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吉岡輝也の憂鬱(4)

******

 
「そういうわけなのだ」

「なるほど。輝也君、君はあくまでこれは君自身の興味ではなくて、クラスのためだというわけだね」

「そもそも、なんで女を士官学校なんぞに入れたのだ。あれにとっても、周囲にとっても互いにこういう反応になるだろうことは予想もついたであろうに」

 そういって輝也は目の前のティーカップに口を付けた。週末、白河川邸の、元帥の執務室。本人の仕事机の隣に、小さな応接用の机とソファがあり、その客席に輝也は腰かけている。
 白河川は資料に目を通しつつ、輝也の話を聞いている。白河川の本棚に背を預け、ベルヌを読んでいるのが拓真。

「なんでって」

 そういって白河川はふと顔を上げた。

「おもしろいから」

 臆面も無くそういってのける陸軍の元帥に、輝也は不快感を全力で体現して深く溜息を付く。このタヌキ親爺には何を言っても暖簾に腕押しということか。まあ、そんなことは初めから解りきっていたことではあるが。

「君はどう思うんだい、かれのこと」

「かれとは」

「決まっているじゃないか、彼女のことだよ」

 話の筋が合わない。おれがしたいのはそういう色めいた話ではなくて、雄一郎の入学におそらく一枚噛んでいるであろうこのタヌキ親爺の方から、雄一郎に諫言してほしいということなのだが。

「優秀な同期だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「いまのところ、成績は君の方が上のようだね。彼女は常に君の次点だ」

「あれに主席を譲ってやればいいというのか」

「そんなことをしたら却って彼女のプライドに傷をつけてしまうよ。今のままでいい」

 白河川はそう言って手に持っていた資料をテーブルに置き、一息付いた。窓の外は晴天。真冬の晴天は、カラッとしていてひどく涼やかだ。

「だいたい、京都での二年間をどうやって過ごしたのだ。身体検査の類はお前が差配したのだとして、日常生活やらなにやら不都合が出るだろう」

「ご想像にお任せしますよ。ところで輝也君、彼女は君と、そう大差無いのだとは思わないか。かたや、女児として生を受け、その性を捨て、男として生きることを選んだ雄一郎君。かたや、女児として育てられ、その容姿もほとんど女子であり、しかし最近男としての自覚の発露を覚え始めた君。どうだい、互いによき理解者になれると思わないか」

「つまらない冗談はよせ。そもそも、生まれついた瞬間から肉体的の違いがある。おれはあれの気持ちなんて解らぬし、おれの心情など誰に理解されてたまるものか」

「ああそうだね、忘れていたよ。君には初花の経験なんてなかったものね。すまないすまない」

 「はっ……!」と言って面食らった輝也に、白河川はにこにことしながら席を立った。
 出ていこうとする元帥の背中を、拓真が視線で追った。輝也はというと勢い立ち上がり、「おい、まだ話は」と言いかける。

「彼女を助けてやってくれ。気の強い子だが、彼女一人の力ではどうにもできないこともこれからは出てくるだろう。そのときにきっと、君は彼女の力になってやることができる」

 「もっとも、両性の合意の上での交際なら歓迎するよ」と言い残して元帥は執務室を出た。輝也は「だれがあんな!」と声を張り上げて手元の帳面をドアに投げつけた。それを黙ってみていた拓真がびっくりしている。腹が立ったもので肩で息をしているが、落ち着け、と自分に言い聞かせて、ようやく息を整えた。

 
 助けてやれだと?俺が?
 あんな強情なやつと何を分かち合えというんだ。

 
 脳裏に、あのときの邂逅がよぎる。「弟を頼む」とのたもうた、凛とした佇まいの少女。触れがたい高貴さをその身に纏いながらも、ふわりと風になびく黒髪が少女の可憐さを思わせ、そのほっそりとしたからだに似合わぬ強い決意を込めた瞳を、輝也はあの時確かに、美しいと感じたのだ。

 いつの間にか拓真がそばに寄ってきて、輝也をのぞきこんでいる。「どうしたの?」という顔をしている。
 それの頭を撫でてやり、輝也はきっ、と顔を上げる。

 結論は出ていない。
 とりあえず、過去の回想は過去のもの。今のヤツは根本的に気に食わん。


 ***


 日曜の夜に市ヶ谷の宿舎に戻る途上、輝也は道場の方で物音がした気がして、ふとそちらに足を向けた。
 広い道場に、一つだけ明かりをともして、ひたすらに打ち込みを続けているものがいる。

 こんな時間に?
 ずいぶんと殊勝な奴がいたものだな。

 いつもの輝也であれば対して興味も抱かずに、そのまま部屋に帰ったかもしれない。しかしこの日はなぜだか、そんな殊勝な奴の顔を拝んでみたくなった。
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2011/12/11(日)
3、吉岡輝也の憂鬱

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