桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/03/07(Wed)

「こつる」の太夫(8)


 ***


 兵舎は起床、着替え、朝食から掃除、授業開始に至るまでまったく隙がない。
 日曜の夜は、輝也が帰宿すると既に雄一郎は就寝していたため、先日の真相を聴き出せずにいるのだ。

 昼食後の僅かな自由時間、輝也はようやく雄一郎に接触した。


「先日のことだが」


 周囲がひそひそとこちらに注意を向けているのが分かった。先日の「決闘」以来、確かにクラスの空気は幾分か真面になったのかもしれないが、それにしても視線が痛い。とりあえず、輝也は雄一郎の背中を押して講堂を出た。

 昇降のための階段の横。気持ちではあるが、人目を憚ることもない。


「なぜあそこにいた。久坂に何か言われたのか」

「何の話ですか」

「ここにきてとぼけるのか?お前が、あの料亭にいたのはなぜだ」


 雄一郎はあからさまに不機嫌な顔をして、そのまま輝也の横を通り抜けようとした。輝也はそれを体で遮った。


「話すことは何もありません」

「久坂には関わるな。お前にとっていいことは何もないぞ」

「同期の誼でひとつ忠言をしましょう。上官を呼び捨てにすることは許されませんよ。態度を改めなさい」

「もう一度言う。お前が何を思ってあそこにいたのかは知らぬが、金輪際久坂には関わるな。いいな」

「あなたが久坂大佐のなんなのか詮索をするつもりはありませんが、私は、かれの指示に従うだけです。あなたも、乞われてあそこにいたのでしょう。ならば、互いに互いの仕事をするまでです。私も、あなたには何も問いませんから」


 そうしてもう一度通り過ぎよとする雄一郎を、輝也は力いっぱい壁に押し付けた。
 雄一郎はそうして初めて少し驚いたようなそぶりを見せて、そしてやがていつもの不機嫌な目を輝也に向けた。


「こっちを向け。話を聞け。久坂に何を言われたのかは知らぬが、お前があれに従わねばならぬような状況なら、俺が何とかする。だからお前はあそこから身を引いてくれ。頼む。これはお前のためというより、俺の――」


 そこまで言って、言葉が続かなかった。
 実の姉を目の前に、拓真のことをなんと言えばよいのだろう。


「あなたの?」


 雄一郎が初めて問い返してきた。輝也は目を逸らし、雄一郎から離れた。雄一郎は静かに輝也を見詰めている。


「こないだの続きだが」


 輝也は顔を上げずに言った。


「お前は人を殺せるんだな」

「命とあらば」

「『若冲鳳凰』は、山城さんから預かったのか」

 
 初めて、雄一郎の感情が大きく上下したのが分かった。ある程度想起はしていたが、どうやら確信を付いたらしかった。

 あの体術も、武道も、おそらくその剣術も、幕末戊辰を佐幕派の女武士として名を馳せたあの山城眞子に仕込まれたものなのだろう。男にも勝る知略。振る舞い。その多くが、彼女に起因する。


「……何を知っているんです」


 『若冲鳳凰』は、先日、雄一郎が手にしていた日本刀の俗名である。
 刀身そのものは、業物ではないという。ただ、戦国期作の長刀で、江戸300年を通じ剣士たちの手を経るごとにその刀身は冴えわたり、切った人間の血を吸って、歯が仄かに紅く輝くのだという。
 無銘ではあるが、佩裏には鳳凰図が刻み込まれており、その豪快さ、壮麗さからいつしかその「名刀」は、江戸期の高名な絵師伊藤若冲の名前を冠するようになったのだという。多くは実用刀として使用されたということだが、芸術品としてもその道に通じるものならば一度は目にしたい逸品なのだそうだ。 

 その『若冲鳳凰』は幕末にいたり、後、白河川修の妻になる女が手にしたのだという。
 彼女が死んでから、山城眞子が所有するようになった。そう、白河川修から聞いた。


「おれは何も知らない。だからお前にこうして聞いている」

「禅問答をするつもりはない。あなた、まさか」


 そういったところで、予鈴の喇叭が鳴った。学徒たちが教室に向かい始める。
 輝也と雄一郎は、互いに疑念の晴れない感情を視線で交えながら、やがて教室に向かった。

 

 それから一週間、大した話もしないまま、また土曜の夜が来て、「こつる」で雄一郎と顔を合わせた。
 輝也は、緑子に歌舞を仕込み始める。
 雄一郎は緑子のお目付けを言いつかっているらしく、二人のやり取りの場末で、『若冲鳳凰』を携え、静かに控えている。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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