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祭りのあとに(1)

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 北条古月が結婚するという。

 桔華は最上家の庭を掃除していた手を止めた。「そういえばさっき聞いたんやけど」という玉津の声に、大きく胸の底に響く、低く重い音を聞いていた。

 尋常小学校を卒業した古月は、中学には行かずにそれまで働いていた豆腐屋に入り、主人より仕入れから豆腐作り工程の統括など任されるようになった。二年ほどで売り上げを五倍に拡大し、豆腐屋を会社にした。従業員を雇い入れ、職人のほかに、仕入れ担当と小売店への営業担当を分担し、自らもその先頭を切って京都のみならず大阪、名古屋、東京へと販路を拡大した。豆腐のみならず、醤油、大豆製品を手広く扱うようになり、古月が厳選した農家と専売契約を結ぶことによって開拓した物流ルートに、さらに自社モノ以外の配送物品を取り扱うようになった。
 古月は、幼少の頃より世話になっていた豆腐屋の主人に並ならぬ恩を感じていて、そんなわけで自分はいつまでも「さらりいめん」のまま、主人を会社の社長に据えていたが、古月の才覚を認めた主人が彼を社長に推挙した。明治26年、古月十九歳の時だった。
 
 社長となった古月は、自分無しでも機動するようになった会社を社員に任せて、大陸へと放浪の旅に出た。社長就任式を形ばかりでも行いたいという前社長と社員に反し、「そんなもん必要あらへん」と初めからつっぱねていた古月は、その日の朝に社長室に「五年ばかり大陸に行ってくる」と置手紙を残して消えた。彼らしいといえば彼らしい行動に前社長も幹部社員らもあきれるというよりもその行動力に感心する方が大きく、残された会社と社員はこれまでの通り、古月の敷いたレイルの上の陸蒸気を走らせ続けるだけの話だった。

 そこで明らかになったのは彼の筆まめぶりだった。会社への指示はもちろん、大陸の情勢、上海租界での話、華僑とのやりとり、果ては広東で知り合った女を会社の若い社員に世話したりしもした。社長不在とはいえ、その姿勢は身体は大陸にありながら目は国内に向いているかのような先見ぶりで、現地社員がその場で解決しようとする問題を古月は異国にいながら指示を飛ばし、結果的に解決したりすることもあった。折りしも、大陸では日清戦争が起こっている。社員が止めるのも聞かず、古月は単身、平壌に渡り、帝国陸軍と行動をともにした。

「おもしろい男と出会った」

 と古月が桔華への私信に書き綴ってきたのは、ちょうどその頃で、清国軍との戦いは朝鮮半島から清国牛荘へ移ろうとしている時だった。
 
「陸軍の士官で将校、名前は舎人耕三郎。年は一つ上。士官学校を卒業して間もなく、こちらの部隊を任されたらしい。おれはどうにも軍隊というものが嫌いで、当然軍人というものには偏見を持っていたわけだが、どういうわけかこの男は、おれの興味を強く引いた。
 まず驚くほどに人間嫌いだ。おれは先日大阪で紡績会社の蒸気が動かすでかい機織機というものを見てきたが、あれは昼も夜も関係なく、悲しいも辛いも腹が減ったということもなく働き続ける。そうか、これからの日本にはこういう機動力が必要なのかとおもったが、舎人耕三郎という男は人間を蒸気で動かす感情の無い機械にしたらこうなるだろうと考えている。百人ほどの小隊を規律よくまとめ、無茶句茶な上官の命令を自分を介して程よく緩衝し、軍全体のバランスや小隊の果たすべき役割のようなものを弁えて動く。組織の歯車としては完璧だが人間味としては驚くほど冷え切った男で、感情を感じさせない表情のまま、必要以外の言葉を話すことも無い。それが士官というものかとも思ったが、別隊の話を聞けば必ずしもそうとは言えぬようだから、舎人耕三郎がその人格として他人との交流を自ら好まざることは特筆できると思う」

 桔華は便箋の三枚目を捲る。

「おれは大陸をふらふらとしているから、軍の連中には近頃流行りの大陸浪人だということで通用している。大陸浪人っちゅうもんは、自らは愛国者を名乗りながら清国内部のさまざまな勢力と結びつこうとしている連中。一緒にされては困ると思うのだが、この戦争には連中がたくさん関わっておる。清国を内部から揺さぶったり、機密事項を日本軍に持ち込んでいるのは奴等や。軍も身分不明の怪しい連中と心の中では蔑みながらも、おいしいとこだけは手中に入れようとする。まあそんなこともあって、身分不明なおれも、軍の周りをうろうろしても何も言われへんから、おれも連中を気に入らんとばかりも言ってられへん。おいしいとこだけいただこうっちゅうのは、俺にも言えることやからな。
 話を戻す。舎人耕三郎は俺が寄宿している部隊の部隊長や。初めは士官がこんな若くて大丈夫なのかと訝ったもんやったが、平壌から行軍中の小競り合い、丹東と歴戦を従軍して奴の指揮官ぶりを見てきたが、それは先ほど書いたとおりや。天性の指揮官というものかもしれない。どんな天才でも、人気というものが無ければ政治家にはなれへんように、この男はその会話数の少なさからは考えられないような人望を持っておる。帝国陸軍少尉舎人耕三郎に部下がついてくるんやない、奴と寝食を供にし、奴の下で死線を潜った連中が、人間として奴を慕っているんや。当然といえば当然やな。兵士の多くは東北で田端を耕していたような非職業軍人。軍紀なんてあってないようなもんや。それを統率しているのがおれと年端も変わらんような青年や。
 おれが連中と行動するようになったのは、軍とつながりを持ちたかったからや。開戦前、世界はこの戦争、清国の圧勝やと思っておった。しかしふたを開けてみたらどうやら風は、連中が思いもよらなかったほうに吹き始めているらしい。幕末以来の不平等条約も、この一戦を機に日本にいい方にもっていけるだろう。そうすれば日本企業は世界への販路も開ける。開けたはいいが、各国につてもなければ話にならん。そこでてっとり早く、世界各地に武官を配している軍人とお近づきになろうというわけや。軍は武器物資輸送という面でも、国内では計り知れないクライアントになる。どっちに転んでも商人にとって損は無い」


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2011/03/31(木)
4、祭りのあとに

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