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吉岡輝也の憂鬱(7)

ざっと30人はいるだろうか。
 明日も早朝から講義があるというのに、よく見れば上級生も混じっていたりする。
放り出されるように道場の中央に進み出た輝也は、ようやくゆっくりと顔を上げた。雄一郎は周りの喧騒とはまた違う次元にいて、そこには己と輝也しかいないような気がしているのではないかと思われるほど、静かな目をこちらに向けている。


「始めましょうか」


 竹刀を手にすらりと立ち上がり、正眼に構えた。


「ちょ、ちょっと待て。本当にやるのか。日曜のことなら、ついかっとなってしまった自分にも否がある。謝るから、この場を収めよう、な?」

「日曜?」


 雄一郎は少し意外そうに目を丸くして、「ああ、あのことですか」と何か思い出したようにそう言った。


「それが何か」


 日曜のこととはなんだ!と場外から声が飛んでいる。雄一郎は相変わらず外野には耳を傾けていないらしいが、そこかしこで輝也と雄一郎の勝敗についてどちらに幾ら掛けるとか、詳細な戦力分析とか、二人の関係だとか、はたまたこの後の宴会の予定まで組まれているらしい。厳しい規律に縛られた軍宿舎でのイレギュラーとあって、連中は輝也の憂鬱を尻目にお祭り騒ぎであった。


「日曜のことではないなら、なぜこんなことを仕掛けた。おれは面倒事に巻き込まれるのは御免だ」

「私には恩師がいます」


 いきなり何の話を始めるのだ、と思ったのは輝也だけではなかったらしい。場内の喧騒が静まり、雄一郎の次の言葉を待っているようだった。


「その恩師に、私は『士官学校を首席で卒業する』と約束をしました。だけどこのままでは、私はあなたに勝てない。だから、あなたから何か一つでも勝ち星をもらっておきたい」

「まだ予科入校二カ月だぞ。先週も言ったが、お前は充分に優秀だ。これから奮励すれば主席なんて」

「あなたに何が分かるんです!」


 その科白には、確かな怒気が宿っていた。普段、感情を表にしない雄一郎が、周囲に見せた初めての想いだった。


「あなたは、きっとこれからも、その容姿端麗な姿と論理明快な頭脳を持って軍首脳への道を進むのでしょう。私などが、どれだけ努力をしてもあなたの生まれ持った才に勝てるはずもなく、私はあなたの生まれ持った素質にいつも歯ぎしりをしながらその背中を眺めながら生きていくのは御免なのです! 竹刀を取りなさい吉岡輝也! 守るべきものもないあなた如きに、私は負けるわけにはいかない!!」


 いつの間にか場が静まり返っている。雄一郎の偽りのない本心だと、皆が認めたからであろう。
 だが、何がそこまで雄一郎を追い詰めているのか、この場で理解しているものが一人でもいたであろうか。それは輝也も同じことだった。恩師とはおそらく、輝也にとっても日本でも庇護者である白河川修のことだろう。守りたいものとは言うまでもなく、「彼女」の弟、拓真。そこまで知る輝也ですら、雄一郎の真意を推し量ることはできない。何がそこまで「彼女」を追い詰めているのだろう。


「舎人」

「はい」

「お前の、守るべきものが何なのかおれには見当もつかないが」


 真意。そう、真意が知りたいのだ、と輝也は思った。
 あのとき、勝呂の病院ですれ違った「俺」に、「彼女」は、「逆らえない時流のなかで与えられた人生を歩む他無い」と言った。ならばなぜ、今お前は、自らの性を偽り、こうして自らの身を危険に晒してまで陸軍の士官になりたいと願ったのだ。しかもただ願うのではなく、最優等にこだわる理由はなんなのだ。
 命に代えても守りたいはずだったお前の弟は、もうお前のことを何も覚えていないのだぞ。


「例えばそれが本当に大切なものだというのなら、こんなところで、こんなバカげたことをするよりも、少しでも長い時間、それの近くにいてやる道もあるのではないか?」


 輝也は、何も知らぬことになっている。無論、雄一郎も輝也の来歴を知るはずもない。そうだ、俺は白河川から伝え聞いて、知っているつもりだった。「彼女」がどんな人生を歩んできたのかということ。女というもの。拓真を何よりも大切に思っているということ。しかし、拓真の状態や命を狙われる可能性を否定しえぬという理由から姉弟は引き離され、拓真は輝也の新しい弟となったのだ。その弟が、どんな人間にも愛される器であることは、今や拓真の一番近い存在である輝也が、よく理解している。


「その返答は、この勝負に関係ありません」

「お前が勝手に仕掛けてきたんだろう。勝負を受けるも受けないもおれの心積もりにある。納得のいく答えをもらえないのなら、おれもこの勝負を引き受ける理由は無い」


 雄一郎は少しだけ押し黙った。


「強くならねばならないのです。大切なものを守るために。私は、あの子が士官になるというのなら、あの子の分まで軍の力にならねばならない。あの子を前線に出すわけにはいかない。そのために、私は軍の中央に意見できるだけの根拠を、今から持ちえていなくてはならない」

 
 輝也は竹刀を同期から受け取ると、雄一郎に向き直り、一礼をして正眼に構えた。
 外野連中はうまく事態が呑み込めていないらしい。だが輝也には、それが「彼女」の真意なのだとようやく得心がいったのだ。


 おれに家族を教えてくれたのは拓真だ。
 あれが人殺しをするところを見たくないということだけは、俺にも心当たりがある。



「一本だ」


 そう言って、輝也は審判役の同期に目配せをした。
 上げられた右手が、「始め!」の声とともに振り下ろされる。
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2011/12/17(土)
3、吉岡輝也の憂鬱

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