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陸奥湾を抱く街(6)

「ああそうだたえさん、東奥日報から公募短歌の選者のお話を頂きました。おかげさまでお受けすることにしました。ご紹介いただいてありがとうございました」
「あら、加藤さんもういらっしゃったの!よかったわねえ、本社のほうでも頼みにしていた中央の郷土人に断られたとかで、社告の期日まで時間が無いと泡を食っていたそうよ。桔華さんがいてくださってよかったわあ。顔なじみの方が紙面に名前が載るなんて、毎朝の楽しみも増えますね」
「私の祖母も、地元紙に歌が掲載されたところから始まっているんです。まさかこのようなご縁をいただけるとは思っておりませんでした」
「晴ちゃんがあなたを拾ってくれたからね、感謝しなくちゃ」

 本当にそう思う。社の前で力尽きたあの日に、晴子が自分を見つけてくれなければ、もしかしたらそのままあそこで果てていたかもしれない。

「晴子さんて、子どもさんはいらっしゃるのですか」

 ふと、たえの箸を動かす手が止まった。やはり触れてはいけないところなのだろうか。

「どうして?」
「見たところこの家に子どもさんはいないようなのですが、言葉の含蓄と言うか、私を気遣ってくださる行動の端々に、ご自信の経験を踏まえてらっしゃるのかなと思うところがあって」

 たえは無言のまま食べ終わった食器を片付け始めた。桔華も急いでご飯を口に運び、自分の食器を下げようとしたが、台所から戻ってきたたえに「あなたはだめ、今お茶を持ってくるして」と、先ほどよりも強い口調で止められた。たえは食器を片付け、お茶を用意して桔華の前に差し出すと、もう一度桔華の対面に座った。

「晴ちゃん、何も言っていないのね」
「私も、聞いてはいけないのかしらと思って、ずっと聞けずにいたもので」

 たえはずっ、と湯のみを口に運んだ。外からはじわじわと蝉の鳴き声が聞こえいる。

 晴子は、三戸郡名川の農家に生まれた。

 旧姓は梅内(うめない)。十二人いる兄弟の、下から三番目だ。

 名川は農家が多く、その中でも晴子の家は名川の大地主の家であったが、ご一新以降は地租改正による税も重く、小作人らからの納税をできるだけ少なくしようと尽力しても、懸への納めものに苦労している。梅内の家には子どもが十二人も居り、上の子は分家して家を出たり、女の子は中央へ奉公へ出したりしていたから、梅内の家には長男と三男が農業を手伝い、晴子、あとは末の妹が二人、いるばかりだった。

 明治二十八年、近年の不作に畳み掛けるように大冷害が発生する。太平洋から下北半島から八戸、久慈、宮古といった、太平洋に面する都市を掠るように吹きつける夏の冷風「やませ」がおこり、大飢饉となった。青森だけでも数百という人が餓死した。梅内の家も、蓄えた米や乾物を地元に開放したが、昨年からの清国との戦争のために国からの取り立ても容赦なく、ただ人が優しいだけが取り柄の晴子の父親は、梅内家の存続にかかわるところまで蓄財を身落ちさせてしまった。話し合いの結果、大部分の土地を売り払って借財を返し、家督を長男に譲渡。三男を出稼ぎに、末の女の子二人も青森と八戸に奉公へ出し、晴子は父親の知り合いの息子と結婚し、家を出されることになった。晴子の父親が若い頃に奉公に出ていた田名部の元会津藩士の息子、それが和泉和葉だった。

 会津和泉家は身分は御家人だが三十俵二人扶持程度で、会津の松平容大とともに斗南に転封されてからも、地元の子らに学問を教えながら貧しい生計を立てていた。和葉は十歳になるときに、田名部からさらに遠く、脇野沢村の千船という郷士の家に養子に出された。晴子の父親が若い頃に学びに来ていたのがこの和葉の父親の塾であった。それが縁で二人は結婚し、和葉とともに脇野沢の千船での生活が始まった。晴子が十五歳、和葉は二十二歳だった。

 千船の家は脇野沢でも有数の名士で、川沿いには大きな自分の蔵を持っていたし、自分の船を持っていて、それを漁師に貸して富を築いていた。上方との交易にも携わっていて、元禄以来、村の出荷物を一手に引き受けて、かかる関税を収入にしたりしていた。現在の千船の当主夫婦には子どもが無く、養子の和葉が跡取りとして期待をされた。そこに晴子が嫁入りしてきた。翌年、晴子は第一子を身篭った。和葉をはじめ、千船の両親は大層喜んだ。しかし臨月を待たずして、晴子は子どもを流産してしまった。

「本当に仲のいいご夫婦なのよ。和葉さんがね、本当に晴ちゃんを大切にしているの。一人目がだめだったときにも、晴ちゃんが本当に落ち込んでしまって、会話も難しくなってしまったことがあったのね。和葉さんは、自分も漁師の仕事があるのに、家に帰れば、布団から起き上がれない晴ちゃんに寄り添って、大丈夫、大丈夫って声を掛けてあげていたのよ」

 しかし、千船の両親は晴子に辛く当たった。

 子どもを産めないばかりか、病気で床に臥せり、家の手伝いもできない嫁が来たと、近所に吹聴して回るようになった。晴子はまだ万全でない身体を無理に起こして家事の手伝いなどをし、両親のために懸命に尽くそうとした。ようやく身辺が落ち着いてきた頃、晴子は二人目を妊娠した。今度こそはと意気込む周囲の期待に反して、晴子は二人目の子どもも流してしまった。


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2011/03/19(土)
3、陸奥湾を抱く街

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