桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/08/13(Sat)

裏切りの祖国(2)

 看守は桔華の顔を何やら検分するように眺めていたが、桔華の方が先に「最上桔華と申します。生まれは京都、今は職を得て仙台に」と言った。看守の方はどうやら桔華のいうことには嘘偽りはない――彼女が日本人であると納得したようでったが、もう一度ふんと鼻を鳴らして、再び怒声を荒げた。

「できぬといったら出来ぬのだ!貴様が奴らの仲間でない証拠がどこにある」
「大切な仲間です!幼いころから共に育ってきた兄弟です。才人が人を傷つけるようなことをしないことはわたしが一番知っています!」

 桔華の肩越しに身を乗り出してきた俊承をさらに抑えるように、桔華は続ける。

「では、どうすれば本人と対話ができますか」
「刑が確定してからだ」
「かれはどんな罪を犯したのです」

 看守はふんと鼻を鳴らし、少し身を引いた。

「街宣騒擾、及び讒謗律条例違反容疑だ」

 がいせんそうじょう、ざんぼうりつ。桔華は自分の記憶の中の法律の知識をようやく引き出しているその時、俊承が後ろで声をあげた。

「その通り、日本は多くの先進国がそうであるように、立派な法治国家です。ならば『疑わしきは罰せず』。違いますか」

 看守はちょっとあっけにとられたようであったが、我に返るとまた顔をしかめ、「貴様ら、いいかげんにせんと連中と連座させるぞ」と身を乗り出してきた。

「何の騒ぎだ」

 若い将校だった。看守はその姿を確認するなり、直立不動に敬礼を掲げ、「お勤め、ご苦労様であります!」と歯切れよく宣った。
 将校は踵をそろえ、返礼する。四〇歳を過ぎているだろう下腹の出張っている看守よりも随分若く、桔華はもしかしたら自分よりも若いのではないかと思ったほどだった。

「先日の清朝革命派による騒擾事件の犯人を連行しましたところ、その仲間を名乗る二人が容疑者の一人に面会を求めてきているのであります」
「清国人か」
「それが……」

 将校は軍帽を脱ぐと桔華と俊承に歩み寄り、まずは小さく一礼した。

「わたしは帝国陸軍仙台第四連隊付補佐官黒澤修吾中尉。東北憲兵隊司令部長が任務に付き不在のため、代理でこちらの官舎を預かっている。用件はなにか」

 桔華は軍人というものに抱いていた偏見を随分改めた。見ず知らずの自分たちに、まずは自らの正体を明かし、こちらの要件を改めてくれた。この人になら話が通じるのではないかと思った。

「大切な友人がここに連れてこられたと聞き、居てもたってもいられずにこちらまで参りました。かれが法を犯すようなことをするとは思えません。ですからまずはかれに、何があったのか聞くべきだと思いました」

 俊承は黒澤にまっすぐと相対し、そう言った。感情をぶつけ合っていた先ほどとは違う落ち着きだった。どうやら俊承も、この黒澤という若い将校と話をしてみようという気になったらしかった。

「憲兵隊は、無実の人間を連行することはない。貴様の言う友人が本当に何もしていないのなら、ここにくる理由は無い」
「それを確かめます。才人に」

 黒澤は俊承の顔をじっと見つめていた。そうしてふと視線を桔華にそらして「あなたは」と言った。

「日本人のようですが、貴様は」

 俊承は少し躊躇い、しかし表情を引き締めて言った。

「清国人です」

 桔華はあっ、と思った。その問いかけは、俊承にはあまりに無情だと思った。

「そうか」

 黒澤は是とも非ともいえないような間の後にそう、無感情に返事をし、官舎に振り返った。

「『疑わしきは罰せず』だったな。なるほど、一理ある。憲兵隊の判断が間違っているとは思えないが、それならば本人に確認してみるといい」

 黒澤は看守に声をかけ、官舎に向かって歩き出した。
 コンクリートの床に、軍靴の音が甲高く響いた。

 俊承の顔を見るより早く、桔華は黒澤のあとを追う。俊承もそれに続いた。





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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。