桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/12/10(Sat)

吉岡輝也の憂鬱(3)

******


 結局、その面倒事を輝也が引き受けることになった。
 というのも、下宿先では同期四人が一つの部屋をあてがわれていて、輝也と雄一郎は半端数として定員四人の部屋を二人で利用している。
 要するにルームメイトなのだ。

 入校式の日に雄一郎を一目見て、「あのときの彼女」であると直感した輝也は、それと同時にあえてその事実には深く踏み入らない様にしていた。それこそ、面倒なことになる。あのとき、「彼女」は輝也を見て、「あなたが拓真の新しいお姉さんね」と言った。向こうは、輝也のことをそう認識したらしい。実際、輝也もあの時点では、雄一郎のことを「拓真の実の姉」と認識しているのだ。ここで雄一郎を拓真の姉であると指摘することは、いろいろとやっかいなことになるのだ。そのようなことは、極力避けたい。
 そんなわけで入宿する日に二、三言言葉を交わして以降は、ろくに会話をした記憶がない。雄一郎は前述のとおり極力人との接触を避けているようであったし、輝也もでき得る限りでは煩わしい人付き合いなどはご辞退申し上げたいところなのだ。週末に蒲田の白河川邸に戻るとき、おそらくこのことを知らないわけのない当の本人に目で訴えたりもするのだけど、御大はその輝也の意図を汲み取ったうえで、笑顔で黙秘を貫いている。輝也から雄一郎の話題を切り出させることで、「彼女」への関心を抱いている確信につなげるつもりなのだろう。輝也はそれが面白くないので、とりあえず今まで、自分からその話を白河川に振っていない。


「舎人、少しいいか」

 
 金曜は夕食後すぐに点呼があり、そののちは月曜日の起床まで自由行動が許されている。夕食を腹におさめて一度部屋に戻り、舎人も帰宅の準備をしているようだった。輝也はそこで声をかけた。


「何か」


 相変わらず素っ気のない声が飛んできただけだった。輝也は特に意に介せず、「話がしたいんだが、時間を取ってもらえるか」と事務的に返した。


「軍務に関係のあることですか」


 これまた事務的な返答が帰ってきた。2ケ月も共に寝起きしているというのに、他の同期と同様、輝也もまた雄一郎にとっては油断すべからざる人間には変わりないのかもしれない。


「まあ、あるといえば」

「具体的には」

「お前の今後の周囲との関係性について」

「最低限は保てていると自覚しています。何か問題でも」

「任務に置いては機械的な人間関係を築けるからまだいいが、とりあえず今のお前の態度が、クラスに波風を立てていることは事実なんだ。何か気に入らないことでもあるのか。こちらとしてはできうる限りお前の望むような形にしたいと思うのだが」

「別に何も。これは私の問題です。クラスへ悪影響をもたらしているというのであれば、今後は態度を改めましょう。皆に気を使ってもらうなど無用。迷惑です」


 では、と言って部屋を出ようとする雄一郎を輝也は引き留めた。けったいそうな顔が「まだ何か」といって輝也を向いた。


「あ、いや、別に」


 雄一郎は輝也の手を払うようにして部屋を出ると、それとわかるような音を立てて扉を閉めた。輝也はいささか呆然としている。
 本当は、雄一郎を女だと直感はしていても、その確信は持てずにいたところだったのだ。さきほど掴んだ手首が、驚くほど華奢であったことに気が付き、雄一郎は女なのだ、と妙に得心がいったような気がしたのだ。それで、思わず声をかけそびれた。

 しまった、これでは何も解決していないじゃないか。

 呆然とその場に立ち尽くしていたが、はっと我に返り、輝也も荷物をまとめ始める。今日蒲田に帰って、もしあのタヌキ親爺がいたなら、今日は「彼女」のことを聞いてやろう。これはおれ自身の「彼女」への関心ではない。拓真の実の姉のことであり、クラスの協調性にも関わる重要な案件だ――。


 
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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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