奇人二人(4)

 おいおいやってきた教官は、耕三郎の横に腰をおろして、煙草を所望した。
 断る理由もないので、咥え煙草に火をつけてやった。

「げほっ!げほっ」

 大仰に、教官は咳き込んだ。苦い顔をして「いやあ、やっぱり美味しくないなあ」と言った。一体何事だというのだ。

「周りでは一服すれば荒れた気分も収まるというのだけれど、そういう手段をもたないわたしたちはどうすればいいと思う?煙草の味を知る人間は、気軽に息抜きが出来、またそこに集まった人間たち関係もできる。うーん、しかしやはり、わたしはこの味が分からなくてなあ」

 と、言われれば、耕三郎も煙草を消すしかない。持っていた携帯用の灰皿に吸滓をねじ込んだ。
 耕三郎は立ち上がって、脱帽し、九十度で勢いよく頭を下げた。

「申し訳ありませんでした!」

 とりあえず、耕三郎は今考えられる生徒として推奨されるべき行動をとってみた。本意ではない。

「ああよしたまえ。誰かに見られたら面倒だよ。君も腰かけたまえ」

 白河川は例の様に手をひらひらと振って、笑顔で着席を勧めた。男二人、校舎の壁に背を預け、地面に尻をついている。

「いい天気だねえ」
「そうでありますね」
「午後からの講義とか出たくないよねえ」
「はあ」
「これから、新橋にでも行って遊んでこようか」
「まだ昼だからどこも開いていないと思いますよ」
「それはそうだね。さあて、困ったなあ」

相変わらずこの教官はにこにこと空を眺めていて、こんな調子でのらりくらりと耕三郎と会話を楽しんだ後、結局午後の講義には顔を出した。

 その何がよかったのか耕三郎には見当もつかないが、これ以来、白河川修に何かと気にかけてもらっているのは確かだった。




「それでは、質問を変えてみようか」

と白河川近衛師団長は言った。

「門前で悶着を起こしている彼女は、山形卿の孫娘、明恵さんだ。数あるお孫さんの中でも、その才気は同じ血脈の男子もかなわず、女児のなかでも抜きんでた器量良しと言う。しかし一つ聞いたことがあってね。どうにも、気難しい性格だというのだよ。家族の中にも、彼女の言い分を理解できるものは少なく、愛想笑いの一つもしない彼女は、親族の中でもどうにも扱いに手を焼いているらしい。家の中では、早々に嫁にでも出してしまおうという話に何度もなったらしいのだけど、これがまた、彼女が相手を言い負かしてしまうもんだから、どこにも引き取り手がいないときた。彼女自身が他の男に懸想しているという話も、生まれてこの方十七年、頭尻にも出たことがないのだそうだ。どうだい、いよいよ話が面白くなってきたと思わないか」

山方有信は、実質、現在の陸軍のトップに居る政治家で、長州閥の白河川の兄貴分にあたる。
年は12ほど違うと聞いている。明治創設期の陸軍の顔としてトップに君臨し続けてきたのが山方であるが、その裏方の調整をしてきたのが同じ長州閥の白河川である。ゆえに、こうした昼行燈も兄に引っ張り上げられてここまで来たということだ。どうやら当人はあまりそれを望んでいなかった節があるようであるが。

ゆえに、かの山方卿の孫娘やその親族の様子を見聞していたとして、何の不思議もない。ここで虚実を語る意味もないので、山方卿の孫娘とやらの奇行は真実なのだろう。もっとも、この時点で耕三郎は彼女の振る舞いに多少の憐憫を感じているのかもしれない。彼女はおそらく、自分の意見をすっぱりと述べているだけなのだ。それが周囲には、手なづけられぬ狂犬のようにでも映っているのだろう。男子であれば高い志とでも言われたのであろうに、その点で、女として生まれた彼女は哀れだと思った。

「それで面白いというのはだね、ここからはわたしの勝手な考察なのだけれど、わたしはこの二人の奇妙な縁を『奇人二人』と名づけようと思っている。山方さんの手にも余る妙齢の少女は、先だって自ら家を勘当したそうだ。勘当?おや、どこかできいたことがあるね。家の方針が自分の気性に合わず、適応しようとするよりもむしろ縁を断ち切って自らの力で立ち上がろうとする若人。舎人、まさに君とは奇縁としか申しようのない。君がその気が無いといっても、なんとも面白くてたまらないから、わたしが彼女をここに連れてこようと思うが、どうだろう?」

耕三郎は「奇人」に奇人扱いされてしまった。

「やめてください。まったく覚えがありません」
「君に覚えが無くても、彼女は君を覚えているようだから、言い分を聞いてやってはどうかな。そのまま突っぱねておくと、かえって連隊の噂の的になってしまうかもしれない。『あの堅物の舎人耕三郎が、どうやら女を捨てたらしい』」

 ばかばかしい!と(あくまで個人的に)一喝したところで、白河川はやはり声を出して笑っていた。本当に悪気はないのだろう。彼なりの人を見る目と観察をもって、二人の仲を取り持とうというのだ。耕三郎も今年28になる。妙齢というには、彼もふさわしい。

「とにかく、せっかく閣下のお申し出ではありますが、そんな訳のわからない女と話すことは何もありません。これから出向いて追い払いますから、どうかそのように御心積もりください」
「血も涙もない男だのう。わたしは上官として悲しいよ」
「なれば閣下が彼女を妻にしたらいかがです」
「ははは、わたしは二人も妻はいらないよ」

 気持ち、白河川を包む和やかな空気に緊張が走るような気がした。
 秘書役の山城から聞いたことがある。白河川の妻が死んだのは、旦那であるかれに大きな原因がある、少なくとも山城はそう思っているようだった。
 山城は白河川の妻の友人、いや、知人であったのだという。友人と言ってから、わざわざ「知人」と言い換えた。
 白河川は長州派の維新志士として明治を迎えた。山城は幕軍にいたそうだ。

「それじゃあ、わたしから一応、伝えたからね。あとはうまくやりなさい」

 例の様にひらひらと手を振って、白河川は出て行った。
 「わたしから」とあえて彼は言い残したのだ。「師団長発令である」、と。

 こういうことはことごとく苦手なのだ、と耕三郎は思っている。
 とにかく今日のところはお引き取り願おう、そう思って、執務室のドアを開けた。

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2012/03/19(月)
1、奇人二人

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