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裏切りの祖国(9)



「誤解をさせてしまったようですね。そうではなく、これは単に、俺が柳君を見ていて感じたことと、その将来性についての話です」

「はあ」

「この男に惚れているといいましたね。最上さん、あなたはもし、この男との間にこどもが生まれたら、どうします」

「どうとは?」

「日本人として育てるのか、それとも中国人、いや、朝鮮人として育てるのかということです」

「先ほどからあなたの言っていることの意図がわからない。つまりあなたは、日本人と大陸出身者で恋愛をしてはいけないということ?それならば結構。先ほどのあなたのご高説の通り、私は俊承に確かに惚れているけれど、それは男としてというよりはその人間性に深く寄与する感情であって、大切な友人という意味よ。けれどもそれはそれとして、私は人を愛するという感情に国境なんてものは関係ないと思っているわ。言葉が通じないなら互いの言語を学べばいい。一緒にいたいという感情は、そういうものをいとも簡単に凌駕してしまうものだと思うもの。大切なのは、それがお互いの正直な気持ちであるかどうかということよ」

「理想論だ。あんたもさっき見ただろう。逼迫する国際情勢は、それに比例するように国民の心境を圧迫し、その歪は近隣の諸外国への優越感となって表れ始めている。本人同志が好きあって一緒になったとして、その間に生まれた子供はいったい、自分を何者だと思って生きていけばいい。日本人には混血と忌まれ、大陸出身者には僻まれ、そうして誇るべき自国も持たぬ力なき幼子が、どうやって自我を確立する。これはもはや、親の努力ではどうすることもできない領域の問題だ」

「あなた何を恐れているの。そんなこと、こどもが自分で考え、そうして自分で答えを見つけ出すわ。親ができることは、そのような時代に翻弄されることなく、自らの正義を貫き通す大人の背中を見せることよ。今が自分の力でどうしようもないような時代の力に押し流されている時期なのだとしたら猶更、それに異を唱え、行動しようとする姿を見せる時期ではないのかしら。たとえそのために」

 桔華はそこまで言ってはっとした。
 今から自分が言おうとしていることは、果たして正しいのだろうか。そう思ったからだ。

「そのために、こどもと、その家族を顧みることなく己の信じた道を突き進んでいくのだとしても」

 黒澤は相変わらずその感情が読み取れぬようなぼんやりとした眼をこちらに向けていて、一言「そうか」とだけ呟くと手酌で杯を満たし、桔華に差し出した。焼酎は苦手だったが、二度も断るわけにはいかぬと思い、それを受けて、一気に干した。喉の奥から燃えるように熱くなった。脳髄の先から染み渡るように痺れが走った。

「そうか……」

 そういったきり、黒澤は項垂れてだんまりしてしまった。桔華は感情の高ぶりと慣れないアルコールにもっと何か話をしていたいような気分だったが、黒澤にかける言葉も見つからず、なんとなくまた、気まずい空気が流れた。時の針の音だけ、こちこちと正確なリズムを刻んでいた。

 そうしているうちに、遠く、外から鼓笛隊の音楽が聞こえてきて、ざわっと人々が湧いた。皇族の行幸だろう。沿道に詰めかけた人。日章旗を振るこども。訓練された鼓笛兵が整然とラッパを構えながら先導し、その後ろを春日宮とその奥方を乗せた馬車が続いているのだろう。

「あなた士官でしょ。行かなくていいの?」

「今日は非番だ。久坂少佐が指揮を執る。上に自分のやり手ぶりをアピールする絶好の機会でしょう」

「こちらから聞いてもいいかしら」

「何でしょう」

「おいくつ?」

「25」

「驚いた。やっぱり私よりも若かったのね」

「女性に歳は聞けぬと思っておりましたが、おおよその見当は付きました」

「もう一つ。いやなことを聞いていいかしら」

「国家機密に関しない限り」

「あなた、陸軍のお偉いさんによく思われていないんじゃないの。今戦争の真っ最中だというのに、士官学校を出たあなたがこんな地方の憲兵のお目付け役だなんて。しかも皇族のご来訪にも顔を出させやしない。なにか悪いことでもしたの」

 桔華が見る限り、黒澤は軍人、いや、帝国陸軍の士官としての素質、態度、行動力をともに備え持つ優秀な将校であるように思われた。憲兵官舎での問答。思想偏向無く、その場の空気を読み、適切に処理しぬける決断力。どれをとっても申し分がない。その彼が、このような日陰の任務を負わされるのには、何か理由があるのではないか。あるのだとしたら、先ほどからやたらと突っ込んでくる自分と俊承との関係性、いや、日本人と大陸出身者との関係について。軍上層部が好ましくないと考える要素が何かしら彼には認められるということか。


「もしかして、出て行った奥さんって……」


 黒澤は答えなかった。
 桔華が覗き込むと、黒澤は酔いに任せてそのまま眠りについたらしく、あぐらのまま健やかな寝息を立てていた。

 俊承も黒澤も、穏やかな寝顔はまだ少年のあどけなさを残していて、その間に隔たる国家などという極めて人為的な抑制装置は、どこをみても見当たらない。

 桔華は自分が着ていた上着を黒澤に掛けてやると、静かにその部屋を出た。
 遠くで鼓笛隊のパレードの音が聞こえている。


――わたしに何かあったら、エンゲルス全集の裏表紙に挟んである手紙を、俊承に渡してください。


 脳裏によぎる才人との約束を胸に、桔華は自分たちの暮らしていた下宿へと走り出した。

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2011/08/31(水)
5、裏切りの祖国

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