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明治37年、最上桔華(1)

 雨が降っている。
 しとしとと、細い雨が降っている。初夏の鈍い湿気が地面の近くに靄の裾を広げている。行き交かう人も無く、穏やかな細い雨の線は、音も無く土を濡らし、小さな水面を揺らしている。

 桔華は、道の脇にある小さなお堂の軒下で途方に暮れていた。庇は長く拵えておらず、雨は小降りといえど、おもむろに桔華の着物を濡らしており、先ほどから水気を含んだ袂から直に雨の冷たさを感じている。
 替えの着物が一枚と、それから発句用の雑記帳三冊と雑誌を包んでいる手荷物は、水分を含んで随分ずっしりと重みを増している。避けきれない水滴は先っぽの方から体温を奪い、草履の先は地面の土の泥濘に沈む。ずるりと落ちそうになった荷物を抱えなおし、桔華は一度、鼻を啜った。

 梅雨時の雨が降り止むことは無く、次第に辺りは夕闇に沈み始めた。まだ明るいうちにと、水に濡れた地図を開いて、次の街までの道程を確認する。田名部を立ったのが昼前。大湊の要港部を左手に眺めながら、天然の入り江に巡洋艦が一隻、停泊しているのを見、左手に陸奥湾を望みながら城ヶ沢の集落を抜けた。
 最後に民家を見たのが約一時間前。野辺地を過ぎてから、田名部を過ぎる頃までは正面に見えていた釜臥という山を背にして、下北半島の鉞の刃を、西に向かって進んでいる。1時間ほど前からぽつぽつと雨が落ち始めた。程無くして、海から沸くようなにび色の雲が空を覆い、たちまち辺りが真っ暗になった。せめて雨宿りする場所でもと先を急いだが、城ヶ沢を過ぎてからというもの、民家の一つも見当たらない。赤蝦夷松に囲まれた街道の一本道を西に進みながら、山手にようやく小さなの仏堂を見つけた。ぴしゃりと雷が鳴り、雨足が強くなった。桔華は荷物を胸に抱えなおして堂内の観音像に手を合わせ、くるりと振り返って海を対面した。そんな状態で二時間が経つ。雨足は弱まり、細く落ちているが、空には厚い雲が張り詰めたまま、海も鈍く、どどおと波を鳴らしている。

 温度が下がり始める。日没の時間までわずかだ。

 こうなれば、引き返すことも出来そうにない。鼠色の雲と海の境界線の辺りで、薄くなっている雲間から、地平線に太陽の橙が沈み行くのが見えた。桔華の視界の中で、橙が濃藍に食われていく。橙がそれと気付かぬうちに、濃藍がゆるゆると犯していく。その身のすべてを濃藍に赦した橙が海の底深く陶酔の休息に付くと、深い藍が地上に降り始めた。翌朝には立場が逆転する夫婦のような空の駆け引きを眺めながら、桔華の体はずるりとそこに落ちた。結び目がさかさまになった荷物が水溜りに浸った。
 もう三日、何も食べていない。
 水は、飲んだ。大湊を抜けたところ宇曽利というところがあって、小川が流れていた。手ですくってその水を飲んだが、鉄の味がした。海の水よりはマシだと思って、もう少し飲もうとしたが、体が受け付けずに吐き出してしまった。

 体が重い。腹は、減っていないわけではないが、それよりも水が飲みたい。
 初夏といえど、日の落ちたこの季節は肌寒い。ここが本州最北の半島であれば、尚のことだ。
 桔華は、自分の呼吸が深くなっていくのが分かった。大事な発句帳を水没させるわけにはいかないが、一度力が抜けた体は桔華の言うことをきいてくれない。とうとう体を起こしていられなくなって、ぬかるんだ地面へその身を横たえてしまった。地面についた右肩から腰から着物が濡れ、その水温を感じた。体温の低下と共に、意識が朦朧としてくる。
 
 
 だめかもしれない。

 
 桔華はやり残したことや会いたかった人など二つ三つ思い浮かべたが、四つも思いだす前に考えることをやめた。
 どうせ死ぬのだ。思いを巡らせたところでどうしようもない。


 まあいい。それも人生だ。


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明治37年、最上桔華(2)

*****


 歌詠みの師である祖母、北条桜花の言いつけで、桔華は三年程前から全国各地を放浪している。生まれ育った京都を出たのは、桔華にとって初めてのことだった。

 北条家は、元武家であった。桜花は、本名を廉という。文政十二年の生まれで、十五歳で北条家の嫡男、彦江に嫁いだ。彦江は二十歳のときに家督を継ぎ、武道はからきしだが書を好み、画を描いた。画号を「華王」と称した。

 彦江は自らの屋敷の一室を同好の知人に開放した。多くは彦江と同様に画(主に文人画)を紙に起こしたりして
いたが、同時に国学に通じていたり、文楽の脚本を任されていたり、漢詩を読むものもいたりして、型枠に捕らわれない話が飛び交った。八畳二部屋の襖を取り払った彦江の「サロン」は、様々なジャンルの本が隅々に積み上げられ、彼らが書き散らした論文であるとか、画であるとか、そういう若者たちの好奇心が常に雑多と散らばっていた。廉は亭主の友人らに茶菓子を出したり、絵の具の色を作ったりして世話を焼いていたし、廉の父が朱子学の幕府御用役を務めていたから、時勢を鑑みんとする男たちの論戦にど真ん中から切り込んで論破したりした。おまけに器量もよかったから、彼らにえらく、評判がいい。夫婦仲もよく、四男一女を生んだ。末の男の子と女の子は、五歳になる前に流行り病で死んだ。
 
 先代桜花は、このサロンに顔を出している若い俳人の、兄という人だった。彦江はこの若い俳人をひどく愛していて、野菜を貰えば廉に家まで届けさせ、二日俳人の顔を見なければ、やはり廉に様子を見に行かせた。兄弟の居ない彦江は、初めてできた弟のように、若い俳人思っていたに違いない。廉も同じように考えていたから、かれの屋敷に足繁く通いつめた。かれは公家の傍系の血筋を引く家柄の次男で、嫡男として育てられた。その兄は生来病
弱で、1日のほとんどを床の上で過ごしていた。彼は三十路を目前にしていたが、驚くほど肌が白い男で、女のように長い髪を後ろ手束ね、その体を通う血液の脈動を肉眼で確認できるほど薄い皮膚が、骨にひたりついているというふうな姿をしていた。
 
 廉がはじめて兄と対面したのは、二人目の子の四十九日を終えたばかりの頃だった。先代は谷という姓に「桜花」の名を名乗っていた。
 
 弟は時流にのって俳句を好んだが、兄はそれがほとんどかれのすべてという一室で、色とりどりの和歌を詠んでいた。廉はこの兄が三十二歳で他界するまで、かれに歌を学んだ。廉は学んだというよりも、春は梅、夏は菖蒲の話などして、かれの感性に自分の気持ちを寄り添わせた。それが廉に自然に歌を詠ませた。兄は死ぬ前に「桜花」の名を廉に譲る旨を弟に伝えた。廉は先代の死に立ち会わなかった。夫彦江とともに弔問に訪れ、血の通わない桜花の頬に石楠花の切り花を添えたとき、廉はようやく自分の気持ちに気がついた。恋をしたのは生まれて初めてだった。
 

 彦江は、幕軍として戊辰戦争に参加し、函館で死んだ。
 二十五歳となった長男もまた、上野で彰義隊士として戦死した。


 北条の家は、次男が継ぎ、三男を婿養子に出した。やがて新政府に武士の階級を剥奪されると、次男は秩禄処分で得た資金を元手に人に言われるままに土地を買い上げて不動産などを始めた。しかし上手く行かず、政府が奨励する台湾の殖産政策に乗る形で日本を離れた。次男はそこで、同じような理由で渡台していた日本人の華族の子女と結婚し、三男をもうけた。時勢が台湾から朝鮮半島へ関心が移ると時期を同じくして、北条一家は日本に帰国した。十年ほどの異国生活だった。明治も二十年を過ぎた頃には、北条の家はかつての勢いを完全に失っていた。没落武士は北条のほかにも履いて捨てるほど各地に溢れていて、かつての被支配階級から容赦なく冷笑された。
 
 日本に戻ってくると、廉は自らの歌をまとめ、自費出版を始めた。これが、あたった。地元の新聞社が廉に月例選歌を任せると、新聞の発行部数が増えたりした。紙上で廉は「北条桜花」を名乗った。桜花はその原稿料で、北条の家をまかなった。彼女はまた、八畳二部屋を開放して、桜花を慕う歌人たちの創作の場を提供した。北条の家は、いつかそうだったように若者の声が響き渡るようになった。
 
 婿養子に出された廉の三男は、最上公爵家の長女を妻としている。
 この夫婦には、女の子ばかり四人生まれた。
 四姉妹の末っ子が、桔華である。三人の姉とは母親が違う。最上公爵の長女を母とするのが、三人の姉。桔華は最上の家に奉公していた若い女中に、廉の三男が生ませた娘だった。


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明治37年、最上桔華(3)

 女中が亭主の子を身篭ったと知った最上家の長女は、その女を最上の家から追放した。
 女中は、実家である萩の小さな農家で、桔華を生んだ。桔華は生まれてすぐ「菊」と名付けられた。
 程なくして、女中はコロリで死んだ。菊は父親に引き取られることになった。

 最上の使いに手を引かれ、桔華は雪深い地面に小さな足跡を残しながら山科までのみちを歩いていた。
 頬がほんのりと赤く染まり、白い息が空気に滲んだ。今まで身につけたことも無いような綸子地の振袖に、朱色に染め抜かれた一目落ちの鹿の子絞り。梅や紅葉、竹などを染め抜いた丸帯に、絞りの帯揚げ。べっこうの髪留で髪を高く結い上げ、胸元には鶯の飾りの付いた箱せこ。若草色のコート。初めてのおしろいを頬にのせ、小さく紅を引いた。はらはらと粉雪が舞っていた。母が死に、年老いた祖父母にも「父無し子」と蔑まれ、子供心に途方に暮れていたところに、父を名乗る人が自分を引き取ると言って来た。見知らぬ人、見知らぬ土地。言いようの無い不安に、菊は手を引く最上の使いに顔を向けた。彼女は菊を省みることはなかった。飾り下駄が雪を踏みしめる音だけが白いみちに響いていた。桔華は視線を斜め前に落として、黙々と歩みを進めた。

 塀が続いた。
 しばらくして門が見えたが、その隣に小さく設えてある勝手口から敷地に入った。
 雪を落とし、コートを脱ぐと、奥の座敷に通された。二十畳ほどもあろうかという部屋に菊を一人残して、「ここで待つように」と言い残し、使いの女は去ってしまった。菊は冷え切った両手に息を吹きかけ、ぎゅっと拳を握った。着物が皺にならないよう膝下を押さえながら、座敷の下手側に膝を折った。火鉢も無いので、慣れない一張羅に体を締め上げられている菊の体はすぐに冷えた。屋敷の中は物音一つしなかった。静かに降り積もる雪が、自らの存在を主張するために、すべての音を飲み込んで消してしまっているのかしらと菊は思った。

 三十分も経ったころ、廊下のほうからするすると足摺が聞こえて、菊は顔を上げた。
 からりと障子が開いて、父という人が顔を出した。若い顔であったが鼻の下に髭を生やしていて、驚いたような、しかしその中に困惑とわずかな蔑みを含んだ顔を菊に向けた。菊は父の顔を初めて見た。お互いに言葉も無く、ただ漠然と不安や戸惑いといったものを素直に顔に出しているという点で、二人は間違いなく父子だった。

「話は聞いとりますね」

 抑揚の無い女の声だった。最上公爵家の一人娘であり、今日から菊の義母となる女が、父の後ろから進み出た。

「あんたは今日から『桔華』を名乗りなさい。卑しくもこの最上の娘になるのですから相応の振る舞いを心得るよう」

 義母は、最上の家に仕えながら亭主と不貞を働いた女の面影をこの五歳の娘に見出しているらしく、上から刺すような視線を菊に一つ浴びせると、くるりと踵を返して足早にその場を立ち去った。婿養子に迎えられている父は、妻に頭が上がらない上に弁解の仕様も無く、「そういうことだ」と、娘の顔も見ずに自分に言い聞かせるように呟くと、それ以上桔華に言葉をかけることもせず、妻の後を追ったのだった。障子は開け放たれたまま、吹き込む雪が畳の端を白く染めた。どうやらここにも自分の居場所は無いようだと菊は思った。それは絶望では無くて、住むところと自分を取り巻く人間の顔が変わったというだけで、菊にとっては今までと何も変わらないの生活が続くのだというただそれだけの事実だった。

 ともかく、この日より菊は「桔華」となった。
 
 三人の姉たちは上から八重、玉津、朔子という。
 八重とは十歳、玉津とは六歳年が離れていた。朔子とは生まれた年は一緒だが、数ヶ月彼女の方が早く生まれた。
 
 八重は義母によく似ていた。自分が最上家の長女であることを何よりも誇りに思っていて、それが彼女の存在意義ですらあった。桔華が朝、箒で庭を掃いていると、長廊下を滑るように八重が渡ってくる。着物の折り目はいつも正しく、背中をすっと伸ばし、一文字に口元を結んでいる。桔華は箒を動かす手を止めて、八重に朝の挨拶をする。すると八重は桔華の前でぴたりと止まって、高い位置から桔華を見下ろし、たっぷりと間をおいて、

「ご苦労様です」

 と愛想の無い声を掛ける。それは妹に向けられた労いではなく、使用人に掛けられるべき形式的な感情が内包されている。
 次女の玉津は、面倒見よく、柔らかな雰囲気を持つ娘である。天気のいい昼は「ああ、今日はふわふわした雲が浮かんどるなあ。あてもあの雲のようにふわふわとお空に浮かべたらなあ」などと言いながら、縁側で体をゆらゆらさせたりしている。

「なあ、そう思わんかえ、桔華」

 この次女は女学校での成績も飛びぬけて優れていて、最上の家の中でも桔華に比較的理解を示してくれた。こうしてたわいも無い話を投げかけているが、この娘の心は特に桔華に関心を向けているわけではない。「何事も長女を優先」する家への反発が、その小さな胸の底に渦巻いている。書を好み、漢詩を読み、器量も八重よりも優れている自負はある。だが玉津がその才能をどんなに周囲に認めさせようと、最上の期待が彼女に向けられることは無い。それが玉津の何よりのコンプレックスとなっている。

 桔華が最上の家に来てから一年たったころ、父の本家である北条一家が台湾から帰国した。
 彼らはほとんど一文無しの状態で、北条家は最上家から生活費などの援助を受けることになった。

 梅のつぼみに雪解けの滴が煌めく三月、北条家の当主であり、廉の次男である男は、最上の屋敷で自分の弟夫婦に頭を下げている。
 
 桔華も、雰囲気で事情を理解している。八重が細い眉をいつもよりもさらに吊り上げて、「元士族ともあろうものが、人様に頭を下げるなんて」「追い返してしまいなさい」と言いながら、例の滑るような足運びで自室に引き上げていった。桔華はたすきがけで炊事場の上がり床をごしごしと拭いている。玉津は膝を抱えて桔華の様子などを眺めながらゆらゆらを体を揺らしていたが、目だけで姉の背中を追い、そしてこともなげに再び足元に視線を戻して、またゆらゆらと揺れ始めた。

「そういえば朔子、どこいったんやろ」

 三女の朔子は、まるで掴むことのできない空気のように、ひとところに留まるということがない。
 小さな白い顔に葡萄のような大きな黒い瞳がくるりと二つ付いていて、その瞳に何が写っているというのか、桔華をじっと見つめては、桔華がそれに気がついて朔子に顔を向けると、にっこりと笑ってくるりとその場を去っていく。同じ戊寅の生まれであるにもかかわらず、朔子と桔華にはお互いに重なり合うものが無い。その掴みどころの無さは実の姉にすら心の内を覗かせない、彼女の生まれ持った神秘性に由来している。

 その朔子が、台所の勝手口から姿を見せた。
 左手で、自分と同じくらいの年端の、男の子の手を引いていた。

 朔子は、その場で玉津と桔華の顔を交互に見て、そしてにっこりと笑った。

「北条さんとこの、古月や。仲良くしたって」

 それが、桔華と古月の初めての対面だった。


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明治37年、最上桔華(4)

 北条古月は廉の次男の三男で、このとき八歳。桔華より二つ、年長である。
 中国模様の紺の紬を身につけているが、その袖や裾はよく見ると擦り切れていて、着丈も成長期の彼には少し短くなっていた。ほとんど坊主に近い髪は短く切りそろえられていて、大きな目が恐れることも無く、ぎょろりと玉津と桔華を捉えた。

「お父(とん)はどこや」

 初対面の二人に挨拶をすることも無く、さらに自分の父が金の無心をしている家の人間であることを気に掛ける様子も無く、曇りの無い目できりりと見据えて、よく通る声でそう言った。

「うちの前で、『お父どこや』って大声を出していたから、連れてきたんよ」
「おらへんなら、探しに行く」

 古月は朔子の手を払おうとした。朔子はそれを許さなかった。

「お待ちいな。玉津と桔華に挨拶しい?」

 朔子が古月にそう促すと、古月はそれに抗うような目を向けて、そして奥の二人に頭だけで礼をした。それで古月は去ろうとしたが、納得のいっていないらしい朔子が、促した視線のまま、古月を逃さない。

「子供の出る幕やあらしまへん。ここで大人しくしときいや」

 玉津がそういうと、古月はかっと、大声を出した。

「お父がこんなことしはったら、ばあちゃんが肩身の狭い思いをするだけや。こないアホなこと、わいがやめさせちゃる」

 八歳の少年が、言うのである。
 結局その後、古月は父と弟夫妻の会合に飛び込んで「わいが北条を養えるくらい働きますさかい、最上の家からの援助は不要や」とのたもうたが、聞き入れてもらえなかった。古月の後を追ってきた玉津や朔子に取り押さえられて、座敷から引きずり出された。朔子はどうにもこのことがおかしいらしく、始終笑っている。神妙な話をしていたはずの古月の父は恥を上塗りされて真っ青になっていたし、弟夫妻はこの台湾帰りの甥に呆れるやら豪胆に感心するやらで、金を無心される側の蟠りを少し軽くしたようだった。こんなことがあっても周囲から温かい目を持って迎えられる古月は、今後かれが生きていくうえで、生まれ持った天性ともいうべき人徳をもって、かれと関わる人たちを惹きつけていった。

 廉が「桜花」を名乗って歌壇をにぎわせ始めるには、もう少し時間が要る。
 とにかくこのころは自作を捻り、選び抜き、分類し、そして歌論を述べ、それを書写している。自作の句の短冊をカードのようにして部屋中に広げて、歌論を書きかけた半紙や、庭の植物を写生したりしたものがあたり狭しと広がっていた。
 
 廉の長男は日雇いで大工の仕事に従事しており、昼間は家に居ない。嫁が家中のことをして、長男は旧制中学、次男と古月は尋常小学校に通っている。

 古月は通学前と下校後に、東山にある豆腐屋の手伝いに行く。父の収入だけではまだ家族を養える状態ではなく、かといって、これ以上最上にも頭を下げられない。そういうことを強く思っているのは三男の古月だけであって、もと武家の子息である父も母も、そして古月の上の二人の兄も、生活の貧しさを自分の力で抜け出すという発想が無い。金などは足りなくなればどこからか支給されるものと思っているふしがある。

