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祭りのあとに(9)


 古月への気持ちを確信して以来、桜花の下で心情を短歌にかたち作る作業を手習いながら徐々にその創作の才覚を現しつつあった桔華は、すでに何度か、桜花の主宰する同人「のはら」に歌を掲載させている。次女の玉津は昨年他家に嫁入りし、月に数度、北条の桜花のサロンを訪れるだけであったが、もとよりの才女はその才能をおしみなく作品に投影させていて、玉津と桔華の二人は、近代の女流歌人名手と謳われる最上桜花門下にあってその名を文壇に響かせつつあった。

 朔子を見た朝より、桔華の心地がすでにそのことを想定しているからか、最上の家の中にいることもできないので、大方の家事などを済ませた後は何かと用事を見つけて外に出ていた。食事の際に顔を合わせるときなども、――それは桔華の心の在り処にも多分に関わっているのであるが――義母と長姉、八重に射るような視線を感じて顔を上げることができない。何をいまさら怖気づいているのか、こうなることはいずれ分かっていたのだと自分に言い聞かせるよりも、早々に食事を済ませた両人が早々に席を立っていく。八重の夫は最上の家に婿入りしているが早朝に仕事に出るのでほとんど顔を合わせることもなく、また父も、妻と長女の顔を伺いつつ、背中を追うようにそそくさと去っていく。
 朔子は、三か月前に嫁いだ先を飛び出して急に家に戻ってきたかと思えば、今度は東京の銀行マンと一緒に住むことになったとかで数日前に最上の実家に顔を見せてから、また家を出て行った。三日前に見たのは本当に朔子本人だったのか、今ではそれに確証を持てぬほどにぼんやりと霞んでいて、しかしその熱を孕んだ思考が、じわりと桔華を追い詰めている。桔華はそれを朔子に問うこともできずにいた。

 晩秋の雪である。
 朝から深々と降り続いていた細雪は、紅葉の落ち切っていない京都の町を一面に白く染めていた。今年初の根雪になると、桔華は渡りの雨戸を閉めながら、いつもより早い冬支度の段取りをおもった。

「桔華」

 声の主は八重だった。針金の入ったような背中をぴんと伸ばし、少し顎を上げて人を見下げる彼女の姿はいつものまま。傍流の血筋を決して認めようとせず、彼女にとって桔華はあくまで他人でありながら、桔華には自分を最上の長姉として認めさせようというその意気。

そのときが来たのだ、と桔華は存外冷静に受け止めていた。


***

 
 奥の座敷には義母のみが坐していて、桔華を先導した八重が障子戸を閉めてそこに膝を折った。義母は桔華の姿を見るなりまるで汚らわしいものでもみるように一瞥すると大きく息を吸い、そして桔華からら目を外しつつ、大きく肩を揺さぶった。ロウソクろうそくの灯りだけが部屋をゆらゆらと照らしていて、義母や八重の表情はよく見えなかった。自分は彼女たちにどんな化け物に映っているのだろうか。そんな自分の容貌をこの暗がりの中でさんざ彼女らに見せることができないのは小気味よいことだと思った。

 たっぷりと桔華を凝視したあと、ようやく義母は口を開いて「母親が母親なら、子も子やわ」と吐き捨てるように言った。八重の気配は動かない。桔華も反論することもせず、黙ってその声を聞いていた。

