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「こつる」の太夫(7)


「やれやれといったところかな」


 いつからそこにいたのか、例の「すべてお見通し」といった顔をぶら下げた久坂が、輝也の後ろに立った。
 雄一郎が、踵をそろえて敬礼した。緑子が、呼吸を整えて、姿勢を正し、一礼する。
 それを見届けて久坂は、座敷に踏み入り、輝也に振り返る。


「どうだ。最高の役者をそろえてやったぞ。主人公は救われたい美少年。野心家の母親、謎の同級生、そして主人公の存在価値を脅かす、白皙の美少女だ。気に入ってもらえたかな」


 久坂の言葉を聞くよりも早く、輝也は「ふざけるな!」と叫んで立ち上がった。勢い、久坂に詰め寄ろうとしたところ、雄一郎に阻まれ、日本刀の柄を胸に押し当てられた。

 近いところで、目があった。
 相変わらず、雄一郎の感情を読み取ることはできない。
 輝也はとりあえず久坂と話をするべく、雄一郎を押しのけようとしたが、案外強い力でそれを阻まれた。
 久坂が声をかける。


「構わないよ舎人。これでも一応、私は彼の上官なんでね。手荒な真似はしないだろうさ」


 その言葉をまんじりと聞いた雄一郎が、輝也の目をじっと見入り、そうしてようやく輝也から身を引いた。久坂の指示なら聞くというのか。しかしもし久坂に何かしようというのなら、容赦なく抜き身を放つぞ、という空気が、「彼女」の周りを支配していた。


「リコ」


 久坂が緑子を呼んだ。


「素晴らしいよ。よくやってくれた」


 無言で、緑子は頭を下げた。先ほどの傲慢さは微塵もない。
 「君たちは下がりたまえ」と久坂がいう。緑子が先立ち、続いて雄一郎も襖の奥に下がっていった。雄一郎は、部屋を出る直前にも、輝也にひとつ、視線を投げかけている。


「悪趣味にもほどがあるぞ、久坂。いったい何をするつもりだ」

「別に。俺は今も昔も何も変わってはいないさ。美しいお前を愛でたいのさ。そのためなら国の一つだって壊してやる。そう、お前を口説いたことも、あったかな?」

 
 だが――、といって、久坂は輝也に詰め寄った。壁を背に、今にも唇に触れられそうな位置で、久坂は静かに語りかけた。


「お前は変わってしまった。今のお前は美しくない。白河川修に何を吹き込まれた。俺は、何物にも従属せず、何物にも侵されず、気高く孤高に生きるお前を愛していたのだ。それが今や、軍の狗だと? 白河川修の当てゴマだと? あの舎人耕三郎の子息と懇意にしているだと――!? 俺には耐えられないよ、輝也。俺の愛しいお前が、あのような狂気じみた連中どもの懐で、身も心もじわじわと喰われていくことなど。そして聡明で賢明なるお前が、その事実に気が付くことなく、連中の意のままに作り変えられているということを!」


 久坂は、輝也の耳元、ほとんど触れるか触れないかというところで、口を開いた。


「――だから、本当のお前を覚醒させてやる。ここは地獄。その舞台の主役は貴様だ。輝也、最高のお前を演じて見せておくれ。俺の望む、本当のお前、美しいお前を」

「呆れた三文芝居だ。俺は下りさせてもらう」


 久坂を振り切ってその場を離れようとした輝也を、久坂は逃さなかった。そのまま床に押し倒されて、顔を向けられ、輝也は猛烈に嫌気がさして、顔を背けた。


「舎人 拓真」


 鉄壁の外面をすり抜けて、いきなり心臓を掴まれたような感覚だった。
 輝也はいたって感情を表に出さぬように努めたが、この男が、輝也の微妙な感情の変化を見逃すはずがなかった。


「あれは想定外だった。まさか、お前の関心を引く人間がこの世に存在しようとはな。正直に言って、今の俺には、目障りだ」

「やめろ、あれには手を出すな」


 そこでようやく、輝也はさきほどの同期の顔を思い出した。
  

「宿禰 緑子はいい女だろう。あれほどの上玉、そうはいるまい。毛色だけでない、そしてあの度胸のよさだ。お前の中の本性を引きずり出せと俺は命じたのだ。そうしたらどういうことだろう!初対面のお前の本質を見抜いて、見事に内部を抉り出してきた。あれは使い物になる」

「舎人雄一郎を、どうやって手懐けた」

「それを知ってどうする?興醒めだと言っていたではないか」

「これは俺と楽弥の問題だ。宿禰緑子とやらに歌舞を仕込めというなら云うとおりにしよう。だが、拓真も雄一郎もこの一件には何のかかわりもないはずだ。だから、これ以上あれを巻き込まないでくれ」


 組み伏せられたまま、必死に訴える輝也を、久坂はとても冷めた目で見詰めていた。


「つまらない」


 そうして溜息を付き、輝也の拘束を解いた。身を引いた久坂はやはり「つまらぬ」と呟いて、独り言のように語り始めた。


「だからお前は、毒されたというのだ」


 そういって座敷を去ろうとする久坂の背中を、輝也は追った。


「話はまだ終わっていない!」

「俺の話は終わりだ。まあいい。輝也、せいぜいあがけ。あがいて、あがいて、俺に見えている結末を変えてくれ。もがき、苦しみ、血を流すお前の姿を以って、俺の嗜好を存分に満たしてくれ」

「久坂!」

「あの二人は関わりは無いといったか。笑わせるな。あの男の子息というだけで、理由は十分だ。それとタヌキに伝えておけ。イデアリストは、リアリストによって駆逐される。初めに舞台を追われるのは、陸軍卿白河川修、貴様だとな」


 そういい残し、久坂は廊下の奥の暗闇に姿を消した。
 
 悪くないと思っていた日常が、突如がらがらと音を立てて崩れ出す。
 ようやく掴みかけた自分でなく、目的のために手段を選ばぬ非道が、誰かに望まれる自分だというのか。

 輝也はその場に、座り込んでしまった。
 
 呆然とした頭を、ようやく回転させ始める。

 拓真を、こちら側に連れてきてはいけない。
 雄一郎を、これ以上踏み込ませてはいけない。

 
 久坂を止めなければ。
 そしてそれができるのは、自分だけなのだ。

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2012/03/02(金)
3、吉岡輝也の憂鬱

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