 古月はそれがいやでたまらない。
 自尊心を持ちつつも生活のために人に頭を下げる父をみて、古月は吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えていた。自分はそんな男になりたくない。早朝の刺すような大寒の中で、冷水に手をつっこんで大豆の籾殻をふるい落とす網をゆさゆさと揺すりながら、それでもあんな思いよりはマシだ、と古月は思っている。

 十歳になる頃、桔華も最上の子女として女学校に通いながら、朝と夜の飯支度を手伝うようになった。
 なので、下校時に通り道である豆腐屋で、一丁購入する。そこで店番をしているが、古月である。

「もう少ししたら、大豆をぎょうさん買うて、わいの店をもつんや」

 かれの話によれば、この店は仕入れの効率がよくないのだという。
 
「大豆は年中使うねんけど、使う分しか問屋から卸されへん。腐るからや。だけど年中使うものなのに、少しづつ、そのときに一番安い問屋から仕入れんのは、賢いように見えて実はそうではおまへん。卸す問屋を一つに決めて、ぎょうさん仕入れさせる。数が多いから、安くしとくれと言えるんや。余った大豆は、醤油にする。醤油は作っておいても温度に気をつけて蔵で管理すれば長持ちするから、豆腐でも醤油でも儲けることが出来る。利益が二倍になる」

 少年の心の中には、大豆をどう仕入れるかといった業者への指示や、作った醤油を保存するための蔵の構造、ものを運ぶ貿易船の航海の軌跡まで描かれている。古月の夢は、彼が尋常小学校を卒業するとほぼ同時に、実現した。しかし今はまだ、その夢を胸に秘めたまま、北条家の家計を支えるために冷水に手を突っ込む生活を続けなければならない。 

「なあ桔華、すまんが、ちょっと待っててくれへんか」

 たらいに二寸ばかりの豆腐を入れながら、古月は言った。
 長い横日が指している。桔華は夕餉の支度の時間を頭の中で試算しながら、この時間までに帰れれば大丈夫と、古月の帰りを待つことにした。 


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明治37年、最上桔華(5)

 桔華は、東山にある北条家に連れてこられた。
 北条家の塀越しに、何人もの若い声が聞こえてきた。日没までもう幾時間も無い。

 このころの廉は、地元新聞に掲載した歌の評判がよく、月一歌壇の選者なども勤めていた。先日、連載した歌論や和歌をまとめて本を出さないかと新聞社の文芸担当から持ちかけられ、その編集作業を行っている。

 北条の屋敷は、住民が異国に渡っていたために、江戸以来の広大な屋敷が荒れ放題となっていたが、ここ一年くらい廉が安定した収入を得るようになって、最近ようやく雨漏りなどがしない程度の改築を行い、人並みの外見にはなった。それでも、爵位持ちの最上の家と比肩するような程度ではなく、廉は桔華たち四姉妹の祖母にあたるが、山科と東山というそう離れていないところに居を構えているにもかかわらず、正月を除いてほとんどお互いの家を行き来するということが無い。

「だから言うたやろ。金の貸し借りなんかするから、お互い気まずくなるんや」

 北条の門の前で、敷地内に入るのをためらった桔華が「久しぶりだから」というのを聞くなり、古月は桔華から半ば奪うように豆腐の入ったたらいを預かる。「自分のばあちゃん家やろ。もっと孫の顔見せんと、年寄りから先に死ぬんやで!」そうして古月は玄関の正面に回らず、庭のほうへ回ったらしかった。見失ってはいけないと、桔華もその背中を追った。

 廉の部屋は庭に向かって開け放たれていていた。縁側には二人の男が腰掛けており、お互いに歌を詠みあっているようだった。一人は、庭の銀杏を丹念に眺めていて、時々何かを思い出したように帳面に書き付けている。部屋の中でゆったりと文机に向かって筆を動かしているのが廉。その後ろで、書き散らしたものをかき集めている若い女性が居る。同じように本などを並べているひときわ若い少女が、玉津だった。

 庭は、雑多としている。
 六畳ほどの広さに、背の高い草が生い茂っていて、廉の部屋から見える唯一の木が銀杏の大木。ごつごつした木肌に緑の蔦が巻きついている。銀杏の実が地面に落ちているが、その付近には廉が山から取ってきたというカタクリやイチリンソウなどの山野草が不規則に植えられ、小さな花が寄り集まって一角をなしている。シダが大きな葉を右へ左へ主張していて、春になればその隙間からスイセンやタイツリソウが庭に色彩を与える。人工的な区画を一切拵えることなく、岩もそこに置きっぱなし、草もそこに生えっぱなし。廉はそのもののもつ一番自然な形に、人間としてのあり方だとか、ものごとの趣といったものを見出している。

「帰りました」

 古月が大きな声を上げると、縁側の二人がぱっと明るい表情をこちらに向けた。顔見知りらしい古月はその男に坊主頭をぐりぐりとこねられた。たらいから零れそうな豆腐を乱暴に(それはあくまで桔華から見た感じだが)そこに置くと、草履を後ろ足でほおって縁側に上がった。かと思うと、畳の縁を踏むことなく座敷に上がり、廉の前に正座すると、両手を揃え「ただいま帰りました」床に頭をつけた。

「おかえりなさい。桔華、よく来ました。さあこちらにおいで」

 玉津がちらりとこちらを向いたが、ふいと振り返ると、また本などを手に取り始めた。桔華は祖母の前で正座をして、礼をした。
 廉は自分の書き物などを一通り終わらせたところで桔華に体を向けた。御年六十になる廉は、小さな体に柔らかな微笑を湛えて桔華に相対する。

「見ての通りなのです。人手が足りない。手を貸してくれないか」

 桜花先生、それでは私たちは物の数になっていないのですか!と縁側から声がして、二人は顔を見合わせてはははと笑いあっていた。廉はそちらにも笑みひとつを返して、再び桔華の顔を真正面から見た。桔華も廉の顔をこのようにじっくりと眺めたのは初めてだった。最上の家でも父と義母は桔華にとっては逆らうことの出来ない絶対的な存在で、その母となるとまた、雲上のひとのような感さえする。「そう構えないで。ほら古月、お茶でも用意して頂戴」と、廉は言った。古月は廉に一つ礼をして、部屋を出て行った。
 桔華は近くに落ちている短冊を拾った。美濃漉の若草の和紙に、廉の繊細で流麗な筆文字が躍る。


 とつくにの御山のぼりて やまと路のわが夫(つま)の背や 追ふや追われぬ


 前文には、「戊辰ノ役ニテ没セシ夫ヲ想ヒテ」とある。
 廉は、自分の夫が戦争で死んだと知らせを受け、いてもたっても居られずに近くの山に登った。しかし祇園の鐘が鳴り響くばかりで亡き人を偲ぶ何かを見出すことは出来なかった。
 それから何年も後に、廉は遠く台湾の地で、ふらりと近くの丘を訪れる。標高三百メートルもない低い山で、頂に足を踏み入れると、すっぱりと視界が広がった。

 ああ、こうしてあの人も、私のことを思い出してくれたのだろうか。

 夫の見えない背中を追っているのは自分だけだと思っていた。
 遠く、函館の地で上陸してくる薩長軍を高地で見据えながら、かれも廉の面影を追っていたのかもしれない。

 異国の地にあるという心境と、夫を亡くしてから過ぎた月日が、廉にこの歌を詠ませた。当時の撰者にその月の天位を授けられ、「瓦解ノ日ハトオクナリニケリ、然シ『やまと路』重シ」と評された。異国にあって日本を思い「やまと」としたが、それは天平の時代に唐の国に渡った文人たちが表現して初めて成功するのであって、今の時代ではあまりに飾り気が過ぎる、というのだ。折りしもこの時期、中央では正岡子規が俳諧に「写実性」を見出していて、この地元紙の撰者もそれに傾倒しての評したのであろう。

「お前なら、『やまと』をどうする」

 一通りの説明などをして、廉は桔華に問うた。桔華も、この歌が新聞に掲載されたものを読んでいて、その意図すべきところをすぐに理解した。確かに綺麗過ぎる、と桔華は思う。亡き人を偲ぶ思いをやまとくにの美しさになぞらえるのは、古今集の御世から行われていることだ。私たちが彼らの歌を詠むときに、古代のやまとくにの緑豊かな憧憬をその脳裏に美しく描きながら情景を読み取るので、嫌が応にも歌に受ける印象が、素材が素朴であってもきらびやかになる。「やまと」にはそんな危うさがある。この歌の主題は、追っていたはずの亡き夫の背は、実は自分を追っていたかもしれない背だったのだ、と思い至る歌い手の気付きにある。ならばいっそ、それを歌の真中に据えればいい。


 夫の背や 追うや追われぬとつくにの 御山のぼりて雁の音をきく


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明治37年、最上桔華(6)

 ふうむ、と相槌を打ったのは、縁側に座る二人の右側のほう。中背中肉、若いのに鼻の下に髭を蓄えている。
 名を吉瀬、という。年は三十。京都帝大で法律を学んだ後、できて間もない地元の新聞社で記者になった。折りしもこの時期は初期議会開設に向けて、全国の壮士たちが大同団結運動などを盛り上げていたから、その方面に詳しい吉瀬は、遊軍のなかでも重宝がられた。
 吉瀬の上司に当たる、編集局長の片山という男が廉の才能を見出した。吉瀬はいわば片山と廉のパイプ役などをこなしているうちに、自らも廉に発句の機智を請うようになった。その吉瀬が、桔華の発句に「ふうむ」という。

「雁は、大陸の風景に不似合いではないか。いかにも内地といった風だが」

 雁という鳥が、朴訥な田園に広がる日本風景などを思い出すから、異国の地で高地に立ち、眼下に広がる風景が田園風景ではこの作者の描く風景になじまない、と吉瀬はいう。私ならば、といってすらすらと手持ちの帳面に何かを書き付け、廉はその風景をにこにこと眺めている。


 とつくにや 遠くなりける君が背の 追ふや追はれぬ 大陸の風


 会場が、沸いた。吉瀬はいたってまじめである。廉もこらえきれずに下を向いているし、桔華はこの年長の男の純情に、返すべき言葉を探して目を泳がせる。庭で銀杏をじっと見ている男も振り返り、嘲笑の視線を吉瀬に送る。このおとこは、自分が一流の大学を出ているというのにそれを鼻にかけることも無く、素直に間違いを認めるから、誰にも愛されている。

「吉瀬はん、『異国の地』を引っ張る割には、大陸の認識にずれがあるやろ。作者がいたのは、満洲とちゃいます、台湾よ」

 玉津がその場のすべてひとの言葉を代弁した。吉瀬はああそうか、と心の底から納得しているようで、自身は再び、廉の歌に自分なりの表現を練りこもうとしているようだ。向かいの男が、吉瀬に横槍を入れている。玉津が桔華の手の中にある短冊を覗き込んだ。ふうん、とひとつ呟いて、玉津が呟く。


 君の背に 追ふや追はれぬ 在りし日の己が身返りて 鶯の鳴く


「ねえ桜花先生、作者は大切な人を失ってから多くの時間がたってしまったことを詠みたかったんよね。だったら、内地も台湾も関係あらへんやろ」

 玉津は、女学校の授業で和歌を習って以来、祖母の元を出入りしている。この才女は古今集などを好んで読んでいるから、王朝文化の流麗繊細で雅やかな作風を好む。
 廉はそんな孫娘二人のやり取りを優しげな眼差しで見つめている。桔華、玉津に、吉瀬の歌を交えて、その批評会が始まった。盛り上がる縁側の後ろから、古月が茶を盆に載せてやってきた。廉は古月に視線をひとつ送ると、口元を綻ばせた。古月は自分の感情の照れを押し隠すようにむっすりと口を一文字に結んでいる。
 行き交う声の間から、桔華は廉と古月の様子を伺っていた。

 なぜ自分がよばれたのかしら。

 桔華はその理由も聞かせられぬまま、仲間と共に廉の下で歌の教養を受けることとなった。



 ***** 



 頭上で若い女の声が聞こえている。

「あとどれくらいかの!」
「二十分!」

 意識の遠くからひっぱり出されるように体中の感覚が蘇ってきた。昨日の冷え冷えとした空気ではなく、穏やかな日差しの暖かさを肌に感じていた。がたがたと体が揺れている。どうやら馬車の荷台に乗せられている。
 ざざん、と海が鳴った。その瞬間に木々が晴れて、陽の光が差し込んできた。
 
「晴れてよかったの!」
「よかったです!」

 さっきよりも鮮明に、女の言葉を聞いた。潮の香りがする。うっすらと目を開くと、遠ざかっていく風景の中に赤蝦夷松の街道の向こうに白い波の満ち引きが見えた。ウミネコの高い鳴き声が聞こえる。
 がったん、と地面のでこぼこを車輪が乗り越えた。桔華は尻を強かに打ちつけ、「う」、と声を上げた。

「気がつきましたか」

 見上げた蒼穹の中に、柔らかな瞳を細める若い女の顔がのぞいた。化粧気の無い顔、ほつれた黒い髪が潮風になびいている。懐っこい口元の右側に小さな笑窪があった。
 話す声がよく聞こえない。女の好意は理解できたが、いまいち言葉を理解できず、桔華は朦朧とした表情を女に向けたままでいる。とりあえず助けてもらったらしいので、礼を言おうと桔華が口を開くと、それより先に女が顔を上げた。

「気がついたよ!」
「よかったです!」

 女の呼びかけに、さっきと同じ調子で、御者の声が返ってくる。
 がらがらと馬車は進んでいる。話す声も聞こえないので自然と叫び声になる。


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明治37年、最上桔華(7)

 *****


 川内村は、本州の北端、下北半島はまさかりの「刃」部分の中間地点に位置している。明治二十二年に桧川、宿野部、蠣崎ら三村と合併し、現在の川内村となった。人口は約四六〇〇。集落は海に沿うように四村、川内から山に向かって銀杏木、畑、安部城、湯野川の各集落が連なっている。古くは清和源氏の流れを汲む蠣崎氏がそこを根城にしていた。大地が畑作に適しておらず、飢饉が出れば多くの餓死者が出た。なので山に入ってはマタギが動物を仕留め、海へ出ては猟師がたくさんのタラをとったりして生業とした。
 半島の内陸には大量のヒバを保有している。集落の大部分は海に面しているから、古くから漁業や海運が盛んで、切り出した天然の材木を上方に送り出したりした。そんな地理的な要因もあって、青森の大きな商業都市である南部領八戸や津軽領弘前とはその文化の色合いが違う。かの町よりも、北廻船を通じて交易のあった上方や、アイヌ、蝦夷地といった遠方の文化が色濃く息づいている。
 隣接している田名部には、明治維新の折に会津藩が移り住んで、斗南藩を名乗った。近年ではその斗南の子孫が川内流れてきているものもある。先祖以来川内に居住しているものの他にも、会津の血を引くもののほか、アイヌのマタギ、各地の商人の血縁をもつものたちが、ここに商圏を築いている。


 *****


 女は、和泉晴子と名乗った。
 
 ごとごとと馬車の荷台に揺られている。穏やかな日差しに、どこまでものんびりとした雲が、点々と快晴の空に広がっている。桔華は半分夢心地のまま、晴子の声を聞いている。

「早朝に田名部の宿を発ちまして、田野沢のお稲荷様の前で休憩をしようと思ったら、あなたが倒れていたのですよ。驚いて声を掛けたのですが、どんなに揺すっても反応が無いものだから、お医者様に看てもらわねばと思って連れてきたのよ。気がついてよかった」

 おおよそ、こんなふうなことを言ったのだと思う。
 半島独特の柔らかな訛りに、ざっくりと意図を解釈しているが、どうにも頭が回らない。うつらうつらと相槌を打っているうちに、晴子の自宅に着いたらしい。がたんと荷台が止まると、晴子が元気よく飛び降りた。
 晴子の家は織物屋を営んでおり、中心商店街に面するように棚子が開いていた。荷車がその店子の前に到着したのはお昼の少し前で、手綱を引いていた男と一緒に重い荷物を降ろし、奥の部屋に運んだ。晴子は御者の男に「お昼を食べていきさい」と声を掛けたが、男は「次がありますんで!」と威勢のいい声を残し、馬に荷車を引かせて帰っていった。
 桔華は体調が優れず、晴子の家に着いてもぐったりとしていた。店の上がり床に腰をかけ、梁に背を預けていると、そのすぐ奥の部屋で晴子はせっせと布団を敷いて、桔華の汚れた身包みを剥がすように取り上げて自分の襦袢を着せた。そして桔華を布団に押し込めると、「ちょっと出掛けてきますから」と言って、せわしなく家を出て行った。

 こちこちと時計の針の音が聞こえている。
 昼過ぎなので、部屋に直接日の光が入ってこない。外よりも少しひんやりとした室内に、開け放たれた障子戸の周辺にだけ、やわく光が下りている。
 寝床から中庭が見えて、そこには桔華の着物と雑記帳が三冊、竿に干してあった。庭に差し込む明るい陽に晒されて、ぽたぽたと雫を落としている。あと、柿の木があった。青い葉の下に、雀が二羽、さえずっている。

 部屋の東側に、神棚があった。
 天井から吊り下げているその神台に、御札が二枚とお神酒、徳利、そして二体のこけし。


 晴子さんには、ご家族はいらっしゃるのかしら。


 この家は、人の気配がしない。気のせいだろうか。思考をめぐらせる前に、茫洋となった。桔華は再び深い眠りに落ちた。そういえば布団で寝たのはいつぶりだろう。


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明治37年、最上桔華(8)

 

*****


 まどろみの中に、一つ、黒い背中を見た。

 その背中が何者なのか、自分では分かっているのに思い出せない。手を伸ばしているのに、届かない。自分では必死になってその背中に叫び、呼び止めているのに、背中に手が届くことは無い。それがこちらを振り返ることも無い。背中は桔華から遠ざかることも近づくこともせず、ただふわりと、海面に浮かぶ月のようにそこに揺らめいている。

 流されるままに生きてきた。その何が悪かったのだと思う。
 問いかけるもう一人の自分に、こう応える。「自惚れるな。お前は逃げていただけだ」
 去来する大切なものたちを振り払うことが出来ない。置いてきたはずの過去を掘り返して、惨めな自分を哀れむ、そんな子供じみた考えを嘲笑しているもう一人の自分が、「私には、お前のように過ぎ去った何かを思い出している時間はないんだ」と切り捨てる。

「私はあなたのように強くは生きられないの」

 大切なものすべてを手に入れようとして、そのうちの何か一つでも手に入れることが出来たのか、と彼女が問う。その瞬間に目の前の背中に、手が届いた。桔華がそれを手繰り寄せようとすると、その背中は急に鮮明になった。身の毛もよだつ様な思いを実感として全身に巡らせているうちに、電気のように頭に血が上り、意識が一度途切れた。ああ、またここで目覚めるのだ、と桔華は思った。


 *****


 ひん剥けそうなくらい、見開かれた二つの瞳があった。ゆっくりと瞼を上げた桔華は、その超至近距離の晴子から視線を背けることができず、かといって言葉も見つからず、そのまま濃密な数秒間を過ごした。

