桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/08/14(Sun)

裏切りの祖国(3)

「桔華さん、なぜ来たんです」

 ずんずんと進む桔華に、俊承が後ろからそっと声をかけた。

「ほおっておけないからに決まっているでしょう。あなたこそ、才人にあってそれからどうするか考えているのですか。黒澤という軍人のいうとおり、何もしていない異国の留学生に憲兵が手を出すとは思えませんよ」

 桔華は心の中で必死になってこの状況の打開策を練り始めていた。まずは才人本人の口から事情を聞くこと。彼が自らの無実を訴えるのなら、桔華は全面的にそれを支援するつもりだった。たとえ北条や桜花の名前を出してでも助け出す。しかし問題は、才人が自らの罪を認めた場合だ。

「……おそらく才人は、清国革命派と同調して、新聞や出版物などの言論機関を通して国内改革の必要性を申し述べたのだと思います。確かにそれ自体は日本の法律に違反するものではありませんが、十年前の日清事変以降、清国と日本は形上国交があることになっていますから、清国の改革を叫ぶ分子をほおっておくわけにはいかない。そしてその革命派は、アメリカの孫中山が東京にいる若い連中を支持して、一大勢力を作ろうとしています。帝国政府は、北京からなんらかの助力を請われているはずです」

「つまり、才人は日本にとっては無害ではあるけれど、清国内では危険人物にあたるから、それを国外にいるうちにどうにかしてしまおうという力が働いているということ?」

「おそらく。そして、日本に無害というのは、今のうちだけです。日露戦が落ちついたころ、昨今の列強の領土分割に反対する、何らかの民族運動が大陸を席巻するでしょうから、かの国にとって日本が列強の一部とも看做されかねない」

「どっちにしろ、革命派とやらは日本にとっては都合の悪い存在ということね」

 俊承は答えなかった。いつになく神妙な顔をして、何かを考え込んでいるようだった。
 俊承にとって日本は敵なのだろうか。ならば日本人である自分は――? 桔華はそれを聞いてみたいような気がしたが、その場では押し黙ることにした。それよりもまず、才人に事情を聴くことが先決だ。

 桔華と俊承は小さな子部屋で待たされた。看守が才人を連れてくるとかで、黒澤も部屋にある質素な椅子に腰を下ろした。将校と空間を共にするのは桔華にとっても初めての経験で、なんだか落ち着かないような気もしたが、俊承は大人しく椅子に収まって神妙な顔をしていたし、黒澤も腕を組んで目を閉じたので、桔華も意識して心を静め、俊承の対面に座った。小さな机に椅子が3つ。机は立てつけが悪いようで体重をかけると、ぎしっとゆがんだ。

 一秒がこんなに長く感じたことは無いと思った。向かいに座っている黒澤も俊承も、お互いの思索の中に入り込んでいるようで、桔華が声をかけられるような雰囲気ではなかった。とにかく自分も、才人がこんなところに拘留されているのは何かお間違いだと思いたかったし、実際そうであるのだと信じたかった。先ほどの俊承とのやりとりや、先日の才人の苛立った様子、この前の花見のことなどを思い出すうちにどうにも感情に収まりがつかなくなってきた。そうしてがばっと顔を挙げた時に、看守が両手に拘束具をつけた才人を連れて部屋に入ってきた。

 がたっと椅子を倒して立ち上がる俊承。桔華も声をかけようかと立ち上がったが、俊承に先んじることはできないと思いとどまった。
 才人は2人を見ても大して感情を現さず、いつもの静けさを纏ったままでいた。いつものままのかれが、先に口を開いた。

「干什么来了(何しに来た)」
「那是正是是这边的台词,你做什么的!(それはこっちの台詞だ、お前こそ何をやったんだ)」

 普段、桔華の前で漢語を話すことのない二人が、臆面もなく自分の祖国の言葉で話し始めた。黒澤は後ろで黙って聞いているようだった。看守は言葉を理解できないようだ

った。桔華は、二人のやり取りの雰囲気から、事情を察そうと神経を集中させる。

「对于你关系没有(お前には関係ない)」
「不可能关系没有!有什么,女主人先生也担心着。什么错儿吧。谈情况,返回(関係無いわけがない!何があった、女将さんも心配している。何かの間違いなのだろう。事情を話して、帰ろう)」

 そうまくしたてた俊承をじっと見つめて、才人はやはり静かに言った。

「假如先解放同志。我们只叙述了理想。国家颠覆的意思等没有(ならば先に同志を解放しろ。われわれは理想を述べたのみ。国家転覆の意思などない)」

 俊承が言葉に詰まった。芳しくない回答を得たのか、と桔華の心がざわついた。

「いったい、何を話している!」

 看守がいら立ちげにそう吐き捨てた。俊承は不安そうな顔を看守に向けたが、才人は黙って下を向いた。
 そのとき、黒澤が静かに立ち上がった。

「山井、例のものを持ってきてくれ」

 看守は敬礼を返すと足早にその場を立ち去った。黒澤は俊承に肩を並べ、才人に相対した。

「这个男人说了你的事是重要的朋友。对你来说这个男人不是朋友是不是(この男は貴様のことを大切な仲間だと言った。お前にとってこの男は仲間ではないのか)」

 黒澤は流暢な漢語で才人にそう問うた。才人はそれが随分と意外だったようで、黒澤の顔を見、そうして少し視線をはずして「那……(それは)」と言葉を濁した。

「朝鲜人没有清国的革命关系。是不是那样的事?(清国内の革命に半島出身者は関係無い。そういうことか)」

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。