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祭りのあとに(2)

 朝鮮半島の帰属問題に正面から名乗りを上げた日本は、戦争のほとんど最初から最後まで、清軍を圧倒した。明治維新以来近代化を進めた日本軍と、西洋嫌いの西太后が日本との戦争に及んでも国内の軍事力強化に傾注しなかったツケは、戦果に如実に反映されるという皮肉だった。
 平壌での大きな一戦を追え、いよいよ清国本土に向かう。日本軍は長い隊列をぶら下げながら街道を北に向かっていた。兵站は軍夫による人足、食料などの一部は現地で調達をしていたが、古月が従軍する部隊では、秋の収穫に精を出す農民に手を貸し、畑の冬ごしらえなどしてやりながら食料を分けてもらうことがあった。徴兵された日本兵・軍夫の多くは地方の農民が多かったことも幸いした。同じ東洋人とはいえ、内乱に緩衝してきた日本の軍隊にいい感情などもっているはずの無い半島の現地人は、わずかながらでもそうして彼らと共に汗を流すことによって、日本人に対する感情を和らげたようだった。

 鴨緑江を渡るというところでちらほらと雪が舞いだした。河の向こうには清の大軍が控えているという情報もあったから、今夜は河を一望できる高台に露営することとなった。
 高台から大陸と朝鮮半島を分かつ鴨緑江を見下ろすと、河向かいの一角に明るい陣地がある。おそらくあれが日本軍を迎え撃つ清国軍なのだろう。今年二月の開戦以後、近代化に立ち遅れた清国軍の無残な惨敗振りは外聞するのみでなく平壌以降その目に見ることもあったが、敗因はそこれのみではなく、軍を率いる指揮官の配慮の無さにも起因するのだろうと古月は思った。

 古月は兵士ではないので行動を厳しく規制されることは無い。しかし従軍記者や浪人ら非兵士の一団と主な行動を共にしていた。古月が野営に戻ると、飯盒に麦飯と沢庵、梅干が支給された。古月はそれらをかきこみ、腹に収めた。

「いよいよですな」
「明朝、鴨緑江を渡るとか。清国も本土に足を掛けられるんだ、今までのように日本軍を見つけるたびに遁走していたのでは、逃げ帰ったところでおっかない皇太后さまにお首をばっさりですよ」

 場に笑いが起こった。しかしここにいる誰もが、言いようの無い不安を抱いている。自分たちには武器などの支給・また携帯を許されていない。激戦になれば、後配備とはいえ命の保障は無い。まして保障される立場でもない。

「北条さん、あんたどうするんだ」
「どうって、明日もお付き合いしますよ」
「なにもここで命を捨てることは無い。国に会社や家族を残してきているのでしょう。興味本位で首を突っ込むにしては、あんた失うものが多すぎるよ」

 古月に話してきたのは、都新聞の三田という記者だった。体のわりに声の小さい男で、面と向かって話しているのに、三田の声はすべて土に吸い取られているのではないかと思ってしまう。しかし人への気遣いというものに恐ろしく細かく配慮できる人間で、話をしているうちに、こちらが話したいと思うようになり、気がつけば三田は相手から知りえた情報を文章に起こしている。そういう意味で三田は根っからの新聞屋なのだろう。事実彼の書く従軍記事に、古月も何度も涙している。

「お気遣いどうも。せやかてわいは妻子もおらんし、会社は社長がおらんともようよう動いとる。問題あらへんよ」

 三田は諦めとも善意とも言えない落胆の表情を浮かべて、例のぼそぼそとした声で古月に訴えてきた。

「あんたまだ若いんだ。日本はこれから世界に向かって政治のみならず経済、文化、あらゆる門戸を開いていくでしょう。維新後の西洋の猿真似や、列強のいいようにしたがってきた不平等条約から開放された、我々の意思による本当の維新です。この戦争には勝つでしょう。しかし勝った後に国民が残らないんじゃあ、意味が無い。あんたのその行動力は、必ずや日本の力になる。ここで死んでむげに国力を減らしてはいけないよ。どうかね」

 三田の言っている事に間違いはあるまい。その場にいるものの中にも感慨深げに頷くものもいた。古月はうんざりとした。国家とか日本とか、そういうものを声高に叫び、そういうもので自分らをひとくくりにしようとする知識人の高揚ぶりには、ついていけないのだ。

 そんな途方もないものを語る前に、自分の目の前のたった一人をあんたらは救えるのか。

 古月は、そう考えている。「小学校しか出とらんわいにはよう分かりませんわ。根っから商人やさかいな」と言い放って、呼び止める三田の声を背中で聞きながら、古月はその野営を後にした。


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2011/04/02(土)
4、祭りのあとに

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