桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/05/23(Mon)

祭りのあとに(5)

 *****


 京都は祇園祭の最中である。
 トントンチキチキ囃子が鳴り、とりどりの山鉾が路地に並ぶ。

 古月との約束は21時。祇園街裏手の、小さなお茶屋の一室であった。
 
 桔華が暖簾をくぐると、顔を出した女将が無愛想に桔華を一瞥して、「ほな、こちらへ」と促した。外の喧騒が別世界のように感ぜられるほど、小さな扉の内側は暗く、茶屋には別の客はないのか、もしくは気づかないほど静まり返っていた。
 狭く急な階段を上り、通された一室はやはりこじんまりとした四畳半。暗がりに落ちた間接照明は美濃和紙の漉きがふんわりと浮かんでいて、時より吹き込む障子窓の隙間から吹き込む風に揺らめいていた。
 女将は相変わらず澄ました顔で頭を下げて、部屋を辞した。一人残された桔華は手持ち無沙汰気に障子戸に体を預けるようにして腰を下ろし、わずかに開いた隙間から外界を眺めた。

 会いたい、桔華。

 手紙にそう書いて寄越したのが半年前。あれからかれを取り巻く環境は一変した。日清戦争は日本の勝利に終わった。多くの先見者が予測したとおり日本と列強各国による不平等条約の改正が行われ、国中が「一等国」という自覚の高揚に沸いた。
 終戦とほぼ時を同じくして古月は会社組織を物資輸送、物流、生産工場の三部門に分割し、それらの持ち株会社、統括として「北条」グループを構築した。戦中、軍事特需による物流ルートを拡大、勢いを持ちつつあった。しかし終戦による軍事物資の需要低下によって生産工場で不渡りを出してしまった。支店拡大や新しい工場に多大な投資を行った後の決算で発覚し、会社は銀行から融資を受けることが出来なくなった。それ以来古月は資金繰りに東奔西走し、北条グループでは大規模な人員削減や会社予算の削減を行ったと地元紙が伝えていた。

 あれほど頻繁に届いていた古月からの手紙が途絶えたのもその頃だった。最上家の家事をしながら北条の家で桜花の助手も相変わらずこなしていたものの、北条の家中でも現在古月がどこで何をしているのか知る者は居なかった。そもそも古月は北条の家のものを会社に関わらせることはなかったし、古月が早くから自立したのも、自ら稼いだ金で生活するという意識に乏しい家の人間への反発心があったからに他ならない。それを理解しているのは祖母の桜花ただ一人で、北条の家はこの時点で、桜花の歌人としての名声に多くの部分を頼り切っているという状態だった。

 そして、今朝である。古月が結婚するという話を、桔華は姉、玉津の口より聞かされた。相手は寛永の頃より続く京都老舗呉服店「居ず奈」の娘、篠。今年22に成る古月に、篠は16。桔華よりも4つほど年下となる。
 話をつけたのは古月の父親ということだった。昼行灯といえ息子の一大事に、彼なりに知恵を働かせた結果らしい。当然のように古月は反発したらしいが、篠が嫁入りすることで得られる支度金で、不渡りの一切の始末をつけろと紋切られてしまった。相手の家もそれを承知で、この縁談を受けたということだった。多くの社員、そしてその家族を養う立場である古月に、選択の余地は無かった。

 古月の結婚の話を聞いてより、桔華は心が半分どこかにいってしまったような心持でいた。掃除をする手にも力が入らない。桔華に語って聞かせた古月自身のその心のうちを何度も胸のうちで反芻しながら、この半年を過ごしてきた。ほんの幼馴染であった古月の、あの人を拒まない笑顔を脳裏に描いて、その細くがっしりとした胸に抱かれる日を夢想して、いつしか自分はかれにこんなにも慰められていたのだと気が付いた。そのかれが、見知らぬ誰かと結婚する。一度もかれの口から自分への気持ちを聞くこともせず、始まらぬうちに終わってしまう。びしょぬれた着物をぶらさげて途方に暮れた子どものように、時折身震いをするような絶望に襲われつつ、桔華は日がな虚ろな時間を過ごしていた。

 夕刻、桜花の元での助手を終えて帰宅する途上、北条の社員という男が最上家の前で右往左往していた。桔華が声を掛けると、「最上桔華様でいらっしゃいますか」という。桔華がそうだと返事をすると、男は社長からの預かりものだと言って桔華に箱菓子の包みを手渡し、用があるからを足早に去っていった。風呂敷に包まれたそれはイギリス土産のマドレーヌで、結び目に『桔華へ』と書かれた小さな紙切れが挟まれていた。


『今夜二一時 祇園下ル六辻二番町「ミノヤ」デ待ツ 古月』

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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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