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裏切りの祖国(4)

 俊承が凍りついた。
 黒澤が才人に何を問うたのか、桔華にも察しがついた。

 才人は黒澤をずっと見つめていたが、ふと瞼を伏せ、そうして静かに続けた。

「不同。作为是暂时那样,考虑清和朝鲜现在,把内政改变,与诸外国只是对等的交锋在有必要为了的力量的点,一样志向的东西。没向同志引诱是俊承,我的个人的理由(違う。仮にそうだとして、清と朝鮮は今、内政を改め、諸外国と対等に渡り合うだけための力を必要とする点で、志を同じにするものと考えている。俊承を同志に誘わなかったのは、俺の個人的な理由だ)」

 看守が戻ってきた。その手には三日前の河北新報。
 黒澤はそれを受け取り、手早く街頭のページを開くと、それを才人に差し出した。

「これは、貴様が書いたものだな」

 俊承と桔華が記事を覗き込む。そこには『眠れる獅子の黄昏』と題された才人の署名記事が掲載されていた。

 我が清国は、夏王朝よりはるか四千年にわたる長き歴史を持ち、その連綿たる歴史の中、秦始皇より「皇帝」と「人民」の明確な区別の下、多民族国家として成立してきた。しかるに昨今の諸外国の発展や著しく、長く「皇帝」として崇め奉られる立場にあった者に対等な外交という選択肢がない。今こそ英仏に倣い、広く国政を人民に開放し、真の民主国家となるべき時だ。

 要約すればこのようなものだった。

「まったくもって、けしからん」

 発行した新聞社の連中も同罪だ、と看守は腕を組んで鼻息を荒げた。紙面を手に俊承はそれを何度も何度も読み返しているようだった。才人は目を閉じて俯いているし、黒澤はそんな才人の様子を伺っているようにも見えた。しかし、と桔華は思う。

「黒澤中尉、これは今の北京政府を直接非難したものではありませんよね。読み方によっては、『国力を上げるために、議会を開設し、広く人民の意見を聞いて世界の情勢を顧みよう』という意味では。それは清国にとってもいいことのような気がします。国家転覆とすぐには結び付かないと思うのですが」

 黒澤は桔華に視線をやる。彼が口を開くよりも先に、看守が怒鳴った。

「馬鹿もの!こんなものも分からないのか!民主制とはすなわち、帝国政府への明確なる批判!シナの政府のみならず、こやつ、我が帝国政府まで否定しおったのだぞ!」

 耳が裂けるかと思うほど大声でどなられて、桔華はちょっと身震いをした。俊承は相変わらず紙面をぼんやりと眺めている。

「間違いないな」
「間違いありません。しかし、わたしは祖国のこれからを考え、そうして世界の先例を鑑みてこの結論に至ったのです。北京であろうが漢城だろうが、施政者が自らの利権保持を優先し、人民の国益を損ねるようであれば、武力革命も辞さない考えです。わたしはそれを間違っているとは思わない」

 才人は射るような視線を見る者にさし向けながら、そう日本語で答えた。看守がいきり立ち、黒澤がそれを宥めた。
 桔華は、胸の底がざわざわとした。才人が間違ったことを言っているとは思えなかった。暴力に賛同はできないけれども、看守の言うとおり、民主国家は政府や皇室の影響力を弱めてしまう装置なのだと教えられてきたし、その認識がおかしいと感じたことがいままでなかった。しかしもし、人民を先導すべき「政府」が、間違った方向に進んだとしたら。いや、すでにもうなにかがおかしくなっていて、「上に従っていれば何も間違うことは無い」「それが正義だ」と、わたしたち国民が思いこんでいるのだとしたら。
 桔華は、背筋に何か寒いものが走るのを感じた。才人が破り捨てたあの日本軍の行軍記事を見たあのときと同じように。

「そういうことだ。従ってこの男を釈放することはできない」
「待ってください!ですから、意見を申し述べただけで何も本当に蜂起しようとしたわけでは」

 桔華が黒澤に食って掛ろうとしたところに、俊承がぽつりと才人の名前を呼んだ。

「啊、什么是个人的理由?(ねえ、個人的な理由って、なに?)」

 俊承の視線は紙面に落ちたままだった。黒澤の胸倉を掴んだままの桔華は、黒澤に通訳しろと目で訴える。しかしかれも、才人の答えに意識を向けているようだった。

「春陽」

 俊承は初めて顔を上げた。黒澤は相変わらずこちらを見てはくれなかったが、桔華は確かに「チュニャン」という名前を聞いた。

「そっか、わかった」

 才人は桔華を呼んだ。看守は俊承から新聞を奪い取るとそうそうに去れとのたまっていた。黒澤に反応を伺えば、その眼が二人の対話を肯首していた。

「わたしに何かあったら、部屋の引き出しの右下、エンゲルス全集の裏表紙に挟んである手紙を、俊承に渡してください。でも、それまでは決して、あの男には見せないでください」
「わかりました。拘留、長くなりそうならいろいろ差し入れしますから」
「ありがとう。いつも、ご心配をおかけしてすみません」

 看守は時計を見るなり「時間だ」といって才人を再び促し、向きかえって黒澤に敬礼し、部屋を出て言った。部屋には、何やら不安げな顔をした俊承と、相変わらずむっつりとして表情を崩さない黒澤と、結局才人に何をしてやることもできなかった桔華、三人の重苦しい空気だけが残された。

「一週間後、春日宮殿下の行幸がある。おそらくそれまではここに留めておくことになるだろう」
「皇室の御行幸?」
「先日、満州で『黒襷隊』の部隊長として戦死された少将閣下のご出身が、仙台でな。戦時下故、陛下が帝都を離れるわけにはいかないから、代わりに弟君というわけだ」
「もうひとつ。あなたはどうして、わたしたちと才人を会わせてくれたのです」

 ふと、俊承が顔を上げた。黒澤は相変わらず無愛想な顔をしていたが、桔華には聞き取れないような小さな声で、ぽつりと言った。

「我的妻子是中国人……(俺の妻は、中国人なんだ)」

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2011/08/16(火)
5、裏切りの祖国

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