桜花往生

kanayano版日本近代史。

2011/03/11(Fri)

陸奥湾を抱く街(4)

「最上は私ですが」

 桔華が名乗り出る。晴子が先立ち、男から名刺を貰った。「あらまあ青森から。わざわざご苦労様です」と言って、男を奥の座敷に通す。桔華もそれに従った。晴子は麦茶を用意するといって台所に立ち、加藤を上座に座らせ、桔華は向かい合って下座に膝を折る。加藤は桔華にも名刺を渡す。『東奥日報社 新聞記者 加藤 国和』。

「実は、文芸欄を新設することになりまして」

 その選者を探しているのだと言う。新聞代の集金に河野宅を訪ねたところ、桔華の話を聞いた。それでこちらまで足を伸ばしたとのこと。
 東奥日報は青森県内各地に配達されている。明治末期、遅くてもその日の午後までには当日の朝刊が配達されるよう手配されている。新聞の集金は各地の、本社から依託されたものが行い、その委託先に、本社の社員がまとめて集金に出向く。
 晴子が麦茶と羊羹を運んできた。「いやはや、ありがとうございます」といって加藤は麦茶に口をつけた。喉を鳴らすようにひと息で飲み干した。この炎天下を歩いてきたということだから、よほど水分が欲しかったのだろう。

「正岡子規や石川啄木の流行もあって、昨今は短歌・俳句の創作人口が増えつつあります。当社でも、青森懸の文化水準向上の一翼を担うべく、文芸欄を新設することとなりました。学問とは本来、男のするものというような風潮もありましたが、今は国民が平等に文字を読み書きできることが求められる時代。しかしそうとはいっても、青森の農村部では、家の手伝いなどで学校に通えないものも少なくない。そういうものたちにも気軽に親しんでもらえるよう、選者は、やわらかな語り口のできる女性にお願いしたいと考えていたのです。最上先生、いかがですか」
「先生なんてとんでもない、私はまだ修行中の身でして」
「日本は、遠く平安の御世から女性が文学の先端を担ってきています。紫式部、和泉式部、もっと源泉をたどれば、古事記の語り口は稗田阿礼という女性だったという。最近でも与謝野晶子がなんとも艶かしい歌集を発表して話題となりました。あとは北条桜花」

 晴子がこちらに目配せをしている。桔華は軽く咳払いをして加藤に向き直った。

「今、故あってこちらを仮の宿とさせていただいておりますが、いつまでこちらにいられるかわかりません。それでもよろしければ」
「もちろん構いません、それでは引き受けていただけるのですね」

 いやよかった。青森に縁のある女流歌人というのはなかなか見つからなかったんですよ。加藤はほっと胸を撫で下ろしたようで、先ほどまで緊張気味だった顔を綻ばせた。では、いただきますといって羊羹を一口で口の中に押し込むと、まだ飲み込むより前に携えたバッグから茶色い封筒を取り出して、桔華の前に出した。九月の上旬に取りに来るので、それまでに天地人評価で五首ほど選び、それに評を添えて欲しいと告げると、それでは船の時間がありますので、といってあわただしく去っていった。直ぐに立ち上がれない桔華に代わり、晴子が玄関までお見送りをした。

「もちろん、無理をしてはいけませんよ」

 戻ってきた晴子が桔華に釘を刺した。桔華は苦笑して頷いた。茶封筒の中から、読者からの力作を取り出す。しばらく人の作品に触れていなかったが、瑞々しい感性に自分の創作意欲が刺激され、歌を詠みたい思いが込み上げてきた。
 晴子が奥からどっさりと雑誌を持ってきた。彼女の腕に一抱えもあるようなその分量は、「ホトトギス」「白樺」「明星」に「のはら」。その中には「一握の砂」「みだれ髪」などの歌集も混じっている。

「主人のものですが、参考になるかしら」

 これだけの雑誌を目にするのは桔華も久しぶりだった。仙台の下宿を出て以来、北上してくるにしたがって、貸本屋にも最新の雑誌が無いことがほとんどだった。

「ご主人は、歌をお詠みになるのですか?」
「歌というよりも、学問が好きなのです。新聞も、主人が読んでいたものなのよ。なんでも知りたがりなの」

 こうして、大量の雑誌と、選歌の仕事を桔華に残し、翌々日、晴子は供とともに仕入れに出かけていった。
 桔華は店を開き、陳列物の埃を払うと、いつものように上がり場に腰掛け、たまに往来に目をやりつつ、雑誌と応募の句作を行ったり来たりしている。


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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。