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「こつる」の太夫(3)


 ***


 久坂の指定した車には、運転手のみが同乗していた。
 最近は、大通りでも車の往来をよく見るようになったとはいえ、それでも上流階級の乗り物である。白河川は公務の移動でよく使っているようであるが、基本的に輝也はそれ同乗しない。上海にいたころにも何度か乗ったことがあるような気がするが、それにしても目が見えるようになってから一人で乗るのは初めてである。

 するりと車が動き出した。
 目の前を通り過ぎる夜の街。東京をぐるりと取り囲む山手線に流れる景色とは違う、何か後ろめたいものを秘めている感じ。それは白河川に黙って久坂と逢引しているという罪悪ではなくて、久坂の趣向が多くの人を不幸にするのではないかという心のざわめき。そういう自分を顧みて、随分お人よしになったなともうひとりの輝也が嘯いた。そういえば、おれは日本が嫌いだった。


 いつからだろう。そんなものもどうでもいいと思うようになった。

 覚えている一番古い「記憶」は、母の顔。当時は、まだ目が見えていなかったから、それは輝也の体内のイメージでしかない。頬は扱け、まだ若くして髪には白髪が混じり、煤だらけに塗れたからだを、路地裏で売り物にしていた。輝也も、物心がつくような年齢になっていた。得体も知れぬ男たちを胡同の狭い部屋に招き入れ、輝也の目をはばかることなく男と交わっていた。昼は、その報酬で得た阿片を吸っては、「いとしい人」を夢見ているようだった。だから、小さいころから「こうさぶろうさま」の名前は知っていた。その名前は、母の悲願であると同時に、輝也の中で阿片の喫えた臭いと、狂乱する母親の醜態とともに脳裏に刻みつけられている。そしてたどりつく先は、黒澤修吾。薬が切れると、辛いも痛いもすべてかの男のせいだと母は言った。だから輝也も、そうだと思った。黒澤さえこの世からいなくなれば、きっとこんな母を見なくて済むのだ、と思った。

 そのころも輝也自身、満足に飯を食わせてもらっていたわけではなかったが、ひもじいという自覚はなかった。ただ、唯一自分を自覚してくれる母が正気を失って、痛いとか苦しいとか死にたいとかいうのを見ているのは辛かった。幼心になんとかしなければならないということは考えたと思うが、見えぬ目ではその部屋から出ることもできない。たまに母親が連れ込んできた男に医者など呼んでもらえぬかと声をかけたこともあるが、体よく断られた。それでも輝也は声をかけ続けた。輝也を抱かせたら、医者を呼んでくれるといったものがあった。そういうものには抱かれてやった。しかし、医者はこなかった。母も、日ごとに弱っていくのを感じていた。

 ある日、母親の気配が無くなった。輝也は驚いて部屋の中を手探りで捜し歩いた。ベッドの端に足を取られ、ひび割れた皿に腕を切られ、がたついた棚に頭をぶつけて、それでも母を呼び続けた。母は、窓際の縁に右手をかけて、そのまま意識を失っていた。呼吸がほんの僅かしかなかった。

「ルーイェ!」

 輝也は、母親という言葉を知らなかった。母は一度も自分を母だと言わなかったし、最近では正気でいることも少なくなっていたから、母が上海に来てから名乗っていた「チャン ルーイェ」を彼女の呼びかけに使っていた。それ以外に知っている言葉も少ない。自分を知る唯一の存在が消えてしまうかもしれない。そんな絶望に襲われながら、助けを求める言葉も、その手立ても持たぬ4歳の盲目の少年は、母が開いたらしい窓から「ああああああ」といって叫び続けることしかできなかった。

 どのくらい叫んでいたのだろう。
 もう喉から声も出なくなっていたし、母親はそのまま床に倒れ、その気配を完全に消した。輝也は、母が死んだのだと思った。こんな母親であったが、その存在が消えてしまうと思ったら、心ががくがくと震えだすような衝動に襲われた。かすかに残る人間のぬくもりを感じながら、その身体を必死にゆすって、「ルーイェ」の名前を呼び続けた。自分の頬を伝うものがなんなのか、それも輝也にはわからないものだった。