「ああよかった。お加減はどう?」

 その大きくて黒い瞳が瞼に沈み、柔らかに細められた目に、例のえくぼが右頬にうかんだ。反射的に桔華は「水をください」と言った。晴子は台所から水桶と手杓を持ってきて、桔華に与えた。桔華は窒息しそうになりながら、その水をむさぼるように飲んだ。
 まだ飲む?とばかりに晴子はにこにこと手杓を桔華に差し出した。桔華はそれを丁重に辞退し、大きく息を吸って、はいた。喉元から腹の奥に、そして臓器のひとつひとつに、きれいな水が浸透していくのが分かった。部屋の奥に、桔華の着物が折り目正しくたまれていて、その上に、ぱりぱりに乾いた雑記長が三冊、乗せられている。

「鉄の味がしない水を久しぶりに飲みました、助けていただいてありがとうございました」
「どうしてあんなところで倒れていたの?ご主人と喧嘩でもしたの」

 晴子は、自分よりも随分若く見える。まだ二十歳を幾分か出たあたりだろう。その晴子の目には自分など、とうに亭主もこどももいる一端の母たる女に見えるのかもしれない。
 事実、桔華は今年、二十七になる。女は十五歳を過ぎれば嫁に行くのが常。そういう意味では、晴子にも亭主がいてよさそうであるが、世も更け、時計の針は八時を過ぎているにも関わらず、その帰宅を待つという風でもない。

「なんにせよ、お家の方に連絡をとらねばなりません。あなたのお名前と、お住まいを教えてくださいまし」

 桔華は返答に窮している。家を出ざるを得ない状況になってしまったとはいえ、祖母には十年ばかり流れて来いと言われて京都を出てきたし、仮に連絡を取るにしても山科から本州の北のはずれまで、どうやっても迎えにこれるものではない。だがこのときも、桔華の体調は優れない。すぐにここを出て旅を続けることも、心もとない。

「しばらくここにおいてはいただけませんか。動けるようになったら、お店などお手伝いいたしますから」
「ここにいるのは一向に構いません。だけど、あなたその体で、御家の方が心配しているでしょう。どこかの良家のお嬢様だとお見受けしますが、ちゃんとご家族とお話して、ゆっくり静養をとるのが一番ですよ」

 晴子に他意はない。桔華は、良家などとんでもないと首を横に振ったが、「江戸紫の美しい紋繻子地に糸の色を変えた丸の花刺繍。これだけ見事な帯を日常使いするなんて」と、織物を商う晴子は言った。当の桔華は、何も聞かされることなくこの帯を祖母より譲り受け、日々大切に使っていたのだった。いいものだとは思っていたが、旅も長くなるにしたがって、「良家の帯」もよく見ると折り目が擦り切れていたりしている。確かに、着物は漫遊のうちに帯より早く傷んで、少ない路銀を切り詰めながら継接ぎをしたりしている。これは、桔華の出自を判断する材料にはなりえない。

「ご心配には及びません、体のほうは、ちょっと休めばすぐによくなりますから」
「ほづないことへってるでね!あんだ、腹ン中のわらすまで死なせでまるべや!」

 その怒気に呼応するように、ぱあん、と畳がなった。晴子は平手打ちした畳に右手をついたまま、己の逆立った感情を素直に体中から放出しているようで、桔華は今まで生きてきた中で、初めて現実の人間に「お不動様」と形容できるものを見た。

 まくし立てられた北国の訛りをゆっくりと咀嚼していくうちに、ようやく一つの事実に辿り着く。

 
 どうやら自分の腹の中には、新たな命が宿っているらしい――。


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わたしの祖国(1)

 

*****

 
 「絶対安静」を言い渡された。


「お食事は私が用意します。お風呂も、先生のお許しが出るまで、私が面倒を見させていただきます。とにかくあなたがするべきことは、何も考えずにゆっくり体を休めて、こどもを安心させること!そうすればその子はきっと元気に生まれてきてくれますから。そのように心得てくださいまし」

 さっきまで穏やかな調子だった晴子が、畳み掛けるように言葉を並べ、そして詰め寄った。にべもなく桔華は「はい」と返事をしてしまう。自分よりも幾分も年下だろう晴子だが、桔華が返す言葉も無いほどに力をこめて、そう言い放った。「そういうわけだから、夜も長居をしてはいけない。早くお休みになって」と今度は桔華を寝かしつけようとする。されるがままに枕に頭を沈め、上掛けを首元まで上げられると、晴子はふわりと灯りを消した。

「おやすみなさいまし」

 そういって、晴子は静かに襖を閉めた。
 夜闇が部屋に落ちると、庭からりりりと虫の音が聞こえてきた。やがて弱くなり、重なるようにまた次の虫が鳴きだした。細い下弦、庭の木、虫の音。
 北国。とおい街。あの人。
 こども。
 はるこ。こけし。みおものわたし。

 半分呆けた頭で、ぐるりと思考が巡っている。いくつもの点が現れるのに、その点が線を結ばない。結ばぬまま、ゆらりと靄に霞み、どろりと底知れぬ闇に沈む。
 沈んだ闇の中から、溶岩のようにぐにゃりと溶け出す。重い粘り気を伴って、桔華の闇を打ち破ろうとしてくる内側の力。その力が強く働くたびに桔華は幾度と無く悶え、そして苦しんできた。
 
 国家。
 祖国。 

 それは突如として現れた、大きな夢のような話だった。そこに描かれたものが壮大すぎて、地上から伸ばした手が届くことのない、どこか遠いところの話のように思っていた。
 
 国家とはどんなものだろう。祖国とはなんだろう。その見果てぬ夢の答えを、桔華は未だ、見出せずにいる。
 
 唯一つ分かっているのは、そんなものを大義名分にして、世界中が己が道を意固地になって貫こうとしている現実だ。その意固地につき合わされ、国土を蹂躙される隣人の都合など、彼らの眼中には無いのかもしれない。
 それは桔華も同じだった。何も知らなければ、何もしなければ、こんなこと、お上がどうにでもしてくれるものなのだと思っていた。 

 決して忘れることの出来ないあの人の、この手の届くことの無い背中が見える。

 凛としたその瞳も、精悍な体つきも、その瞼にくっきりと思い出すことが出来る。
 あなたの力になりたいと思った。
 だけど私には、あの人についていくことも、それを止めることもできなかった。 

 承俊。今どこに居るの。あなたは私を覚えていてくれる?
 ねえ、あなたにこどもが出来たのよ。私とあなたのこどもなのよ。
 あなたは喜んでくれるかしら。ねえどうして。

 どうして私は、このことを心から嬉しく思っていないのだろう――。


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2011/01/13(木)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(2)

 *****

 
 京都を出てから約二年をかけて、浜松、小田原と太平洋に沿うように北上したあと、磐木から郡山に抜け、明治三十六年の初夏、桔華は仙台城下に辿り着いた。仙台の医学専門学校の近くにある宿を取った晩のこと、昼間に見てきた青葉城の坂を、戦国の武将たちが駆け上がる様を思って、


 もののふや 兜の月の 冴え渡る

 
 と、雑記帳に書き付けて下の句を捻っているところに、下宿先の女将が飛びついた。彼女も素人ながら歌を詠むのだとかで、祖母、北条桜花のこともよく知っている、と言った。

「染み入るような寒い夜がいいわね、伊達公の凛々しさも忘れないで。『もののふ』では、ちょっと優しいのではないかしら」

 女将は桜花の歌集雑誌「のはら」を愛読しているという。「のはら」は、桜花のサロンの集まる素人玄人の歌人たちの歌を集めた歌集で、半年に一度、ここ二年は三ヵ月に一度のペースで上梓されるようになった。発行部数は、約一万。当時、新聞「日本」の部数がそのくらいであるから、この数字は驚異的と言っていい。
 下宿一階にある共同の食堂には、入り口横の棚に創刊号から「のはら」が並んでいたし、「白樺」「アララギ」といった文壇の寵児がずらりと陳列してあった。その下宿では、多くの大陸からの留学生が医専に通うための仮の宿としていて、彼らが日本の雑誌を話題にしていたのを聞いて、女将も手に取り始めたのだという。今では彼らに負けないほど、女将自信も自らの句作に熱が入ってる。
 桔華は桜花が自分の祖母だとは言わなかったが、自分も桜花に私淑している、と言った。すると女将は桔華に興味を持ったらしく、桔華が、知見を広めるために全国を旅して回る予定だと告げると、感慨深く二度頷いた。そうしてこの女将が桔華に宿への陳留を進めると、桔華も、当面の句作をここ杜の都に依ってみるのもよかろうと、仙台への滞在を決めたのであった。
 女将は、女の身一つで各地を放浪する桔華の懐事情を理解して、「ここの御代はいいからね」と言ったばかりか、食事なども部屋まで運んでくれたり、布団を上げたりと世話を焼いてくれた。しかし、そのまま何もせずに厄介になるわけには行かないと、桔華も朝の炊き出しや、部屋掃除などし、少しずつ宿を手伝うようになった。その宿には女将の他には従業員が三人しかいなかった。全部で三十ある宿泊部屋のうちの、二十二部屋はちかくの医専に通う学生らが下宿していた。慢性的に人手が足りずに困っていたのだ、と、女将は桔華の手伝いを大層喜んでくれた。一ヶ月も経つころには、桔華はすっかりその宿の顔となっていたし、桔華もまた、その下宿に寝泊りしている学生たちの顔を見知るようになった。


 多くは、清からの留学生だった。

 
 中国は、列強による開国の波に晒されている。
 十年前の日清戦争以後、国内の近代化を進めようとした光緒帝の親政が失敗、西太后の保守政権が再び実権を握った。国内を統べた大の西洋嫌いの彼女が、その広大な国土にゆるゆると近代設備を拵えているところに、義和団の蜂起という事件が起こった。急速に進む諸外国の土地侵略に反抗した義和団一派は、異国の教会や宣教師らを攻撃。しかし彼らは統一の指導部をもたなかっので、各地で独自に蜂起し、北京に向かって進軍を始めた。
 西太后と清朝は、彼らを「義兵」と認めた。居留民保護を目的に、義和団の排除を求めた諸外国に対し、清朝は宣戦布告。しかし近代軍備を配した連合軍約二万のまえに破れ、西太后は北京を脱出、列強は辛丑条約によって、中国大陸への進出の足がかりを得ることとなった。
 このままでは、清国は列強の食い物にされてしまう。清国の多くの知識人はそのことに危機感を持ち、国の外へその答えを求めた。中でも日本という国は、アジアでもいち早く開国し、ここ数十年で目覚しい発展を遂げており、西洋の書物なども多く訳されていたし、西洋人の教師も多かった。彼らの視線は、自然と日本へと向かった。

「孫中山の広州蜂起は時期尚早であったのだ。人心は未だ己がのみに向かいて、国家の民たる自覚無く、故に蜂起に賛同するもの少なく、革命を昇華せずして潰えてしまったのだ」

「拳匪の国内擾乱に際しては、それが、土地所有に関する民の身近な問題であったからこそ多くの賛同を得られたのだ。しかし、それを上手く扇動できない清国政府が舵取りを誤り、結果として西洋列強への門戸を開放することとなってしまった」

 ここにいる清国留学生の多くは、近くの医専に通っている。昼間は生理学、解剖学といった、人間の体の仕組みについて学んでいる学生達である。 二十人いる学生の多くは、満州民族の辮髪を切り落として総髪となっているが、二、三人は、今でも剃り上げた頭に、細くて長い三つ編みを尻のところまで垂らしていた。
 夜、下宿の食堂では、三人も集まれば、清国あるいはアジアの将来を憂う激論が飛び始め、やがてその人数が五人、六人と増えていった。
 ぱあん、金属の割れる音が食堂に響いた。激昂した留学生の一人が、机を叩く拍子に茶碗を割ってしまったらしい。女将も桔華も、ああまた始まったなという程度に思っている。桔華が「お代わりをお持ちします?」と聞けば、「いや、水をください」と彼は言った。激論には北京語の鋭い抑揚が行き交っているが、留学生たちは、女将や桔華には、少し慣れない日本語を、丁寧に使ってくれる。

「ふざけるな貴様!それでは、わが清国が、列強の植民地となってもいいというのか!」
 
「そういうことを言っているのではない!日本を見てみろ、自国の文化を残しつつ、西洋文化を享受することで、たった数十年で、アジアの宗主であった清国を打倒するまでに至ったのだ!光緒帝の改革むなしく、いつまでもあの西太后を戴いているから、こうして清国は、時代に立ち遅れてしまっている。いまこそ武力をもって彼女を廃し、真の民主国家を作りえるときではないのか!」
「なあ、お前はどう思う、スンジョン!」

 食堂の隅の座敷で、黙々と書物に目を通している青年がいる。彼はよほど目が悪いらしく、分厚いめがねをしているのに、さらに本に顔を近づけて、食い込むような勢いで文章を目で追っていた。


 柳 承俊。


 猫背のまま、ゆっくりと本から頭を上げたその顔には、投げかけられた問いに肯定とも否定ともいえぬ、厳しい色が浮かんでいる。


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2011/01/23(日)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(3)

 承俊は瓶底のような眼鏡を外すと、眉間に皺を寄せてその論議の輪を見やった。テーブルを囲んでいる清からの留学生たちは、五人。机を挟んで承俊の目の前に座るもう一人の男が、ものさしのように伸びた背中のまま、書物から目を離さずに「国家論だ」と言った。
「ああ!」と承俊は大げさに頷くと、溢れんばかりの輝きを湛えた瞳を彼らに向けて、こう言った。

「やあ、この国はほんとうにすばらしい。この神経学書の和訳の正確なことといったら……!!漢訳でもここまで豊かに神経疾患の種類を表現することは難しかろう。先人は、どれほどの蛍雪に耐えたことだろう!!わたしはかつて無いほどに、感激で胸がいっぱいだ」

 そういって、承俊は三浦謹之助の著作を胸にしかと抱いた。教科書のような北京語ではあったが、桔華にも彼が日本を幾分か褒めたのだろうということは察しが付いた。桔華は、先ほどの割れた茶碗の欠片を拾いつつ、意味も分からぬ中国語の抑揚に耳を傾けている。この空気を読めないらしい男の注した油が、彼らの国家論とやらに火をつけたことは確かだった。

「何を言う!日本の文化など、もともと中国から取り入れたもの!そして今は西洋の猿真似をしているだけではないか!」

「冊封時代の名残をいつまでも捨てきれず、その猿真似すら出来ない我が祖国を恥とは思わぬのか!」

 感動で胸がいっぱいらしい承俊を尻目に、今にも食器が宙を舞う勢いだったので、女将が「やるなら外でやりな!」と一喝した。彼らは抑えきれぬ感情をお互いに向けつつ、とりあえず女将に深く一礼をして、本当に外に出て行った。これもやはりいつものことである。女将は彼らを見送り、

「まあ、支那も大変だろうからね。気持ちは分からなくも無いんだけど」

 と呟いて、台所へ引き上げていった。桔華が茶碗の欠片を拾い集め、椅子を直して立ち上がると、座敷の二人はやはりさっきと同じままで、一人はすました顔で背中をものさしにしていたし、承俊は相変わらず瓶底の眼鏡を書物ぎりぎりまで近づけて、虫のように文字を追っている。


 *****


 ものさし背の男の名前は周一樹といい、字を才人(ツァイレン)と言った。承俊と同じく、北京からの私費留学生である。年は、二人とも二十五歳。同じ部屋に寝起きしている。

 この二人、いつも一緒にいるというのに、まるで正反対なので面白い。才人はその背が語るような生き方をしている。白い顔に短く刈った頭。若いながらに鼻の下に切りそろえられた髭。一文字に結ばれた口。座れば日本人も顔負けの見事な正座で、すらりと背が伸び、両手が軽く握られて腿の上にのっている。本を読むときもその状態のまま、視線だけを下げて読台に置かれたものを見やる。日本に来てから柔術を学びはじめたとかで、彼を取り巻く空気はそこだけぴりりと澄んでいて、本人も寡黙。一見ではとても近づきがたい。
 対する承俊は、穏やかな春の陽気のようにやわらかく、よく笑う。長い髪は切ったものの、切りっ放しのままゆるゆると波打つ黒い髪を、ざっくりと後ろで束ねている。着付けた支那服もどこかよれよれとしていて、よく転び、よく物を忘れる。そのたびに、才人が涼しい顔のまま床に転がった友人を助け起こし、部屋に忘れた筆箱をすっと差し出したりする。承俊が屈託無く「多謝」と言えば、才人は「別介意」と言ってすたすたと先に行ってしまったりする。それをあわてて追いかける承俊がまた後ろで転ぶ。同じことを繰り返す。

 桔華は、薬箱を抱えて、宿の狭くて急な階段を上がっている。この薬箱が大きく重く、思うように前が見えない。挙句、夜である。先ほど桔華が使いから戻ると、闇灯の中に才人がいて、

「薬箱を探している」

 と言った。何事かと問えば、承俊が医専での解剖実習中に指を負傷し、まだ血が収まらないのだという。才人は日本語をまだ使いこなせていないというよりも、用件のみを簡潔に伝えるのが彼の話法のようで、桔華が部屋まで持っていく旨を告げると、

「すまない」

 と言って深く頭を下げた。このことを、桔華は特に気に留めることもなかったのだが、実は昼間、深い傷と知りながらも、承俊が日本人でないことを知って保険医が消毒液も包帯もくれなかったのだと桔華は後で知った。才人はこのとき、めいっぱいの謝意をこめて、桔華に頭を下げたのだ。

 ともかく。
 
 包帯だけではなく薬箱そのものを持ってきて欲しいという才人の要望もあったので、両手で抱えるほどもある薬箱を携え、二階まで上がってきた桔華だが、どうにも襖を開けることが出来ない。この重さを一度床に置くことも躊躇われたため、部屋の前で右往左往していると、内側からからりと襖が開いた。

 部屋灯の中に、幾分か血の気の失せた承俊が、拵えられた敷布団の上でぐったりと横になっていた。

 その力ない瞳の揺らめきが、桔華の顔を捉えていた。才人が頷いて桔華を部屋に招きいれた。瓶底の眼鏡は、いつもは承俊の枕元に広がったまま転がっているのに、今日は才人の小さな文机の上にしゃんと収まっている。


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2011/01/25(火)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(4)

 才人は長い指を薬箱に伸ばし、音も無くふたを開け、ガーゼと鉄製の鋏を取り出し、十センチ四方の正方形を三枚拵えた。それらを重ねて消毒液をたらし、染込ませ、ただ襤褸切れを巻いてあるだけの承俊の手を取ると、その襤褸を解いた。一瞬だが、桔華にもその傷口が見えた。親指の付け根から甲にかけて、ざっくりと一文字に割れていた。
 血があふれ出るよりも早く、才人はさっきのガーゼで優しく傷口をなぞり、一枚目を捨てて出血する手首を上げ気味に握り、血の流れを一時的に止めて、残り二枚のガーゼをピンセットで器用に半分に折り、傷口に当てた。片方の手は承俊の手首を握ったまま。才人はするすると片手で包帯を巻きつける。

「結束了」

 なんだか桔華も胸をなでおろす。包帯に血はすぐに滲んでこなかった。才人が、余った包帯などを片付けようとするので、あわてて桔華も片付け始めた。
 気がつくと、承俊は青い顔を幾分か残したまま、眠ってしまったようだった。才人が承俊に布団を掛けてやった。長居をしては気遣わせるだけだとおもって、桔華はその場を後にしようとした。

「等一下」

 なんとなく呼び止められた気がして、桔華は振り返った。すると真直ぐこちらに目を向けている才人がいて、ものさしの入ったような正座から、こちらに深くお辞儀をした。ああ、そうか。おそらく、彼が思うよりずっと、この人は彼のことを大切に思っているのね。

