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裏切りの祖国(1)



 *****



 才人が仙台拘置所に抑留されているという連絡が桔華たちの下宿に入ったのは、五月をわずかに数日過ぎたばかりの、夜半過ぎのことだった。

 春以降は夕食にも顔を出さなくなっていた才人であったが、女将には「同郷の友がこちらにきているから、彼らと昔話などをしているのだ」と話していたという。最近は夕飯時の清国出身医専生の数が少なくなったと桔華は思っていたが、朝食までには戻ってくるし、特段意中にはしていなかった。ただ、俊承は夕食時にはとくにむつくれたような顔をしていて、

「どうしてわたしを連れて行ってくれないんだろう」

とでも言いたげな不機嫌な表情を常にしていた。しかし朝などにはきちんと才人と向き合って飯を口に運んでいたから、本人に問いただしたのだとしてもおそらく、もっともらしい回答を持って俊承を宥めたに違いない。夜になるとやはり俊承はむっつりとした顔を食堂にぶら下げてやってくる。そんなことが一カ月ほども続いた、そんな時であった。

「とにかく話を聞いてこなければならないから、桔華さん留守番をよろしくね」

 日付が変わる時間帯、五月の仙台はまだ冷え込む。女将は出がけにコートを桔華から受け取り、玄関に手をかけた。すると後ろから声が飛んだ。

「才人が逮捕されたというのは、本当ですか」

 俊承だった。普段の穏やかな声ではあったが、それに加えて人を引きとめるだけの気迫というものが混じっている、とそのとき桔華は思った。

「まだ未確定よ。李君が警察に連行されている一団の中に才人がいると言っていたの。いつもより帰りも遅いみたいだし、とにかく行ってみるわ」

 そういって玄関を半分開きかけたところで、また俊承が声をかけた。

「女将さんはここにいてください。心当たりがあるのでわたしが行きます。そして、もし警察がここに来て何か聞いても、女将さんはわたしたち留学生の下宿を提供しているだけで、何の関係もないのだと言ってください。では行ってきます」

 俊承は女将が止めるのも聞かず、女将を押しのけて玄関を出た。桔華は女将に念を押して、とっさに俊承の後を追った。
夜風が肌にやけに冷たかった。


 *****


 桔華にも心当たりはあった。
 先日の、日本軍の満州侵攻の記事。

 三月には旅順港の閉塞作戦に失敗した日本軍であったが、黒木大将率いる第一軍と白河川大将率いる第四軍の挟み撃ちにあったロシア軍は、緒戦に敗北を喫している。先日の記事は作戦に勝利した日本軍が長城を越えて清国領土に進軍しているというもの。その傍らにいたのが、平服の清国人。無邪気に旗を振っている。
 桔華は日本語を話す日本人であり、領土の小さな島国である日本が、大国ロシアと対等に戦争をしているのだという一国民としての自覚がないのだといえばウソになる。日本軍の優勢が伝えられる度に仙台の城下町に号外が舞い、各所で歓声が上がった。当然、桔華もそれに同調した。「国家」や「帝国主義」なんて言葉はよくわからないけれど、自分の属する国の軍が、戦いを有利に進めているのだ。悪く思う理由もない。
 
 しかし先日、日本軍快進撃の記事に難色を示した俊承と才人を目の当たりにして、これはそんなに単純な問題ではなかったのだと思いなおすようになった。戦っているのは日本とロシアという国であっても、主戦場は朝鮮半島であり、清国領土内である。しかも両軍はその領土をさも自らの利権であるかのごとくに緒戦の勝利とともに領有し、記者に自国軍の勝利を寿がせる写真を撮らせた。清国民は自ら銃剣を以て戦うこともなく、列強に食い物にされている事実をこれほどまでに痛快にあらわしたものはないだろう。
 当然、清国民である才人はそれを自覚した。だからこそあれほどまでに怒ったのだ。もし北京にいるままであれば、西太后の息のかかった官吏に、事実誤認の情報を流され、世界的立場から俯瞰した清国というものを知ることは無かったであろう。それに、大の西洋嫌いである西太后は、北京市内の「新聞」の発行を認めていない。清国内にあっては一般国民が国内外の出来事を知る術などたかが知れていた。

 才人は普段、物静かで感情を表に出すことは少ないが、日々報道される新聞記事を読み、明確な外交方針もないままに次々と欧米に不平等な条約を結ばされ、領土を分割されていく「祖国」を憂いていたであろうことは明白だった。ならば最近の夜の行動も察しが付く。憂国の同郷らと日夜論議を交わしていたのかもしれない。折しも、桔華も先日、一時清国公使館に拘留され、清朝打倒活動の必要上「1870年11月、ハワイのマウイ島生まれ」扱いでアメリカ国籍を取得した孫中山の新聞記事を目にしたばかりだった。

 ようやく拘置所にたどり着いた桔華は、俊承と看守のやり取りが飛び合うのを聞いた。

「ここに周一樹がいるのは確かなのですね!」
「刑が確定するまで、面会は出来ん!」
「才人が何をしたっていうんですか!」
「貴様、奴らの仲間か」

 俊承も自分の素性を明かしたのだと桔華は判断した。今日本国内の空気は、半島出身者への民族的優越感が広がりつつある。
 桔華は今にも掴みあいが始まりそうな二人の間に割り入って、俊承を背中で制し、できるだけ感情を抑えて看守に対面した。

「わたしは、かれらの日本での世話を申しつかっているものです。北京にいるご家族への連絡等もございますから、まずは当人と話をさせていただけませんか」


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2011/08/12(金)
5、裏切りの祖国

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