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奇人二人(2)

 あれは明快なる横槍だったのだ、と耕三郎は思う。


 清国との戦争のことである。義和団の一件の後、列強が中国大陸の領土を毟りあい、日本はその領土合戦に少々出遅れた――いや、同じアジアの一国である以上、列強の領土侵略においそれと乗ることには抵抗があったのかもしれない。北京に出兵はしたものの、北京政府に対しては朝鮮ほどの干渉を見せなかったし、もとより、まだこのころ、日本にとって「中国」とは、兄貴分的意識であったような気もする。

 その兄貴分は、ことここに及んでも朝鮮にとって確固たるものであったのかもしれない。
 かの国らにとって、日本とは末弟という意識にあるのだろう。要領のよい末弟は、若い世代が世界的勃興を機敏に読み取り、陋習を一掃して新しい国づくりを始めた。西欧の進んだ文化を取り入れる一方で、文明の先端――それは必ずしも帝国主義を否定するものではない――から取り残される兄弟たちに、少なからず危機感を覚えたのは確かだった。これはアジアを一つの家族として捉えるならば、その存続にかかわる大きな危機であったに違いない。ならばその一家の兄貴分たる中国に、確固たる態度を取ってもらわねばならぬはずであった。

 しかし、二世紀ほども続くこの巨大な老獪は、新風の脅威を脅威として捉えることができず、その身を蝕まれてようやく、事態の深刻さを自覚したのであった。それでなお、かの弟分たちは兄貴の後ろ盾を必要としたのだ。アジア全体が、古い気質を抜け出せずにいたのだ。末弟日本は、そのことを非常に危惧した。

 その危惧の仕方が、どうにも極端に出てしまった。
 まずは年の近い兄弟から、自分の文明の水準にしてしまおうということになった。これもまた西欧の先例に倣い、小さな民事事件を引き合いに外交問題まで昇華させ、やがて一つの島を日本のものとした。台湾である。世界規模で、侵略行為が正当化される時代である。極東の小国らによる島侵略の一つや二つ、誰の目にも止まらなかったに違いない。

 続いて日本は、もっとも近しい兄弟に手を伸ばした。朝鮮王朝である。
 大陸進出への足かけ――旅順や大連の先例を見るに、当時の施政者がそう見たのか否かを判断する術は耕三郎にはないが、少なくとも、文化を知り、歴史を共有し、人間の気質を多少見知っている隣国は、その戦略企画立案に土地勘を持ちやすかったのかもしれない。
 日本は、手始めに内政干渉から始めた。諸外国のアジアに対する認識を改めさせ、近代化の必要を迫り、そのために日本が力を貸そうという話にした。やがて、自国の軍隊を駐留させたあたりから、朝鮮も日本の行為を領土的野心として捉えるようになった。
 その「横槍」が、アジアに進出してきた西欧諸国には、あからさまな領土野心に写ってしまった。まさか弟からこのような態度に出られると思いもしなかった朝鮮は、隣国中国に援助を求めた。弟の悪行を、兄に訴えた形になる。
 しかし弟は兄に屈しなかった。「昨今のアジアにおける列強の侵略は、偏に清朝政府の徹底した封建主義に大きく起因するものである」として、弟なりに中国への進言をしたつもりであったのかもしれない。しかし兄はそうは受け取らなかった。家族である朝鮮を侵略し、兄である中国を批判した一族のはみ出し者。領土も資源もさほどではない。少し凄んで見せれば、すぐにもとのアジアの均衡を保ちなおせる。

 しかし、開国以来、持ち前の若干人並みを外れた勤勉さで近代化を推し進めていた日本は、中国の物量的な脅しに易々と屈しなかったのが、清朝にはひどく遺憾であった。それのみならず、自国防衛よりも、外交的な意味合いの強い出来合いの海軍では、将校らを欧米に見聞に向かわせ、軍を育成している国の連合艦隊に太刀打ちできるはずもなかった。

 

 耕三郎は、この戦争に分隊長として参戦している。
 朝鮮から清国――満州の一帯に侵入せんとするとき、その国境には見張りの兵もなく、野放しの馬賊が跋扈し、耕三郎らの一団はそれらを払いながら進軍を進めた。