 いいな、この二人の関係は。

 桔華はそう胸に想起して、「お大事に」と声を掛け、部屋を後にした。



 次の日、承俊は医専を休んだ。

 朝食が終わり、がやがやと留学生たちが教科書などを包みにして、下宿を出て行く。ようやく静かになったかしらと桔華が食堂の椅子をテーブルに上げていると、才人が荷物を片手に一人で降りてきた。

「昨日は、ありがとう」

 才人から声を掛けられるとは思わなかった桔華は、「いいえ」と戸惑い気味に返事をした。我ながらまずい反応だと思って背の高い才人を見上げるが、本人に動揺の色が無いことに桔華は少し、安心する。

「彼、調子よくないの?」
「大事を取らせたい。すまないが、今日一日様子を見ていてくれないか」

 でなければまた一人でどこかにでかけていってしまうだろうから、と才人は付け加えた。それがなんだか面白くて、桔華は思わず、噴出した。

「かまいませんよ」
「重ね重ね、すまない」

 才人は桔華の苦笑にもやはり表情を変えることなく、小さく頭を下げ、そして出かけていった。


 
 まるで気質が違うのに、なぜ一緒にいられるのだろうと不思議に思っていた。ふわふわと頼りない承俊が才人から離れられないのだろうと思っていたが、実際はどうやら逆のようだ。何の訳があってか、しっかり者の才人は、あのふわふわした男をほおって置けないらしい。

 桔華は承俊の部屋の前まで来ると、「お着替えをお持ちしました。開けますよ」と言って返事も待たずに襖を開けた。よく晴れた昼下がり。開け放たれた障子から、初秋のさわやかな空気が流れ込んでくる。

「え?」
「あ」

 窓に飛び移ろうとする承俊。桔華はとっさにその腰に組み付いた。驚いた承俊が抵抗する。とりあえずさっきの才人の言葉が頭の中を巡っていて、桔華のほうも彼を逃すまじと必死。
 承俊が怪我人であることも、桔華が女であることにも関わらず、お互いに取っ組みあいをした挙句に、ようやく桔華は、承俊を床に組み伏せた。ばらばらと飛び散る、医専の教科書。どうやら本当に、この男は学校に行くつもりだったらしい。
 才人が冗談を言うとは思えなかったが、本当に冗談を言っていたのではなかったようだった。

「何するんですか!わたしは学校に行きたいのです!」
「そんな青い顔して、学校行って何するんです!大人しくしていなさい!」

 窓から脱出を試みる辺り、承俊は才人がここの従業員に言付けをするということが分かっていたのだろう。このやろう、確信犯か。

「学校に行きたい、わたしは、早く、医者になりたい」

 桔華の腕の下にいる承俊は、例のまっすぐな瞳で桔華を見上げてくる。
 つねづね不思議な男だ。この目を見ていると、どうしようもなく、彼の力になりたいと思うようになる。


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2011/01/26(水)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(5)

 とりあえず、外行きの格好の身包みを剥がして持ってきた新しい寝巻きに着替えさせ、登校することにまだ未練がありそうな承俊を布団に戻す。彼は案外、素直に従った。

「才人は、ちょっと過保護すぎます」

 桔華は部屋に散らばった医学書などを取り上げている。承俊は布団から身を起こし、独り言のようにそう呟いた。

「そうかしら。彼のあなたを労わる気持ちは純粋なものよ。いい友人を持ちましたね」

 六畳ほどの畳部屋に、承俊と才人は寝起きしている。机を窓に向かって二つ並べていて、向かって右側が才人、左側が承俊のスペース。
 才人の文机の上は綺麗に整頓されていて、布団もしっかり上げてある。書物も、押入れに背表紙を合わせて収納してある。承俊のほうはというと、読んだ本は読みっぱなし。筆を使えば使いっぱなし。それを、彼が学校へ行った後に毎日桔華が整頓してやるのだ。

「違うんです、彼はきっと、わたしの父に恩返しをしたいと思っている。だからこんなに私を気遣ってくれるのです」

 桔華は本を拾う手を止めた。その感情の微妙な鈍りが、なぜだかとても気になった。

「どういうことです?」

 承俊は手元を見つめながら、ときどき慣れない日本語でぽつぽつと語りだした。

 私の父は、朝鮮の漢城で生まれました。もとより学問が好きで、もっと西洋のことを知りたいからと、鎖国を続ける祖国を出て、母と共に北京に移り住みました。そこで、才人の父親と出会いました。志を同じくする二人は、心腹の友となるのに多くの時間を要さなかった。まもなくして私や才人が生まれ、私たちは小さなときから多くの時間を共に過ごしてきました。
 才人の父親は、科挙に合格した進士で、当時の光緒帝の近くで皇帝に西洋のことを教えていた知識人でした。皇帝は、旧弊に固執する清朝政府の政治姿勢を批判し、清という巨大な国を本当の意味で近代化させねばならないと考えていた。しかしあるとき、光緒帝と行動を共にしていた急進派が、西太后を暗殺して改革を断行するという話が流れた。彼女は自分の義理の「息子」でもある光緒帝を追放し、再び清朝の実権を握ると、自分の暗殺を企てたとして、皇帝の近くに仕えていた多くの知識人を、
「処刑しました。その中に、才人の父親もいました」

 光緒帝を擁する急進変法派を一掃した、西太后のクーデター。大陸で起こった「戊戌の政変」は、桔華も新聞でその概要を目にしていた。今から五年程前の話だ。

「西太后の怒りが、家族に及ぶことを恐れた私の父は、才人とその母を匿おうとしました。しかし、才人の母は北京を脱出する際、西太后の追っ手に見つかって殺されました。わたしたち家族は、才人とその妹とともに、奉天で暮らし始めました。才人は、『迷惑は掛けられない、自分で働く』と言ったのだけど、父は才人が、幼い頃から医学に関心があることを知っていた。だから彼をわたしと共に北京の大学堂に入学させました」
  
 負い目を感じているのか。彼を包むその痛ましいほどの空気は、彼自身が自らに課した、家族への弔いのようなものなのかもしれない。

「清国への憤りを誰よりも感じているのは、才人のはず。でもそういうものに首を突っ込まないようにしているのは、自分の立場をわきまえているからなのかもしれないです。だけど、わたしは才人に、自分の思うように生きて欲しいです。自分の考えていることを、何でも話して欲しいです」

 桔華は気がつくと、いつも才人がそうするように、しゃんと背を伸ばして承俊に相対していた。
 胸中に渦巻くものがある。書物の知識でしかない、朝鮮と清国。その国の土を踏みしめ、文化を享受し、政情に追われた人物が今、自分の目の前にいる。記事を追うだけで、その処刑された首謀者たちに家族がいるということに、思いが至らなかった自分の心の目が、見開かれるような思いがする。
 自分の生い立ちを不幸に思ったこともある。腹違いの子と最上の家には冷遇されても、自分には祖母がいたし、古月がいた。そう思えるようになったのは、つい最近のことだ。

「あなたはどうして、医者になりたいの」

 承俊が顔を上げた。まだ少年のようなあどけなさの残る顔だ。

「助けたい人がいる」

 あ、そうだ、と承俊は続けた。

「まだ、名前を聞いていません」

 深く詮索されたくないのだろうか。「最上桔華です」と名乗ると、承俊は漢字の書き取りを知りたがった。

「中国では、男の人のような名前だ」
「そうなのですか?」
「大陸に縁のある人がいるのですか」

 名前をつけてくれた祖母は、台湾で暮らしていたことがある、と桔華は言った。好!と承俊は笑った。

「玉のような美しい女の子は、神さまが深く愛されて、早く召し上げるのだと聞いています。だから男の子のような名前をつけて、神さまに取られないようにするのだと。なるほど、納得しました」

 彼は素でそんなことを言っているのだ。これをいちいち気にしていたら、おそらく心臓がいくつあっても足りやしない。


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2011/01/27(木)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(6)

 結局、承俊は医専から帰ってきた才人にこっぴどく嫌味を言われ、

「医者の不養生とはこういうことだ」

 ととどめの一言を刺され、ひどく落ち込んでいる。その様子を見ていた桔華は、「ちょっと言いすぎでは?」と晩飯に一人で降りてきた才人に声を掛けると、

「もともと体も強いほうではない。なのに好奇心と感受性だけは人一倍ときている。このくらい言わねば本人のためにも、その回りのためにもならない」

 と才人が言った。なるほどそのとおりだろう。
 確かに、才人には承俊の父親に、医学を学ばせてもらっているという意識があるのかもしれない。しかしそればかりではなくて、幼い頃から兄のように自分を慕い、そして家族を殺さたときも近くにいて自分を支えてくれた承俊のことを、才人は本当に、大切に思っているに違いない。

 そう思うと、桔華はやはり、この二人のことがとても好きだ、と思うのだ。


 ***** 


 明治三十七年が明けた。

 日本は朝鮮半島の権益を巡り、北の大国ロシアとの交戦の機運を高めている。

 十年前の日清戦争では、下関で陸奥宗光と李鴻章とのあいだで馬関条約が締結された。賠償金二億両を勝ち取ることは出来たが、獲得した澎湖諸島及び遼東半島は、ロシアをはじめとするフランス、ドイツの干渉により、清国に返還することとなった。
 その遼東半島の旅順港に、ロシアが第一太平洋艦隊を常駐させている。日本の遼東半島返還後にロシアは清と約定を交わし、旅順・大連を清国から租借したのだ。
 もし、朝鮮半島がロシアの支配下に落ちれば、続いて日本本土が次のロシアの標的になる可能性がある。日本が朝鮮に強引にてこ入れを始めたのには、そんな理由も考えられる。先の条約では、日本は清国に、朝鮮が独立国であることを認めさせている。井上馨を朝鮮の特命全権公使として送り込み、彼の元で内政改革を行うつもりだったのだが、閔妃を殺害された高宗は、ロシアに後方支援を求めた。そのためロシアは、朝鮮での多くの権益を認められることとなった。
 朝鮮という国は、もともと清国の属国であった。十三世紀に始まる、中国を盟主とした巨大なアジアの冊封体制に内包される朝鮮王国は、十年前の日清戦争で清国が日本に敗れると、その従属関係から独立し、高宗は「大韓帝国」の樹立を宣言、自らも皇帝を名乗った。
 できたばかりの「大韓帝国」では、高宗による官僚制度の近代化が進められている。教育を浸透させ土地を測量して税制改革を行い、鉄道敷設の準備を始めた。近代的な軍隊の整備も始まった。
 
 そこに、北京で義和団が大きな反乱を起こした。

 連合軍の撤退後に、ロシアは満州全土を制圧した。度重なる本国の戦争のためにアジアに戦費をさけないイギリスは、度重なる満州からの撤兵要求に応じないロシアに危機感を募らせ、日本と同盟を結ぶことで、ロシアとの対決姿勢を鮮明にした。ここに「ロシア・朝鮮」と「イギリス・日本」の図式が生まれた。

 日露戦争は、この年の二月に開戦となるのだが、外交ではその直前まで対露戦回避のための折衝が行われている。すなわち日本は、ロシアに、満州における権益を認める代わりとして、ロシアに日本の朝鮮における権益を認めて欲しい、という妥協案を、ロシア本国へ打診した。しかし、大韓帝国における利権を拡大しつつあった当時のロシアは、当然ながらその要求を受け入れることはしなかった。

 小村寿太郎外相が、ロシアのローゼン駐日公使に国交断絶を宣言したのは、この年の二月六日のことである。



 三月。仙台の春は、京都に比べれば待ち遠しいほど彼方に感じる。
 
 桔華は前掛けにたすきがけの姿で、下宿の庭先を箒で掃いている。建物の影に小さく残る雪解けが、陽にあてられてきらきらとその儚い姿を主張していた。
 つぼみの膨らみだした枝垂れ桜の枝に、ツグミが止まり、小首をかしげている。玄関先で、女将と留学生の声がした。医専を卒業する留学生たちがまた一人、生まれた国へ帰国していく。

「よくがんばったね。また日本へ遊びにおいで」

 頭を下げた清国留学生の肩を、女将がぽんぽんと叩いた。始めは日本の文化に苦戦していた異国の若人たちも、四年も暮らしているうちに、友と連れ立って銭湯へ行き、朝食に味のりと納豆を必ず請うようになった。彼らの日本人に対する態度も、アジアの盟主国たる不遜なものから、次第に軟化していった。それは、女将の人柄によるものも大きい。彼女はそういうものには頓着せず、皆を平等に面倒を見た。
 

 日本も中国も朝鮮もおなじあじあ なんぞ討ったり討たれんか  紅玉


 「紅玉」とは、女将の雅号である。いささか、まっすぐすぎる嫌いがあるが、この下宿を後にする留学生の全員に、自分のしたためた短冊を渡した。彼らはそれを受け取って、泣いた。彼らは今、日本人の多くが自分たちをどう思っているのかを知っていた。女将のような日本人がいることは、彼らに涙を流させるほど、強烈な出来事だった。

 明治もこのころになると、日本人のアジア諸国に対する優越意識というものが、国民の間にも浸透しつつあった。



 桔華が才人と承俊の部屋をたずねると、承俊が難しい顔で『河北新報』を眺めていた。
 
 「日朝、共同で半島の防衛方針定む」

 才人はいない。承俊は桔華が襖を開けたことにも、気がついていないらしい。


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2011/01/29(土)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(7)

 日韓議定書の締結である。

 日露戦争は、旅順港を巡る戦いであるともいえる。かの地に進軍させるため、帝国海軍は旅順港外のロシア艦隊を攻撃するところから始まった。陸軍は、白河川修大将率いる先発軍が釜山に上陸、半島を横断して、遼東半島を山手から攻略しようと進軍を開始している。

 大韓帝国は、この両国の対立に際し、局外中立を宣言した。

 だが日本は以上の理由により、朝鮮半島を南から北に横断しなければならない。そこで日本は、戦場へ軍事物資を輸送するための、通行権を大韓帝国に認めさせた。同時に、日本が第三国から韓国を保護することを名目に、日露戦争遂行に必要な土地や物資を供出することを規定。明治三十七(1904)年二月二十三日、この約定は、日本の特命全権公使林権助、大韓帝国の外部大臣臨時署理陸軍参将李址鎔によって調印された。

『大日本帝国皇帝陛下の特命全権公使林権助及大韓帝国皇帝陛下の外部大臣臨時署理陸軍参将李址鎔は各相当の委任を受け左の条款を協定せり

第一条 日韓両帝国間に恒久不易の親交を保持し東洋の平和を確立する為め大韓帝国政府は大日本帝国政府を確信し施設の改善に関し其忠告を容るる事

第二条 大日本帝国政府は大韓帝国の皇室を確実なる親誼を以て安全康寧ならしむる事

第三条 大日本帝国政府は大韓帝国の独立及領土保全を確実に保証する事

第四条 第三国の侵害に依り若くは内乱の為め大韓帝国の皇室の安寧或は領土の保全に危険ある場合は大日本帝国政府は速に臨機必要の措置を取るへし而して大韓帝国政府は右大日本帝国の行動を容易ならしむる為め十分便宜を与ふる事
大日本帝国政府は前項の目的を達する為め軍略上必要の地点を臨機収用することを得る事

第五条 両国政府は相互の承認を経すして後来本協約の趣意に違反すへき協約を第三国との間に訂立する事を得さる事

第六条 本協約に関連する未悉(みしつ)の細条は大日本帝国代表者と大韓帝国外部大臣との間に臨機協定する事』

 活版印刷された切れ切れの文字を追いながら、桔華は、「これは、日本にとっても朝鮮にとってもいい話ではないか」と思った。江華島以来不和の続いていた隣国と、「恒久不易の親交を保持し東洋の平和を確立する」とある。しかも第三条で、「大日本帝国政府は大韓帝国の独立と領土を確実に保障する」と謳っている。韓国は日本に比べれば軍の近代化に若干の立ち遅れがあるから、第四条の「軍略上必要の地点を臨機収容することを得る」というのも、日本軍が半島で防衛体制を施行するには必要な条項だ。北からロシアが差し迫っている今まさに、それが必要なのではないか。

『同じ東洋の国である日本なら、分かってくれると思っていたのに』

 承俊が珍しくハングルでそう呟いたので、桔華には彼が何を言っているのか分からなかった。「何?」と問えば、すぐ隣に桔華がいたことに今気がついたらしい承俊は、「なんでもない」といって新聞をくしゃっと奥に追いやった。

「なにかありましたか」

「いいえ、先ほど、劉世さんが女将に帰国の挨拶に来ていましたよ。あなたは行かなくてもいいの?」

 承俊はああ!と声を上げて、机の上の瓶底眼鏡を取り上げると、襖を開けつつ眼鏡を装着しようとした。だが、襖は先に、外から開いた。よろめいた承俊は入っていた才人にぶつかった。

「ああ、お帰りなさい、才人」

 才人は入ってくるなり携えてきた『時事新報』をビリビリと引き裂いた。後ろ手にその紙面を殴り捨て、自らの文机に音を立てて座り込んだ。桔華と承俊は、才人がこんなに感情をはっきりと表現したところを見たことが無く、しばらくあっけに取られていたが、下から先ほどの女将と留学生の声が聞こえ、玄関の開く音がしたので、承俊は我に返ると、「挨拶をしてきます」とその場を後にした。

 才人と承俊は、今年で医専三年目。次年度が最終年となる。

 桔華は先ほどの承俊の読んでいた記事を思い出して、それのことかしらと破れたタブロイド紙面を覗いたが、確認できた限りでは朝鮮の話は見当たらない。ではいったい、才人は何にこんなに怒気を露にしているのだろう。しかしそれを聞くこともためらわれたのでとりあえず、才人が好んで読んでいる『中央公論』の最新刊の話でも振ろうと口を開けかけた。

「出かけてきます、夜までには戻ります」

 相変わらず、その表情は晴れぬまま、桔華の横を通り過ぎていく才人。それを纏う空気が、桔華に彼を呼び止めさせなかった。
 無残に左右に破られた紙面には、仁川沖でロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツの二隻を沈めたという見出しが題字の横にあった。続いて仙台市政と、新聞小説。
 とりあえず片付けようと手に取った紙面の裏、ひときわ目を引く五段抜きの挿絵が目に入った。
 斜め上からの俯瞰図。左手前方に馬上の将軍を先頭に、捧げ筒の日本兵が列を成して入場している。右手後方には、喜色を体いっぱいに現したぼろ服をまとった民衆が、彼らの入城を心より祝福するように歓喜の声を上げている様。

『勇猛なる日本軍の勝利を喜ぶ支那人民』

 理由は分からない。だが、心にざわめくものがある。
 自国の軍隊が他国の民衆に歓迎されているのだ。何を疑問に思うというのだろう。

 恒久不易ノ親交ヲ保持シ東洋ノ平和ヲ確立スル為…… 


 得体の知れない寒気が背に走るのを、桔華は感じている。 
 どうして自分は、何も知らなかったんだろう。なぜ、疑問に思うことも無かったのだろう。どうして――。

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2011/02/03(木)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(8)

 四月。新学期が始まり、新たな留学生たちが下宿にやってきた。始業式を経て、あちこちで桜の開花が囁かれ、人々の心もこの諸事始まりの月に臨んで、浮き立っている。

 下宿の庭にも、小さな桜が一本植わっている。その細い枝の蕾が膨らみ始めた頃、桔華に桜花からのたよりが届いた。
 その便りに、北条古月直筆の便箋が同封されていた。

「桔華へ 元気か?

