桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2011/04/03(Sun)

祭りのあとに(3)

「大きな交戦の前夜だというのに、おれはすっかり気持ちが萎えてしまった。外に出たときはもう一面が白く染まっていて、樹も草も無いのっぺらぼうの原野が一面塗りたくったような白さというような有様だった。野営のところどころはまだ明かりがついておった。消灯は2100。おれが勢い、外に出てきてしまったのは夜の八時を少し過ぎたぐらいの頃やった」

 見張りの年若い兵に「お疲れィ」と声を掛けたところで反応は無かった。特段意中にすることなく、古月は人目の無いところを探して小用をするつもりだった。外套一枚では寒さが骨の髄まで浸透してくる。決まりは悪いが、戻ってさっさと寝てしまえば、さっきの連中とも顔をあわせなくてもよい。

 商売。本当にそうだろうか。会社の利益のために、自分は明日、自分の命を危険に晒してまで戦場にあらんとするのだろうか。
 同行したところでどうとなる。兵力の一端を担うわけでもない自分を、どこの将校が面倒見てくれるというのだ。放尿した呆け頭にぼんやりとそんなことが浮かんだが、それ以上考えたところで最善の方法など思いつくはずも無かった。古月はいつも、自分がこれだと決めたことを貫くことで結果を出してきた。行動する前からその根拠など考えたことも無かったが、そのときはなぜかよく見知る一人の女の顔が脳裏を過ぎった。その瞬間に古月は「あっ」と口にして、頭を抱えた。

 そうか、そういうことやったんか。
 
 女の顔はいつも不安げに俯いていた。学校帰りに古月のところに豆腐を買いに来ては、その睫を少しだけ上向かせて、儚げに笑う。瞳に込められた鈍い光は、本当は最上のどの姉らにも決して劣らない器量と、そして明晰さを物語っていた。だから古月は彼女を、祖母、桜花に言って聞かせたのだ。

 桔華は、おもしろい女やよ。

 便箋は八枚目に入っている。
 桔華は刮目しつつ、彼の筆跡を追っている。なぜ自分の名前が出てきたのか。これはつまり、古月は何を言いたいのか。
 小さな胸が脈打つ鼓動を伝えてくる。便箋を持つ手が震える。

「急に目の前が開けたような妙な陽気と、湧き上がる溶岩のような衝動。今にも踊りだしたいような叫びたいような妙な心境になり、粉雪舞う中に男一人が闇の中でただひたすらに狂人だった。人気が無いことをいいことにおれは何度も何度もお前のことを頭の中に描きながら、交わした言葉の一つ一つを、その挙動の一投足を、そして首筋に覗く白い肌を夢想しては身震いをしておった。わかるか桔華。おれは自分という存在の、本当に生きる意味を見つけた。そしてそれが、どんなに喜ばしくて、素晴しいものか!!」

 狂乱した男の歓喜に水を刺したのが、例の若い将校だった。人目も無いを大の男が手足を振って夜空に吼えているところを、嘲笑することも無く、ただ石のようにその様子を見ていたということが、当人にとって最も屈辱ともいえる応対ではなかったか。古月は体中が火照っているものが急に醒めていくのを感じながら、若い将校の挙動に耳目を動かした。かれは古月の存在に気がつき、ちょっと視線を彼に投げただけで、ふいと古月の横を通り過ぎようとした。

「ゆ、雪になりはりましたなあ!」

 このままではいられない、いや何にあわてる必要は無かったのかもしれないが、古月はこの場を取り繕わなければならないような気がして、将校の背中に声を投げた。

「清国側も、いつ河を越えられるかとやきもきしている頃やろうなあ!」

 古月の乾いた笑いが夜空に木霊した。将校はちらりと振り返っただけで、後はすぐに進行方向に振り返り、すたすたを歩みを進めた。
 ここまでくれば、古月も引き下がるわけには行かない。すぐにその若い将校の後を追って、「舎人中尉殿、わい、あんたと話をしてみたいと思ってましたのん」と強引に食いついた。


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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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