桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/12/15(Thu)

吉岡輝也の憂鬱(6)

******


 事件は唐突に起きた。


 ここは予科一学年の教室、時は週末、金曜日の放課後。
 帰りの支度などを始める同期たちの中、舎人雄一郎が輝也の席までやって、

「私と勝負してください」

 といった。着席の姿勢のまま教科書などをカバンに入れようとする姿勢のまま見下ろされる形となった輝也。そして一斉に、教室中の視線が二人に集中した。 


「は?」

「聞こえなかったんですか。勝負しろといっているのです、私と」


 雄一郎を見上げて、迂闊にも輝也は唖然としている。刹那、しんと静まり返った教室が俄かに湧いて、二人を取り巻き始める。入学以来、自分から周囲に接触を持とうとしなかった雄一郎が、初めて声をかけた相手。それが校内でも噂の白皙の美青年ともなれば、同期ならずとも好奇を抱いて興味をそそられるというものだろう。「勝負とはなんだ」「確か貴様ら、同室だったよな。何かあったのか」「なぜ吉岡なんだ」と周囲は興味半分、真意半分、要するにこれを雄一郎という人間を知る絶好の好機と見ているようだった。雄一郎は周囲の雑音には一切耳を傾ける様子もなく、美しい睫を下向かせて、輝也に強い視線を送っている。
 一方の輝也はといえば突然のことに一旦停止してしまった思考回路を稼働させて、「さては日曜の夜のことか」とようやく一つの結論にたどりつく。だがなぜわざわざ公然と宣言せねばならない。そうでなくともこの状態、すでに教室中の衆目を集めているのだぞ。


「明後日夜九時、道場で待っています。得物は竹刀。なにか要望は」
「ちょっと待て。おれはその勝負を受けるとは言っていない。第一、なんでわざわざ」
「逃げるんですか」


 ひたと静まり返る教室。これは嫌とは言えぬ空気だ。輝也が返答に窮していると、


「日曜日、待ってますから」


 と行って、踵を返した。群がっていた連中はその空気に気圧されるような形で、雄一郎に退路を明け渡した。輝也も同期たちも、身体は膠着した状態で視線だけで「彼女」を追っている。
 そうしてその視界から雄一郎が消えると、またさっきの元気が噴出した。政治家に群がる記者たちの様に、次々と輝也に質疑が投げられる。


「貴様、舎人に何かしたのか」

「宿舎での様子はどうなんだ、舎人は、どんなことを貴様に話すのだ」

「あいつ、女はいるのか?いや、あの顔ならば、男の一人や二人いてもおかしくはないぞ……」

「やはり、筆記科目では貴様に勝てぬとみて、得意の剣術で好敵手を討ち果たそうという算段か」


 勝手にワイワイと騒ぎ出す同期たち。輝也はいろいろと感情に任せたい気持ちをぐっと堪えて教科書をしまうと、がたんと立ち上がった。途端に、一人が「貴様、舎人の決闘を受けるよな?」と聞いてきた。


「受けない」


 広がるどよめき。歩みを進めようとしても、先ほどの雄一郎のように彼らは道をあけてくれなかった。


「負けると分かっている勝負に、わざわざ出向く必要はない。あれが何を考えているかは知らんが、面倒は御免だ。おれは行かない。誰かあれに適当に何か言っておいてくれ」

「貴様、同期の面目を潰そうというのか!」

「それでも士官を志す同志か!」


 同期たちは雄一郎との勝負を受けるよう口上しながら、輝也を取り囲んで追い詰めていく。いよいよかれが身動きを取れないような状況になったところで「まあ落ち着け皆」と出雲が大きな声を上げた。


「吉岡、これはわれわれ54期生に一つの光明を与えるかもしれない。舎人を本当の同期として迎えたい。皆そう思っているんだ」


 同意の声が端々からとんだ。「うそつけ、半分楽しんでやがるんだろうが」と輝也は内心に毒づいた。


「是非、この勝負を受けてもらいたい。54期一同、心の底から二人の健闘を応援しよう!」


 教室中がわああっと盛り上がった。この空気にうんざりしている輝也の目の前に、己の言動に嘘偽りはないと妙に得心している出雲。誂え向きに腕組みまでしてうんうんと頷いている。「負けるなよ吉岡!」「あいつの鼻っ柱を折ってしまえ!」「いやでも顔は狙うな、あのキレイな顔に傷がつくのは見たくない」等々。相変わらず好き勝手に言ってくれる連中である。

 鼻っ柱を折られるのは俺だ。
 衆目されることは嫌いではないが、今回ばかりは条件が悪すぎる。

 白河川に雄一郎のことをよろしく頼むと言われてはいるものの、心を許しあう仲になれとまで言明されたわけではない。要は女としては都合の悪いというときに手を貸してやればいいんだろう。それで結構。大陸の人間であるおれが、わざわざ日本の学校に通っているのも、もとはといえば楽弥の命であるからであって――

 
 ……などと懸命に退避の理由を考えていた輝也は、雄一郎指定の夜に同期らによって半ば拉致され、道場に引きづりこまれた。


 そこには、白い道着姿に身を包み、竹刀を傍らに置いて心静かに座している雄一郎と、群ひとつが好奇の塊ともいうような連中が外野にいて、道場に姿を見せた輝也に、そして雄一郎に思い思いの声援を送っていた。
web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

※当ブログはリンクフリーですが、ご一報いただければこちらからもお伺いいたします。相互リンク大歓迎です(※アダルトサイトは除く)。

※拍手コメントをいただいた場合、同じ拍手内に返信をしております。ご確認をお願いします^^

皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。