桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/09/05(Mon)

裏切りの祖国(13)



 ***


「目が覚めたか」

 長い長い夢を見ていたような気がする。古月との関係に始まって、追い出されるようにして京都を離れたのも、才人が目の前で殺されたことも、俊承に恋心を抱いてしまったことも、それがすべてわずかの間に起きたことのような、目覚めの悪い夢のような心地だった。意識が覚醒してくると、昨日市内を走り回ったせいか体中が痛むし、それに俊承の体温をまだ肌がおぼえているような気がして無自覚にそれを探した。見つからないと自覚するより早く、かれがいないことを自覚し、がばっと起き上がった。そこは黒澤の自宅だった。当の主は、机に向かい本を読んでいる手を止めてこちらをみていたのだった。

「俊承は……」

「出て行ったよ。そろそろ船が出る頃だろう」

 桔華はその声を聴く前に玄関に向かおうとする。その後ろ手を、黒澤は強く引いた。

「今から行っても間に合わない」

「ならばひとつ遅い船で後を追います。教えて、かれはどこへ行ったの」

「柳君がそれを望まない」

「そんなもの関係ない、私は、私はかれに連いていくと」

 言うことを聞こうとしない桔華に、黒澤は強烈な平手打ちを食らわせた。俊承のときと同様、手加減を知らない黒澤の打撃に、桔華の体は壁まで吹っ飛び、そうして崩れた。
 体中に電気が走るみたいに痛みが充満した。それを自覚しながら痛みに耐え、その痛みが昨日のことを徐ろに甦らせてくる。

 私は、俊承についていくと決めた。
 でも、才人の遺志を継ぐためにここを出るといった俊承に、私を連れて行ってほしいとは言えなかった。
 ここにいてほしい、傍にいてくれとしか言えなかった。

 引き留めることはできないとわかっていても、引き留めることも、ついていくこともできなかった。

 そうして俊承も、桔華に、自分についてきてほしいとは最後まで言わなかった。

「駄々の次は泣き出すのか。女とは本当に手が負えないな」

「あなたに言われたくないわ。自分ができなかったこと、私にさせようとしていたんでしょ。出て行った奥さんを追えなかったことを悔やんで、私にそれをさせようと思ったのでしょ。自分が日本人ではない奥さんと幸せになれなかった分、私と俊承には幸せになってほしい、そう思って手を貸していたのでしょう? ねえ違う? それはあなたが言う他者への憐憫という姿を借りた、単なる自己満足と何が違うというの!?」

 カッとなった黒澤は再び桔華に手を上げようとし、衝撃を恐れて桔華は強く目を閉じたが、しばらくしても黒澤の平手は襲ってこなかった。桔華が恐る恐る目を開けると、何かを堪えるように右手を挙げたまま黒澤は震えていた。奥歯を強く噛みしめて、言葉にならない言葉をいくつも噛み殺していた。

「共に、いることで大切な人を苦しめてしまうのなら」

 感情を押し殺した黒澤が、一語一語を絞り出すように口にする。

「いっそ、離れてしまったほうが互いのためだと、大切だからこそ、その背中を追ってはいけないのだと……」

 上げられた手がゆっくりと降ろされた。黒澤の意図しない涙が、彼の頬を伝った。
 黒澤はその涙を拭うことなく顔を上げ、そうして桔華を見据えて、言った。

「柳君から。『あいさつもせずに出ていくことを許してほしい』」


 ほんとうは、今朝一番の大阪行きの列車の切符を黒澤さんにお願いしていたんです。
 大阪から広島へ行って、そこから大連まで行く船に乗ります。
 わたしは、昨日お話した通り、才人の目指そうとした世界、誰もが幸せに暮らすことのできる世界を作るために、何ができるかを考えるつもりです。

 才人からの手紙は、黒澤さんから受け取りました。
 その手紙には、才人とその家族を最後までかばい続けた父への感謝と、その家族が災難に遭っても何もできなかった自分への悔しさと、わたしの身を想い、自分の後は絶対に引き継がず、医師への道を究めるようにとありました。
 
 桔華さん、あなたが言った通り、才人はわたしがこの道を進むことは、望んでいないのだと思います。でも他の誰でもない、わたし自身がそうしたいと願うのです。いつかまた、あのときのように桔華さんと笑いながらお話ができるように。才人のように、自分が正しいと思ったことを、誰にも臆せずに主張できるように。万民が、何か得体のしれない大きなものにいのちを狙われるようなことがない世界。そんな世界がもし、実現したら、桔華さん、わたしはもう一度、あなたに会いたい。あなたに会うために、かならず日本に戻ってきます。

 だからその日のために、わたしは励みます。
 どうかあなたも、お元気で。


「柳君があんたを連れて行こうとしなかったのは、周君が柳君をこの問題に関わらせたくなかったのと同じ理由だ。分かるな」

 桔華は返事をしなかった。そんなことはわかっていた。分かっているが、納得ができないのだった。
 ぼろぼろととめどなく涙が溢れてきた。やがて肩をゆすり、こどもが泣きじゃくるように声を上げ、叫んだ。もはや長屋の薄い壁など関係なかった。俊承の気持ちを痛いほど理解し、そうして、それを分かったうえで追いかけることのできない自分が悔しくて、情けなくて、苦しかった。黒澤も、音もなく涙を流しながら桔華の様子をじっと静観していたが、桔華がその胸に泣きついて胸をどんどんと叩いても、黒澤は動じなかった。桔華は力いっぱい黒澤を叩いた。何度も何度も、殴りつける拳の一つ一つにありったけの想いをぶつけた。

 やがて泣くこと殴りつけることに疲れた桔華は、黒澤のシャツを掴むようにしてぐったりと倒れこんだ。そうして初めて黒澤が桔華の体を支えてくれた。惨めだ。桔華はそう思った。

「惨めだな」

「惨めね、私たち二人そろって、大切な人を追いかけることもできなかったのね」

「あんたのいうとおり、俺は、あんたたち二人に自分を重ねていたのだと思う。俺がらくにしてやれなかったこと、お前たちを成就させることで、俺は救われるのだと思っていた」

「奥さんに、また会えるといいわね」

「あんたもな」


 古月さん、私はあなたに言えない事実を持ってしまいました。
 今でもあなたを愛しているといったら、あなたは、信じてくれないかもしれません。
 
 あなたのことを愛しています。
 
 言葉にして伝えられたら、どんなにいいだろうと思うのだけれど、
 それはやっぱりできない。
 私にとって、あなたはそのすべてがあなたであって、ご家族を悲しませるようなあなたではないと信じているからです。

 大切な人ができました。
 あなたと同じくらい、大切な人。
 純粋で健気で、意思が強くて、とても優しい心を持った人。

 だれに認められなくてもいい。
 私は、あなたたちと出会えたことを後悔しない。

 私は私の道を生きます。





 それがだれに認められなくても、私は、私の意思を持ち、そして生きる――。





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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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