 おれは今ロンドンにいる。この手紙は帰国するおれの知り合いに託して、桜花様からお前に届けてもらうよう言付けた。お前は相変わらず頑固で、桜花様以外の誰にも、今自分がどこに居るのか教えとらんらしいな。お前らしいというか、もう少し、人の手を借りるということを覚えたほうがええんとちゃうか。歌を詠むのもいいけど、女一人で旅しとるお前を心配しとるこっちのこと考えることがあるなら、少しでも連絡をよこせ。

 イギリスというのは欧米の中でも早くに産業革命を成し遂げた国だけあって、街の中に人々の知恵が溢れている。ショー・ウィンドウには痩身のマネキンが見事な絹ごしらえのワンピースを纏い、思い思いのポーズを取っておる。蒸気自動車が黒光りする体を街頭に表したときは、おれもはじめは驚いたものやが、今では街行く人のように、日常の一風景になってしまった。着るものにしても男は仕事に行くなら上下を真っ黒なスーツを仕立て、靴音高らかに颯爽と風を切って歩いておる。どうしてそんなに胸を張って歩かんとならんのか、おれにははじめ分からんかったが、彼らは確固たる「自己」なるものを心に内包し、己の存在が世界に名だたる大英帝国を支えているっちゅう自負がある。今日本でそない振る舞いしようにも、商店街を横切ったところで近所の売文業者なぞに「西洋に被れて、古来の謙虚という美徳を知らぬ」と叩かれるのが末。だけど日本もこういう連中の仲間入りをするなら、見栄えではなくて、国民一人ひとりの「確固たる自負」を己が内に自覚せねばならぬ。

 欧米における日本の人気っちゅうもうんは、外聞するより酷いもんや。好き嫌いというより、日本ちゅう国を知らんといった方がええかもしれん。
 分からなくも無い。やつらにとっちゃ、地球の反対側の小さな島国のことや。十年前に眠れる獅子を倒したことも、北京での東洋の憲兵としての働きも、象の足元のうごめく蟻のようにしか見られておらへん。驚くほどに無関心や。わいが日本人と知ると、連中は「あの雪香という女は、どうやってモルガンの懐に取り入った?」と真顔で聞いてきよる。おれとの商談よりも、アメリカ人のモルガンという 男に四万円も出させた日本の女というものがどういうものか、そっちのほうに興味があるようやわ。
 けど、日本の輸出品は、欧州でも確かに大きな存在になってきとる。特に綿製品の安さと品質の高さ、「MADE IN JAPAN」が一つの大きなステータスになりつつある。今は関税の障壁もあるから本国の製品とタイを張っていられるが、今後日本の国際的地位が上昇して、自由貿易を提唱するようになれば、国内産業に影響が出るのは間違い無い。せやから、少なからず日本の動きに注目している動きはある。昨年の同盟にも、協定という形で日本に一定の恩を売り、将来に布石を打ったのだろうということは明白やな。

 内地から旅順までの軍事物資の海上輸送のすべては会社に任せて、おれは単身でこちらに渡ってきたが、耕三郎に紹介してもらった久坂廣枝というのは、帝国陸軍将校らしからず口上の回る男で、よく笑い、よく怒り、そしてよく面倒を見てくれる。この男は、耕三郎と士官・陸大と同期だとかで、曰く「おもしろい男だ」ということだが果たしてその通りだと思う。普段は士官然として軍服に身を包み、主に英国士官との交流を主な任務としているということだが、自分の体の自由が利く限り、同じ日本人である自分の、販路拡大にその人脈を介して力を貸してくれる。

 先日、その久坂を通じて、シフという男と知り合った。この男はフランクフルト生まれ。十八のときに渡米して、アメリカで銀行家として一財産を築いた後は、ロシアでユダヤ人コミュニティのためにユニオン・カレッジを創設したり、多額な慈善活動をしているということや。久坂が言うには、この男はロシア国内でもシオニストや革命分子に資金を流用しているとか。ユダヤ人を蔑視する社会にいい感情を抱いていないだろうことは、久坂の分析を待つまでも無く、事実やと思う。
 久坂は、この男を日銀副総裁の高橋に会わせると言っておる。この副総裁さんは、ロシアとの戦争のための外積が上手く集まらんと苦労しているようやったから、もしかしたらいいふうに転ぶかもしれへんと思っとる。わいも出来ることをしようと思う。」


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2011/02/06(日)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(9)

 ここまで読み進めて、桔華は思わず噴出してしまう。
 どういう心境の変化か、手紙では「おれ」と語っているのに、ここだけ一人称が「わい」となっている。
 商売人といえど、決して饒舌ではないこの従兄弟が、必死になって机に向かうさまが目に見えるようだ。京都を出て三年。あのような別れ方をしてしまったにも関わらず、こうして臆面無く頼りを送ってくるところからして、なんとも彼らしい。
 それに比べ、自分は相変わらず後ろを向いたままなのかもしれない。彼にはもう妻子がいて、そして国のために果たすべき役割がある。
 自分はいつまでも過去に固執して、綺麗な思い出ばかりをいとおしむ様なことばかりしている気がする。古月のこの手紙に、あのとき聞けなかった一言が記されていることを、心のどこかで期待していたに違いなかった。


「そうや、篠が二人目を身篭った。七月に生まれる予定や。
 ゆゑからだいぶ年が空いてしもたな。今度は男の子や。間違いあらへん。
 きっとおれはこのまま帰れないだろうから、桔華、お前、篠のそばにいてやってくれへんか。
 篠もお前やったら安心して世話になれると言うとったからな。

 では、達者で。古月」


 七月か。古月とその妻、篠は今東京に居を構えている。篠に会うのも三年ぶりだ。長女、ゆゑの顔も久しく見ていないから、足を伸ばしてみようか。

「お手紙ですか?」

 玄関でぼんやりと手紙を読んでいた桔華の後ろから、承俊が声を掛けた。後ろめたいことがあるわけではないが、くしゃりとその手紙を隠して、桔華も後ろを振り返った。
 承俊が酒らしき一升瓶をかかえて、きょとんと桔華を見つめていた。才人がその後ろから重箱をかかえて現れた。

「お花見をしましょう、さあ、最上さんも手伝って!」

 才人の持つ重箱の二倍はありそうなお重をかかえて、女将が桔華の横を通り抜けていった。


 *****


 青葉城に桜の名所があるので下宿生を引き連れていこう、と言ったのは女将だったのだが、才人がそれに難色を示した。実は先日、他の清国留学生と日本人の花見客が、下宿近くで酔った挙句の乱闘騒ぎを起こしていたからだ。

「団体となると、人目に付きやすい。いらぬ騒ぎを起こしたくない」
「そうやって縮こまってちゃあ、学校にだって通えやしないよ。気にすることは無い」

 と、いう女将に才人は尚も食い下がった。話を聞いていると、どうやらそういう場に承俊を連れて行きたくない、というのが本音らしい。なるほど、承俊の好奇心をもってすれば、いつどこで酔った花見客の絡みの種にされるか分からない。

 そういうわけで、花見の会場は下宿の敷地内となった。

 東側が、宿兼下宿の建物、西側が女将の家族の住む建物となっていて、ほとんど住み込みで働いている桔華も、女将の居住する棟へはほとんど足を踏み入れたことが無い。細い廊下を渡っていくと日の光の入らない座敷が三つ並んでいて、女将は立て付けの悪い雨戸をがたがたと開けた。入ってきた日の光に、埃が無数に舞っていた。
 女将と才人が二人掛りで廊下の雨戸を全開にすると、板塀の小さな中庭に梅の木が三本植えてあって、枝にぼんぼりのような花を揺らしていた。女将が手の埃をほろいながら自慢げに鼻を鳴らした。

「どうだい。立派な花見だろう?」

 承俊が声を上げて、庭に駆け下りた。「女将さん、これがワビ、サビですね!」と声を上げ、女将は「そうさ!これが日本の春さ」とやはり誇らしげ。桔華が首を捻っていると、隣で才人が「違うと思う」とぼそりと呟いた。廊下を拭き、庭に敷物を広げ、お重を並べて花見の用意をしていると、どこからか話を聞いたらしい下宿の留学生たちがぽつぽつと集まり始めた。彼らもまた、この小さな庭の梅の花におのおのの心を揺らしているらしい。

 女将の乾杯で、宴会が始まった。

 会場には十三、四人もいるだろうか。笑っているもの、黙々と酒を飲むもの(主に才人のことだが)、肩を組んで中国語で歌いだすもの、手拍子を打って踊りだすもの。承俊は踊っている連中のなかで一際ぶきっちょに手足を振って見せ、やがてひっくり返って聴衆を沸かせた。ずり落ちた眼鏡を直しつつ、体を起こしながら苦笑している。

 ゆるゆると酒を飲んでいた才人が、女将と桔華に酒を注ぎに来た。
 すでに手酌で出来上がっている女将が、上機嫌で受けた。先ほどまで飲んでいなかった桔華も、才人にお猪口を手渡され、なみなみとそれを受けた。


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2011/02/07(月)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(10)

「日本での生活も残り一年ですね」

 桔華は胸の奥にある一抹の惜寂に気がつく。それは承俊、才人、そして目の前にいる下宿生すべてに平等に向けられたものであると思う。
 彼らは、「医学を学ぶ」という明確な目標を持って、異国の地へやってきた。ここにいる志を同じくする仲間とともに競い合い、語り合い、笑いあう姿は、桔華にはとても眩しく見える。自らが決めたこととは言えど、桔華は女一人で道中を旅している。師、桜花と手紙のやり取りがあるにせよ、道行くときはやはり、語りかけるべき隣人は無いのだ。
 だからこそ、行く先々での出会いが、度重なるごとに重みを増してくる。たった一言、言葉を交わすことの、情の通い合うことの尊さよ。出会いがあり、そして別れを迎えるたびに胸の裂ける思いをしたこともあった。しかしそれがまた新たな出会いにつながり、また新たな情を通わせることになる。

 才人は桔華の隣に腰掛け、ゆったりと杯を呷っている。女将は承俊たちに歓声をあげると、勢いその輪に加わり、一緒になって肩を組み、歌い始めた。桔華は小さな梅の花がはらりと風に舞うのを眺めながら、今のこの新緑に泉の湧く様な穏やかなこの風景に心安らかなひとときを感じていた。

「ねえ才人、承俊の言ってる、『助けたい人』って、誰のこと?」

 才人は杯を口に運ぶ手を止めて、虚空を見た。おや、と桔華は思った。

「あれが、そんなことを言ったのか」
「聞いてはいけなかったかしら」
「いや」

 そう言って才人はぐっと杯を飲み干した。桔華が銚子を差し出すと、才人がそれを受けた。

「俺の妹だ」

 そう言う才人の表情は冴えない。注がれた杯を口に運ばず、才人は腿の上に据え置いた。

「二十歳まで生きれないだろうと医者に言われている」
「いまお幾つなの」

 聞いてしまってから、桔華はしまったと思った。その年齢を聞いたところで、自分に出来ることは何も無い。むしろ、才人に心理的負担を強いるだけだ。

「今年、二十歳になる」

 想定された返答だった。泡立った感情をどうしようも出来ないまま、桔華は思わず身を引いてしまった。

「昔、承俊が川で溺れた事があって」

 大人も近づかない流れの速い川だった。ようよう川から引き上げられたが、承俊は容易に目を覚まさなかった。

「丸一日眠り続けて、ようやく目を覚まして、まず初めに妹の名を呼んだ」

『承俊、私はここにいるよ、しっかりして』
『花を』

「承俊は自分が気を失いながらも、手に握ったその花を決して離さなかった。その花は、花好きの妹がずっと見たいといっていた貴重な花だったらしい。承俊はその花を摘もうとして川に落ちた」

 小さなその手が、必死に掴んだ小さな花。大切な何かのために懸命に振舞おうとするその姿は、年を重ねても曇ることが無い。彼は今もなお、才人の妹のことを大切に思っているのだろう。
 
「何の話?」

 渦中の人物が、桔華の隣に位置取った。「何をしている承俊!まだ勝負は付いていないぞ!」と叫ばれ、「これを食べたらいくよ!」と返す。みたらしの櫛団子を一つ、口に運ぶと、才人が「お前が川でおぼれた話をしていたんだ」と言った。
 承俊はほおばったまま大げさに驚いて見せて、一生懸命それを飲み込むと、取り繕うように桔華に向き直った。

「違うんだ、あのね、今は泳げるようになったんだ」

 承俊が言うには、その当時はまだ水に顔をつけることも出来ないほど幼く、身長も大きくなかったから底に足が着かなかったんだ、というようなことを言っていた。しかし話を聞いていると先ほどの才人の話よりも随分幼い頃の話をしているようだ。才人はそれに特に修正を加えることも無く、気がついた桔華も特に口を出すことなく、承俊の必死の抗弁を笑いをこらえつつ頷いている。
 
「桔華さん、何笑っているんですか」

 とうとう承俊がむつくれてしまった。桔華は堪え切れない笑みをこぼしつつ、「ごめんなさい」と言った。才人は相変わらず、静かに酒を煽っている。

「日本語、ずいぶん上手くなりましたね」
「話逸らしましたよね」
「いえ、これは本当」

 訝しい視線を送ってくる承俊。その彼の目と桔華の目が合う。どうしてだろう。友とその妹を大切にしようとするこの愚直な男のことを思うと、胸の奥がふわりと軽くなる。この柔らかな春の陽光の中に、幼き日の承俊と才人、そしてその妹の三人の戯れる姿を見たような気がした。 しかしその木漏れ日の影に、逆らうことの出来ない確かな「別れ」が迫っている。目の前にいるこの純粋な男が、一つの命を背負い、海を越えてこの国へ医学を学びにきたのだということを、桔華は今一度思い返してみる。


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2011/02/17(木)
2、わたしの祖国

わたしの祖国(11)

――天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも


「仲麻呂?」
「はい、日本の和歌を勉強しました。桔華さんは、和歌を詠まれるそうで」

 まだ修行中の身です、と桔華が謙遜すると、承俊は身を乗り出してきた。

「阿倍仲麻呂は、中国でもとても有名で」

 すると承俊は、記憶を一つずつ手繰るように、仲麻呂の長安までの道のりや、唐の有名な詩人たちとの交流、玄宗皇帝のこと、長安では晁衡を名乗ったこと、そして安禄山の乱に際しては日本への帰国を認められなかった彼の生涯を語った。

「彼も祖国を思ったのかなあ」
「生まれた土地を思わぬものはいない」

 才人が感想を述べた。もう三年も祖国を離れているのだ。同じ年月を実家から離れて暮らしている桔華だが、海を越えて文化も言葉も違う国に来ている彼らと、望郷の思いを等しく考えることは出来ない、と思った。まして、仲麻呂の時代であれば尚更で、今よりも航海術も交通機関も発達していないかの時代、日本と長安はそれこそ天と地ほども遠い場所であったに違いない。
 
 祖国、か。

 日本から出たことのない桔華には、「祖国」という言葉は、帰るべき場所という意味の「故郷」以外の意味を持ち得ない。自分が思っている以上の言葉の重みに、承俊や才人と自分の決定的な距離を感じている。今自分の目の前で仲麻呂を省みた承俊、先ほどから酒をたしなんでいる才人、そして眼前のすべての留学生に、日本ではない彼らの「祖国」での顔と、そこで営んでいた暮らしがある。
 ふと、先日の新聞記事を思い出す。日本は今、ロシアと交戦している。戦場の舞台は、他でもない、彼らの祖国の土地である。彼らは自分たち日本人を、その日本に留学している自分たちを、桔華が考える以上に複雑に思っているのかもしれない。

「桔華さん」

 名前を呼ばれて、桔華は夢想から引き戻された。「何」と聞けば、「仲麻呂と同時代の唐の詩人に、王維というひとがいます」と承俊。

 君自故來、
 應知故事。
 來日綺窗前、
 寒梅著花未。

(ジュンチーグゥシアンライ)
 
 「君は私の故郷から来たのだから、故郷の今を知っているはずだね」。
 承俊がゆるりと語りだす。聞きなれた和音の音ではなく、漢詩の穏やかな抑揚が桔華の耳にも心地よい。

(インチーグゥシャンシィ)
(ライリィチィチュアンチアン)

 転部で声のトーンが上がり、空気の振動を伝わって聞くものの心をざわざわと揺さぶった。「私の家の窓辺の梅」を、どう結ぶのだろう。

(ハンメイ、チュオ、ホア、ウェイ)

 包み込むように「ウェイ」を発音して、揺さぶった心に安堵をもたらす。「私の家の窓辺の梅は、もう咲いていただろうか」。ああそうか、彼は美しい故郷を思い出すのに、庭先の梅で十分だったんだ。

「きっとね、作者には故郷に恋人がいて」

 ふと、そんなことを承俊が語りだした。才人はまた、ゆるりと杯を口元に運んだ。承俊は体を揺らしながら、ふわふわと言葉をつなげた。

「梅を見るたびに、彼女のことを思い出して、くじけそうになる自分を励ましていたんだ。旅先にも美しい梅の名所などあるけれど、その梅の咲き誇るところを眺めては、故郷にいる彼女の美しい姿を思い出し、でも心のどこかで会えない寂しさを募らせている」

 愁眉。承俊には似合わないその陰りに、桔華は胸中のざわめきを覚えている。

『あなたにも、梅を眺めて思い出す人がいるの?』
 
 ここまで出かかっている言葉を、桔華はついに飲み込んだ。代わりに「大陸の梅の花も、綺麗なのでしょうね」と言った。

「わたしは、日本に来て、本当によかったと思っています。この国はとても大きい。そりゃあ、国土の大きさは中国に及ぶべくもないけれど、そういう物質的なものではなくて、もっと、心の寛容さみたいなものを感じます。自分と違う何かを拒絶するのではなくて、それを価値観として受け入れる。それが自分の世界を広げることにもつながる。中国も韓国も日本にそれを学んで、きっと追いつく。だからその為に、私たちはもっともっと日本に学ばなければならないんだ」

 隣で、才人の口元が緩んだのが分かった。自分の名前を呼ばれたと、へべれけの女将がこちらに大声を一つよこしたが、「美人だと言ったのです!」と承俊が返してやると、まわりからどっ、と歓声が沸いた。承俊もそれを見て笑った。桔華はその横顔を眩しく見つめている。

「春陽を連れてきてあげたいな」

 ふと漏らした承俊の一言が、桔華の心に小さなしこりを残す。
 承俊、チュニャンって、才人の妹さんなのよね。その子のこと、大切に思っているのよね。川で溺れてまで、喜ばせてあげたかった大切な人。あなたはあと一年もしたら、祖国に帰ってしまう。そうしたらもう、私のことなんて忘れてしまうのかしら。

「ねえ承俊」

 なんでしょう、と応えてくる承俊の無邪気な瞳。ぎゅっと心がつまり、苦しい。この瞳を日本という国が曇らせているような気がしてならない。世界の趨勢に遅れまいとする、国家の意思。自分ではどうしようもない巨大な何かが、自分と彼の間に立ちはだかっているような気がする。そんな不安を、あの日以来、胸に抱いていた。
 
