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「こつる」の太夫(9)

「至極、やりにくい」

 
 そんな三つ巴の状況を三ヶ月も過ぎて、ようやく輝也が憮然として呟いた。,
 手習いの最中の緑子、そして相変わらず隅で控えている雄一郎、それぞれちらりと顔を上げた。


「なにをいまさら」
「お前たち、何も感じないのか!?おれは割ともういっぱいいっぱいだ!何が楽しくて同期に過去の自分を晒さねばならず、リコ、お前だって自分の手習いを他人にかつ目されてなんとも思わないのか!?ああもう、少なくともおれは耐えられん。舎人、お前がどーしてもそこを動かぬというなら、楽弥に直談判させてもらう」
「楽弥なら先日から上海ですよ」
「ならかえってくるまでお前は廊下で待っていてくれんか」
「彼女の命は久坂大佐の命。違えることはできません」
「では、手習いそのものを延期させてもらおう」
「それは困りますわ。楽弥には次回はより完成度の高いモノを求められているのですもの」

すべてを投げ出したい感情に駆られている輝也は、二人の「女」にはさまれて、一層不利であった。そもそも、この場に召喚されているのが、この場の三人の意思ではない訳で、この状況に苦情を申したいところで、決定権を持つ者がいないこの場において、議論も改善策も進展しない。

「まあそれでも、吉岡さんのおっしゃることも無理ありませんわ。この愛想の無い顔が部屋にあるだけで随分と心証を害されることは確かですもの」
「口ばかり達者のようだが、わたしも特段好き好んであなたの警護についているわけではない。久坂大佐の指示がなければ、誰があなたなど」
「あら、あなたなどいなくても別段問題はなくてよ。刺客の一人や二人、返り討ちにして差し上げますわ。そういう意味では、吉岡さんの言にも一理ありますわね。わたしも、あなたの視線が多少気になってはいましたのよ」
「どういう意味です」
「そのままの意味ですわ。理解できなくて?」
「くだらない。付き合ってられぬ」

 付き合っていられないのは輝也である。自らが口火を切ったとはいえ、今度は女二人が喧嘩を始めてしまった。

「だいたい、男だか女だか分からないような顔をして、用心棒が聞いてあきれますわ。軍人さんて、もっといかつい、筋肉隆々としたお人なのだと思っていたけれど、あなたの様に頼りないヒトでも将校さんになれるのね」

 緑子は雄一郎に向けて言ったのであろうが、おそらくその3分ほどは輝也にも向けられているのだろうと思った。

「あなたも、もう少し女としての淑やかさを身につけてはいかがですか」
「呆れた。客商売をしたこともないようなあなたに言われたくありませんわ。男性の好みの女を演じて見せる、それが私たちの仕事ですもの。淑やかな女性をお望みでしたらそのような女にもなりましょうし、豪快な姐様がお望みならそれも叶えますわ。あなたの様にバカ正直に生きていけるほど、苦界は簡単ではなくてよ」

 輝也を挟んで、いつの間にか二人は立ち上がり、向かい合って激論を交わしあっていた。
 随分と仲がいいんだな、と輝也は頭上の二人の声を聞きながら思う。

「苦界?」

 雄一郎があからさまに不機嫌な声を出す。

「賢しらに自ら境遇を定義するなど、愚の骨頂。あなたの思考の程度が知れますね」
「あら、わたしはその言葉に後悔も謙虚も無くてよ。文字通り、血肉を啜って生きてきた。少なくとも、この国のエリートとも呼ばれようあなたたちなんかよりはずっと世の中を知っているわ。違い無くて?」
「まるで見たきたような話しぶりですけれど、その根拠は?」
「顔を見れば分かりますわ。たしかに、あなたもただ安穏と暮らしてきた訳ではなさそうだけど、少なくとも、苦行を生き抜いてきたのは吉岡さんの方よ。私の程度を判ずる前に、ご自分の頭脳の省みた方が良くてよ」
「あなたに何がわかる」
「あら、もう言い返す言葉が尽きてしまったのかしら?わたしは、はじめてお会いした時からあなたという存在を信用していなくてよ」
「別にあなたに信用してもらう云われはない」
「そうかしら。わたしには関係なくても、それが帝国陸軍の威信にかかわるとしたら、ここでわたしが意見を申し述べることも必要かと思っているの。でも、久坂大佐や楽弥が知らぬはずもないと思うから、私はあえて知らぬふりをしているのよ」

 緑子は、輝也の横を通り抜け、雄一郎の胸に手習いの扇子を押しつけながら詰め寄った。

「それとも、わたしの目が節穴だというのかしら?」

 雄一郎も負けない。感情を押し殺したまま「何のことだ」とだけ言い返した。

「あなたが男だというのなら、この場でわたしを抱いてくださる?ああ、気にすることは無くてよ。吉岡さんもこの手のことには慣れていらっしゃいますし、わたしも別段、あなたごときに肌を許すこと、なんとも思ってはいませんわ。ただね、少なくともあなたは、わたしを抱くことはできないわ。安心して頂戴ね。わたしはこれ以上、あなたに喧嘩を売るつもりはありませんわ」

 そういって、緑子はくるりと振り返り、「さあ、稽古を再開してくださいな」と言った。
 雄一郎は、珍しくなにも言い返さなかった。それを横目にみつつ、輝也は立ち上がった。幼いころ盲目で、見取り稽古をした経験が無く、自分の歌舞がどう見られていたのか輝也自身には分からない。なので、輝也が緑子に踊って見せることで、緑子がそれを見て自分のものにしていくのだ。輝也は緑子の踊るそれを感じつつ、微妙なニュアンスを調整していく。
 輝也は弟子など取ったことはないが、緑子は天才だと思った。元より身についている天賦とも言うべき才に加え、人知れぬところで努力するということを知っているし、輝也の技術に自分なりの解釈を付け加えて体に技を吸収していく。軍事教練に明け暮れている日々が続く輝也にとっても、緑子との稽古の時間はとても楽しいものであった。自分には、体育よりも芸事の方が向いているに違いない。

 気がついたとき、いつもの場所に雄一郎はいなかった。どうやら、廊下に出たようだった。輝也はおや、と思ったが、自制した。必要以上に踏み込んではならない、という自分の声を聞いたからだ。

 季節は、春を迎えようとしている。

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2012/03/15(木)
3、吉岡輝也の憂鬱

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