桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/12/19(Mon)

吉岡輝也の憂鬱(8)

先に仕掛けてきたのは雄一郎だった。同期への合図も舎人にとっては不意打ちであっただろうにも関わらず、状況を即座に判断し、攻撃体制に入ったのだろう。反射神経まで抜群に良いとなると、いよいよ輝也に勝機は無い。

「!」

剣線を先読みしても竹刀で上段を弾きつつ、体を直線上から外すので精一杯だった。これが強力の使い手なら命とりであったが、おそらくこれは、雄一郎にとっては快心の一撃であったとしても、体重の軽い雄一郎では相手に致命傷を負わすことはできない。よって、輝也にもこれを受けつつ、とりあえず一撃目を凌ぐことができた。そうして予想通り、間髪入れずに左横薙ぎに竹刀がうねる。輝也はその剣撃より先に雄一郎の身体を追い越すようにして前に踏み込み、空振りさせた。雄一郎の背中が見えたところで輝也も竹刀を振りかぶってみたが、雄一郎は輝也の振り下ろしよりも早く竹刀を逆掛けし、その剣線ごと輝也を後方に吹っ飛ばす。輝也は右足を軸にようやく踏みとどまったころには、雄一郎がすでに目前に迫っていた。

 再び振り下ろされる一閃。
 力では勝てると確信した輝也は、竹刀鍔元でその一撃を受け止める。バシィンと竹刀の撃ち合う音が響いた。
 雄一郎は引かない。
 輝也もこれをかわせない。
 態勢は、雄一郎が押している形になっている。優位な姿勢をぐいぐい押しこまれてくれば、男と女の力の差でもさすがに辛い。しかも相手は剣道については強豪、対する輝也は数年前までほとんど女のような生活をしていたのだ。この力押しの場面で拮抗しているというだけでも、輝也は自分を褒めてやりたい。

 外野はやれ舎人だ、やれ輝也だ。いけ、そこだと相変わらず好き勝手に歓声を上げていた。その声が聴こえて、輝也はようやく、自分の心中に余裕を取り戻しつつあることを確信する。相変わらず剣を裁こうとしない雄一郎に、輝也は少しだけ不敵に微笑んで見せた。

「終わりか?」

 言い終えるより早く、ガンと力押しされ、雄一郎が輝也の間合いの外に出た。引いた。輝也はそう思った。雄一郎へ剣先を向けつつ、輝也は「彼女」向かって左方円を描く様にゆっくりと歩きだす。雄一郎も、右足を軸にしながら、剣先を輝也から外そうとしない。

「おれでは相手にならないのではなかったか。ずいぶん時間がかかっているようだが」

 途端、雄一郎がその場から弾けるように床を蹴り、輝也に突進してきた。右袈裟。躱して。そこからの胴抜き。輝也の読み通りに雄一郎は竹刀を打ち払い、輝也も先立つ読みと防御でそれらを凌ぎ、再び雄一郎の間合いの外に出た。

「なぜ仕掛けてこないんです」

「お前も言ったろう。この勝負おれに勝ち目はない。だがおれも、衆目にむざむざ敗北を晒すような醜態はしたくない。よって、おれは『負けない』」

 雄一郎は、少し間があって、ようやく「卑怯な……!」と言った。外野も、輝也の思惑に気が付き始めている。それよりも先に輝也が出雲の名前を呼んだ。

「五分だ。それまでにおれがお前から一本取られなければ、お前の負け。いいな」

「下らない!面目のため、神聖なる決闘のルールを捻じ曲げようというのか!」

「簡単なことだ。お前は、おれから一本を取ればいい。造作もない。そうだろう」

 出雲は審判と示し合せ、左手首の腕時計を見て「始め!」と声を張り上げた。今度も仕掛けてきたのは雄一郎だ。輝也はそれを捌いて間合いの外に出る。雄一郎が突っ込んでくる。またかわす。打ち込んでくる。さばいて身を引く。打ち込み。振りかぶると見せかけて再び身を引く――。

 雄一郎が肩で息をし始めた。輝也も、盲目時代の「感情の色」の読み取りを主に剣戟回避に精神力を廻しているため、体力的には相当しんどいところだ。だがこれを。雄一郎に悟られてはいけない。輝也はまた雄一郎の間合いの外に出ると、わざと大きくふう、と息を吐いて、まっすぐと雄一郎に向き合った。

「そうだな。ではこうしよう。おれがもしお前に『負けなかった』ら、これからお前は、おれの言うことをなんでもきく。どうだ?」

「何をバカな!これはそういう勝負ではない!」

「お前の面目を立てるために、おれはここで無様に負けねばならぬというのか?それこそ、神聖な決闘が聞いてあきれる。一応おれには、54期生をまとめ上げる義務が課せられているのでな。お前がおれに勝てなかったあかつきには、おれの指示のもと、お前にはクラスの連中と仲良くやってもらう」

 会場からどっと歓声が湧いた。同期連中は、雄一郎と上手くやる云々というより、「鉄壁ガードで貞操を守ってきた雄一郎が、誰かの指示に従わざるを得ない」という状況に、何がしかの興奮を覚えているのかもしれない。雄一郎は奥歯を食いしばりながら「ふざけるな」とようやく言った。輝也は、やはり少し微笑を浮かべて、竹刀を雄一郎に向け、「来い」とばかりに切っ先を振った。

「それとも、お前ともあろうやつが、俺に勝てる気がしないか?」

 雄一郎が竹刀を振り下ろしたまま輝也に向かってきた。さあ、次はどう来るか。
 先ほどまでと雄一郎の空気が変わっていることには気が付いていた。もしかしたら、「彼女」も心の平静を取り戻しつつあるのかもしれない。実は、あらかたの雄一郎との会話は、すべて輝也によって巧妙に仕組まれたブラフだった。相手を逆上させ、感情的なまま攻撃に転じさせる。人間も本能で動くときは、その行動をいたってショートカットに抑え込んでくるから、至極、思考を読みやすい。雄一郎は、女。女とは、ときに男よりも感情的に動くものだ。それが精神的なものであろうと、生死に関わろうとも、その感情を抑制することは女には難しい。輝也はそう、読んだ。

 が、どういうわけだろう。今、輝也に向かってくる雄一郎の感情の色を読み切ることができない。輝也は竹刀を正眼に構え直し、少しだけ体を引いて、どちらからの攻撃にも瞬時に対応できるよう神経を尖らせた。いかに先読みができずとも、行動するには動作を発動せねばなるまい。その発動の瞬間なら、思考を推察することができるだろう。問題は輝也の推理と雄一郎の剣戟の、どちらが早さで優るかであった。その刹那まで、輝也は雄一郎の攻撃を見極めようとした。

 舎人が、左肩に担ぐような形で、竹刀を振りかぶる。
 見たことのない形ではあったが、左に担いだのであれば、輝也の上段右方から入る攻撃の型になるはず。
 輝也は右方からの攻撃に備えた。
 次の瞬間。
 
 竹刀の柄尻が直接輝也の喉元に向けられた。


「!?」


――……よけ、られない……!
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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