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裏切りの祖国(13)



 ***


「目が覚めたか」

 長い長い夢を見ていたような気がする。古月との関係に始まって、追い出されるようにして京都を離れたのも、才人が目の前で殺されたことも、俊承に恋心を抱いてしまったことも、それがすべてわずかの間に起きたことのような、目覚めの悪い夢のような心地だった。意識が覚醒してくると、昨日市内を走り回ったせいか体中が痛むし、それに俊承の体温をまだ肌がおぼえているような気がして無自覚にそれを探した。見つからないと自覚するより早く、かれがいないことを自覚し、がばっと起き上がった。そこは黒澤の自宅だった。当の主は、机に向かい本を読んでいる手を止めてこちらをみていたのだった。

「俊承は……」

「出て行ったよ。そろそろ船が出る頃だろう」

 桔華はその声を聴く前に玄関に向かおうとする。その後ろ手を、黒澤は強く引いた。

「今から行っても間に合わない」

「ならばひとつ遅い船で後を追います。教えて、かれはどこへ行ったの」

「柳君がそれを望まない」

「そんなもの関係ない、私は、私はかれに連いていくと」

 言うことを聞こうとしない桔華に、黒澤は強烈な平手打ちを食らわせた。俊承のときと同様、手加減を知らない黒澤の打撃に、桔華の体は壁まで吹っ飛び、そうして崩れた。
 体中に電気が走るみたいに痛みが充満した。それを自覚しながら痛みに耐え、その痛みが昨日のことを徐ろに甦らせてくる。

 私は、俊承についていくと決めた。
 でも、才人の遺志を継ぐためにここを出るといった俊承に、私を連れて行ってほしいとは言えなかった。
 ここにいてほしい、傍にいてくれとしか言えなかった。

 引き留めることはできないとわかっていても、引き留めることも、ついていくこともできなかった。

 そうして俊承も、桔華に、自分についてきてほしいとは最後まで言わなかった。

「駄々の次は泣き出すのか。女とは本当に手が負えないな」

「あなたに言われたくないわ。自分ができなかったこと、私にさせようとしていたんでしょ。出て行った奥さんを追えなかったことを悔やんで、私にそれをさせようと思ったのでしょ。自分が日本人ではない奥さんと幸せになれなかった分、私と俊承には幸せになってほしい、そう思って手を貸していたのでしょう? ねえ違う? それはあなたが言う他者への憐憫という姿を借りた、単なる自己満足と何が違うというの!?」

 カッとなった黒澤は再び桔華に手を上げようとし、衝撃を恐れて桔華は強く目を閉じたが、しばらくしても黒澤の平手は襲ってこなかった。桔華が恐る恐る目を開けると、何かを堪えるように右手を挙げたまま黒澤は震えていた。奥歯を強く噛みしめて、言葉にならない言葉をいくつも噛み殺していた。

「共に、いることで大切な人を苦しめてしまうのなら」

 感情を押し殺した黒澤が、一語一語を絞り出すように口にする。

「いっそ、離れてしまったほうが互いのためだと、大切だからこそ、その背中を追ってはいけないのだと……」

 上げられた手がゆっくりと降ろされた。黒澤の意図しない涙が、彼の頬を伝った。
 黒澤はその涙を拭うことなく顔を上げ、そうして桔華を見据えて、言った。

「柳君から。『あいさつもせずに出ていくことを許してほしい』」


 ほんとうは、今朝一番の大阪行きの列車の切符を黒澤さんにお願いしていたんです。
 大阪から広島へ行って、そこから大連まで行く船に乗ります。
 わたしは、昨日お話した通り、才人の目指そうとした世界、誰もが幸せに暮らすことのできる世界を作るために、何ができるかを考えるつもりです。

 才人からの手紙は、黒澤さんから受け取りました。
 その手紙には、才人とその家族を最後までかばい続けた父への感謝と、その家族が災難に遭っても何もできなかった自分への悔しさと、わたしの身を想い、自分の後は絶対に引き継がず、医師への道を究めるようにとありました。
 
 桔華さん、あなたが言った通り、才人はわたしがこの道を進むことは、望んでいないのだと思います。でも他の誰でもない、わたし自身がそうしたいと願うのです。いつかまた、あのときのように桔華さんと笑いながらお話ができるように。才人のように、自分が正しいと思ったことを、誰にも臆せずに主張できるように。万民が、何か得体のしれない大きなものにいのちを狙われるようなことがない世界。そんな世界がもし、実現したら、桔華さん、わたしはもう一度、あなたに会いたい。あなたに会うために、かならず日本に戻ってきます。

 だからその日のために、わたしは励みます。
 どうかあなたも、お元気で。


「柳君があんたを連れて行こうとしなかったのは、周君が柳君をこの問題に関わらせたくなかったのと同じ理由だ。分かるな」

 桔華は返事をしなかった。そんなことはわかっていた。分かっているが、納得ができないのだった。
 ぼろぼろととめどなく涙が溢れてきた。やがて肩をゆすり、こどもが泣きじゃくるように声を上げ、叫んだ。もはや長屋の薄い壁など関係なかった。俊承の気持ちを痛いほど理解し、そうして、それを分かったうえで追いかけることのできない自分が悔しくて、情けなくて、苦しかった。黒澤も、音もなく涙を流しながら桔華の様子をじっと静観していたが、桔華がその胸に泣きついて胸をどんどんと叩いても、黒澤は動じなかった。桔華は力いっぱい黒澤を叩いた。何度も何度も、殴りつける拳の一つ一つにありったけの想いをぶつけた。

 やがて泣くこと殴りつけることに疲れた桔華は、黒澤のシャツを掴むようにしてぐったりと倒れこんだ。そうして初めて黒澤が桔華の体を支えてくれた。惨めだ。桔華はそう思った。

「惨めだな」

「惨めね、私たち二人そろって、大切な人を追いかけることもできなかったのね」

「あんたのいうとおり、俺は、あんたたち二人に自分を重ねていたのだと思う。俺がらくにしてやれなかったこと、お前たちを成就させることで、俺は救われるのだと思っていた」

「奥さんに、また会えるといいわね」

「あんたもな」


 古月さん、私はあなたに言えない事実を持ってしまいました。
 今でもあなたを愛しているといったら、あなたは、信じてくれないかもしれません。
 
 あなたのことを愛しています。
 
 言葉にして伝えられたら、どんなにいいだろうと思うのだけれど、
 それはやっぱりできない。
 私にとって、あなたはそのすべてがあなたであって、ご家族を悲しませるようなあなたではないと信じているからです。

 大切な人ができました。
 あなたと同じくらい、大切な人。
 純粋で健気で、意思が強くて、とても優しい心を持った人。

 だれに認められなくてもいい。
 私は、あなたたちと出会えたことを後悔しない。

 私は私の道を生きます。





 それがだれに認められなくても、私は、私の意思を持ち、そして生きる――。





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2011/09/05(月)
5、裏切りの祖国

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