桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2012/01/09(Mon)

「こつる」の太夫(1)

****


まただ。
またここだ。


孝子は立ち止まり、そうして振り返った。
視界はない。敢えて言わば、闇ともいえぬ不気味な黒が広がっているだけ。己の姿も見えない。存在がない。何も存在しない世界。そうしてやはり、いつものようにここにたどりつく。


存在している。
私という意識だ。


その瞬間に孝子は拓真の腕の中にいる。
体中から力が抜け、拓真を見上げる瞼も重い。ようやく開けた視界に写る弟の顔は、炎に巻かれて炭だらけで、あげく涙でぐしゃぐしゃと来ている。


拭ってやりたい。


そう思うのだけど、体が言うことを聞かないのだ。だが薄れゆく意識の中、孝子は確かに、安らかであった。弟を死なせずに済んだのだ。向こうに行っても、母に申し開きもできよう。


***


第2場。
意識が戻ると、目の前には先ほど命を助けた弟がいた。

その顔は自分を見つめて、ただがたがたと震えていた。今度は体を動かすことはできても、拓真に触れることができない。
怖いのだ。
守り抜いたものに拒絶されることが。
そうして、かつての弟は自分よりもきれいな顔をした新しい「姉」の、背中に隠れる。
「姉」は、かつて自分がそうしたように拓真を庇うようにして立ち上がり、孝子を見据えた。


『お前は結局のところ、弟を救えなかったではないか』


その光無い瞳が、孝子の心に問いかけた――ような気がした。
ああそうか。わたしは、あの子を救えなかった――。


***


第3場。

京都の幼年学校。
白河川に直談判をしてようやく入れてもらった陸軍の士官学校。当然、女であることを隠しての入学だった。

今度こそ、あの子の力になりたい。
拓真を、軍人になんてさせない。
そんな一心だった。

同期といえど、必要以上に付け込まれるわけにはいかない。成績も品行態度も、神経が擦り切れるほど努力をして、優等を貫いた。
卒業間近になり、士官学校の先輩に呼び出された。
一人では行きたくないので、同期数名に一緒に来てもらった。
そこはお茶屋で、先輩と同期たちはわいわいと楽しむ中で、孝子は一人、静かに時が過ぎ去るのを待っていた。
やがて、みな勢いに任せてその場で雑魚寝を始めた。この状態なら退席してもよかろうと、孝子は軍帽を取り、立ち上がった。
廊下に出た途端、暗闇からぐいと腕を引かれた。
先ごろ自分に声をかけてきた、士官学校の先輩だった。
そのまま壁に押しやられ、身動きが取れないまま、強引に唇を奪われ、体中をまさぐられた。
必死で声を上げようとするのだけど、執拗な接吻は息も詰まるほどで、壁と男に挟まれた孝子の身体はやはり自由がきかない。
体中が総毛だっていた。どんなに頑張っても、努力しても、こんなことでわたしは終わってしまうのか。

また、拓真の力になれないのか。

悔しくて辛くて、涙が出てきた。孝子の身体が弛緩したのをいいことに、男はさらに、孝子の上着を脱がせ始めた。

きもちわるい。
男なんて、気持ち悪い。


『なら、男よりも男らしくなればいい。そうだろう? 舎人雄一郎』


***


 暗闇の中がばっと起き上がった。
 恐ろしさを悪寒と、あのときのフラッシュバックが、雄一郎の息を荒くしている。
 汗もかいているようだった。
 同居人に感付かれてはいけないと、息を整えて隣を見れば、同室の吉岡輝也の姿はなかった。

 そうか、今日は金曜日だったな。

 ひとまず安心をして、時計を見ると23:00。そろそろ時間だと起き上がり、寝間着を脱ぎ、シャツを着て軍袴をつけ、上着を羽織った。

 ノックもなく、静かにドアが開かれる。
 雄一郎はそれに応えるように、静かに部屋を後にした。
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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