桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/12/21(Wed)

吉岡輝也の憂鬱(9)

*「貴様らあ――!!!こんな時間になにをやっちょる!!!」


 雄一郎の振るった柄尻が、輝也の首元すんででぴたりと止まった。雄一郎も輝也も、すぐさま何事が起ったのかを理解できず、やがて外野が「見つかった」「逃げろ」と騒ぎ始めるから、ようようと事態を理解した。消灯後の見回りに、上官殿がやってきたのだ。わっと外野は逃げ出したが、上官は三人の郎党連れで、輝也と雄一郎を含む十人程度が捕まった。一列に並べられ、小一時間ほど説教を食らったのち、竹刀で一撃ずつ鉄槌を食らってその場は解散。明日は朝一で始末書を提出する羽目になった。


 *****


 輝也にとってはただの災難である。
 何しろ、望んでもいない決闘を無理やり受ける羽目になり、揚句上官から「×(ペケ)」を一つ付けられてしまった。醜態を晒したくないがための雄一郎へのハッタリも、結局無駄骨に終わってしまった。上官に怒鳴られ、ケツに竹刀をぶち込まれる姿を、何人もの同期に見られてしまったのだから。

 部屋で始末書を書き終えて、輝也は先に布団に入った。いつも、輝也が先に布団に入る。着替えするところを見られたくないだろうと気を使っているのだ。
 「彼女」は――おそらく晒の意味合いもあるのだろうが――上半身を包帯でぐるぐる巻きにしている。その細身の体の、赤く焼け爛れた皮膚を隠しているのだろう。肌が一度溶け、再び凝固すると、常人のそれよりも薄く皮が乗ったところは赤く、熱く乗ったところは白くなる。唇と、腹の脂肪のような違いだと思えばいい。それが上半身右側から上腕部、首筋にかけていびつに皮が浸り付いており、思わず目を背けてしまうような状態なのだ。輝也が布団に入ると、雄一郎は晒をといて新しいものに変える。そうして寝間着を着て、布団に入るのだ。その間、二人に会話はない。無論、これ以外にも特に、無い。

 予科の制服を着ていても、首元からは晒が見えている。隠しきれない顎の下のあたりの火傷の後は、クラスの連中なら一度は目にしているだろう。それだけでもその凄惨さに息をのむ思いなのである。雄一郎は、裸体を人前にさらさない。それは女であることを隠しているというよりも、その上半身の火傷を衆目に晒さないための配慮なのだ、と皆思っているのだろう。もっとも、それにも気が付かぬ上級生や他のクラスの連中なんかが、「雄一郎は輝也にしか裸を見せないのだ」などと面白半分の噂を立てていることは、輝也も承知している。雄一郎はどうであろうか。おそらく「彼女」にとっては、それもどうでもいいことなのであろうが。


「なあ」


 と、この夜は珍しく、輝也が声をかけた。互いに、背を向けあって布団をかぶっている状況である。返事はない。輝也の声が届いているかどうかも微妙であった。


「お前、人を殺したこと、あるか」


 返事はなかった。輝也もあまり期待はしていなかった。「まあ、おれの独り言だと思ってくれ」と適当に自分をフォローした。


「おれはあるよ。人の膳に毒を盛ったこともある。口の中に薬を含ませて、おれの唇を吸わせたこともある。殺し損ねて、逆におれが殺されそうになったこともある。気が付いたらそんなことをやってきたから、自然、常に自分の身を守るために最善を尽くすようになった。おれにも、弟がいてな。その弟はそういうものとはどうやら無縁でこれまで生きてきたみたいだから、できれば、これからもそのままでいてもらいたいと思う。まあ、どういう生き方をするかは弟が決めることで、おれがどうこうというのもおかしな話ではあるんだがな。生きるとか死ぬとか、そういうものは案外単純にできている。だけど、存外にその一線を越えるのと越えないのとでは、雲泥の差があるとおれは思っている。舎人、お前の最後の一撃、あれは道場剣じゃない。人を殺すための技だった。お前も、そういうところで生きてきたのか」


 雄一郎が、白河川の秘書役をしている山城眞子のもとにいることは知っていた。眞子が女だてらに武道に長けているということ、武器火薬にも通じているということを輝也も耳にしている。それは彼女が女だてらに、維新を幕府軍として戦い抜いた勲功でもあるのだが、もしかしたら「彼女」も、眞子に何かしらの教えを受けたのかもしれない。実際、雄一郎と直接対峙して、それがただの型にはまった技でないことぐらいは分かる。あれは、人を殺す剣だ。輝也はそう、直感した。


「……勝てなかった」


 口早に、雄一郎は呟いた。それは輝也への解答というよりも、やはり独り言の類に等しかった。


「勝てなかった、勝てなかった。あなたに勝てなかった……」


 泣いているのだろうか。語尾が掠れていく。一度鼻をすする音がした。輝也は、何も言わずにその独り言に耳を傾けた。


「ブラフだと分かっていたのに。挑発だって分かっていたのに。悔しい、悔しい。自分の愚かさが、悔しい……」


 どうして、そんなにしてまで自分を追い詰めるのか。
 答えは拓真の存在にある。あれを軍人にしないため。雄一郎の行動原理はすべてそこに収束される。

 だがいつものお前なら、「士官の道こそ男児としての誉れ」とでもいうのではないのか?

 軍人を人殺しだと解釈するのは、この時代この日本でも俺を含めてほんのわずかなものであろう。
 
 自分に人殺しを許容してでも守りたいものがある。
 たとえそれが、自分のことを覚えてさえいなくても。

 拓真に、兵を率いて突撃を命令させるのが忍びないという気持ちを、今なら理解できる気がする。
 雄一郎が何を考えているか、そんなものは輝也の知るところではないが、こと拓真に関してだけは気持ちを共有してやれる、気がする。


「再戦ならいつでも受けてやる。ただし今度はあまり人目につかないよう、気を使ってほしいところなんだが」


 雄一郎は返事をしなかった。
 もとより輝也も、そんなものを期待していない。

 他人の心情になんて深入りするもんじゃない。
 期待するだけ、裏切られる。俺は俺に与えられた仕事を、適当に熟すだけだ。

 期待などしていない。

 俺だけは、おまえの心情を少しでも理解してやれるなんてこと。
 そんなこと、これまでもこれからも、あり得ないんだ。

 言い聞かせることで、己の気持ちを納得させようとしていることに、輝也は気が付いていない。
 寝て起きれば朝が来る。またいつもの明日が始まる。
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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