 もはや、内側からぼろぼろと崩れゆくような有様であるのかもしれない。
 しかし、それでもかの国がアジア帝国の盟主であった時期は遥かであり、かの王朝の皇帝の権威は、その周辺諸国にとって覆すことのできない「絶対」であった。それは今もなお、盲目的に継続されている。日本がいち早くその呪縛から離れられたのは、やはり、海という要塞に守られた島国であったからだと耕三郎は思っている。

 それが幸か不幸か、判断する術はない。
 先の戦争は賠償金を取るところまでこぎつけたが、おかげで今度は、いままで目標としていた西欧列強を敵に回す羽目になった。
 目下、大陸進出にロシアが大きく動き始めている。かの国も、その足掛かりに朝鮮半島がどうしても欲しい。
 
 現状はここである。
 近い将来、日本は中国をも上回る領土を持つ超大国を、敵に回さねばならぬかもしれない。



「ところで舎人、それは戦術的な意味も含めて、女が一国を滅ぼし、または勃興させることがあるのだとわたしは思うんだ。とても興味深い見解だと思うよ。日本を含め、古来より国家というものは特定の一族による支配に対して、男女の婚姻をもって家通しのつながりを以て、政界に進出し、やがて一国の盟主になったものもある。女が君主を産んだためだ。または、女が君主を惑わし、側近に首を取られた例もあるね。一つの国を背負うものが、その責を放棄して一人の女に入れ込むということに、わたしは非道く、人間臭さというか、国家という機能がいかに一人の人間の気質に頼られて作られていたのかということに思いを巡らして、途方もない気持ちになるよ。近代民主制は、一人の人間に権力を集中させないという点で、それよりも一歩進んだのかもしれないけれど、やはり、男というものは女の魅力に惑わされずにはいられない。いや、いつだって美しい女が自分に微笑んでくれているということに幸福を見出すのだよ。極端な話をするとするならば、昔は、そんな頼りない男が一人で国を背負わねばならなくなったけれど、今はそんな頼りない男が100人で国を背負っているということにならないか?単純に結論を導くなら、近代国家の方が君主一人が国家に果たす責任が、1/100に軽減されたことになる。男は、随分と貧弱になったものだけど、それを支える女は、今も昔も1/1だ。底知れぬ恐怖すら感じることがあるよ」


 近衛師団長白河川修が手にしているのは、耕三郎がイギリスから持ち帰ったドイツ騎士団勃興の概論書である。そのどこに、国家と女に関する記述があっただろうか。耕三郎はずずずとコーヒーをすすりながら、一の事象に対して瞬時に十まで考えが及び、その先を語り出す白河川修の思考の癖を理解している。したがって、現在目の前にある事象と、白河川の脳裏に広がる空間には、外部には理解できないような複雑な複線が張られ、大きく枝を広げているようなものであり、即座に理解できるような代物では無いと、耕三郎も自覚している。

 この現師団長の妻は、蒼い目をしていたのだという。白河川の副官は名として舎人の上官が務めているが、身の回りの世話等、細かいところは山城という女が面倒を見ている。
 白河川の妻は、夭折したと、山城から聞いた。
 理由は知らない。


「ところで、ここに来るときにに一つ、とても興味深いものを見たよ」


 相手の反応を待つというよりも、自分の心境を訥々と語りたい性質の白河川は、耕三郎の淹れたコーヒーカップに口を付けながら、五歳児のような無邪気な笑顔を耕三郎に寄越した。還暦を前に、思索を深めた脳内はいたってシンプルになり、なんでもないものにまで心を動かされるようになるのかもしれない。ただ、幼少期と決定的に違うのは、そういうシンプルな脳と、経験と感情で構成された複雑な思考の大木のような脳を併用できるという点。今の耕三郎には、そのどちらも持ち合わせている自覚はない。故にやはり、目の前でコーヒーをすする好々爺には心から感服するところがあるのである。


「『舎人耕三郎に会わせてくれ』と叫んでいる女がいたよ。聞けば、もう本部に三日も通い詰めているらしいじゃないか。しばらく見ないうちに、麹町も随分と楽しいところになったね。やれやれ、たまにはこちらに出仕してきてよかった。それで舎人、彼女はいったい何者だい?」


――まったく、身に覚えがない。


 というのが正直な感想だ。
 しかし先ほどの白河川の話を否定することにも為りかねぬので、耕三郎はコーヒーカップに口を付けながら、どう反応したものかと思案に明け暮れている。
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2012/03/05(月)
1、奇人二人

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