桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/04/02(Sat)

祭りのあとに(2)

 朝鮮半島の帰属問題に正面から名乗りを上げた日本は、戦争のほとんど最初から最後まで、清軍を圧倒した。明治維新以来近代化を進めた日本軍と、西洋嫌いの西太后が日本との戦争に及んでも国内の軍事力強化に傾注しなかったツケは、戦果に如実に反映されるという皮肉だった。
 平壌での大きな一戦を追え、いよいよ清国本土に向かう。日本軍は長い隊列をぶら下げながら街道を北に向かっていた。兵站は軍夫による人足、食料などの一部は現地で調達をしていたが、古月が従軍する部隊では、秋の収穫に精を出す農民に手を貸し、畑の冬ごしらえなどしてやりながら食料を分けてもらうことがあった。徴兵された日本兵・軍夫の多くは地方の農民が多かったことも幸いした。同じ東洋人とはいえ、内乱に緩衝してきた日本の軍隊にいい感情などもっているはずの無い半島の現地人は、わずかながらでもそうして彼らと共に汗を流すことによって、日本人に対する感情を和らげたようだった。

 鴨緑江を渡るというところでちらほらと雪が舞いだした。河の向こうには清の大軍が控えているという情報もあったから、今夜は河を一望できる高台に露営することとなった。
 高台から大陸と朝鮮半島を分かつ鴨緑江を見下ろすと、河向かいの一角に明るい陣地がある。おそらくあれが日本軍を迎え撃つ清国軍なのだろう。今年二月の開戦以後、近代化に立ち遅れた清国軍の無残な惨敗振りは外聞するのみでなく平壌以降その目に見ることもあったが、敗因はそこれのみではなく、軍を率いる指揮官の配慮の無さにも起因するのだろうと古月は思った。

 古月は兵士ではないので行動を厳しく規制されることは無い。しかし従軍記者や浪人ら非兵士の一団と主な行動を共にしていた。古月が野営に戻ると、飯盒に麦飯と沢庵、梅干が支給された。古月はそれらをかきこみ、腹に収めた。

「いよいよですな」
「明朝、鴨緑江を渡るとか。清国も本土に足を掛けられるんだ、今までのように日本軍を見つけるたびに遁走していたのでは、逃げ帰ったところでおっかない皇太后さまにお首をばっさりですよ」

 場に笑いが起こった。しかしここにいる誰もが、言いようの無い不安を抱いている。自分たちには武器などの支給・また携帯を許されていない。激戦になれば、後配備とはいえ命の保障は無い。まして保障される立場でもない。

「北条さん、あんたどうするんだ」
「どうって、明日もお付き合いしますよ」
「なにもここで命を捨てることは無い。国に会社や家族を残してきているのでしょう。興味本位で首を突っ込むにしては、あんた失うものが多すぎるよ」

 古月に話してきたのは、都新聞の三田という記者だった。体のわりに声の小さい男で、面と向かって話しているのに、三田の声はすべて土に吸い取られているのではないかと思ってしまう。しかし人への気遣いというものに恐ろしく細かく配慮できる人間で、話をしているうちに、こちらが話したいと思うようになり、気がつけば三田は相手から知りえた情報を文章に起こしている。そういう意味で三田は根っからの新聞屋なのだろう。事実彼の書く従軍記事に、古月も何度も涙している。

「お気遣いどうも。せやかてわいは妻子もおらんし、会社は社長がおらんともようよう動いとる。問題あらへんよ」

 三田は諦めとも善意とも言えない落胆の表情を浮かべて、例のぼそぼそとした声で古月に訴えてきた。

「あんたまだ若いんだ。日本はこれから世界に向かって政治のみならず経済、文化、あらゆる門戸を開いていくでしょう。維新後の西洋の猿真似や、列強のいいようにしたがってきた不平等条約から開放された、我々の意思による本当の維新です。この戦争には勝つでしょう。しかし勝った後に国民が残らないんじゃあ、意味が無い。あんたのその行動力は、必ずや日本の力になる。ここで死んでむげに国力を減らしてはいけないよ。どうかね」

 三田の言っている事に間違いはあるまい。その場にいるものの中にも感慨深げに頷くものもいた。古月はうんざりとした。国家とか日本とか、そういうものを声高に叫び、そういうもので自分らをひとくくりにしようとする知識人の高揚ぶりには、ついていけないのだ。

 そんな途方もないものを語る前に、自分の目の前のたった一人をあんたらは救えるのか。

 古月は、そう考えている。「小学校しか出とらんわいにはよう分かりませんわ。根っから商人やさかいな」と言い放って、呼び止める三田の声を背中で聞きながら、古月はその野営を後にした。


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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。