桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/03/17(Thu)

陸奥湾を抱く街(5)

 晴子のいない家の中はやけに広く、静寂が落ちている。
 往来に目をやるも、心なしか人通りも少ないような気がする。照りつける太陽の強い日差しが行く人の額に汗を浮かばせている。

 午前中はまず、よそ行きの単を頼まれていたお得意様が品物を引き取りに来た。彼女は上質な悠然に見事な錦仕立ての帯を締めて、鬢を仕立ててビロードの髪飾りを挿しており、凛と立ち振る舞うその姿に、町内の名士の奥方かしらと桔華は思った。
 桔華は奥の座敷に奥方を上げた。仕立てた着物の袖口や裾の調子を見て欲しいと、晴子に言われていた。桔華が店側の引き戸を閉めて、彼女の着物を脱がせ、仕立てあがった新しい伽羅の着物に袖を通させた。肩口をそろえ、鏡台の前に立たせて袖を確かめた。親指の付け根のあたり。丁度いい。
 続いて帯を締めずにおはしょりをつくり、裾を確認する。こちらも問題ない。縫い口も見えぬように布地の裏側に細かく糸を取られている。桔華も自分の着物は自分で縫うが、ここまできれいに縫いこむことは出来ない。

「さすが晴子さんね、いい仕事をしてくれはる」

 語尾の微妙なアクセントに桔華は気が付いた。聞くと、やはり彼女は地元の名士の奥方で、二十年前に舞鶴の商家から川内に嫁いできたのだという。晴子が川内に来たのは八年前。織物屋を始めた晴子に、彼女が着物の修理を頼んだのが縁で、世話になるようになったのだそうだ。

「これ、晴子さんが仕立てたんですか?」
「あら、聞いていなかったの?ここは布地を売るだけではなくて、仕立てもしてくれるのよ」

 驚いた。そういえば晴子は気が付けば裁縫などしていることがあったが、桔華の目の付くところではめったに仕事をしているところを見せないし、自分の仕事部屋に、桔華を近づけさせない。今朝方、頼まれごとの確認をするときでさえ、必要な最低限以外のことは話さず、一人で店番をすることがはじめての桔華に、分かりやすく仕事の手順などを手ほどいた。
 奥方は満足した様子で試着を終え、桔華に頭を下げて帰宅の途に着いた。桔華も店先までお見送りをする。あれこれと思いを巡らせる間も無く、今度は買い物帰りの近所のお母さんにつかまった。

「晴子ちゃん脇野沢さ行ったのえ!仕入れだの」

 ええそうなんですよ、と桔華が応えると、母さんは日に焼けた顔にいっぱいの笑顔をつくって「大変だのこのあっついどこ!」といって大声で笑った。

「はあら、せえば川代さんのママぁの葬式さあ行がねどこしてるんだ」

 桔華は『川代』と『葬式』をようやく聞き取って、晴子が新聞の葬儀広告を切り取っていたのを思い出し、あれのことかと思い至った。

「知ってる人に、香典を預けると言っていましたよ!」
「んだのぉ。いっつもだば、脇野沢の仕入れさば、和葉さんが行ってるんだども、今だば兵隊さいってらんだして、仕方ないべの」

 意識をしているつもりは無いが、自然と話し声が大きくなる。桔華は母さんを「中にどうぞ」と勧めたが、「畑さ行ぐして!」と笑顔で断られた。母さんは「あんだどこの人(ふと)だの」と桔華に言い、「京都の三条です」と桔華が応えると、「わららぁは!」と言って大げさに驚き、失礼しました、と急に言葉の端を正して、やはり笑い、そして去っていった。
 そうこうしているうちに、昼になった。昼ドンが鳴るよりも早く、河野たえが「いるかのぉ」と尋ねてきて、自宅で作ったらしいごぼうの炒め物と汁物を台所で温め始めた。手伝いたいと桔華が言えば、晴ちゃんに桔華のことを頼まれているから、とやんわりと断られた。

 昼食はは白米と豆腐の味噌汁、ごぼうとにんじんの炒め物ときゅうりの和え物だった。味噌汁は晴子の作るそれよりも、三倍近くも大きい豆腐がごろりと入っているものだった。
 据え膳の前で手を合わせ、たえと二人でいただきますをする。はじめに口をつけた味噌汁が旨かった。にぼしのだしが効いており、味にメリハリがある。京都の薄口に慣れている桔華は、自分はこっちの赤味噌のほうが好みだな、とこちらに来てから気が付いた。

「おいしいです」
「本当?ありがとう」

 たえは相変わらずにこにこしながら箸を動かしている。味噌汁の豆腐が大きいのは、たえの家が豆腐屋だからだろうか、と桔華は考えている。


web拍手 by FC2
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

※当ブログはリンクフリーですが、ご一報いただければこちらからもお伺いいたします。相互リンク大歓迎です(※アダルトサイトは除く)。

※拍手コメントをいただいた場合、同じ拍手内に返信をしております。ご確認をお願いします^^

皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。