桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/03/19(Sat)

陸奥湾を抱く街(6)

「ああそうだたえさん、東奥日報から公募短歌の選者のお話を頂きました。おかげさまでお受けすることにしました。ご紹介いただいてありがとうございました」
「あら、加藤さんもういらっしゃったの!よかったわねえ、本社のほうでも頼みにしていた中央の郷土人に断られたとかで、社告の期日まで時間が無いと泡を食っていたそうよ。桔華さんがいてくださってよかったわあ。顔なじみの方が紙面に名前が載るなんて、毎朝の楽しみも増えますね」
「私の祖母も、地元紙に歌が掲載されたところから始まっているんです。まさかこのようなご縁をいただけるとは思っておりませんでした」
「晴ちゃんがあなたを拾ってくれたからね、感謝しなくちゃ」

 本当にそう思う。社の前で力尽きたあの日に、晴子が自分を見つけてくれなければ、もしかしたらそのままあそこで果てていたかもしれない。

「晴子さんて、子どもさんはいらっしゃるのですか」

 ふと、たえの箸を動かす手が止まった。やはり触れてはいけないところなのだろうか。

「どうして?」
「見たところこの家に子どもさんはいないようなのですが、言葉の含蓄と言うか、私を気遣ってくださる行動の端々に、ご自信の経験を踏まえてらっしゃるのかなと思うところがあって」

 たえは無言のまま食べ終わった食器を片付け始めた。桔華も急いでご飯を口に運び、自分の食器を下げようとしたが、台所から戻ってきたたえに「あなたはだめ、今お茶を持ってくるして」と、先ほどよりも強い口調で止められた。たえは食器を片付け、お茶を用意して桔華の前に差し出すと、もう一度桔華の対面に座った。

「晴ちゃん、何も言っていないのね」
「私も、聞いてはいけないのかしらと思って、ずっと聞けずにいたもので」

 たえはずっ、と湯のみを口に運んだ。外からはじわじわと蝉の鳴き声が聞こえいる。

 晴子は、三戸郡名川の農家に生まれた。

 旧姓は梅内(うめない)。十二人いる兄弟の、下から三番目だ。

 名川は農家が多く、その中でも晴子の家は名川の大地主の家であったが、ご一新以降は地租改正による税も重く、小作人らからの納税をできるだけ少なくしようと尽力しても、懸への納めものに苦労している。梅内の家には子どもが十二人も居り、上の子は分家して家を出たり、女の子は中央へ奉公へ出したりしていたから、梅内の家には長男と三男が農業を手伝い、晴子、あとは末の妹が二人、いるばかりだった。

 明治二十八年、近年の不作に畳み掛けるように大冷害が発生する。太平洋から下北半島から八戸、久慈、宮古といった、太平洋に面する都市を掠るように吹きつける夏の冷風「やませ」がおこり、大飢饉となった。青森だけでも数百という人が餓死した。梅内の家も、蓄えた米や乾物を地元に開放したが、昨年からの清国との戦争のために国からの取り立ても容赦なく、ただ人が優しいだけが取り柄の晴子の父親は、梅内家の存続にかかわるところまで蓄財を身落ちさせてしまった。話し合いの結果、大部分の土地を売り払って借財を返し、家督を長男に譲渡。三男を出稼ぎに、末の女の子二人も青森と八戸に奉公へ出し、晴子は父親の知り合いの息子と結婚し、家を出されることになった。晴子の父親が若い頃に奉公に出ていた田名部の元会津藩士の息子、それが和泉和葉だった。

 会津和泉家は身分は御家人だが三十俵二人扶持程度で、会津の松平容大とともに斗南に転封されてからも、地元の子らに学問を教えながら貧しい生計を立てていた。和葉は十歳になるときに、田名部からさらに遠く、脇野沢村の千船という郷士の家に養子に出された。晴子の父親が若い頃に学びに来ていたのがこの和葉の父親の塾であった。それが縁で二人は結婚し、和葉とともに脇野沢の千船での生活が始まった。晴子が十五歳、和葉は二十二歳だった。

 千船の家は脇野沢でも有数の名士で、川沿いには大きな自分の蔵を持っていたし、自分の船を持っていて、それを漁師に貸して富を築いていた。上方との交易にも携わっていて、元禄以来、村の出荷物を一手に引き受けて、かかる関税を収入にしたりしていた。現在の千船の当主夫婦には子どもが無く、養子の和葉が跡取りとして期待をされた。そこに晴子が嫁入りしてきた。翌年、晴子は第一子を身篭った。和葉をはじめ、千船の両親は大層喜んだ。しかし臨月を待たずして、晴子は子どもを流産してしまった。

「本当に仲のいいご夫婦なのよ。和葉さんがね、本当に晴ちゃんを大切にしているの。一人目がだめだったときにも、晴ちゃんが本当に落ち込んでしまって、会話も難しくなってしまったことがあったのね。和葉さんは、自分も漁師の仕事があるのに、家に帰れば、布団から起き上がれない晴ちゃんに寄り添って、大丈夫、大丈夫って声を掛けてあげていたのよ」

 しかし、千船の両親は晴子に辛く当たった。

 子どもを産めないばかりか、病気で床に臥せり、家の手伝いもできない嫁が来たと、近所に吹聴して回るようになった。晴子はまだ万全でない身体を無理に起こして家事の手伝いなどをし、両親のために懸命に尽くそうとした。ようやく身辺が落ち着いてきた頃、晴子は二人目を妊娠した。今度こそはと意気込む周囲の期待に反して、晴子は二人目の子どもも流してしまった。


web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

※当ブログはリンクフリーですが、ご一報いただければこちらからもお伺いいたします。相互リンク大歓迎です(※アダルトサイトは除く)。

※拍手コメントをいただいた場合、同じ拍手内に返信をしております。ご確認をお願いします^^

皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。