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吉岡輝也の憂鬱(6)

******


 事件は唐突に起きた。


 ここは予科一学年の教室、時は週末、金曜日の放課後。
 帰りの支度などを始める同期たちの中、舎人雄一郎が輝也の席までやって、

「私と勝負してください」

 といった。着席の姿勢のまま教科書などをカバンに入れようとする姿勢のまま見下ろされる形となった輝也。そして一斉に、教室中の視線が二人に集中した。 


「は?」

「聞こえなかったんですか。勝負しろといっているのです、私と」


 雄一郎を見上げて、迂闊にも輝也は唖然としている。刹那、しんと静まり返った教室が俄かに湧いて、二人を取り巻き始める。入学以来、自分から周囲に接触を持とうとしなかった雄一郎が、初めて声をかけた相手。それが校内でも噂の白皙の美青年ともなれば、同期ならずとも好奇を抱いて興味をそそられるというものだろう。「勝負とはなんだ」「確か貴様ら、同室だったよな。何かあったのか」「なぜ吉岡なんだ」と周囲は興味半分、真意半分、要するにこれを雄一郎という人間を知る絶好の好機と見ているようだった。雄一郎は周囲の雑音には一切耳を傾ける様子もなく、美しい睫を下向かせて、輝也に強い視線を送っている。
 一方の輝也はといえば突然のことに一旦停止してしまった思考回路を稼働させて、「さては日曜の夜のことか」とようやく一つの結論にたどりつく。だがなぜわざわざ公然と宣言せねばならない。そうでなくともこの状態、すでに教室中の衆目を集めているのだぞ。


「明後日夜九時、道場で待っています。得物は竹刀。なにか要望は」
「ちょっと待て。おれはその勝負を受けるとは言っていない。第一、なんでわざわざ」
「逃げるんですか」


 ひたと静まり返る教室。これは嫌とは言えぬ空気だ。輝也が返答に窮していると、


「日曜日、待ってますから」


 と行って、踵を返した。群がっていた連中はその空気に気圧されるような形で、雄一郎に退路を明け渡した。輝也も同期たちも、身体は膠着した状態で視線だけで「彼女」を追っている。
 そうしてその視界から雄一郎が消えると、またさっきの元気が噴出した。政治家に群がる記者たちの様に、次々と輝也に質疑が投げられる。


「貴様、舎人に何かしたのか」

「宿舎での様子はどうなんだ、舎人は、どんなことを貴様に話すのだ」

「あいつ、女はいるのか?いや、あの顔ならば、男の一人や二人いてもおかしくはないぞ……」

「やはり、筆記科目では貴様に勝てぬとみて、得意の剣術で好敵手を討ち果たそうという算段か」


 勝手にワイワイと騒ぎ出す同期たち。輝也はいろいろと感情に任せたい気持ちをぐっと堪えて教科書をしまうと、がたんと立ち上がった。途端に、一人が「貴様、舎人の決闘を受けるよな?」と聞いてきた。


「受けない」


 広がるどよめき。歩みを進めようとしても、先ほどの雄一郎のように彼らは道をあけてくれなかった。


「負けると分かっている勝負に、わざわざ出向く必要はない。あれが何を考えているかは知らんが、面倒は御免だ。おれは行かない。誰かあれに適当に何か言っておいてくれ」

「貴様、同期の面目を潰そうというのか!」

「それでも士官を志す同志か!」


 同期たちは雄一郎との勝負を受けるよう口上しながら、輝也を取り囲んで追い詰めていく。いよいよかれが身動きを取れないような状況になったところで「まあ落ち着け皆」と出雲が大きな声を上げた。


「吉岡、これはわれわれ54期生に一つの光明を与えるかもしれない。舎人を本当の同期として迎えたい。皆そう思っているんだ」


 同意の声が端々からとんだ。「うそつけ、半分楽しんでやがるんだろうが」と輝也は内心に毒づいた。


「是非、この勝負を受けてもらいたい。54期一同、心の底から二人の健闘を応援しよう!」


 教室中がわああっと盛り上がった。この空気にうんざりしている輝也の目の前に、己の言動に嘘偽りはないと妙に得心している出雲。誂え向きに腕組みまでしてうんうんと頷いている。「負けるなよ吉岡!」「あいつの鼻っ柱を折ってしまえ!」「いやでも顔は狙うな、あのキレイな顔に傷がつくのは見たくない」等々。相変わらず好き勝手に言ってくれる連中である。

 鼻っ柱を折られるのは俺だ。
 衆目されることは嫌いではないが、今回ばかりは条件が悪すぎる。

 白河川に雄一郎のことをよろしく頼むと言われてはいるものの、心を許しあう仲になれとまで言明されたわけではない。要は女としては都合の悪いというときに手を貸してやればいいんだろう。それで結構。大陸の人間であるおれが、わざわざ日本の学校に通っているのも、もとはといえば楽弥の命であるからであって――

 
 ……などと懸命に退避の理由を考えていた輝也は、雄一郎指定の夜に同期らによって半ば拉致され、道場に引きづりこまれた。


 そこには、白い道着姿に身を包み、竹刀を傍らに置いて心静かに座している雄一郎と、群ひとつが好奇の塊ともいうような連中が外野にいて、道場に姿を見せた輝也に、そして雄一郎に思い思いの声援を送っていた。
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2011/12/15(木)
3、吉岡輝也の憂鬱

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