桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/08/16(Tue)

裏切りの祖国(4)

 俊承が凍りついた。
 黒澤が才人に何を問うたのか、桔華にも察しがついた。

 才人は黒澤をずっと見つめていたが、ふと瞼を伏せ、そうして静かに続けた。

「不同。作为是暂时那样,考虑清和朝鲜现在,把内政改变,与诸外国只是对等的交锋在有必要为了的力量的点,一样志向的东西。没向同志引诱是俊承,我的个人的理由(違う。仮にそうだとして、清と朝鮮は今、内政を改め、諸外国と対等に渡り合うだけための力を必要とする点で、志を同じにするものと考えている。俊承を同志に誘わなかったのは、俺の個人的な理由だ)」

 看守が戻ってきた。その手には三日前の河北新報。
 黒澤はそれを受け取り、手早く街頭のページを開くと、それを才人に差し出した。

「これは、貴様が書いたものだな」

 俊承と桔華が記事を覗き込む。そこには『眠れる獅子の黄昏』と題された才人の署名記事が掲載されていた。

 我が清国は、夏王朝よりはるか四千年にわたる長き歴史を持ち、その連綿たる歴史の中、秦始皇より「皇帝」と「人民」の明確な区別の下、多民族国家として成立してきた。しかるに昨今の諸外国の発展や著しく、長く「皇帝」として崇め奉られる立場にあった者に対等な外交という選択肢がない。今こそ英仏に倣い、広く国政を人民に開放し、真の民主国家となるべき時だ。

 要約すればこのようなものだった。

「まったくもって、けしからん」

 発行した新聞社の連中も同罪だ、と看守は腕を組んで鼻息を荒げた。紙面を手に俊承はそれを何度も何度も読み返しているようだった。才人は目を閉じて俯いているし、黒澤はそんな才人の様子を伺っているようにも見えた。しかし、と桔華は思う。

「黒澤中尉、これは今の北京政府を直接非難したものではありませんよね。読み方によっては、『国力を上げるために、議会を開設し、広く人民の意見を聞いて世界の情勢を顧みよう』という意味では。それは清国にとってもいいことのような気がします。国家転覆とすぐには結び付かないと思うのですが」

 黒澤は桔華に視線をやる。彼が口を開くよりも先に、看守が怒鳴った。

「馬鹿もの!こんなものも分からないのか!民主制とはすなわち、帝国政府への明確なる批判!シナの政府のみならず、こやつ、我が帝国政府まで否定しおったのだぞ!」

 耳が裂けるかと思うほど大声でどなられて、桔華はちょっと身震いをした。俊承は相変わらず紙面をぼんやりと眺めている。

「間違いないな」
「間違いありません。しかし、わたしは祖国のこれからを考え、そうして世界の先例を鑑みてこの結論に至ったのです。北京であろうが漢城だろうが、施政者が自らの利権保持を優先し、人民の国益を損ねるようであれば、武力革命も辞さない考えです。わたしはそれを間違っているとは思わない」

 才人は射るような視線を見る者にさし向けながら、そう日本語で答えた。看守がいきり立ち、黒澤がそれを宥めた。
 桔華は、胸の底がざわざわとした。才人が間違ったことを言っているとは思えなかった。暴力に賛同はできないけれども、看守の言うとおり、民主国家は政府や皇室の影響力を弱めてしまう装置なのだと教えられてきたし、その認識がおかしいと感じたことがいままでなかった。しかしもし、人民を先導すべき「政府」が、間違った方向に進んだとしたら。いや、すでにもうなにかがおかしくなっていて、「上に従っていれば何も間違うことは無い」「それが正義だ」と、わたしたち国民が思いこんでいるのだとしたら。
 桔華は、背筋に何か寒いものが走るのを感じた。才人が破り捨てたあの日本軍の行軍記事を見たあのときと同じように。

「そういうことだ。従ってこの男を釈放することはできない」
「待ってください!ですから、意見を申し述べただけで何も本当に蜂起しようとしたわけでは」

 桔華が黒澤に食って掛ろうとしたところに、俊承がぽつりと才人の名前を呼んだ。

「啊、什么是个人的理由?(ねえ、個人的な理由って、なに?)」

 俊承の視線は紙面に落ちたままだった。黒澤の胸倉を掴んだままの桔華は、黒澤に通訳しろと目で訴える。しかしかれも、才人の答えに意識を向けているようだった。

「春陽」

 俊承は初めて顔を上げた。黒澤は相変わらずこちらを見てはくれなかったが、桔華は確かに「チュニャン」という名前を聞いた。

「そっか、わかった」

 才人は桔華を呼んだ。看守は俊承から新聞を奪い取るとそうそうに去れとのたまっていた。黒澤に反応を伺えば、その眼が二人の対話を肯首していた。

「わたしに何かあったら、部屋の引き出しの右下、エンゲルス全集の裏表紙に挟んである手紙を、俊承に渡してください。でも、それまでは決して、あの男には見せないでください」
「わかりました。拘留、長くなりそうならいろいろ差し入れしますから」
「ありがとう。いつも、ご心配をおかけしてすみません」

 看守は時計を見るなり「時間だ」といって才人を再び促し、向きかえって黒澤に敬礼し、部屋を出て言った。部屋には、何やら不安げな顔をした俊承と、相変わらずむっつりとして表情を崩さない黒澤と、結局才人に何をしてやることもできなかった桔華、三人の重苦しい空気だけが残された。

「一週間後、春日宮殿下の行幸がある。おそらくそれまではここに留めておくことになるだろう」
「皇室の御行幸?」
「先日、満州で『黒襷隊』の部隊長として戦死された少将閣下のご出身が、仙台でな。戦時下故、陛下が帝都を離れるわけにはいかないから、代わりに弟君というわけだ」
「もうひとつ。あなたはどうして、わたしたちと才人を会わせてくれたのです」

 ふと、俊承が顔を上げた。黒澤は相変わらず無愛想な顔をしていたが、桔華には聞き取れないような小さな声で、ぽつりと言った。

「我的妻子是中国人……(俺の妻は、中国人なんだ)」

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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