桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/06/12(Sun)

祭りのあとに(7)

 *****


 翌月、北条古月は葦屋篠と結婚した。

 結納を身内で済ませ、披露宴は執り行わない。古月と篠は礼装に身を固め、双方のごく身近な親類に取り囲まれながら、互いに杯を交わす。
 
 しゃんと伸びた古月の紋付袴姿を、桔華は座敷の下手から眺めていた。
 
 長い睫毛、細い腕。
 数日前に確かに手の届く場所にあったその背中。

 篠の白い手が、白無垢の袖口からのぞき、古月から杯を受け取った。
 鈴の鳴るようなしなやかさで、篠は杯を口元に運んだ。

 麗しい人だ、と桔華は思った。



 会社再建に奔走せねばならぬ古月は、篠を北条の本家に残し、相変わらず国内国外を駆け回っている。
 桔華の方も桜花の発句の手伝いなどしていたし、母屋に篠ひとりが寝食をともにし始めたという以外は、大きな変化もない。

 17歳になったばかりの篠は、まだ少女のような無縫さを残していて、白い肌に薄つきの化粧がまだその肌になじんでいないのか、妙な艶めかしさになっている。
 口数も少なく、いつもうつむき加減に肩をすぼめている。良家の箱入り娘であったはずの篠は、慣れない細腕の袖をたすきがけて、朝早くから夜遅くまで炊事、家事、そして桜花の元を訪れる門下生たちへのもてなしなどを懸命にこなしていた。古月を知る古い門人たちに「あれにはもったいない器量やな」とからかわれて、顔を真っ赤にしておずおずと退席する篠。彼らは桜花にぴしゃりとたしなめられるのが常であった。
 そんな篠は、桔華にだけはよく懐いた。

「桔華姉さん」

 ともすると消え入りそうな儚い少女の声が、ぴりりと桔華の呵責を刺激する。少女は葡萄のような漆黒の瞳を桔華に向けていて、桔華の視線に己へ関心を認めると、人知れず胸をなでおろしたような安堵の色を浮かべる。

「桜花様に竜胆の蒔絵の入った筆入れを持つよう言われたのですが、どこにあるのか教えていただけませんか」

 触れれば音を立てて割れてしまうのではないかと思うほどに健気な少女。頼るものもいない心細さの中に打ち震えるその姿にかつての自分を投影した自覚はなかったが、桔華はいつしか、北条の家の中でも篠を自分に近しい身内のようにいとしく感じるようになっていった。



 方々との折衝でほとんど家にいない古月だったが、三カ月に一度ほどの頻度で京都に帰っていた。
 休暇というよりも、いわば「質」として輿入れした豪商『居ず奈』の一人娘をいつまでもほおっておくなという――つまりは早く世継ぎを成せという――両親や義理の両親からの催促もあって、さすがの古月もそれを無下にできないというふうなものであった。彼が京都に帰ってくるというときには、古月は必ず、本家に帰るという時宜よりも早く、桔華に連絡を寄越してくる。そして古月は狂うばかりに桔華を抱き、そして桔華もまたそれを望んだ。かれの迸るような熱情はやがて桔華に罪の意識すら薄れさせ、古月もまた、何知らぬ顔で篠との順風な夫婦生活を世間に呈していた。 そうして二人の不義が誰に見咎められこともないまま、一年の月日が流れた。

 その春、篠は第一子となる長女を生んだ。

 名前をゆゑ。安らかな寝顔をたたえて眠る小さなゆゑを抱く篠の顔は、いつのまにか少女のそれから大人のものへと変化していた。ずっと軋み音を響かせていた北条家の久しぶりの朗報に、周囲は沸いた。

「中国語で『月』。おれの名前からとったんよ。仮名にしたのは、女の子らしゅうやわらかい印象にしたほうがええっちゅう篠の意見や」

 桜花のサロンで顔なじみにそう吹聴している古月の顔は、桔華の知るどのかれよりも眩しく、そしてそれは桔華の心に大きく響いていた。
 大人びた篠。その成長ぶりは、この一年身近にいた桔華が一番理解しており、なにより望まれた長女の誕生は心から嬉しかった。

 篠の知らない古月の顔。
 古月の知らない篠の顔。

 そして、桔華の知らない二人の顔――。


 

 収拾のつかない心境を押し隠そうとする桔華の背中を冷たい視線で見つめる、一つの影がある。 
 最上朔子。桔華と年の変わらない、腹違いの姉である。

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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