「あなたの祖国は、どこ?」

 承俊は一度、驚いたような顔をして、桔華の顔を見つめた。その後、ゆっくりと表情を緩め、不安を募らせる桔華の胸中を察するかのようにやわらかく微笑み、そして応えた。

「そんなの」

 ふわりと花を舞い散らすつむじ風が立った。髪が靡き、桔華は顔の横のほつれ髪を軽く抑えた。

「いうまでもありません」



 柔らかな春の風が吹いている。
 彼の祖国の名前を、桔華はまだ、知らない。

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2011/02/24(木)
2、わたしの祖国

陸奥湾を抱く街(1)

 *****


 急に差し込んだ強い日差しに目が覚めた。
 ガラガラガラと雨戸が開けられた。「ああ、起こしてしまいました?おはようございます!」と、晴子の血色のいい顔があった。

「ああ、だめだめ、いま起こして上げますから」

 桔華が起き上がろうとすると、あわてて晴子がそれを制した。晴子は桔華の隣に膝をつくと、桔華の背中に手を添えて、上体を抱え起こした。自覚症状としてはそのくらいは自分で出来ると思うのだけれど、晴子は「油断は禁物。無理をしては駄目よ」と釘を刺した。

「今、朝ごはんをお持ちしますから」

 時計を見ると朝七時前。
 開け放たれた中庭から、七月の心地よい風が吹き込んできた。

「いるかのぉ」
 
 と玄関で声がした。年配の女性。桔華が声を掛けようかどうか迷っていると、台所から晴子が、「はぁい!」とワンテンポ遅い返事をした。どうやら朝刊が来たらしい。

 和泉家に届く新聞は『東奥日報』である。
 
 明治十年の北斗新聞に始まって、青森新聞、青森新報、と名称を変え、明治二十一年に『東奥日報』となった。青森の県紙。タブロイド版四頁で、五段に二十字。一面には青森県議会の様子や大陸での戦争の詳報が掲載されている。二面に生活情報、三面と四面は新聞広告と求人、葬儀広告。
 東奥日報はこの年、日露の戦役に斉藤武男記者を従軍させている。斉藤は弘前に陸軍第八師団が設置されたときから担当していてそこの初代師団長立見尚文中将と親交が深く、出征の際もそれに従ってついていった。御年五十四と壮健ではなかったが、本人は「行きたい」と本社にがんとして譲らなかった。実際、彼の戦報は郷土部隊の動静を的確に伝え、新聞発行部数の増大につなげている。この当時の発行部数は四千部。大部分が青森市内で発行されて、川内には陸奥湾を横断して青森から船で運ばれてきた。
 川内で新聞を扱っているのは、河野金右衛門という豆腐屋だった。この河野の家は代々大宅(おおやけ)で、青森―川内―大湊を就航する定期船の船主などをやっていたから、東奥日報の本社から新聞の配達を依託されている。朝五時前に青森を出航した船は、下北半島の左端、脇野沢村を経由して川内にいたる。そこで新聞を受け取り、購読者の自宅に新聞を届けた。

 晴子の家には、河野金右衛門の妻が東奥日報を持ってくる。
 名前をたえと言って、えらく晴子をかわいがっている。

「晴ちゃん、来たよ」

 どうやらここが配達の最後らしく、たえはそうして店のほうから晴子に声を掛けて、ちょんとそこで待っている。その声を聞いた晴子が、包丁を握る手を止めてぱたぱたと店のほうに出て行き、まだ半開きの扉をガラガラと開けた。「おはようございます!」「晴れたねえ」「よかったの!」といつもよりも甲高い晴子の元気な声が聞こえてくる。「今日もあっつぐなるよぉ」「んだの」「いつもごくろうさまです!」という晴子の声で二人は別れたらしい。店の残りの雨戸を開けると、今日の商売が始まる。陳列した反物の上の埃除けの布を払うと、とりどりの鮮やかな布地が陽の光を浴びてきらきらと輝く。

「たえさんに筑前煮を頂いたから、これを朝餉にしましょう」

 晴子は桔華に朝刊を手渡すと、そのまま台所に引っ込んだ。桔華は手伝うことを許されていないので、やはり床に入ったまま、東奥日報の一面を眺めている。

 筑前煮と白いご飯に、ごぼう汁、そして白菜の漬物という朝食だった。お膳を前にして女二人で向かい合って食べる食事は、なんともくすぐったいような照れくさいような気持ちだったが、当の晴子は「こうして誰かと一緒に朝餉を食べるのも久しぶり」といって終始にこにこしていた。煮物の蓮根は芯まで火が通っていて、旨い。白菜の甘辛さは白いご飯にとてもよく合った。
 晴子は釣鐘の鍋から汁物をお椀にすくい、桔華に差し出した。醤油ベースの出汁に、ごぼうや人参、こおり豆腐などが入っている。湯気のぼっていて、一口すすると胃に染込んだ。そういえば昨日も何も食べなかった。噛むたびにごぼうから出汁の味が染み出して、それらを噛み締めながら飲み込んだ。

「そうすると最上桔華さん、あなたはおばあさまの言いつけで、歌の研鑽を積むためにたった一人で日本全国を旅していると?」

 まだ具材を口の中に頬張っていたので、「そうだ」と首を縦に二回振った。

「そして、仙台で出会った男と恋に落ちて、その男と別れて、子どもを身ごもっていることも知らずにここまで流れてきた、と」

 ずずっ、と汁を飲み込んで、気持ちも満足でいっぱいになった。晴子が「お代わりありますよ」と言ったので、桔華はお椀を差し出した。二杯目をもやはり美味そうな湯気が上がっていた。

「ご迷惑をおかけします」
「それは気にしなくていいのよ。今は私一人だし。かえって世話を焼く人が居てくれたほうが私も楽しいわ」

 晴子の旦那は和泉和葉という。
 旧斗南藩士の次男坊で田名部に住んでいたが、晴子との結婚を機に川内に移り住んだ。

「今はね、戦争に行っているんですよ」

 日露戦争である。今年二月、ロシアに宣戦布告した。
 村でも何人かの男が徴発された。和葉は自ら志願して、青森の歩兵第五連隊に所属した。

「志願、ですか」
「ええ、お国の一大事に、自分だけ何もしないわけにはいかないからって」

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2011/02/26(土)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(2)

「弘前の第8師団は、後備に配されて辞命を待っているそうだから、今はまだ戦場には出ていないそうよ。前線で戦ってくれている兵隊さんには申し訳ないけれど、このまま何事もなく、帰って来てくれればいいなって思うのだけれど」

 晴子は自分の夫の戦場での様子を、新聞で見聞しているといった。実際、そのような理由で新聞を購読し始めた家が多くあると晴子はたえに聞いたという。桔華もちらりと承俊のことを思い出した。四月、まだ仙台にいた頃、留学生たちが意気を上げていたことを思い出す。『日本がロシアとの初戦に勝った!アジアの小国が欧米の大国を破った!』街道にばら撒かれる号外。国威高揚に熱狂する人々の明るい顔――。

「ごめんなさいね。銃後を守る務めの私が、こんなことを言ってはいけないわね」

 晴子が俯いた。そんなことはない、と桔華は言った。

「大切な人が無事に戻ってきて欲しいと願うのは自然なことです。大丈夫。日本は今、快進撃を続けているそうよ。私たちも頑張りましょう」

 気休めでしかない、と桔華は思ったが、晴子はにっこりと笑ってくれた。本当は心配でたまらないのだ。その笑顔が桔華には辛かった。 二人して手を合わせて「ごちそうさまでした」と言う。晴子がやはりにこにこしながら「ほんだの。私もがんばらねばの!」といいながら勢いよく腕まくりをして、二人分のお膳を下げた。



 それから一週間ほど、桔華は床の中で過ごした。
 起きるのは三度の飯時と風呂の時のみ。晴子がほぼ付きっ切りで桔華の世話を焼いた。
 川内に唯一のひとという佐々木という医者が来て、「様態は落ち着いたようだ」と言った。桔華が頭を下げるより早く、晴子が「ありがとうございます、ああ、よかった、本当に」と佐々木医師の手を取ってぶんぶんと振った。
 
 晴子のこういう、人を拒まない雰囲気が、町の人々の好感につながっているようだった。
 
 実際、晴子の店には、絶えず人が足を運んだ。反物を買いに来るというよりは、晴子と世間話をしに来る。

「晴子さん、昨日な、旦那が裏の八幡宮で酔っ払ってな、石段に頭をぶつけて血まみれになって帰ってきたの」

 昨日見た変の形の雲のことでも、夫婦間の小さな諍いも、晴子に聞いてもらいたいと町のひとは思うのである。陳列棚の奥の、上がり場に腰掛けて、晴子もちっとも嫌な顔をせずに、「あらあ、まあまあ」と何度も深々と頷いている。

 日が傾き、横日が差し込んでくる。
 晴子の店は街道に面しているので、役場帰りの勤め人や、大工、畑帰りの男たちの、俯き加減の背中が往来する。
 街の中心から内陸に向かう街道があって、巨大な銀杏の木を境に西向かうと、安倍城というところがあって、炭鉱がある。
 この炭鉱は、江戸末期に発掘されて以来、尽きることなく炭を供給し続けている。夏も気温が上がらず、土地のやせた下北半島の西通り地区は農作に適さず、古来より狩猟と漁業とそれらを船の往来によって交易することで地域の経済を保ってきた。しかしこの炭鉱が発見されてから、石炭が主要な川内の産業になった。近隣の集落などから、三百人ほどが働きに来ている。
 彼らの中にも、檜山や蠣崎から通っている連中が居て、十人くらいの団体でがやがやと歩いてくる。煤だらけの顔に体格のいい偉丈夫が揃い踏んでいるので、その時刻の名物のようになっている。
 その偉丈夫の中に、体が一つ小さな、少年のような男が居る。
 菊池兵衛という。年は三十になる。年齢よりもずっと幼い顔に肌は赤焼けていて、煤に塗れて顔はいつも黒く、ぼろぼろの股引を履いている。出身は畑という山奥だが、二十歳のときに海沿いの宿野部という地区の女と結婚して移り住んだ。子供も、居る。

「いるかの」
「はあい」

 兵衛はいつも、炭鉱作業の帰り道に、偉丈夫の一団から離れて、晴子の店に立ち寄る。
 晴子もそれを分かって、濡らした手ぬぐいを用意している。「いるかの」とのんびりした声が聞こえると、「はあい」と手ぬぐいを片手に店先へぱたぱたと掛けていく。
 桔華は無粋と承知しつつ、この二人の会話に耳を欹てている。

「新聞見たかの」
「見ましたよ。川代さんとこのおじいさん、亡ぐなったって。通夜さいがねばの」
「行ぐんだば、寄るして」
「したばって、その日牛滝に仕入れに行がねばならなくて。香典お願いするがの」

 近隣住民の動静が大半である。
 それにしても毎日である。炭鉱は日曜日が休みだから、午前で終わる土曜日にも、帰り際に晴子に顔を見せている。
 とうとう、桔華は晴子に聞いてみた。

「あらいやだ、そんなんじゃありませんよ」

 あの人懐こい笑顔で桔華に手を振りながら、晴子は言った。兵衛は和葉の友人で、彼の出征以降、自分を気に掛けてくれているのだ、と。

「そんなに落ち込んでいるかしらね、私」

 あの人の目がそう言っているのよ、と晴子は俯いた。力無くうな垂れた彼女の首筋の健康そうな肌色が覗く。桔華は晴子の気持ちによりそうようにその手を取り、「無理しないで」と言った。晴子はやはり例の力ない笑顔で、「ありがとう」と言った。桔華はそれ以上何も言わなかった。


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2011/03/02(水)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(3)

 八月上旬。和泉家の裏山ではセミがじわじわと鳴いている。
 
 時折、開け放した店の玄関から吹き込む風が風鈴を揺らす。体を起こすことを許された桔華は、晴子とともに店番をするようになった。
 桔華さんが店にいてくれて助かるわあ、これで家中の大掃除が出来るわね、と晴子は奥でばたばたと作業をしている。桔華は、最上の家では掃除洗濯炊事をこなしていたため、得意分野なのであるが、血の疼くままに晴子に手伝いを願い出ると、「お店番、しっかりとお願いしますよ!」と笑顔で断られる。そういうことをもう一ヵ月も繰り返したので、座敷の奥からどたどたと聞こえる物音に少し気をやりつつ、桔華は店の上がり場に腰掛けて、ぱたぱたと団扇で扇いでいる。

 上がり場に雑記帳を広げて、壁に背を預ける。打ち水、夏袴、うみねこ、海岸沿いの干し烏賊と、思いつく詞をつらつらと雑記帳に書き連ねた。店の影は外の日向とくっきりと明暗を分けており、道行く往来の人々の額に汗が滲んでいる。りりんと風鈴が鳴り、ぱらぱらと雑記帳の新しいページがめくられた。桔華は物憂げに外に顔を向けている。

「桔華さん、少し休憩しましょう」

 晴子が剥いた桃を盆に乗せてきた。暑さと気だるさで食欲のない桔華には、とても魅力的な白さと冷たさ、そしてやわらかさだった。
 桃は、晴子の実家から送られてきたものだと言う。実家は三戸の名川の農家だと晴子は言った。

「ここは浜所(ハマドコ)でからっとしてるんだけど、京都の夏はきっともっと暑いのでしょうね」

 晴子も店の上がり場に腰掛けて桃をひとかけら、口に入れた。桔華は笑って頷いた。行く人がこちらに気がついて会釈し、通り過ぎた。晴子は大きく首を振って応え、桔華もそれに倣って頭を下げた。

「ああそうだ。私、明後日から二日ほど家を空けるんですよ。脇野沢に仕入れさ行がねばならなくて。お食事などは河野のたえさんにお願いしていきますから、お店番だけお願いしてもいいかしら」
「ええ、構いません。泊りがけなんですね」
「行くだけで半日掛かりますからね。あと、主人のご両親にもごあいさつしてこなければ」

 晴子は感情を上下させることもなくそう言い、また一つ桃を口に運んだ。江戸時代でいう西廻りの航路は、京都から陸路、小浜に至り、輪島、佐渡、秋田、鯵ヶ沢、青森から脇野沢に寄港する。青森から太平洋を南下する東廻り航路が出る。瓦解を経て、明治の代に至っては、その航路を三井や三菱、そして北条の商船が引き継いでいた。

「北条?」
「ええ、そうです。大阪の問屋なんだけど、社長さんが京都の方だとかで、上方の方の品物が欲しいときはそちらにお願いするの。京都の職人さんは、一見さんに品物を卸したりしないところも多いから、『北条』の顔の広さには本当に助かっているのよ」

 古月のあの人懐こい顔を見るような思いがした。そういえば、篠の出産は七月だと言っていた。四月に仙台を出て以来、心身ともにばたばたしてしまい、顔を出すどころか、文も出せずにいる。
 
 桔華は、自分の腹をさすった。まだ腹は膨らんできておらず、体がだるいと言う自覚症状以外は母親になると言う実感もない。旦那になる人間が近くにいて、こどもを授かったことをともに喜び合えば面持ちは違うのだろうかとちょっと考えてみたりしたけれど、いろいろ理由を考えあぐねなければ人一人を産むのだという自覚をもつこともままならない自分の母親としての甲斐性の無さに、ため息が出た。
 こんな自分を、母親と呼べるのだろうか。

「こんな自分が、母親になるのかしらと考えていらっしゃる?」

 晴子は桔華の顔を覗きこんだ。桔華は言い当てられてどぎまぎし、その顔色を見た晴子が「心配よねえ」と続けた。

「誰だって初めは不安なものよ。でも時がたつと、おなかの子供が語りかけてきてくれるの。『はじめましてお母さん。ぼくもこどもがはじめて不安です。だから一緒に頑張ろうね』って。それが聞こえた瞬間にね、ああそうよね、お互い初めてなのよね、でも私のほうが人間としては経験があるのだから、しっかり守ってあげなくちゃって自然に思えてくるの。母親としての自覚なんて、そんなだいぞれたものではなくて、子を愛おしいと思う気持ちが、自然とあなたを母親にしてくれるものよ」

 だから心配しないで、と晴子は言った。晴子は辛巳の生まれなので桔華より三つ年下であるが、その語り口も物腰も、桔華のそれよりもずっと含蓄のあるもののように思えるのだ。一ヵ月ともに過ごしてきたが、晴子に子どもがいるという話を聞いたことが無い。母体に無理をかけまいと桔華を気遣う様子は、実家で見聞したものなのだろうと思っていたが、やはり核心を晴子に聞けないままでいる。

 ごめんください、と尋ねてきたのは、三十歳をすぎたあたりの書生風の男だった。暑かったと見え、顎から首筋にかけて汗をかいており、開襟シャツの胸元がびっしょりと濡れている。黒いスラックス、裸足に草履。首元をハンカチで拭うような素振りをし、晴子を見て頭を下げた。

「東奥日報の加藤といいます。最上桔華さんはご在宅でしょうか」


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2011/03/09(水)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(4)

「最上は私ですが」

 桔華が名乗り出る。晴子が先立ち、男から名刺を貰った。「あらまあ青森から。わざわざご苦労様です」と言って、男を奥の座敷に通す。桔華もそれに従った。晴子は麦茶を用意するといって台所に立ち、加藤を上座に座らせ、桔華は向かい合って下座に膝を折る。加藤は桔華にも名刺を渡す。『東奥日報社 新聞記者 加藤 国和』。

「実は、文芸欄を新設することになりまして」

 その選者を探しているのだと言う。新聞代の集金に河野宅を訪ねたところ、桔華の話を聞いた。それでこちらまで足を伸ばしたとのこと。
 東奥日報は青森県内各地に配達されている。明治末期、遅くてもその日の午後までには当日の朝刊が配達されるよう手配されている。新聞の集金は各地の、本社から依託されたものが行い、その委託先に、本社の社員がまとめて集金に出向く。
 晴子が麦茶と羊羹を運んできた。「いやはや、ありがとうございます」といって加藤は麦茶に口をつけた。喉を鳴らすようにひと息で飲み干した。この炎天下を歩いてきたということだから、よほど水分が欲しかったのだろう。

「正岡子規や石川啄木の流行もあって、昨今は短歌・俳句の創作人口が増えつつあります。当社でも、青森懸の文化水準向上の一翼を担うべく、文芸欄を新設することとなりました。学問とは本来、男のするものというような風潮もありましたが、今は国民が平等に文字を読み書きできることが求められる時代。しかしそうとはいっても、青森の農村部では、家の手伝いなどで学校に通えないものも少なくない。そういうものたちにも気軽に親しんでもらえるよう、選者は、やわらかな語り口のできる女性にお願いしたいと考えていたのです。最上先生、いかがですか」
「先生なんてとんでもない、私はまだ修行中の身でして」
「日本は、遠く平安の御世から女性が文学の先端を担ってきています。紫式部、和泉式部、もっと源泉をたどれば、古事記の語り口は稗田阿礼という女性だったという。最近でも与謝野晶子がなんとも艶かしい歌集を発表して話題となりました。あとは北条桜花」

 晴子がこちらに目配せをしている。桔華は軽く咳払いをして加藤に向き直った。

「今、故あってこちらを仮の宿とさせていただいておりますが、いつまでこちらにいられるかわかりません。それでもよろしければ」
「もちろん構いません、それでは引き受けていただけるのですね」

 いやよかった。青森に縁のある女流歌人というのはなかなか見つからなかったんですよ。加藤はほっと胸を撫で下ろしたようで、先ほどまで緊張気味だった顔を綻ばせた。では、いただきますといって羊羹を一口で口の中に押し込むと、まだ飲み込むより前に携えたバッグから茶色い封筒を取り出して、桔華の前に出した。九月の上旬に取りに来るので、それまでに天地人評価で五首ほど選び、それに評を添えて欲しいと告げると、それでは船の時間がありますので、といってあわただしく去っていった。直ぐに立ち上がれない桔華に代わり、晴子が玄関までお見送りをした。