「よりにもよって、古月と通じるなんて。あきれてものもいえへんわ」

 そうではない、古月だからこそ通じあえたのだ。そう頭の中で反芻し、これまでのかれとの時間を思い返していた。
 かれは従兄妹である前に、自分にとって一人の男だった。兄であり、大切な友人であった。しかし古月が所帯を持った以上、かれを男であると認識することがもはや許されないものであることも自明であった。分かっていて、この三年、二人だけの甘い陶酔に逆らうことができなかったのだ。
 義母は己が思いつく限りの罵倒を桔華に浴びせ、その意気に自分で窒息しそうになり、大きくまた息を吸い込んで、今度は桔華の母の話を始めた。最上家の女中であった桔華の母もまた、義母の夫である最上の女中を誑かしたのだと義母は言った。桔華は自分の生みの母のことはもうほとんど覚えてはいなかったが、義母の怒号を上の空で聞きながら、そういうことなのだろうと思った。母は、美しい人だったのだ。使い、使われる関係でありながら、父に自分を女として認めさせるほど、美しい人であったのだ。
 自分は古月にとって、そういう女でありえたのだろうか。なぜ、自分だったのだろうか。そうして三日前のかれの不安げな顔を思い出して、胸が締め付けられる思いに駆られた。なぜかれに応えてあげられないのだろう。ならばなぜ、かれの求めに応じてしまったのだろう。いずれも中途半端な覚悟でしかなかったのだという自分の不甲斐なさを改めて思い返しながら、それが却ってかれを傷つける結果になっているのだということを深く悔恨した。義母の罵声よりよっぽど辛かった。
 古月が内外で名を上げるにつれて、北条と最上の立場は以前とは逆のものになりつつあった。北条は最上より借り入れた借金を返済し、反面最上は父の会社経営がひっ迫しており、八重の夫が家をなんとか保っている状態という有様だった。しかしこの義母は、ありし日の自尊心を捨て切れずに、こうしていつまでも執拗に対面にこだわり続けている。夫が家を支えている自負から八重はその発言力を増し、玉津と朔子は、長姉が探してきた良家に嫁がされた。才がありながら義母や八重に認められないというコンプレックスを抱いていた玉津は、嫁入り後に最上の家には音信を寄こさなくなっていた。家の中では桔華に比較的理解のあった玉津がこの場にいないのは、むしろ不幸の中の幸いであったのかもしれない。

「ご近所中の評判になって、最上はいいもの笑いの種。古月は今や、大きな会社の社長はんなんやから、こんなところで傷モノのするわけにはあきまへん。あんたには、この家から出て行ってもらいます。二度と最上や北条に姿を見せんといてや。早よ消えや桔華。早う!早う!!」

 義母がヒステリックに声を張り上げると、八重が後ろから荷物を投げよこした。数着の着物や化粧品などの、最小限の桔華の荷物だった。母の部屋であったという桔華が使用していた部屋も、今はもう人の宿る部屋の有様ではないのだろうと思った。
 桔華は正座のまま義母に一礼すると、荷物を抱えて立ち上がった。もとより、言い逃れなどするつもりはなかった。朔子の姿を見止めたあの日から、こうなるであろうことは覚悟していたのだ。

 桔華は再び八重に従った。そういえばと思って八重に声をかけた。

「朔子はいないのですか」
「もうあんたには関係あらへんやろ」
「このことは、朔子が申し出たのではないのですか」
「お母さんが言うたやろ。このことはもう近所では周知。朔子が知っていても不思議ではあらへんけど、あいにく何日も姿を見ておらへんし」

 朔子が義母に告げたのだと思っていた。しかし、あの朔子が近所に吹聴して回る姿も考えられなかった。
 ならばどこから漏れ出たのだろう。そんなことはもはや、桔華にとってはどうでもいい話だった。

「ほな、さよなら」

 八重は20年ほどを共にした妹に暇乞いをすることもなく、玄関先であっさりと踵を返した。
 桔華は低い勝手口の扉をくぐった。顔を上げると隣家の馴染みの顔を見かけたが、その顔は桔華から顔を背けるとそそくさとその場を立ち去って行った。

 すっかり日の落ちた道は白く染まっており、また黒い空からはぼたんのような雪がばらばらと降っている。
 ここにはもう、自分の居場所はないのだということとようやく自覚しながら、そういえば頼るべきところの一つも持っていないのだということにようやく思い至り、途方に暮れてしまった。
 目指す先のない桔華は、降り止む気配のない雪をぼんやりと見上げながら、その場に座り込み、やがて眠気に襲われた。

 ひどく疲れた。だけどようやく終わったんだ。
 
 ここで死ぬか。まあいい。それも人生だ。

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2011/07/13(水)
4、祭りのあとに

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