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祭りのあとに(5)

 *****


 京都は祇園祭の最中である。
 トントンチキチキ囃子が鳴り、とりどりの山鉾が路地に並ぶ。

 古月との約束は21時。祇園街裏手の、小さなお茶屋の一室であった。
 
 桔華が暖簾をくぐると、顔を出した女将が無愛想に桔華を一瞥して、「ほな、こちらへ」と促した。外の喧騒が別世界のように感ぜられるほど、小さな扉の内側は暗く、茶屋には別の客はないのか、もしくは気づかないほど静まり返っていた。
 狭く急な階段を上り、通された一室はやはりこじんまりとした四畳半。暗がりに落ちた間接照明は美濃和紙の漉きがふんわりと浮かんでいて、時より吹き込む障子窓の隙間から吹き込む風に揺らめいていた。
 女将は相変わらず澄ました顔で頭を下げて、部屋を辞した。一人残された桔華は手持ち無沙汰気に障子戸に体を預けるようにして腰を下ろし、わずかに開いた隙間から外界を眺めた。

 会いたい、桔華。

 手紙にそう書いて寄越したのが半年前。あれからかれを取り巻く環境は一変した。日清戦争は日本の勝利に終わった。多くの先見者が予測したとおり日本と列強各国による不平等条約の改正が行われ、国中が「一等国」という自覚の高揚に沸いた。
 終戦とほぼ時を同じくして古月は会社組織を物資輸送、物流、生産工場の三部門に分割し、それらの持ち株会社、統括として「北条」グループを構築した。戦中、軍事特需による物流ルートを拡大、勢いを持ちつつあった。しかし終戦による軍事物資の需要低下によって生産工場で不渡りを出してしまった。支店拡大や新しい工場に多大な投資を行った後の決算で発覚し、会社は銀行から融資を受けることが出来なくなった。それ以来古月は資金繰りに東奔西走し、北条グループでは大規模な人員削減や会社予算の削減を行ったと地元紙が伝えていた。

 あれほど頻繁に届いていた古月からの手紙が途絶えたのもその頃だった。最上家の家事をしながら北条の家で桜花の助手も相変わらずこなしていたものの、北条の家中でも現在古月がどこで何をしているのか知る者は居なかった。そもそも古月は北条の家のものを会社に関わらせることはなかったし、古月が早くから自立したのも、自ら稼いだ金で生活するという意識に乏しい家の人間への反発心があったからに他ならない。それを理解しているのは祖母の桜花ただ一人で、北条の家はこの時点で、桜花の歌人としての名声に多くの部分を頼り切っているという状態だった。

 そして、今朝である。古月が結婚するという話を、桔華は姉、玉津の口より聞かされた。相手は寛永の頃より続く京都老舗呉服店「居ず奈」の娘、篠。今年22に成る古月に、篠は16。桔華よりも4つほど年下となる。
 話をつけたのは古月の父親ということだった。昼行灯といえ息子の一大事に、彼なりに知恵を働かせた結果らしい。当然のように古月は反発したらしいが、篠が嫁入りすることで得られる支度金で、不渡りの一切の始末をつけろと紋切られてしまった。相手の家もそれを承知で、この縁談を受けたということだった。多くの社員、そしてその家族を養う立場である古月に、選択の余地は無かった。

 古月の結婚の話を聞いてより、桔華は心が半分どこかにいってしまったような心持でいた。掃除をする手にも力が入らない。桔華に語って聞かせた古月自身のその心のうちを何度も胸のうちで反芻しながら、この半年を過ごしてきた。ほんの幼馴染であった古月の、あの人を拒まない笑顔を脳裏に描いて、その細くがっしりとした胸に抱かれる日を夢想して、いつしか自分はかれにこんなにも慰められていたのだと気が付いた。そのかれが、見知らぬ誰かと結婚する。一度もかれの口から自分への気持ちを聞くこともせず、始まらぬうちに終わってしまう。びしょぬれた着物をぶらさげて途方に暮れた子どものように、時折身震いをするような絶望に襲われつつ、桔華は日がな虚ろな時間を過ごしていた。

 夕刻、桜花の元での助手を終えて帰宅する途上、北条の社員という男が最上家の前で右往左往していた。桔華が声を掛けると、「最上桔華様でいらっしゃいますか」という。桔華がそうだと返事をすると、男は社長からの預かりものだと言って桔華に箱菓子の包みを手渡し、用があるからを足早に去っていった。風呂敷に包まれたそれはイギリス土産のマドレーヌで、結び目に『桔華へ』と書かれた小さな紙切れが挟まれていた。


『今夜二一時 祇園下ル六辻二番町「ミノヤ」デ待ツ 古月』

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2011/05/23(月)
4、祭りのあとに

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