男女の秘め事の話などしてもこの弟には通じなかったであろうが、今は(おそらく)知識でなら知りえているはずであるから、などと考えて、随分さみしい話だと思った。そういえば、以前はあれだけ親しかったこの弟との会話も、随分減ってしまったような気がする。
 とにかく、おそらく山城眞子あたりには輝也の動向など少しは聞いたのだろうから、かの女史ならきっと、御茶を濁す程度、そのような言い訳をしたに違いない。確信はないが、あながち間違ってもいないし、それにつじつまを合わせてやろうか。

 なんてことを考えた。

「女のところだ」

 さあ、この弟はどうやって返してくる。

「おれも行きたい」

「拓真、それは野暮というものだ。お前の歳なら、同期との会話にも男女の色恋について論じられることがあるだろう?それはあくまで当人同士の中に大切に秘されているものであって、たとえ家族でもその親しい友人であっても、その二人の間に無下に踏み込んではいけないものなんだ。分かるな?」

 拓真のことだからそのようなことに感知していない可能性もあると見越して、世間の常識を簡単に述べたつもりであった。同時に、輝也は自分自身を「女のいる身」であり、「家族に言えない事情を持っている」と拓真に告げ、とりあえずこの状況を回避できる口述を形成したわけであるが、当の拓真は相変わらずその黒い瞳を逸らすことも曇らせることもなくこちらに向けてきていて、輝也も心中、やはり無理か、と溜息をついた。

「白河川に何か言われたのか」

 拓真は首を振った。そうしてやはり、まっすぐと輝也に視線を戻した。

「じゃあ眞子さんか」

「ううん、違う。」

 輝也はできるだけ感情を和らげて拓真に対面している。心の動揺に、拓真は直感的に反応する。
 「こつる」や久坂の一件には、拓真を関わらせたくないのだ。できれば知らせたくもない。雄一郎も関係している。やはり、拓真が絡んでくると、いろいろと面倒なのだ。

「じゃあ正直に言うよ。確かに、おれが遭っているのは、密かに情をかわすようなつつましやかな関係の女ではない。どちらかといえば、軍の関係なんだが、それは白河川の意志ではない。つまり、おれは今、庇護者である白河川さんに対してはとても後ろめたいことをしているんだ。だから、お前に、こういうようなおれに関わってほしくない。頼む、拓真。ここは見逃してくれないか」

「おれは」

 輝也の言葉を聞いたか否か、まっすぐな瞳はやはり、直接輝也の脳裏に語りかけてくるような威力を持っていた。

「輝也の見ているものが、みたい。輝也が、何の考えも無しに、白河川さんや、自分の信念を曲げてまで何かをするとは思えない。輝也がこうして、誰かの意思に従っているなら、それはその誰かの他に、輝也自身の考えがあるからだ。おれはそれを知りたい。輝也が見てきたもの、今見ているもの、それを知りたい」

 それは純粋な好奇心であると同時に、拓真の自我の発芽なのだと輝也は思った。
 与えられるものを吸収するだけの段階を通り越して、いつの間にかこの弟は、自分の意志を持つようになったのか。そういうことにも気が付けずにいた自分は、この半年に限り、やはり拓真の兄としてはいささか自覚が足りなかったのかもしれない。

「ならば、そこまでは連れて行こう。しかし、それより先は、まだお前に見せてやることはできない。外で待っていること。いいか」

 拓真は頷いた。
 別段隠すことはない。「輝煌」に一番近かったころの自分を知る拓真に、今さら「女」であった時の自分を偽ることもない。
 ただそれでも、やはり久坂に拓真を関わらせたくない。

 厄介ごとが増えたような気もするし、拓真の成長を喜びたい気持ちもある。
 輝也が先立って春の夜風を切って歩き出した。拓真がその後ろを追う。

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2012/03/28(水)
3、吉岡輝也の憂鬱

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