桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/12/11(Sun)

吉岡輝也の憂鬱(4)

******

 
「そういうわけなのだ」

「なるほど。輝也君、君はあくまでこれは君自身の興味ではなくて、クラスのためだというわけだね」

「そもそも、なんで女を士官学校なんぞに入れたのだ。あれにとっても、周囲にとっても互いにこういう反応になるだろうことは予想もついたであろうに」

 そういって輝也は目の前のティーカップに口を付けた。週末、白河川邸の、元帥の執務室。本人の仕事机の隣に、小さな応接用の机とソファがあり、その客席に輝也は腰かけている。
 白河川は資料に目を通しつつ、輝也の話を聞いている。白河川の本棚に背を預け、ベルヌを読んでいるのが拓真。

「なんでって」

 そういって白河川はふと顔を上げた。

「おもしろいから」

 臆面も無くそういってのける陸軍の元帥に、輝也は不快感を全力で体現して深く溜息を付く。このタヌキ親爺には何を言っても暖簾に腕押しということか。まあ、そんなことは初めから解りきっていたことではあるが。

「君はどう思うんだい、かれのこと」

「かれとは」

「決まっているじゃないか、彼女のことだよ」

 話の筋が合わない。おれがしたいのはそういう色めいた話ではなくて、雄一郎の入学におそらく一枚噛んでいるであろうこのタヌキ親爺の方から、雄一郎に諫言してほしいということなのだが。

「優秀な同期だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「いまのところ、成績は君の方が上のようだね。彼女は常に君の次点だ」

「あれに主席を譲ってやればいいというのか」

「そんなことをしたら却って彼女のプライドに傷をつけてしまうよ。今のままでいい」

 白河川はそう言って手に持っていた資料をテーブルに置き、一息付いた。窓の外は晴天。真冬の晴天は、カラッとしていてひどく涼やかだ。

「だいたい、京都での二年間をどうやって過ごしたのだ。身体検査の類はお前が差配したのだとして、日常生活やらなにやら不都合が出るだろう」

「ご想像にお任せしますよ。ところで輝也君、彼女は君と、そう大差無いのだとは思わないか。かたや、女児として生を受け、その性を捨て、男として生きることを選んだ雄一郎君。かたや、女児として育てられ、その容姿もほとんど女子であり、しかし最近男としての自覚の発露を覚え始めた君。どうだい、互いによき理解者になれると思わないか」

「つまらない冗談はよせ。そもそも、生まれついた瞬間から肉体的の違いがある。おれはあれの気持ちなんて解らぬし、おれの心情など誰に理解されてたまるものか」

「ああそうだね、忘れていたよ。君には初花の経験なんてなかったものね。すまないすまない」

 「はっ……!」と言って面食らった輝也に、白河川はにこにことしながら席を立った。
 出ていこうとする元帥の背中を、拓真が視線で追った。輝也はというと勢い立ち上がり、「おい、まだ話は」と言いかける。

「彼女を助けてやってくれ。気の強い子だが、彼女一人の力ではどうにもできないこともこれからは出てくるだろう。そのときにきっと、君は彼女の力になってやることができる」

 「もっとも、両性の合意の上での交際なら歓迎するよ」と言い残して元帥は執務室を出た。輝也は「だれがあんな!」と声を張り上げて手元の帳面をドアに投げつけた。それを黙ってみていた拓真がびっくりしている。腹が立ったもので肩で息をしているが、落ち着け、と自分に言い聞かせて、ようやく息を整えた。

 
 助けてやれだと?俺が?
 あんな強情なやつと何を分かち合えというんだ。

 
 脳裏に、あのときの邂逅がよぎる。「弟を頼む」とのたもうた、凛とした佇まいの少女。触れがたい高貴さをその身に纏いながらも、ふわりと風になびく黒髪が少女の可憐さを思わせ、そのほっそりとしたからだに似合わぬ強い決意を込めた瞳を、輝也はあの時確かに、美しいと感じたのだ。

 いつの間にか拓真がそばに寄ってきて、輝也をのぞきこんでいる。「どうしたの?」という顔をしている。
 それの頭を撫でてやり、輝也はきっ、と顔を上げる。

 結論は出ていない。
 とりあえず、過去の回想は過去のもの。今のヤツは根本的に気に食わん。


 ***


 日曜の夜に市ヶ谷の宿舎に戻る途上、輝也は道場の方で物音がした気がして、ふとそちらに足を向けた。
 広い道場に、一つだけ明かりをともして、ひたすらに打ち込みを続けているものがいる。

 こんな時間に?
 ずいぶんと殊勝な奴がいたものだな。

 いつもの輝也であれば対して興味も抱かずに、そのまま部屋に帰ったかもしれない。しかしこの日はなぜだか、そんな殊勝な奴の顔を拝んでみたくなった。
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。