 そのとき、ひとりの男が入ってきた。
 母親の客人でないことは、気配ですぐに分かった。
 あと、女。
 輝也には、男と女の区別はついた。

 男は、猛々しいもの。女は、あわれなもの。

 ずっと部屋にいたから、女については、母親以外を知らない。だから、はじめ、男の後ろにいた女のことを、男だと思った。彼女を纏う空気が、「猛々しいもの」だったからだ。だが、男が母を助け起こし、女の指示で部屋から連れ出されると、それを必死で追おうとした輝也を、女がひょいと抱き上げた。母とは違う、花の匂いがした。そしてわかった。彼女は、女だった。

「母親を助けたいか」

 輝也は、女の言葉が分からずに「放掉!」と叫び、暴れた。女は「おや、ここにいるのは日本人の親子だと聞いていたんだけどねえ」とたいして驚きもせずに言ったた。

「助けてやろう。だがお前にも働いてもらうぞ。母親もお前も、磨けば玉石になろうな。ここの客人どもに聞いた。ずいぶん器量のいい『母娘』がここにいるとな」


 女は自分の事を中国語で「チウ」と名乗った。
 それから、楽弥と輝也は、チウの下、『湖南楼』で働き始めた。


***


 東北部の馬賊の当家に引かれたチウの後をついで、楽弥が『湖南楼』を取り仕切るようになった。

 彼女が何を考えていたのかは知らぬが、楽弥になってから『湖南楼』は益々栄えるようになったし、とにかく着るにも食うにも困らなくなった。輝也はチウに雅楽や胡踊を学び、それを客前に披露するようになっていた。「女よりも美しい少年」は、盲目という異色も手伝って、やがて知る人ぞ知る存在となった。

 楽弥は、二つの人格を持っている。
 一人は、日本人として、輝也の父親でもある黒澤修吾を愛し、輝也の身の上を案じているか弱き一人の女、吉岡らく。
 もう一人は、ここ上海における各国の要人に人脈を持ち、持ち前の器量と才能で次々に男を籠絡していく女、仙楽弥。かつての想い人である舎人耕三郎を愛し、自分を耕三郎から奪った黒澤を心から憎んでいる中国人。

 この二人は決定的に違う。
 この二人は、互いに互いを疎んじているのだ。
 そのことが、彼女を苦しめる一因ともなっている。

 他から見れば常軌を逸している母親の、良識であろうと努めていたのかもしれない。精神が不安定でありながら商売人としては天才的な手腕を発揮していく母親の、いつも後ろのフォローをしているのが輝也だった。何事も表に出さずに片づけてしまおうという気前は、もしかしたらここに起因しているのかもしれない。
 上海にいたころは、まだ黒澤修吾のことを引きずっていたような気がする。あの凄惨な記憶が、脳裏にこびりついていたからかもしれない。そうして湖南楼の看板として、母の名代として店を取り仕切り、生きるために生きながら、それでも心のどこかで何かに救いを求めていたような気がする。いつも満たされない心の一部は、黒澤修吾が生きているからなのだと固く信じて、あれをこの世から消すことが今のおれの生きる意味なのだと言い聞かせていたのだ。あの男に関するすべてが嫌いだった。あの男が生まれた国も、自分の中に流れるあの男の血も、母と子を捨てたあの男のすべて――!!

 日本に来て四年になる。
 この国が好きだというわけではない。生きるために生きていたら、たまたまここにいただけなのだ。

 それでもなぜだろう、心中は前よりもずいぶんからっぽだというのに、その隙間を埋め合わせる何かを今は必要としていない。おれは、与えられた仕事をこなすだけだ。白河川の指示で士官学校に通い、たまに久坂の相手をしてやり、面倒な同期の世話をしてやり――。
 そうして思いつくのは、拓真の兄であらねばならぬこと。あの呑気な義弟の大きな目を見ていると、どうにも体の緊張が和らぐ。不思議な生き物だと思う。あれは、確かにおれを変えたのだ、と輝也は思う。


 キキッ、と音がして、車は停止した。
 運転手が、後部座席のドアをあける。冷たい風の吹く外気に足を付けると、そこは隠れ家のような料亭の入り口だった。

 ヒバの香が残る木彫りの小さな看板に、「こつる」とあった。
 久坂が来いと言ったのは、どうやらここのことであるらしい。
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2012/02/06(月)
3、吉岡輝也の憂鬱

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