「もちろん、無理をしてはいけませんよ」

 戻ってきた晴子が桔華に釘を刺した。桔華は苦笑して頷いた。茶封筒の中から、読者からの力作を取り出す。しばらく人の作品に触れていなかったが、瑞々しい感性に自分の創作意欲が刺激され、歌を詠みたい思いが込み上げてきた。
 晴子が奥からどっさりと雑誌を持ってきた。彼女の腕に一抱えもあるようなその分量は、「ホトトギス」「白樺」「明星」に「のはら」。その中には「一握の砂」「みだれ髪」などの歌集も混じっている。

「主人のものですが、参考になるかしら」

 これだけの雑誌を目にするのは桔華も久しぶりだった。仙台の下宿を出て以来、北上してくるにしたがって、貸本屋にも最新の雑誌が無いことがほとんどだった。

「ご主人は、歌をお詠みになるのですか?」
「歌というよりも、学問が好きなのです。新聞も、主人が読んでいたものなのよ。なんでも知りたがりなの」

 こうして、大量の雑誌と、選歌の仕事を桔華に残し、翌々日、晴子は供とともに仕入れに出かけていった。
 桔華は店を開き、陳列物の埃を払うと、いつものように上がり場に腰掛け、たまに往来に目をやりつつ、雑誌と応募の句作を行ったり来たりしている。


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2011/03/11(金)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(5)

 晴子のいない家の中はやけに広く、静寂が落ちている。
 往来に目をやるも、心なしか人通りも少ないような気がする。照りつける太陽の強い日差しが行く人の額に汗を浮かばせている。

 午前中はまず、よそ行きの単を頼まれていたお得意様が品物を引き取りに来た。彼女は上質な悠然に見事な錦仕立ての帯を締めて、鬢を仕立ててビロードの髪飾りを挿しており、凛と立ち振る舞うその姿に、町内の名士の奥方かしらと桔華は思った。
 桔華は奥の座敷に奥方を上げた。仕立てた着物の袖口や裾の調子を見て欲しいと、晴子に言われていた。桔華が店側の引き戸を閉めて、彼女の着物を脱がせ、仕立てあがった新しい伽羅の着物に袖を通させた。肩口をそろえ、鏡台の前に立たせて袖を確かめた。親指の付け根のあたり。丁度いい。
 続いて帯を締めずにおはしょりをつくり、裾を確認する。こちらも問題ない。縫い口も見えぬように布地の裏側に細かく糸を取られている。桔華も自分の着物は自分で縫うが、ここまできれいに縫いこむことは出来ない。

「さすが晴子さんね、いい仕事をしてくれはる」

 語尾の微妙なアクセントに桔華は気が付いた。聞くと、やはり彼女は地元の名士の奥方で、二十年前に舞鶴の商家から川内に嫁いできたのだという。晴子が川内に来たのは八年前。織物屋を始めた晴子に、彼女が着物の修理を頼んだのが縁で、世話になるようになったのだそうだ。

「これ、晴子さんが仕立てたんですか?」
「あら、聞いていなかったの?ここは布地を売るだけではなくて、仕立てもしてくれるのよ」

 驚いた。そういえば晴子は気が付けば裁縫などしていることがあったが、桔華の目の付くところではめったに仕事をしているところを見せないし、自分の仕事部屋に、桔華を近づけさせない。今朝方、頼まれごとの確認をするときでさえ、必要な最低限以外のことは話さず、一人で店番をすることがはじめての桔華に、分かりやすく仕事の手順などを手ほどいた。
 奥方は満足した様子で試着を終え、桔華に頭を下げて帰宅の途に着いた。桔華も店先までお見送りをする。あれこれと思いを巡らせる間も無く、今度は買い物帰りの近所のお母さんにつかまった。

「晴子ちゃん脇野沢さ行ったのえ!仕入れだの」

 ええそうなんですよ、と桔華が応えると、母さんは日に焼けた顔にいっぱいの笑顔をつくって「大変だのこのあっついどこ!」といって大声で笑った。

「はあら、せえば川代さんのママぁの葬式さあ行がねどこしてるんだ」

 桔華は『川代』と『葬式』をようやく聞き取って、晴子が新聞の葬儀広告を切り取っていたのを思い出し、あれのことかと思い至った。

「知ってる人に、香典を預けると言っていましたよ!」
「んだのぉ。いっつもだば、脇野沢の仕入れさば、和葉さんが行ってるんだども、今だば兵隊さいってらんだして、仕方ないべの」

 意識をしているつもりは無いが、自然と話し声が大きくなる。桔華は母さんを「中にどうぞ」と勧めたが、「畑さ行ぐして!」と笑顔で断られた。母さんは「あんだどこの人(ふと)だの」と桔華に言い、「京都の三条です」と桔華が応えると、「わららぁは!」と言って大げさに驚き、失礼しました、と急に言葉の端を正して、やはり笑い、そして去っていった。
 そうこうしているうちに、昼になった。昼ドンが鳴るよりも早く、河野たえが「いるかのぉ」と尋ねてきて、自宅で作ったらしいごぼうの炒め物と汁物を台所で温め始めた。手伝いたいと桔華が言えば、晴ちゃんに桔華のことを頼まれているから、とやんわりと断られた。

 昼食はは白米と豆腐の味噌汁、ごぼうとにんじんの炒め物ときゅうりの和え物だった。味噌汁は晴子の作るそれよりも、三倍近くも大きい豆腐がごろりと入っているものだった。
 据え膳の前で手を合わせ、たえと二人でいただきますをする。はじめに口をつけた味噌汁が旨かった。にぼしのだしが効いており、味にメリハリがある。京都の薄口に慣れている桔華は、自分はこっちの赤味噌のほうが好みだな、とこちらに来てから気が付いた。

「おいしいです」
「本当?ありがとう」

 たえは相変わらずにこにこしながら箸を動かしている。味噌汁の豆腐が大きいのは、たえの家が豆腐屋だからだろうか、と桔華は考えている。


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2011/03/17(木)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(6)

「ああそうだたえさん、東奥日報から公募短歌の選者のお話を頂きました。おかげさまでお受けすることにしました。ご紹介いただいてありがとうございました」
「あら、加藤さんもういらっしゃったの!よかったわねえ、本社のほうでも頼みにしていた中央の郷土人に断られたとかで、社告の期日まで時間が無いと泡を食っていたそうよ。桔華さんがいてくださってよかったわあ。顔なじみの方が紙面に名前が載るなんて、毎朝の楽しみも増えますね」
「私の祖母も、地元紙に歌が掲載されたところから始まっているんです。まさかこのようなご縁をいただけるとは思っておりませんでした」
「晴ちゃんがあなたを拾ってくれたからね、感謝しなくちゃ」

 本当にそう思う。社の前で力尽きたあの日に、晴子が自分を見つけてくれなければ、もしかしたらそのままあそこで果てていたかもしれない。

「晴子さんて、子どもさんはいらっしゃるのですか」

 ふと、たえの箸を動かす手が止まった。やはり触れてはいけないところなのだろうか。

「どうして?」
「見たところこの家に子どもさんはいないようなのですが、言葉の含蓄と言うか、私を気遣ってくださる行動の端々に、ご自信の経験を踏まえてらっしゃるのかなと思うところがあって」

 たえは無言のまま食べ終わった食器を片付け始めた。桔華も急いでご飯を口に運び、自分の食器を下げようとしたが、台所から戻ってきたたえに「あなたはだめ、今お茶を持ってくるして」と、先ほどよりも強い口調で止められた。たえは食器を片付け、お茶を用意して桔華の前に差し出すと、もう一度桔華の対面に座った。

「晴ちゃん、何も言っていないのね」
「私も、聞いてはいけないのかしらと思って、ずっと聞けずにいたもので」

 たえはずっ、と湯のみを口に運んだ。外からはじわじわと蝉の鳴き声が聞こえいる。

 晴子は、三戸郡名川の農家に生まれた。

 旧姓は梅内(うめない)。十二人いる兄弟の、下から三番目だ。

 名川は農家が多く、その中でも晴子の家は名川の大地主の家であったが、ご一新以降は地租改正による税も重く、小作人らからの納税をできるだけ少なくしようと尽力しても、懸への納めものに苦労している。梅内の家には子どもが十二人も居り、上の子は分家して家を出たり、女の子は中央へ奉公へ出したりしていたから、梅内の家には長男と三男が農業を手伝い、晴子、あとは末の妹が二人、いるばかりだった。

 明治二十八年、近年の不作に畳み掛けるように大冷害が発生する。太平洋から下北半島から八戸、久慈、宮古といった、太平洋に面する都市を掠るように吹きつける夏の冷風「やませ」がおこり、大飢饉となった。青森だけでも数百という人が餓死した。梅内の家も、蓄えた米や乾物を地元に開放したが、昨年からの清国との戦争のために国からの取り立ても容赦なく、ただ人が優しいだけが取り柄の晴子の父親は、梅内家の存続にかかわるところまで蓄財を身落ちさせてしまった。話し合いの結果、大部分の土地を売り払って借財を返し、家督を長男に譲渡。三男を出稼ぎに、末の女の子二人も青森と八戸に奉公へ出し、晴子は父親の知り合いの息子と結婚し、家を出されることになった。晴子の父親が若い頃に奉公に出ていた田名部の元会津藩士の息子、それが和泉和葉だった。

 会津和泉家は身分は御家人だが三十俵二人扶持程度で、会津の松平容大とともに斗南に転封されてからも、地元の子らに学問を教えながら貧しい生計を立てていた。和葉は十歳になるときに、田名部からさらに遠く、脇野沢村の千船という郷士の家に養子に出された。晴子の父親が若い頃に学びに来ていたのがこの和葉の父親の塾であった。それが縁で二人は結婚し、和葉とともに脇野沢の千船での生活が始まった。晴子が十五歳、和葉は二十二歳だった。

 千船の家は脇野沢でも有数の名士で、川沿いには大きな自分の蔵を持っていたし、自分の船を持っていて、それを漁師に貸して富を築いていた。上方との交易にも携わっていて、元禄以来、村の出荷物を一手に引き受けて、かかる関税を収入にしたりしていた。現在の千船の当主夫婦には子どもが無く、養子の和葉が跡取りとして期待をされた。そこに晴子が嫁入りしてきた。翌年、晴子は第一子を身篭った。和葉をはじめ、千船の両親は大層喜んだ。しかし臨月を待たずして、晴子は子どもを流産してしまった。

「本当に仲のいいご夫婦なのよ。和葉さんがね、本当に晴ちゃんを大切にしているの。一人目がだめだったときにも、晴ちゃんが本当に落ち込んでしまって、会話も難しくなってしまったことがあったのね。和葉さんは、自分も漁師の仕事があるのに、家に帰れば、布団から起き上がれない晴ちゃんに寄り添って、大丈夫、大丈夫って声を掛けてあげていたのよ」

 しかし、千船の両親は晴子に辛く当たった。

 子どもを産めないばかりか、病気で床に臥せり、家の手伝いもできない嫁が来たと、近所に吹聴して回るようになった。晴子はまだ万全でない身体を無理に起こして家事の手伝いなどをし、両親のために懸命に尽くそうとした。ようやく身辺が落ち着いてきた頃、晴子は二人目を妊娠した。今度こそはと意気込む周囲の期待に反して、晴子は二人目の子どもも流してしまった。


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2011/03/19(土)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く町(7)

「無理をしたのね。追い詰められた晴子ちゃんは、海に身を投げようとした。間一髪、和葉さんが引き止めたのだけど、千船の家では、晴子ちゃんを離縁するという話になったわ」

 しかし、和葉はそれを許さなかった。自分は、一生を晴子とともに生きると決めて夫婦になった。彼女を家から出すのであれば、自分もこの千船を出て行く。
 千船の両親と和葉はさんざん揉めた挙句、和葉は晴子を連れて千船の家を出ることになった。晴子は、世話になった両親を見捨てることはできないからと随分和葉を引き止めたが、和葉の心は揺るがなかった。明治二十九年、二人は脇野沢を出て、川内に移り住んだ。上方貿易の関係で幼い頃から和葉を見知っていた河野金衛門が住むところを世話し、資金を与えて、各地の布地を扱う織物屋を始めさせた。

 「あれはね」と言って、神棚に並ぶ二つのこけしをたえは指示した。それは桔華がこの家に来たときから気になっていた、まあるい頭部に赤と黒の墨で顔を描かれた、こけしだった。

「二人が川内に移ってきて、このお店を始める前に、ゆっくり二人で旅にでも出て、温泉にでもいってらっしゃいって言って、そのときにおみやげで買って来たものなのよ。津軽の大鰐温泉で買ってきたものなのだとかで、古くは口減らしで殺した子どもを供養するためのよりしろなんですって。その帰りに、田名部の恐山に巡礼して、イタコに口寄せをしてもらったら、生まれてくるはずだったのは男の子と女の子だと言われたそうよ。それ以来晴子ちゃんはあのこけしを自分の子どものように大事にしていて、毎朝手ぬぐいで拭いてあげて、ご飯をとりかえてあげているの」

 笑顔を絶やさない晴子の健気で華奢な身体が桔華の中で揺らめいている。弱い自分を勇気付け、励ましてくれる晴子の半生を、いたわしいなどと思う資格など桔華にはない。彼女はおそらくそれすらも不幸と思わずに、その苦労を誰のせいにすることも無く、何を恨むのでなく、そのときに自分のできることを精一杯やろうとしてきたのだろう。

「じゃあ、脇野沢のご両親にあいさつをしてくるというのは」
「はぁら!そったごど言ってだの!」

 たえは大きくため息をついた。自分が知っていたら止めていたのに、とこぼした。

「脇野沢に商船が就航するときは、いつも和葉さんが仕入れに行っていたんですよ。もちろん、脇野沢の村ではよく思われていませんから、お仕事で行くだけ。もう千船の家ともほとんど関わりは無いはずですよ。でも晴ちゃんのことだから、向こうの両親とも上手くやっていきたいと思っているのでしょうね。わたしらに言えば反対されることが分かっているから、何も言わずに行ったのね」

 昨日、晴子と話をしているときにも、脇野沢の両親について、何か感情を異にするということも無かった。本当に自然に、千船の両親とも和解したいという思いでいるのだろう。胸が締め付けられるような思いがする。

 たえはそろそろ午後の仕込が始まるから、と言って出て行った。その背中を見送りながら桔華は思う。自分は、晴子と一ヵ月も一緒にいながら、彼女のことを何も知らないのだと。晴子はおそらく、桔華と桔華の腹の中にいる子どもを、桔華が思う以上に大切に思っているのだろう。自分が出来なかったことだからこそ、桔華には成し得てもらいたい、その為の手助けがしたい。今ならその気持ちが、辛いほどに分かる気がする。
 しかし同時に、桔華の胸中には疼くものがあり、それを払拭できずにいる。自分はこれからも歌道を続けるつもりだ。子連れで旅を続けられるのか。父無し子として生まれてくるこの子は幸せなのか。自分は母親として、この子を立派に育てることが出来るのか。子どもを待ち望んだはずの晴子ではなく、なぜ自分なのか――。

 悶々と思考を巡らしながら、公募の歌を眺めている。午後は数人と挨拶程度の会話を交わした以外はお客も来なかった。上がり場に腰掛け、肩肘をついて歌を眺めつつ、ぼんやりと晴子のことを考えている。なんとなく注意散漫で、今日はもうやめようと上がり場に広げてある応募作と雑誌を片付け始めた。ふとした一句が目に留まる。


 阿子を抱き やはらかき肌 伝わりし 生きる鼓動の 音ぞ逞し


 まだ若い母親の作だろうか。あたたかく柔らかで、儚い姿をした幼い我が子を抱くと、自分となんら変わらない命の鼓動を感じたのだ。ああこの子も、必死で生きようとしているのだ、そう作者は感じたのだろう。その短歌に目を奪われながらも、無意識に腹に手を当てる。まだ何も感じない。しかし、この中で命は確実に息づいているのだ。桔華の迷いとは裏腹に、自分の中の小さな命は、必死で生きようとしているのかもしれない。
 桔華の中に、この小さな奇跡をいとおしむ気持ちが生まれたことに気がつく。大切な人と、自分の子ども。自分の中の、もう一人の自分。それを守ってやれるのは自分だけなのだという使命感。幸福感。ゆるゆると打ち寄せる波が次第に大きくなり、これほどまでに大切なものがかつてあっただろうかというところにまで達する。しかしそれは一瞬で、同時に喪失に対する恐怖が助長する。生まれてこなかったらどうしよう。自分のせいでこの子を死なせてしまったら、どうしよう――。

「ごめんくださあい」

 桔華ははっと我に返った。ほんのわずかな時間であったと思うが、大きな浮遊感と強烈な絶望感に感情が押し乱れ、気がつくと肩で息をしていた。ようやく意識を現実に戻して、桔華は声の主に向かって「はあい」と返事をした。 


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2011/03/21(月)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(8)

 声の主は菊池兵衛だった。
 
 もうそんな時間かと桔華は時計を振り返り、下駄をつっかけて表に出ると、日焼けた顔が炭鉱の炭で真っ黒になった、あどけない顔が一つ、そこにあった。

「おかえりなさいまし、いま晴子さんからの頼まれものをお持ちしますから、どうぞ中へ」

 兵衛は愛想いい顔で頭を下げると、背中の荷物を降ろし、店の中に入った。
 桔華は冷たい麦茶と、晴子がいつもそうするように水で濡らした手ぬぐいを持って、上がり場に腰掛けている兵衛の隣に座った。桔華が手ぬぐいを渡すと兵衛は照れくさそうにはにかみながら、礼を言い、顔と首、それから手と足の裏などを拭いた。よく日焼けした肌だったが、華奢な体つきである。晴子に妻子持ちといわれなければ、少年と見間違うほど、歳を取らない顔をしていた。

「これ、晴子さんから川代のおじいさんのところのお香典です」

 兵衛は「確かに受け取りました」と言って、桔華から香典を受け取った。水引の下には「和泉 和葉」と流麗な文字。晴子の手によるものだ。

「先方にくれぐれもよろしくと申しておりました」
「ご丁寧にありがとうございます。川代のじいさまには、オラも和葉も、ずっぱど叱られだものでした」

 脇野沢村のの小沢という地区に住んでいた兵衛は、幼い頃から身体が弱く、よく近所の子どもらに苛められていた。和葉は、脇野沢の尋常小学校に田名部から転校してきたばかりで友達も居らず、学級のなかでも身なりも小奇麗で本ばかり読んでいるような優等生。なかなか友達も出来なかった。
 ある日、兵衛が浜で子どもら五、六人に囲まれ、木の棒で殴るだの蹴るだのされていると、そこに和葉が通りかかった。相変わらず本など読みながら歩いているので、兵衛らの取り巻きに気が付かなかったのか、その中の一人にぶつかってしまった。大将格は激怒した。和葉をやっちまえ、ということになった。

「本を置いてくる。待っていてくれ」

 といって和葉は本当に本を置いてきた。本人はさあやれと声を上げるのだが、悪ガキ連中はどうにも納得がいかないというような顔で、それぞれ悪態をつきながら帰っていった。残された兵衛は何がなにやらわからないままぽかんとしていたし、和葉は「なんだ、やらないのか」とこちらも納得がいかないような有様であった。
 
