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吉岡輝也の憂鬱(2)

*「彼女」もまた、不機嫌であった。

 
 入学から2ケ月が経とうとしているが、一向にその身をまとう堅固な鎧のような空気を解く気配はない。同期たちが「彼女」を前に悉く玉砕していくのを、輝也もまた一度と無く目にしている。その女子のような(女子なのだが)見目麗しい容姿を持ち、弁は立ち、成績も上々のいわばクラスの花形は、自らに取り入らんとする同期を一喝し、身辺から遠ざけ、ますます孤立を深めている。クラスの纏め役とやらを教官に任されている輝也は、「彼女」の鉄壁の防御に打ちのめされた同期を適当に庇いつつ、一体どうしたものかと心中に溜息を付いている。輝也自身が「彼女」と打ち解けるとかそうでないかという話ではない。これではクラスの協調性とやらを保持することができないからだ。

 雄一郎は京都の幼年学校での二年間も、どうやらそのスタイルを貫いたらしい。同窓だった男からその話を聞いて、輝也はその据えかねた根性の凄まじさというよりむしろ、「そこまでしてなぜ男にならねばならんのだ」と心中を図りかねた。ただ、男装して世の中を生きるのとはわけが違う。一国を背負い、数万という部下の命を背負い、そうして冷酷な判断を下せる人間を養成する機関、それが陸軍学校だ。その身を挺してまで助けようとした弟が自分のことをすっかり忘れてしまっているショックが、こういう随分と殊勝な形で「彼女」に発露しているのだとしたら、それはただひたすらに悲惨であった。どんなに選りすぐりの人間が集められた組織といえ、ここは純粋なる男社会。見目麗しい男子は、そうではない年頃の男子の、恰好の好機の対象とされることが往々としてあるものだが(実際、輝也もその対象に万遍なく該当している)、地方学校在学中の二年間をああやって人を遠ざけることで過ごして来たのは、自分の正体が女であると感付かれないようにするためであり、その体力測定以外の筆記科目を抜群の成績で勝ち抜いてきたのも、見かけ以外のもので自分の存在を周囲に認めさせたいという「彼女」の意地だったに違いない。輝也には理解できない意地である。


 女というものは、凄まじいな。


 輝也は頑なな雄一郎の振る舞いを前にして、そう胸中に呟いている自分自身に驚嘆する。どうやらおれ自身は、自分を女以外のものであると自覚しているらしい。輝也は来日する前、母親の経営する上海の料亭で、男に身体を売る商売をしていた。ずいぶんと小さい自分からそういうことをしていたせいか、いつの間にか自分は男の慰めモノ――すなわち女なのだと自己認識していた。白河川に引き取られ、来日してからもしばらくはそういうふうに思っていたはずだが、そういえばいつからであろう。自分が男であること、女であることの性別の矛盾に疑問を感じなくなったのは。

 輝也の顔を、曇り無き眼で見上げる拓真の顔が浮かぶ。

 あの天衣無縫な弟は、家族の記憶も言葉も失った状態で、白河川に「兄」を与えられたのだ。兄とは、家族。親の次に自分に近い存在。拓真は、輝也のことを「たくまとおんなじ」と形容した。まだ、長い髪を切っておらず、女物の着物を着せられていた時分にである。あれの直感が、おれの本質を見ぬいたのだ、と輝也は思っている。何も知らぬ弟だというのに、そういう動物的直感だけは周りの人間よりも恐ろしく冴えている。自分以外の人間は基本的に信用しない輝也が、唯一信用する人間がいるとすれば、それは義理の弟、拓真なのである。

 その拓真が記憶の上で失った「姉」が、その美しい睫を書物に向け、立襟の軍服に身を包み、頭を丸刈りにして軍人然として輝也の前に座っている。休み時間だというのに旧友と無駄口を叩くこともせず、大正改元の年に明治帝に殉じた乃木将軍による独逸留学時のレポートをもくもくと読み進めている。最近では、クラスの同好連中も舎人を相手にするようなものもおらず、本人はいたって平和に厳しい目を書物に向けているのであるが、クラスの雰囲気は正直に言って居心地がいいとは言えぬ状況。名目上は輝也がクラスリーダーであるが、実質のムードメーカー役を買って出ている出雲という京都からの雄一郎の同期が「智慧を貸してくれないか」と輝也に話を振ってくる。

「何の」

「決まっている。このままでいいわけがない。京都ではあのままを貫けても、これから予科を出て任官して士官学校に入るんだぞ、連隊を率いる隊長があれでは、部下もついては来るまい。したがって、あれの協調性をもうちっとマシにしてやるべきと思うが、どう思う」

「どう思うも何も、落第したい奴は早々に落第してくれれば出世の好敵手が減る。素晴らしいことじゃないか」

 繰り返すが、輝也には大日本帝国や陸軍に対する忠義も顕示欲も、わずかたりとも持ち合わせてはいない。口から出たのは同期に対する単なる皮肉。

「吉岡。われわれに落第者など出させはしない。舎人自身、何か問題を抱えているなら、皆でそれを解決してやりたいんだ。同期の桜とは、そういうものだろう」

 こういう物事に素直な男は、上官の覚えめでたく、先陣切って出世をしていくのだろうなと毒付きながら、輝也も眺めていた書物を閉じて出雲に向き直った。不愉快な感情を隠さない輝也だが、この出雲という男もまた、どこか天然なところが抜け切れず、率先してクラスの面倒をよく見たがるのだ。そういうものに自分を巻き込んでほしくはないと、眼鏡の奥で出雲に訴えるのだが、こういう男に限ってそういうマイナスの感情には鈍感で、こちらの意図を汲み取ってもらえないことも輝也は承知している。

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2011/12/07(水)
3、吉岡輝也の憂鬱

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