桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/03/15(Thu)

「こつる」の太夫(9)

「至極、やりにくい」

 
 そんな三つ巴の状況を三ヶ月も過ぎて、ようやく輝也が憮然として呟いた。,
 手習いの最中の緑子、そして相変わらず隅で控えている雄一郎、それぞれちらりと顔を上げた。


「なにをいまさら」
「お前たち、何も感じないのか!?おれは割ともういっぱいいっぱいだ!何が楽しくて同期に過去の自分を晒さねばならず、リコ、お前だって自分の手習いを他人にかつ目されてなんとも思わないのか!?ああもう、少なくともおれは耐えられん。舎人、お前がどーしてもそこを動かぬというなら、楽弥に直談判させてもらう」
「楽弥なら先日から上海ですよ」
「ならかえってくるまでお前は廊下で待っていてくれんか」
「彼女の命は久坂大佐の命。違えることはできません」
「では、手習いそのものを延期させてもらおう」
「それは困りますわ。楽弥には次回はより完成度の高いモノを求められているのですもの」

すべてを投げ出したい感情に駆られている輝也は、二人の「女」にはさまれて、一層不利であった。そもそも、この場に召喚されているのが、この場の三人の意思ではない訳で、この状況に苦情を申したいところで、決定権を持つ者がいないこの場において、議論も改善策も進展しない。

「まあそれでも、吉岡さんのおっしゃることも無理ありませんわ。この愛想の無い顔が部屋にあるだけで随分と心証を害されることは確かですもの」
「口ばかり達者のようだが、わたしも特段好き好んであなたの警護についているわけではない。久坂大佐の指示がなければ、誰があなたなど」
「あら、あなたなどいなくても別段問題はなくてよ。刺客の一人や二人、返り討ちにして差し上げますわ。そういう意味では、吉岡さんの言にも一理ありますわね。わたしも、あなたの視線が多少気になってはいましたのよ」
「どういう意味です」
「そのままの意味ですわ。理解できなくて?」
「くだらない。付き合ってられぬ」

 付き合っていられないのは輝也である。自らが口火を切ったとはいえ、今度は女二人が喧嘩を始めてしまった。

「だいたい、男だか女だか分からないような顔をして、用心棒が聞いてあきれますわ。軍人さんて、もっといかつい、筋肉隆々としたお人なのだと思っていたけれど、あなたの様に頼りないヒトでも将校さんになれるのね」

 緑子は雄一郎に向けて言ったのであろうが、おそらくその3分ほどは輝也にも向けられているのだろうと思った。

「あなたも、もう少し女としての淑やかさを身につけてはいかがですか」
「呆れた。客商売をしたこともないようなあなたに言われたくありませんわ。男性の好みの女を演じて見せる、それが私たちの仕事ですもの。淑やかな女性をお望みでしたらそのような女にもなりましょうし、豪快な姐様がお望みならそれも叶えますわ。あなたの様にバカ正直に生きていけるほど、苦界は簡単ではなくてよ」

 輝也を挟んで、いつの間にか二人は立ち上がり、向かい合って激論を交わしあっていた。
 随分と仲がいいんだな、と輝也は頭上の二人の声を聞きながら思う。

「苦界?」

 雄一郎があからさまに不機嫌な声を出す。

「賢しらに自ら境遇を定義するなど、愚の骨頂。あなたの思考の程度が知れますね」
「あら、わたしはその言葉に後悔も謙虚も無くてよ。文字通り、血肉を啜って生きてきた。少なくとも、この国のエリートとも呼ばれようあなたたちなんかよりはずっと世の中を知っているわ。違い無くて?」
「まるで見たきたような話しぶりですけれど、その根拠は?」
「顔を見れば分かりますわ。たしかに、あなたもただ安穏と暮らしてきた訳ではなさそうだけど、少なくとも、苦行を生き抜いてきたのは吉岡さんの方よ。私の程度を判ずる前に、ご自分の頭脳の省みた方が良くてよ」
「あなたに何がわかる」
「あら、もう言い返す言葉が尽きてしまったのかしら?わたしは、はじめてお会いした時からあなたという存在を信用していなくてよ」
「別にあなたに信用してもらう云われはない」
「そうかしら。わたしには関係なくても、それが帝国陸軍の威信にかかわるとしたら、ここでわたしが意見を申し述べることも必要かと思っているの。でも、久坂大佐や楽弥が知らぬはずもないと思うから、私はあえて知らぬふりをしているのよ」

 緑子は、輝也の横を通り抜け、雄一郎の胸に手習いの扇子を押しつけながら詰め寄った。

「それとも、わたしの目が節穴だというのかしら?」

 雄一郎も負けない。感情を押し殺したまま「何のことだ」とだけ言い返した。

「あなたが男だというのなら、この場でわたしを抱いてくださる?ああ、気にすることは無くてよ。吉岡さんもこの手のことには慣れていらっしゃいますし、わたしも別段、あなたごときに肌を許すこと、なんとも思ってはいませんわ。ただね、少なくともあなたは、わたしを抱くことはできないわ。安心して頂戴ね。わたしはこれ以上、あなたに喧嘩を売るつもりはありませんわ」

 そういって、緑子はくるりと振り返り、「さあ、稽古を再開してくださいな」と言った。
 雄一郎は、珍しくなにも言い返さなかった。それを横目にみつつ、輝也は立ち上がった。幼いころ盲目で、見取り稽古をした経験が無く、自分の歌舞がどう見られていたのか輝也自身には分からない。なので、輝也が緑子に踊って見せることで、緑子がそれを見て自分のものにしていくのだ。輝也は緑子の踊るそれを感じつつ、微妙なニュアンスを調整していく。
 輝也は弟子など取ったことはないが、緑子は天才だと思った。元より身についている天賦とも言うべき才に加え、人知れぬところで努力するということを知っているし、輝也の技術に自分なりの解釈を付け加えて体に技を吸収していく。軍事教練に明け暮れている日々が続く輝也にとっても、緑子との稽古の時間はとても楽しいものであった。自分には、体育よりも芸事の方が向いているに違いない。

 気がついたとき、いつもの場所に雄一郎はいなかった。どうやら、廊下に出たようだった。輝也はおや、と思ったが、自制した。必要以上に踏み込んではならない、という自分の声を聞いたからだ。

 季節は、春を迎えようとしている。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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