 お互いにはぐれものという共通項があったからだろうか、その日を境に二人で行動することが多くなった。和葉は田名部から来た『都会もの』であり、その読書量もあってものをよく知っていたが、なんでも自分の目で確かめないと気がすまない性分のようだった。あるとき、近所でおっかないと評判の川代のオヤジが、どれだけおっかないのか確かめに行こうということになった。川代のオヤジは、その父親も祖父も漁師で、本人も十三歳になる頃から海に出て漁を手伝うようになった。そのころは一つの漁協を仕切るようになっていたから、歳の頃は五十を少し出たくらいの、脂の乗り切った男盛りだった。三十年以上の長きにわたって陸奥湾に晒した肌は頭皮から足の裏まで赤黒く日焼けており、愛飲した煙草のやにが白い歯に黄色くこびりついていた。  
 悪ガキ連中が、陸に干されているオヤジの舟を遊び場にしていたらしく、天地が割れんばかりの怒号で叱りつけられ、丁寧にそれぞれに大きな拳骨もいただいてしまった。それ以来、脇野沢の子どもたちの間では川代のオヤジはおっかないということで知れ広がった。子どもたちが喧嘩すると「したら、川代のオヤジさ言いつけるど!」という具合に。 
 
 怖いものとは知りながらも、怖いものを知らない和葉はどんどんとオヤジのいる小浜の浜辺へ向かう。兵衛は何度も、「やめようよ」と止めるのだけれど、和葉は「ならばおれ一人で行く」「オヤジがどんなものか確かめたら、お前にも知らせてやるから」と言って聞かない。和葉は言い出したらそれを曲げることも止めることもしない。転ぼうが邪魔が入ろうが真直ぐに突き進んで行って、後はなるようにしかならないのだ、と子どもながらにそう言ってのけるようなところがあった。
 浜辺には漁船や商船が船着場として利用している河口があって、そこは大人の介添え無しで子どもだけでは近づいてはならないという事になっている。しかし、そこを通り抜けて船着場でオヤジが漁から帰ってくるのを待っていないと、今度はいつオヤジを捕まえられるか分からない。

「和葉ちゃん、ここは危ないよ、オヤジの家の近くで待ってようよ」
「いやだめだ。ここで捕まえないと、オヤジはいつも大人たちに囲まれていて話しかける機会が無くなってしまう」

 すっかりその気の和葉に、取り付くしまも無い。兵衛はおっかないのと心細いので何度も心が折れそうになりながら、ただひたすらに海を見据え、オヤジの舟の帰りをまつ、和葉の強い瞳をじっと見入っていた。


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2011/03/23(水)
3、陸奥湾を抱く街

陸奥湾を抱く街(9)

 朝早くから桟橋で座り続けて半日もたったころ、オヤジの舟が帰ってきた。
 和葉と兵衛は立ち上がった。船員たちが上陸の準備を始めている。オヤジは彼らに檄を飛ばしながら、桟橋の子ども二人に気が付いた。 兵衛はオヤジの視線に気が付いた。しかしオヤジは視線を2人から外し、舟の作業に戻った。

 やがてオヤジたちの舟は桟橋につけられ、今日の漁獲とともに男たちが舟を降り始めた。男たちは和葉と兵衛とすれ違いざまに「お迎えかぃ~」「滑るどぅ、気ぃつけよぅ」と声を掛けてくれた。和葉はそれに一顧だにせずにオヤジの行動から目を離さない。

 男たちが陸に上がっても、オヤジは舟の中で作業をしていた。一人になったのを確認して、和葉と兵衛は船に近づく。兵衛が和葉の服をひっぱって、やっぱりやめようというのだけど、和葉はやはりそんなことはお構い無しに「川代のオヤジぃ!」と舟に向かって叫んだ。

 オヤジは和葉の声を聞いてか聞かずか、船内での作業を一通り終えてからのっそりと桟橋に上がってきた。太陽を背に背負って大柄の身体をゆっさりと動かすその様は、兵衛がマタギの祖父から聞いた、森の主ともいう巨大なヒグマのようにも見えた。

「おめど、なあしてこったどごにいるんず」
「オヤジさ会いにきたして」
「この桟橋さばわらすだげで近づけばなんねって言われながったがして」

 オヤジの細い目がぎらりとこちらを向いた。兵衛はいいようのない恐ろしさに駆られたが、和葉が何も言わずにオヤジを見上げていたので、彼にしがみついて辛うじてその場に踏みとどまった。

「聞こえながったが!こごさばわらすだげで来ればなんね!足場悪ィして滑って海さおじれば、こごだば深度があるして、自分どだげだば上がれねのよ!わがんねえが!」

 兵衛は縮み上がってしまった。オヤジの前に飛び出し、「すいませんもうしません」と三回もお辞儀をして、和葉を引っつかんで走り出した。気が付くと桟橋から遠く離れて、学校の近くまで来ていた。ようやく立ち止まって、二人で肩で息をした。

「今でも、あの時のじいさまの声を思い出すだけで、おっかなくて縮こまってしまいそうになるんですよ。でもこのときに和葉が言ったことが忘れられない。こいつは大物になるんだろうなって思ったのす」

――オヤジは間違ったこと、言ってながった。おらどが悪いごどしたがら、怒ったんだ。

「それからね、オラと和葉はオヤジのところに通うようになりました。ああもちろん、桟橋には近づかないようにして、浜辺からオヤジの帰りを待つんだけんども。オヤジは寡黙で口下手でしたが、今日獲れた魚の種類だとか見分け方、いい釣り場の探し方だとか、海のことをさまざまと教えてくれました。そうしているうぢに、オヤジは天気がいい日を見計らって、オラと和葉を海へ連れ出してけだ。オヤジの息子ど仲間だぢが漕ぐ舟コさ乗ってせ、きらきらど光る陸奥湾さ出だのせ……」

 兵衛はまるでそれが今、自分の目の前にあるように、あるがままにゆったりと語っている。穏やかな抑揚の下北の言葉が、兵衛の物語る「きらきらど光る陸奥湾」を、桔華の目の前にも提示してくれる。 
 刺すような太陽の日差しも心地いい。青く澄んだ海は時折白い波をひるがえして、小さな来客を歓迎してくれる。オヤジを船頭に、海の男たちが威勢のいい声を上げながら櫂を漕ぐ。海を行く船の先頭には少年が二人、船から身を乗り出している。

「陸奥湾はこの痩せた下北の大地にたくさんの恵みをもたらしました。マグロにタラ、イワシ、ホタテ、昆布、ナマコ、それだげでないして、海の道を通って上方の物産やら蝦夷地の交易品がやってきた。下北の木材を切り出して、銭コ(ジェンコ)さもしてけだ。オヤジが海を教えてくれたから、オラも和葉も漁師さなった。何度か怖い目にもあったけど、オラは今でも、この内海が大好きなんだァ、この真っ青な広がりを見ていると、海端さ生まれでいがったなど思うんだ」

 この朴訥な青年は、心の底から海を愛しているのだろう。現在は安部城で炭鉱堀りをしているが、心のどこかでまだ海に対する情熱を捨てきれずにいる。

「海には戻らないのですか」
「戻らないと思います。和葉が、もう海は嫌だって」

 先ほどのたえの話を思い出した。晴子が海に身を投げようとした話。

「そうですか」
「いやね、情けない話ではあります、友人が舟を降りるというから自分も降りただなんて。オラは、昔っから意気地が無いんです。何をするにも和葉の尻ばっかり追いかけてきたというのに、あれが兵隊に行くと言ったときばっかりはオラは行がれねって。晴子さん一人残して何が御国のためだって言っても、結局は自分が兵隊に行きたぐねがっただけのごどかと思うと、情けなくて情けなくて……」
「兵衛さんは、晴子さんのことを大切に思っていらっしゃるのですね」

 兵衛が驚いたように顔を上げた。

「と、と、と、とんでもねぇす!オラさは妻も子どももいるして!ただ和葉が、兵隊さ行ぐ前に、晴子さんのこと宜しぐ頼むってへったして、様子ッコば見に」
「晴子さんは、そうして気に掛けてくださる兵衛さんをとてもありがたいと思っていらっしゃいますよ」

 桔華はそう言って微笑んで見せた。兵衛は照れながら頭をかいて、日に焼けた顔をくしゃりと綻ばせた。そうこうしているうちにたえがやってきて、「兵衛さん、今日の葬式さ行がないのえ!」といって尻を叩いた。兵衛は「桔華さん、このことば、誰さも言わないでけろ」とこっそりと耳打ちをして帰っていった。桔華は苦笑してその背中を見送り、たえが夕食の準備をしている間に、店を閉める準備を始めた。


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2011/03/25(金)
3、陸奥湾を抱く街

祭りのあとに(1)

 *****


 北条古月が結婚するという。

 桔華は最上家の庭を掃除していた手を止めた。「そういえばさっき聞いたんやけど」という玉津の声に、大きく胸の底に響く、低く重い音を聞いていた。

 尋常小学校を卒業した古月は、中学には行かずにそれまで働いていた豆腐屋に入り、主人より仕入れから豆腐作り工程の統括など任されるようになった。二年ほどで売り上げを五倍に拡大し、豆腐屋を会社にした。従業員を雇い入れ、職人のほかに、仕入れ担当と小売店への営業担当を分担し、自らもその先頭を切って京都のみならず大阪、名古屋、東京へと販路を拡大した。豆腐のみならず、醤油、大豆製品を手広く扱うようになり、古月が厳選した農家と専売契約を結ぶことによって開拓した物流ルートに、さらに自社モノ以外の配送物品を取り扱うようになった。
 古月は、幼少の頃より世話になっていた豆腐屋の主人に並ならぬ恩を感じていて、そんなわけで自分はいつまでも「さらりいめん」のまま、主人を会社の社長に据えていたが、古月の才覚を認めた主人が彼を社長に推挙した。明治26年、古月十九歳の時だった。
 
 社長となった古月は、自分無しでも機動するようになった会社を社員に任せて、大陸へと放浪の旅に出た。社長就任式を形ばかりでも行いたいという前社長と社員に反し、「そんなもん必要あらへん」と初めからつっぱねていた古月は、その日の朝に社長室に「五年ばかり大陸に行ってくる」と置手紙を残して消えた。彼らしいといえば彼らしい行動に前社長も幹部社員らもあきれるというよりもその行動力に感心する方が大きく、残された会社と社員はこれまでの通り、古月の敷いたレイルの上の陸蒸気を走らせ続けるだけの話だった。

 そこで明らかになったのは彼の筆まめぶりだった。会社への指示はもちろん、大陸の情勢、上海租界での話、華僑とのやりとり、果ては広東で知り合った女を会社の若い社員に世話したりしもした。社長不在とはいえ、その姿勢は身体は大陸にありながら目は国内に向いているかのような先見ぶりで、現地社員がその場で解決しようとする問題を古月は異国にいながら指示を飛ばし、結果的に解決したりすることもあった。折りしも、大陸では日清戦争が起こっている。社員が止めるのも聞かず、古月は単身、平壌に渡り、帝国陸軍と行動をともにした。

「おもしろい男と出会った」

 と古月が桔華への私信に書き綴ってきたのは、ちょうどその頃で、清国軍との戦いは朝鮮半島から清国牛荘へ移ろうとしている時だった。
 
「陸軍の士官で将校、名前は舎人耕三郎。年は一つ上。士官学校を卒業して間もなく、こちらの部隊を任されたらしい。おれはどうにも軍隊というものが嫌いで、当然軍人というものには偏見を持っていたわけだが、どういうわけかこの男は、おれの興味を強く引いた。
 まず驚くほどに人間嫌いだ。おれは先日大阪で紡績会社の蒸気が動かすでかい機織機というものを見てきたが、あれは昼も夜も関係なく、悲しいも辛いも腹が減ったということもなく働き続ける。そうか、これからの日本にはこういう機動力が必要なのかとおもったが、舎人耕三郎という男は人間を蒸気で動かす感情の無い機械にしたらこうなるだろうと考えている。百人ほどの小隊を規律よくまとめ、無茶句茶な上官の命令を自分を介して程よく緩衝し、軍全体のバランスや小隊の果たすべき役割のようなものを弁えて動く。組織の歯車としては完璧だが人間味としては驚くほど冷え切った男で、感情を感じさせない表情のまま、必要以外の言葉を話すことも無い。それが士官というものかとも思ったが、別隊の話を聞けば必ずしもそうとは言えぬようだから、舎人耕三郎がその人格として他人との交流を自ら好まざることは特筆できると思う」

 桔華は便箋の三枚目を捲る。

「おれは大陸をふらふらとしているから、軍の連中には近頃流行りの大陸浪人だということで通用している。大陸浪人っちゅうもんは、自らは愛国者を名乗りながら清国内部のさまざまな勢力と結びつこうとしている連中。一緒にされては困ると思うのだが、この戦争には連中がたくさん関わっておる。清国を内部から揺さぶったり、機密事項を日本軍に持ち込んでいるのは奴等や。軍も身分不明の怪しい連中と心の中では蔑みながらも、おいしいとこだけは手中に入れようとする。まあそんなこともあって、身分不明なおれも、軍の周りをうろうろしても何も言われへんから、おれも連中を気に入らんとばかりも言ってられへん。おいしいとこだけいただこうっちゅうのは、俺にも言えることやからな。
 話を戻す。舎人耕三郎は俺が寄宿している部隊の部隊長や。初めは士官がこんな若くて大丈夫なのかと訝ったもんやったが、平壌から行軍中の小競り合い、丹東と歴戦を従軍して奴の指揮官ぶりを見てきたが、それは先ほど書いたとおりや。天性の指揮官というものかもしれない。どんな天才でも、人気というものが無ければ政治家にはなれへんように、この男はその会話数の少なさからは考えられないような人望を持っておる。帝国陸軍少尉舎人耕三郎に部下がついてくるんやない、奴と寝食を供にし、奴の下で死線を潜った連中が、人間として奴を慕っているんや。当然といえば当然やな。兵士の多くは東北で田端を耕していたような非職業軍人。軍紀なんてあってないようなもんや。それを統率しているのがおれと年端も変わらんような青年や。
 おれが連中と行動するようになったのは、軍とつながりを持ちたかったからや。開戦前、世界はこの戦争、清国の圧勝やと思っておった。しかしふたを開けてみたらどうやら風は、連中が思いもよらなかったほうに吹き始めているらしい。幕末以来の不平等条約も、この一戦を機に日本にいい方にもっていけるだろう。そうすれば日本企業は世界への販路も開ける。開けたはいいが、各国につてもなければ話にならん。そこでてっとり早く、世界各地に武官を配している軍人とお近づきになろうというわけや。軍は武器物資輸送という面でも、国内では計り知れないクライアントになる。どっちに転んでも商人にとって損は無い」


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2011/03/31(木)
4、祭りのあとに

祭りのあとに(2)

 朝鮮半島の帰属問題に正面から名乗りを上げた日本は、戦争のほとんど最初から最後まで、清軍を圧倒した。明治維新以来近代化を進めた日本軍と、西洋嫌いの西太后が日本との戦争に及んでも国内の軍事力強化に傾注しなかったツケは、戦果に如実に反映されるという皮肉だった。
 平壌での大きな一戦を追え、いよいよ清国本土に向かう。日本軍は長い隊列をぶら下げながら街道を北に向かっていた。兵站は軍夫による人足、食料などの一部は現地で調達をしていたが、古月が従軍する部隊では、秋の収穫に精を出す農民に手を貸し、畑の冬ごしらえなどしてやりながら食料を分けてもらうことがあった。徴兵された日本兵・軍夫の多くは地方の農民が多かったことも幸いした。同じ東洋人とはいえ、内乱に緩衝してきた日本の軍隊にいい感情などもっているはずの無い半島の現地人は、わずかながらでもそうして彼らと共に汗を流すことによって、日本人に対する感情を和らげたようだった。

 鴨緑江を渡るというところでちらほらと雪が舞いだした。河の向こうには清の大軍が控えているという情報もあったから、今夜は河を一望できる高台に露営することとなった。
 高台から大陸と朝鮮半島を分かつ鴨緑江を見下ろすと、河向かいの一角に明るい陣地がある。おそらくあれが日本軍を迎え撃つ清国軍なのだろう。今年二月の開戦以後、近代化に立ち遅れた清国軍の無残な惨敗振りは外聞するのみでなく平壌以降その目に見ることもあったが、敗因はそこれのみではなく、軍を率いる指揮官の配慮の無さにも起因するのだろうと古月は思った。

 古月は兵士ではないので行動を厳しく規制されることは無い。しかし従軍記者や浪人ら非兵士の一団と主な行動を共にしていた。古月が野営に戻ると、飯盒に麦飯と沢庵、梅干が支給された。古月はそれらをかきこみ、腹に収めた。

「いよいよですな」
「明朝、鴨緑江を渡るとか。清国も本土に足を掛けられるんだ、今までのように日本軍を見つけるたびに遁走していたのでは、逃げ帰ったところでおっかない皇太后さまにお首をばっさりですよ」

 場に笑いが起こった。しかしここにいる誰もが、言いようの無い不安を抱いている。自分たちには武器などの支給・また携帯を許されていない。激戦になれば、後配備とはいえ命の保障は無い。まして保障される立場でもない。

「北条さん、あんたどうするんだ」
「どうって、明日もお付き合いしますよ」
「なにもここで命を捨てることは無い。国に会社や家族を残してきているのでしょう。興味本位で首を突っ込むにしては、あんた失うものが多すぎるよ」

 古月に話してきたのは、都新聞の三田という記者だった。体のわりに声の小さい男で、面と向かって話しているのに、三田の声はすべて土に吸い取られているのではないかと思ってしまう。しかし人への気遣いというものに恐ろしく細かく配慮できる人間で、話をしているうちに、こちらが話したいと思うようになり、気がつけば三田は相手から知りえた情報を文章に起こしている。そういう意味で三田は根っからの新聞屋なのだろう。事実彼の書く従軍記事に、古月も何度も涙している。

「お気遣いどうも。せやかてわいは妻子もおらんし、会社は社長がおらんともようよう動いとる。問題あらへんよ」

 三田は諦めとも善意とも言えない落胆の表情を浮かべて、例のぼそぼそとした声で古月に訴えてきた。

「あんたまだ若いんだ。日本はこれから世界に向かって政治のみならず経済、文化、あらゆる門戸を開いていくでしょう。維新後の西洋の猿真似や、列強のいいようにしたがってきた不平等条約から開放された、我々の意思による本当の維新です。この戦争には勝つでしょう。しかし勝った後に国民が残らないんじゃあ、意味が無い。あんたのその行動力は、必ずや日本の力になる。ここで死んでむげに国力を減らしてはいけないよ。どうかね」

 三田の言っている事に間違いはあるまい。その場にいるものの中にも感慨深げに頷くものもいた。古月はうんざりとした。国家とか日本とか、そういうものを声高に叫び、そういうもので自分らをひとくくりにしようとする知識人の高揚ぶりには、ついていけないのだ。

 そんな途方もないものを語る前に、自分の目の前のたった一人をあんたらは救えるのか。

 古月は、そう考えている。「小学校しか出とらんわいにはよう分かりませんわ。根っから商人やさかいな」と言い放って、呼び止める三田の声を背中で聞きながら、古月はその野営を後にした。


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2011/04/02(土)
4、祭りのあとに

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