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「こつる」の太夫(1)

****


まただ。
またここだ。


孝子は立ち止まり、そうして振り返った。
視界はない。敢えて言わば、闇ともいえぬ不気味な黒が広がっているだけ。己の姿も見えない。存在がない。何も存在しない世界。そうしてやはり、いつものようにここにたどりつく。


存在している。
私という意識だ。


その瞬間に孝子は拓真の腕の中にいる。
体中から力が抜け、拓真を見上げる瞼も重い。ようやく開けた視界に写る弟の顔は、炎に巻かれて炭だらけで、あげく涙でぐしゃぐしゃと来ている。


拭ってやりたい。


そう思うのだけど、体が言うことを聞かないのだ。だが薄れゆく意識の中、孝子は確かに、安らかであった。弟を死なせずに済んだのだ。向こうに行っても、母に申し開きもできよう。


***


第2場。
意識が戻ると、目の前には先ほど命を助けた弟がいた。

その顔は自分を見つめて、ただがたがたと震えていた。今度は体を動かすことはできても、拓真に触れることができない。
怖いのだ。
守り抜いたものに拒絶されることが。
そうして、かつての弟は自分よりもきれいな顔をした新しい「姉」の、背中に隠れる。
「姉」は、かつて自分がそうしたように拓真を庇うようにして立ち上がり、孝子を見据えた。


『お前は結局のところ、弟を救えなかったではないか』


その光無い瞳が、孝子の心に問いかけた――ような気がした。
ああそうか。わたしは、あの子を救えなかった――。


***


第3場。

京都の幼年学校。
白河川に直談判をしてようやく入れてもらった陸軍の士官学校。当然、女であることを隠しての入学だった。

今度こそ、あの子の力になりたい。
拓真を、軍人になんてさせない。
そんな一心だった。

同期といえど、必要以上に付け込まれるわけにはいかない。成績も品行態度も、神経が擦り切れるほど努力をして、優等を貫いた。
卒業間近になり、士官学校の先輩に呼び出された。
一人では行きたくないので、同期数名に一緒に来てもらった。
そこはお茶屋で、先輩と同期たちはわいわいと楽しむ中で、孝子は一人、静かに時が過ぎ去るのを待っていた。
やがて、みな勢いに任せてその場で雑魚寝を始めた。この状態なら退席してもよかろうと、孝子は軍帽を取り、立ち上がった。
廊下に出た途端、暗闇からぐいと腕を引かれた。
先ごろ自分に声をかけてきた、士官学校の先輩だった。
そのまま壁に押しやられ、身動きが取れないまま、強引に唇を奪われ、体中をまさぐられた。
必死で声を上げようとするのだけど、執拗な接吻は息も詰まるほどで、壁と男に挟まれた孝子の身体はやはり自由がきかない。
体中が総毛だっていた。どんなに頑張っても、努力しても、こんなことでわたしは終わってしまうのか。

また、拓真の力になれないのか。

悔しくて辛くて、涙が出てきた。孝子の身体が弛緩したのをいいことに、男はさらに、孝子の上着を脱がせ始めた。

きもちわるい。
男なんて、気持ち悪い。


『なら、男よりも男らしくなればいい。そうだろう? 舎人雄一郎』


***


 暗闇の中がばっと起き上がった。
 恐ろしさを悪寒と、あのときのフラッシュバックが、雄一郎の息を荒くしている。
 汗もかいているようだった。
 同居人に感付かれてはいけないと、息を整えて隣を見れば、同室の吉岡輝也の姿はなかった。

 そうか、今日は金曜日だったな。

 ひとまず安心をして、時計を見ると23:00。そろそろ時間だと起き上がり、寝間着を脱ぎ、シャツを着て軍袴をつけ、上着を羽織った。

 ノックもなく、静かにドアが開かれる。
 雄一郎はそれに応えるように、静かに部屋を後にした。
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2012/01/09(月)
3、吉岡輝也の憂鬱

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