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祭りのあとに(6)

 大通りから小さな路地に入ったこみちに面している茶屋の出窓からは、大通りの賑々しさと対照的な小路の暗がりがはっきりと見て取れた。22時を回る頃になっても桔華の視線の先を大山車が通り、太鼓の音、若衆の掛け声とともに歓声が沸く。一方で、祭りで逢い引いたらしい男女が、身を寄せ合いながら小路の暗がりに消えていく。
この祭りを契機に見知った仲なのだろうか。もしかしたら今夜限りかもしれぬその縁を、彼らは今宵、如何様にして紡ぐのだろう。

 それを見送って、どうして自分は来てしまったのだろうかと自問してみる。古月の手紙は、自分への熱情を押し隠すことなく伝えてきたとはいえ、当の桔華はそれを古月本人の口から聞かされたわけではない。かれの書き送ってきたものを、自分は自分の都合のいいように解釈をして、えもいえぬ夢想などをして、自分を慰めていただけに過ぎないのかもしれない。

 廊下にあるらしい時計が22時を告げた。今朝方から地に叩きつけられるような絶望にさいなまれ、夕方に差し伸べられた不意な希望に桔華の感情は押し乱れ、もはや疲れ切っているようだった。時計の音に転寝を覚醒させられて、桔華はあらためて懐中時計を取り出し、そして小さくため息をついた。何を期待していたのだろう。思えば最上の家でも妾腹の自分は、器量が特別よいわけでも聡明というわけでもない自分が、古月より好意を寄せられることがあろうはずも無かった。すべて妄想の中の話だったのだ。

 桔華はストールを掴むなり立ち上がった。勢い襖を開けようと手を掛けるところで、襖のほうが先に開いた。
 古月が肩で息をしていた。驚いた桔華がその場を動けずにいると、少し息を整えた古月が桔華の顔を覗きこんでにっと笑った。

「よかった、待っていてくれたんやな」

 相変わらず桔華は返す言葉が見つからない。これも自分の妄想の中の出来事なのだろうか、そんなことを考えるより早く、「めっちゃ走ったわぁ、今夜も暑いのう」などと言いながら古月は部屋に入り、襖を閉めた。かれは勝手に窓際に陣取ると、帽子と着ていたスーツの上着を脱ぎ、シャツのボタンをいくつか外した。桔華は古月の上着と帽子を受け取ると、それを立屏風へ掛け置いた。
 
「お疲れ様です」
「祇園さんやなあ。今夜のことが無ければ、お前と山鉾、見に行きたかったんや」

 桔華は、古月に体面するように膝を折っているが、どうにもかれの顔を見ることが出来ない。古月も相変わらず手扇のまま、視線は大通りの山車に向けているようだった。

「嫁さんに会ってきたんよ」
「『居ず奈』の篠さんですね」
「ええ子やった。しかし、わいにはちょっと、若すぎるんやないか。こないな根無し草、篠さんがかわいそうや」

 桔華は微笑した。まるで他人事だ。あいかわらず自分に頓着しない2こ上の従兄弟が、桔華にはたまらなく愛しかった。
 女将が水と酒を持ってきた。古月が昇りがけに声を掛けてきたらしい。控えめな声で「失礼します」と聞こえて、相変わらず愛想も無く去っていった。「無粋はしない」とその顔に書いてあった。
 古月が水を一気に飲み干すをの待って、桔華は銚子をかれに勧めた。グラスを杯に持ち替えた古月はそれを受け、ひとのみで干した。

「一年ぶりか」
「そうですね」
「変わりはあらへんか」
「変わりありません」
「そうか、そら、ええことやな」

 半分夢心地でかれの声を聞きながら、「らしくない」古月とのなんともいえぬ微妙な距離が、以前とは異なることをもどかしく思っていた。
 自己慢心かもしれない。そう思う気持ちが半分。幼い頃より、貧しい北条の家計を支えるべく一人、豆腐屋で懸命に働く古月を覚えている。かれのあどけない笑顔も、裏表の無いその言動も、いつしか心の支えとして桔華の目に映っていたのだった。それをおのずと胸に抱くより早く、かれが自分に向けた気持ちを明かしてくれた。己が誰かに必要とされることのこの満たされた気持ちを、幸せといわず何とよぼう。この打ち寄せる穏やかな波間のような至福感を、桔華は今、この瞬間まで覚えたことは無かったのだ。
 銚子を差し出した桔華の細い腕を、古月が掴む。二人が視線を合わせるより早く、桔華は古月に腕を引かれ、銚子が音を立てて床に転がった。背中に回された腕はガラスでも抱くように柔らかく、そして恐れるようにそっと触れた。古月のワイシャツの上に耳をつける格好で桔華は彼の心音を聞いた。遠くでは微かに、祇園のお囃子が鳴っていた。

「いいわけ、いろいろ考えたんや。せやけど、なんにも思いつかへんかった。あのな、おれは、お前のことを考えていると、心がふわっと、軽くなるんよ。耕三郎に出会ったあの夜、お前がふとおれの目の前に現れて、悲しげな顔で、笑うたんや。おれはな、このことが、どんなに幸せで、どんなに大切なものなのか、あの時ようやく分かった。なあ桔華、おれはいつだって、お前のことを考えているんだよ。お前に触れたい、この腕に抱きたい。ああ、どうしたらお前に分かってもらえるやろか。おれは今、どうしようもなく幸せなんやということを」

 桔華の髪に触れる手が、優しく撫ぜながらも次第に力が入っていく。息も出来ないような鼓動の高鳴りと古月の強い抱擁に桔華は身も心も窒息してしまいそうな心地だった。

「桔華」

 桔華は返事をしなかった。

「なあ、桔華」

 嗚咽を飲み込むことで、桔華はかれへのさまざまな責めの言葉を飲み込もうとした。飲み込めば飲み込むほど、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

 二人の影が、鷹揚の伸縮を遂げるうちに、一つとなった。

 

 遠くで、トントンチキチキと、祇園囃子が聞こえている――。



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2011/05/25(水)
4、祭りのあとに

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