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「こつる」の太夫(2)

男が、輝也の首筋に唇を添える。
 輝也はふうと虚空を仰ぎ、小さく身悶えた。

 男の方は輝也の首筋から耳元までを丹念に甘噛みしながら、その上着のボタンをはずしていく。
 やがて開襟シャツもはだかれ、上着は両腕を脱がされたまま、輝也は床に組み敷かれ、そうしてあらわとなった上半身に洗礼のような接吻を賜った。

「おい、せめて脱がせてくれ」

「何をいう。軍服はその規律の象徴。その均衡を侵すのが面白い」

 均衡を保つのが上官の仕事だろう、とは輝也は言わなかった。この男――久坂廣枝とは昔からそういう男だ。外聞には随分聞こえの良いような行いをし、帝国陸軍上層部にもずいぶん覚え目出度い男なのであるが、こと、その内面はそんなものは微塵も持ち合わせず、自らの趣向を丹念に追い求めようとするところがある。それは必ずしも、国防を担う軍人として好ましいものではなく、ただひたすらに久坂個人の嗜好に関わるのである。

 金曜の夜。大手町にある久坂の別邸。
 かれは妻との間に、輝也よりも年上の男児を二人、もうけている。二人のこうした関係のは、輝也が上海の「湖南楼」で楽弥の言いつけるままにこの男の相手をしたことに始まる。ずいぶん小さなときからこの男の相手をしてきたのであるが、そういえば、執着を持たないこの男が、好んで輝也を抱きたがるのはどういうわけなのだろう。つまるところ、根っこの部分が互いに似ているのかもしれない。大義名分のためでなく、あくまで個人の感情を優先させようとする、その独尊性が。

 輝也が日本に来てからも、こうして不定期に彼を別邸に呼んでは、こうして身体を合わせることは続いていた。
 白河川の庇護下にいる輝也は、かの陸軍元帥が、その反対勢力の急先鋒、久坂廣枝との逢瀬を知らぬわけはないのだと思っている。
 それにしても不介入なので、不審に思いながらも輝也は、久坂に乞われるまま、こうして逢瀬を重ねているのだ。実際、士官学校でずいぶん「らしくない」自分を演じているせいもあって、上海時代を知っているこの男と睦みあうのは、いい気晴らしにもなるのだ。互いに肩書きを外したような状態で本能に身を任せるから、随分楽なのかもしれない。もっとも、輝也には隠すべきこともなく、早急な密命を帯びているわけではないので、適当に昔のままに要望に応えてやっているが、久坂の本心とはいかなるものか、輝也にはわからないし、そういうことには対して興味もない。

「本部に戻るんだってな」

 ひととおり行為を終わらせたところで、何も纏わずに背中を向けている久坂に、シーツの淵から声をかける。久坂は「まあな」とだけ言って、振り返った。

「これから忙しくなる。こうしておまえを眺めることも少なくなるな」

「またロシアか。あれは天佑だったという自覚が貴様らにはないのか」

 久坂は口元にうっすらと笑みを浮かべて、「それよりも」と輝也の耳元で呟いた。

「舎人雄一郎はうまく調教できたのか」

 鬱陶しいというように輝也はあからさまに顔を顰め、久坂から離れた。

「バカバカしい。あれはそういう類の人間ではない。手籠めにしたところで興醒めだ」

「ああいう難攻不落を攻め落としてこそ、男としての矜持を感じるものもあるのだぞ。そういう物好きたちの相手をしてやっているんだろう?お前は」

 久坂はくくっ、と笑った。

「なんだ」

 輝也は不機嫌なまま久坂に視線を投げた。

「それともあれか、根っから女子には興味などないか」

 そういって、久坂はやはりかか、と笑った。輝也が返答に窮するところを見てそれをおもしろがるこの男の性根は、今も昔も大差ないということだ。

「白河川に一応面倒を見てやってくれと言われているんだ。それを遂行してるだけだ」

「へえ、『湖南楼の仙煌輝』が、ひとりの女に振り回されているのか。これは傑作だな」

 事実、雄一郎に多大な精神的ダメージを受けている輝也としては、返す言葉もない。
 むっつりとそっぽを向いていると、久坂も起き上がり、そうしてこの男にしては珍しく、先に衣服を付け始めた。

「新しい女か」

 こういうときは、たいてい「次」が控えていることも、輝也は承知していた。溜息混じりにそう呟けば、「まあ、そう拗ねるな」と久坂が言った。

「表に車を廻しておく。お前も湯あみをしたら来い」

 そういうと、二種軍装を着付けた久坂が、軍帽を整えながら輝也に振り返った。



『もっと、おもしろいものを見せてやる。』

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2012/01/15(日)
3、吉岡輝也の憂鬱

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