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陸奥湾を抱く街(5)

 晴子のいない家の中はやけに広く、静寂が落ちている。
 往来に目をやるも、心なしか人通りも少ないような気がする。照りつける太陽の強い日差しが行く人の額に汗を浮かばせている。

 午前中はまず、よそ行きの単を頼まれていたお得意様が品物を引き取りに来た。彼女は上質な悠然に見事な錦仕立ての帯を締めて、鬢を仕立ててビロードの髪飾りを挿しており、凛と立ち振る舞うその姿に、町内の名士の奥方かしらと桔華は思った。
 桔華は奥の座敷に奥方を上げた。仕立てた着物の袖口や裾の調子を見て欲しいと、晴子に言われていた。桔華が店側の引き戸を閉めて、彼女の着物を脱がせ、仕立てあがった新しい伽羅の着物に袖を通させた。肩口をそろえ、鏡台の前に立たせて袖を確かめた。親指の付け根のあたり。丁度いい。
 続いて帯を締めずにおはしょりをつくり、裾を確認する。こちらも問題ない。縫い口も見えぬように布地の裏側に細かく糸を取られている。桔華も自分の着物は自分で縫うが、ここまできれいに縫いこむことは出来ない。

「さすが晴子さんね、いい仕事をしてくれはる」

 語尾の微妙なアクセントに桔華は気が付いた。聞くと、やはり彼女は地元の名士の奥方で、二十年前に舞鶴の商家から川内に嫁いできたのだという。晴子が川内に来たのは八年前。織物屋を始めた晴子に、彼女が着物の修理を頼んだのが縁で、世話になるようになったのだそうだ。

「これ、晴子さんが仕立てたんですか?」
「あら、聞いていなかったの?ここは布地を売るだけではなくて、仕立てもしてくれるのよ」

 驚いた。そういえば晴子は気が付けば裁縫などしていることがあったが、桔華の目の付くところではめったに仕事をしているところを見せないし、自分の仕事部屋に、桔華を近づけさせない。今朝方、頼まれごとの確認をするときでさえ、必要な最低限以外のことは話さず、一人で店番をすることがはじめての桔華に、分かりやすく仕事の手順などを手ほどいた。
 奥方は満足した様子で試着を終え、桔華に頭を下げて帰宅の途に着いた。桔華も店先までお見送りをする。あれこれと思いを巡らせる間も無く、今度は買い物帰りの近所のお母さんにつかまった。

「晴子ちゃん脇野沢さ行ったのえ!仕入れだの」

 ええそうなんですよ、と桔華が応えると、母さんは日に焼けた顔にいっぱいの笑顔をつくって「大変だのこのあっついどこ!」といって大声で笑った。

「はあら、せえば川代さんのママぁの葬式さあ行がねどこしてるんだ」

 桔華は『川代』と『葬式』をようやく聞き取って、晴子が新聞の葬儀広告を切り取っていたのを思い出し、あれのことかと思い至った。

「知ってる人に、香典を預けると言っていましたよ!」
「んだのぉ。いっつもだば、脇野沢の仕入れさば、和葉さんが行ってるんだども、今だば兵隊さいってらんだして、仕方ないべの」

 意識をしているつもりは無いが、自然と話し声が大きくなる。桔華は母さんを「中にどうぞ」と勧めたが、「畑さ行ぐして!」と笑顔で断られた。母さんは「あんだどこの人(ふと)だの」と桔華に言い、「京都の三条です」と桔華が応えると、「わららぁは!」と言って大げさに驚き、失礼しました、と急に言葉の端を正して、やはり笑い、そして去っていった。
 そうこうしているうちに、昼になった。昼ドンが鳴るよりも早く、河野たえが「いるかのぉ」と尋ねてきて、自宅で作ったらしいごぼうの炒め物と汁物を台所で温め始めた。手伝いたいと桔華が言えば、晴ちゃんに桔華のことを頼まれているから、とやんわりと断られた。

 昼食はは白米と豆腐の味噌汁、ごぼうとにんじんの炒め物ときゅうりの和え物だった。味噌汁は晴子の作るそれよりも、三倍近くも大きい豆腐がごろりと入っているものだった。
 据え膳の前で手を合わせ、たえと二人でいただきますをする。はじめに口をつけた味噌汁が旨かった。にぼしのだしが効いており、味にメリハリがある。京都の薄口に慣れている桔華は、自分はこっちの赤味噌のほうが好みだな、とこちらに来てから気が付いた。

「おいしいです」
「本当?ありがとう」

 たえは相変わらずにこにこしながら箸を動かしている。味噌汁の豆腐が大きいのは、たえの家が豆腐屋だからだろうか、と桔華は考えている。


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2011/03/17(木)
3、陸奥湾を抱く街

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